宇佐見りんのレビュー一覧
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母と娘の特殊な結び付きが痛々しくて切なかった。
パッと分かりやすい不幸でないと不幸と認めてもらえないこと、行き詰まった心の吐き出し先がない苦しさなど、読みながら胸が痛くなった。
小さな子供にとっては誰でも母は信仰の対象だ。例え子供っぽくて、父から捨てられ、鬱で半狂乱になる母でも、その信仰を子供は捨てることができない。特に娘にとっては同性である女であることが呪いのようにもなってしまう。
ラストの後、信仰の対象がなくなったことがどうか良い方に転んでほしいと思った。
また、身内でありながら第三者ポジションの「おまい」への語り口調が家族間の関係性を浮き彫りにさせていて、より主人公の孤独感が際立っていた。 -
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ネタバレ声にならない痛みを全身で叫んでいるような作品だった。
なんでもないかのように振る舞う主人公につられて、そういうものかと読み進めていったら、家族はとうに崩壊していることが徐々に明らかになってくる。
父と母と娘、もはや自分たちだけではどうにもできない状態なのだが、主人公は当事者であるため冷静に考えることができていない。それは無理もないことで、親への愛情も愛着もあるだろう。たとえそれが最善だと言われても、両親を置いて離れることに苦痛を感じているようなのが、また悲しかった。
家族間の長年かけて築いてきた空気感が見事に表現されていて、ほんとうに苦しかった。死は思ったよりもすぐそばにあるが、今この瞬間は平和だと感じている主人公の感覚が鋭くて、ハッとさせられる。 -
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ネタバレ辛い時に自分をものだと思うとか、痛いほど共感できる。こんなものを書きたい。自分に足りないものを一々考えさせられる。自然、光の描写が多い。
確かに、「自分は自分で守れ」は、見捨てられる側にとっても残酷な言葉。
母の病気がきっかけと言っても、それは母のせいでないから父が悪いと。弟に「だからいじめられるんだ」、かんこの鬱を責めるのはひどい。でも作中にあった通り、それは祖母のせいであり、それも遡れば原因はあり、それ以外にもきっと原因はある。
「なんで生きてきちゃったんだろうな」
車で住むようになって学校に行けるようになったのは両親と離れたからだと思う。それでも兄弟の中で1番見放さないかんこは偉い。
前2作より感情表現がストレートにあると思う。
死にたい。
かんこは高三。ウツになり学校へ行けない。
母は脳梗塞の後麻痺と記憶障害(前向性健忘)が残り、今幼児化し酒を飲むと暴れる。元々優しい人で、人の苦しみまで自分の苦しみになる人だった。
父は理不尽で暴力を振るう。勉強を教えてくれるがそれは修業の様で兄弟、最後にかんこが逃げた。
兄は大学を辞め夏と結婚した。家族を避ける。
弟は高校から母方の祖母に引き取られた。
昔は車中泊で旅行に行くほど仲良い家族だった。
父方の祖母が亡くなり葬儀に向かう。
祖父は自殺未遂をした。祖母は遊び続け、四人兄弟の伯父伯母ばかり可愛がった。1番上の家出した姉と父は祖母を許さなかった。母も詰った。かんこは「ものしずかだけどきままな」祖母しか知らない。
帰り母は遊園地に行きたいと言い出す。喧嘩が起きる。母は昔に戻りたい。父の弟への発言はが見逃せない。私のせいなら私が終わらせると母は心中しようとする。それすら記憶から流れていこうとする。
遊園地で母はメリーゴーランドで家族写真を撮りたがる。かんこだけが休止中なのに乗り込んでピースする。その日帰ってかんこは車で生活を始める。
父は祖母の家を兄弟と片付け始める。四兄弟で父の分だけ見つからず父はかんこを車に乗せ泣く……
