宇佐見りんのレビュー一覧
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購入済み
読むのに気力のいる本だった
息子が中学にあがり、性教育を考えると男性視点の情報では難しいと思う事が多々ある
SNSでこの本のことが流れてきて書評を見た時、長男の女性に対する理解に何かしら寄与するかと思い、つい反射的に購入した。
男より女性の生き方はある意味で難しいが、性を持ち出すと安易に楽な選択を選ぶこともできる。
でも、それを選ぶと多くの場合、後でツケがまわる。だから、安売りするな、という言葉を親の世代は言う。
でも、若い世代が持て余す感情は大人の説教なんて聞き入れない。で、大人になって、同じように若い世代に言う。
そこに使える武器があってもそれを使わないって難しいこと。男が腕力で相手を従わせる選択をなかなか選べないのにどこか似てる。
それでも、男は無言の圧力を与えてる。そして、女性も無言の魅力を巻き散らかしてる(人もいる)
本当に、性というものは複雑で厳しいものだ。
女性の、子を成す性の役目は特権でもあり重しでもある。セックスは多様な価値を持ち、時に持て余し、崇高なものにもなり娯楽にもなりうる。。
そんな世界で、女性は男にどう見られるかに迷い陳腐化する。パンツを売り、安易に自己承認も得ている一部の女性を男が「女はずるい!」と叩く。
でも、そんな事ができる性の生き方は辛いだろうな、とも思う。
男と女、どちらが辛いと比較するものじゃないけど、男よりも女性の辛さは複雑で、どれを選ぶにしても(選ばないにしても)自己責任を押し付けられる生き方は厳しいと思う。男の辛さも簡単ではないけども、女性は年齢とともに役割と身体がめまぐるしく変わり、それにつられて求められ方も変わる。
僕は、見ず知らずの女性に数万円払えるほどお金もないし、あったとしても自分の為か家族の為にお金を使おうと思う人だけど、世の中にはお金で女性を買う事に躊躇のない人がいるのも知ってる。ひょっとすると僕がいつも遊んでいる連中にもいるのかもしれない(彼らがそんなにお金をもってると思えないが)
それだけのお金があるのは一部の男なんだろうけど、多かれ少なかれ男は性の対象として女の人を見てるというのは分かる(逆に比べればその対比のバランスの悪さが本当に悲劇でしかないと思う)。そして、女性は男性の欲望を当たり前として受け止める事に疲れ果てて諦めて、で、今、怒りを示している。
いろんな価値観がアップデートされている。「ねーちゃん、えぇケツしてんな」は失礼な事。
そのアップデートがで -
Posted by ブクログ
いろんな人の性への考え方があって、理解できるものもあれば出来ないものもあった。
自分の性に対する考えをもっと整理したいと思った。
藤野可織さんの話は首がもげるほど共感できた。
特に共感した部分。
「私は自分が