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ネタバレしばらく読みづらかったけど、半分過ぎたあたりから入り込んで読んだ。
「機能不全家庭」「ヤングケアラー」という言葉が頭に浮かんだ。
こんなにも娘に愛されているのに、この父親ときたら自分の傷にしか目がいかない。可哀想な生い立ちだったとは思う。結局、受けた傷や空虚感や渇きはその人の中に残り続け、貰えなかった愛情を死ぬまで欲しがるようになってしまうんだろうか。私は自分を省みても、自分の親のことを考えても、そう思ってしまうのだ。
かんこは最後、車で寝泊まりする事によって両親から物理的に少し距離を置けた。それによって見なくていいもの聞かなくていいものをある程度避ける事が出来るようになり、自分の生活に集中出来るようになった。それでも父は「俺の傷を見てくれ、かわいそうだろう」とやって来る。かんこはこの父の人生の成功の証明なんかじゃない。かんこの人生を生きていい。親のことなんてちょっとしか考えなくていい、自分のことを考えてほしい。かんこの心を縛る権利は誰にもない。それを教えてあげたい。お兄ちゃんもう少し頑張ってくれや…と思うけどこの兄もまだかんこを助け出すほどの余力がないのだろうな…。
男は、社会的にも身体的にもある程度強くある事が求められる。生物的にも雄は競争するものだ。その生まれながらのプレッシャーの代償みたいなものが周囲への共感力の無さになり、それをカバーするのが女の役割になりがちであると思う。基本的に女の方が情緒的であり共感能力が高く、力がなく、社会的にに出世しづらく、ケアラーに向いているからだ。兄も弟も自分のために限界を感じ親を見捨て家を出たのに、娘のかんこだけが両親を見捨てられず、家族という車から降りられない。
この父は、母に話せばいいのに、母がケアラーとして役に立たなくなったから娘の所に来ているのだ。最後のアルバムの話は涙が出るほど可哀想だと思い同情するけど、父は自分で自分を癒さなきゃダメなんだ。お前と子供達は別の生き物だと誰か教えてやってくれ。そしてそれがいくらか叶うのは、恐らくかんこが家を出た時だと思う。まぁこの父も母も連絡して来るし会いに来るだろうけど、それでもいつでも当たったり甘えたり出来なくなるのは大きい。自省に期待するしかない。母も気の毒だけど、自分を自分でコントロールしなきゃならないし、子供のように泣き喚いたとて、娘に出来ることなんてないだろう。残念だけど子供や犬と同じで、あまり構うとつけ上がるというのは本当だと思う。そしてきっとかんこの労力や失ったものに見合うほど、将来感謝されない。
父の期待を背負って進学校に進んで限界が来たのに、それで殴ったり罵倒するなんて何事かと思う。いくら可哀想な過去があったって、高校生の娘にこんなにたくさん背負わせる親なんて本来の親じゃない。
愛しているがゆえの家族の苦しみを描いた話だったと思う。そして作者の答えは多分一つ、根本的解決策はない。離れろ。……と私は読み取った。
このお父さんは自分の母親はクソだったと認めて、ちゃんと悲しんで、あんなやつの愛情も賞賛もいらねぇと思えたらいいんだけどね。妻子にこんなに愛されているのにダメなのかなぁ。この中でカウンセリングに行くべきはパパなんだよ。
しんどかったし、面白くはなかったけど、読んでよかった。作者さんが、同じような境遇の人のために、客観的に見られるように自己体験を交えてこの作品を書いてくれたなら、それは恐らく大成功で、ありがたかったです。 -
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キター!宇佐美りん節炸裂ー!
わたしのHPが持ちません!
この作者の小さな刃で深く抉って、いつまでも疼いて痛む傷つけ方を知っている恐ろしさたるやなんなのだろうか。(めちゃくちゃ惚れ惚れしているという意味です!)
宇佐美さんの言葉ひとつひとつを飲み込みながら、言葉は、本当に人を傷つけることができる、と思うのです。(そしてそれを正しく使われ、表現を浴びた今、畏怖と多幸感でいっぱいです!)
本作は世代間連鎖のお話です。
主人公は自分の受ける痛みと、その家族が受け続けてきた痛みをも背負い込もうとしてしまう、愛情深い女の子、かんこ。
自分だけが楽になることは火事場で子供を手放せと言われているのと同等だ、と彼女は言う。
どんなに苦しくとも、「続いている」から逃げ出すことはできない。家族ゆえに置いていくことはできない。
これから続く人生の中に、家族を断ち切って自立する自分というイメージがきっとない、しつこい幼さも内包している。
いつも期待は裏切られ、暴力で黙ることを余儀なくされ、思うように満たされたことがなかったからかもしれない。
そんな彼女が何とか生きることを選択していく様子は痛々しく、その誰も踏み分けたことのないところから傷ついても行く様に胸をぐっと掴まれ、だからこそラストシーンがどうしようもなく瞬いた。
世代間連鎖という終わりのない問いに対する、とても誠実で素晴らしい終わり方だった。
宇佐美さんはエピソードを作るのが、本当にお上手ですね。
描写したいことが倍増して伝わってくるし、前述した通り、刃は小さいのにとても鋭くて一生消えない傷になりえる力がある。
さて、めちゃくちゃ私事なのですが、これまで宇佐美りんさんの本はどの文庫も途中で挫折しました。
いまなお挑戦しては挫折を繰り返している只中。
宇佐美りんさんの文章を読んでいるとたちまち苦しくなってページを繰る手が止まってしまうのです。
そのまるで踊っているかのような文字の連なりに飲まれ、恐ろしい現実の中へ引きずり込まれていく。
まるで歌うように、まるで詩を詠むように、軽やかなふりをしてわたしを簡単に呪いにかける。
この「感性」が欲しかった。
彼女にはわたしの見えていないものが確かに見えている。
世界の解像度は高く、空気は研ぎ澄まされ、だからこそ自身は細く削られ尖り、ともすると折れてしまう(想像です)そういううつくしいものをわたしも欲しかった。
それを思って読めなくなってしまうのだ。
そしてなんといっても、何度も言いますが、エピソードがしびれるほどいい。
「そのとき」主人公に何が起こるか、何が起こって何を考えさせ、何を語らせたいのか、そういう思惑がちっとも感じられない自然な地獄に気づくと連れていかれている感じが宇佐美ワールドの魅力の一つなのかもしれません。
はー、しかしいよいよちゃんと受け止めなければと、自分には決してない眩しい才能をちゃんと最後まで見届けねばと頑張って最後まで読んで良かった。
骨抜きです。 -
ネタバレ
アイドルも、おたくも必読な本
推しが存在したことも燃えたこともある身からすると、主人公の思いも行動もリアルで心抉れました。 推し活とは推しに自分を重ね託すことで、どうしようもない自分の生活が救われ、承認欲求が満たされる行為です。誰かのために生きるという観点からすると、子供や親や恋人のために仕事・生活を頑張ることと同義です。主人公の行き過ぎた推しへの想いや熱度を私は愛しいと感じました。
そして、自分の全てをかけ生きる糧としたファンがいたことが上野真幸にも伝わっていればいいとも思ってしまいました。
誰かを推したこと、推されたことがある全ての人に読んでほしい作品です。
生きていく意味を失ったあかりが次の生きる糧を見つけられることを願わずにはいられないです。 -
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おそらく『推し、燃ゆ』が何十万部売れようと、この人には関係ないんだろうなというのが、まず読み終えた第一印象であり、23歳という若さに似合わぬ、その堂々とした佇まいから放たれる、大胆にして理知的でありながらも、平和そうに見える現実の奥底に深く沈み込んでいる絶望的な闇を、その客観的視点で見つけ出し、なんとかしようと孤軍奮闘している。そんな印象を私に与えてくれた本書は間違いなく衝撃作だと思う。
本書で扱っている問題は、いわゆる家庭内暴力が当然のように繰り返される、どうしようもない家族の在り方であり、普段は人が好くても時折子供のようにカッとなる父親と、脳梗塞の後遺症を引き摺る不安定な母親と共に暮らすのは、常に淡々と振る舞う兄の「にい」と、妹の「かんこ」と、辛いことがある度にへらへらと笑うようになった、弟の「ぽん」の三人であったが、にいは家を出て行き、ぽんは遠くの高校へ行く口実で祖父母の家に行ってしまい、ただ一人残ったかんこも高校生活に馴染めず、時折訪れる精神的衝動の爆発に悩まされており、そこに家庭が影響しているのはおそらく間違いないと思われる中での、そんなある日、父方の祖母が亡くなった事によって祖母の家に車で向かう事をきっかけに、以後その車内でのやり取りを中心として、物語は動いていく。
車の中に家族全員が存在する場の空気というのは、改めて考えてみると家の中以上に息苦しいものがあり、しかも家の中と違い、止まらない限り決して逃げることの出来ない、その檻のような場所で気まずい会話も時には起こるかもしれないが、かんこの場合、背もたれを蹴り飛ばす事も平気でする。これは原因を一切考慮に入れる必要の無い、非常識な行いなのだろうか?
兄や弟が出て行ったのは、主に父親の暴力が原因である事に加え、母親の不安定さも重なったのが大きいのだが、そんな中かんこは暴力を振るわれた、その瞬間は辛くやり切れない思いに囚われるが、時が経つと何となく曖昧に受け入れてしまい、心の底では何とかしたい気持ちもありながら、今日までそれを繰り返してきた。しかもそんな曖昧さがこの家族全員に共通しているところに、かんこ言うところの『地獄』があり、それは『曖昧に繰り返される、柔らかくぬるく、ありふれた地獄』で、最も恐ろしいのは完結しない事だという思いには、私も同情を隠しきれない。
そもそも父親の言動は子供だけでなく母親に対しても同等である事に、私は嫌悪感を覚え、それは過去に脳梗塞にかかった事のある人間に対する接し方では無いと、私自身の価値観に照らし合わせて、そう述べているのだが、本書の凄いところは、おそらくそうした部分は関係ないのだと言っているかのようなところにある。
いや、それはおかしいだろうと言う方も、きっといらっしゃるのだと思う。そんなの別の大人達に相談して、即刻父親から離れさせるべきだという意見もあると思うが、実はそういったことに対して拒否反応を示しているのはかんこ自身で、そこから窺い知れるのは、彼女が子供と大人を対等な眼差しで認識していることだった。
『誰かを加害者に決めつけるなら、誰かがその役割を押し付けられるのなら、そんなものは助けでもなんでもない』
『助けるなら全員を救ってくれ、丸ごと、救ってくれ』
これらの叫びに渦巻く、かんこの思いには、父親が家族に対して行使した力も、『別の被害意識に基づいた正当な抵抗』ではないかと考え、更には被害者であったはずのかんこ自身、もしかしたら加害者でもあるのではないかと自省しており、それは彼女一人だけが地獄を抜け出しても、ちっとも嬉しくないし、家族にとって何の解決にもならない事を、彼女自身が理解している事の証でもある。
『まだ、みんな、助けを求めている。相手が大人かどうかは関係がなかった。本来なら、大人は、甘えることなく自分の面倒を見なくてはならないということくらい、とうにわかっていた』
『だが、愛されなかった人間、傷ついた人間の、そばにいたかった。背負って、ともに地獄を抜け出したかった。そうしたいから、もがいている。そうできないから、泣いているのに』
これまでの家庭内問題を扱った作品では、比較的、被害者側の視点に寄り添った内容が多いと思われる中、本書の場合は加害者側にも同等の温かい眼差しを向けているのが、私にはとても印象深く、しかもそれを血筋といった、目には見えない感覚的な事で分からせようとするのではなく、宇佐見さんなりの方法で、真摯に向き合い誠意を込めて、誰にでも理解しやすい言葉で伝えてくれていて、そこには外側からだけでは決して分からない、それぞれの胸に抱かれた必死な思いも見え隠れしている。
『もつれ合いながら脱しようともがくさまを、「依存」の一語で切り捨ててしまえる大人たちが数多自立しているこの世をこそ、かんこは捨てたかった』
そして、最終的にかんこが家族を思い、とった行動には逆転の発想を思わせるものがあったが、それ以上に私が感じ取れたのは、人間を超越した天にあるものから降り注ぐような、本書でも度々登場した光の熱に対する身を切るような痛みに対する抵抗であり、かんこの行いをきっと見ているであろうに、何もしてくれないものに対する抵抗でもありながら、その曖昧さの漂う空間に於いて、そこから逃げることなく全てを受け入れる事にした、かんこだけが持つ家族に対する真っ新な愛情表現なのであった。 -
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ネタバレ書き出しと言い、文中にちりばめられたオタク仕草と言い、時代を反映する小説だと思った。面白かった!とても。
推しが炎上して、ファンが離れて、引退して、主人公にとってはそりゃ一大事だけどそれらは全部一界隈で起きる小さなイベントで、世間じゃ何も起きてないのと変わらない。密室殺人とか、大それたことは何も起こらなくて、それを受けて何となく、小説というより資料みたいだと思った。
こういう趣味を持って、こういう喋り方をして、こういう生き方をしている人間がいる時代もあったんですよ、令和っていうんですけども、みたいな。遥か遠い未来における令和の資料の1つ。
私も推しを解釈したがる質で、ありったけの長文をSNSの鍵のかかった壁打ち垢で呟いている。一見高尚に見えてしまう推し方だと自分で思っている。ダサくて申し訳ない。
ラストを呼んだ時に頭に唐突に、推しに見捨てられたって言葉が浮かんで、自分の推しが引退した時、私って見捨てられたって思うのか?と思ったら何とも言えない気持ちになった。オタクってキモいね。死ぬほどキモくてごめんねという気持ち。 -
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ネタバレ高校生の主人公・あかりが全身全霊をかけて推している「まざま座」の真幸くんがファンを殴り、そこからあれよあれよという間にグループ解散に至ってしまう。
〈推しが燃えた。〉という印象的な書き出しだが、あかりはあくまでも炎上に左右されることなく、推しとは独自の解釈のもとに成り立つ信頼関係を淡々と、しかし強固に築いている様子なのがファンの鑑だと思った。
〈まだ何とも言えない。何度もSNS上で見かけた大多数のファンと同じことを思う。怒ればいいのか、庇えばいいのか、あるいは感情的な人々を眺めて嘆いていればいいのかわからない。ただ、わからないなりに、それが鳩尾を圧迫する感覚は鮮やかに把握できた。これからも推し続けることだけが決まっていた。〉
盲目、ではないのだ。ではないのだけれど、それを誰にでもわかるように伝えられる言葉をまだ持ち合わせていない。
私たちは推しに何が起きたとしても最後までなにもわからず、なにも教えてもらえない。ずっと蚊帳の外で、愚かにも変わらないままでいることしかできない。
しかし、芸能界引退発表後に特定された推しの自宅とおぼしきマンションを訪ね、そこで洗濯物を抱える女の人を目撃した後はまるで手のひらを返したように〈もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった。〉と続くところまで含めて、はいなにもかもその通りですとなった。
単なる他人がすることは、自分には関係がないからやっと手放せる。
アイドルは偶像であって、推しは虚像であって、生身の人間ではないから。でもそれでよかったのだ。
推しという背骨を失ってぐにゃぐにゃになってしまった生活を立て直せるのか、それともまた新たな推しをどこからか見出すのか、それは今のところあかりの物語だ。
こんな大変なことが現実でもあちこちで起こっていることを想像すると、途方もない気持ちになる。
およそ六年前に読んだときの感想に私はあかりを「羨ましい」と書いていた。「ラストは希望」だと書いていた。でもさ、今は実感として推しに背骨を預けるのはやっぱり危険だと思っているよ。「安心して推せるアイドル」がキャッチフレーズとして成立する理由がわかった。 -
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ネタバレすごい小説でした。
終わらない地獄、どうにもならない現状にもがきながら飲まれるしかない息苦しさをすごく感じました。もう、本当にすごい。
愛されていた記憶を描写することで、よりどうしようもなさが募っていくと感じた。兄や弟のように逃げれば楽になるのに、それができないから苦しいかんこ。どうしようもなくてつらい。
ラスト、祖母から除け者にされたような父親を描写することで父親も悪いだけでなく、どうしようもない苦しみの中にいるのがわかって本当苦しい。
壮絶な場面が多くて、宇佐見さんお若いのにすごいなって思いました。どんな経験をしたらこんな小説書けるんだろうか。そこもすごい。小説家ってすごい。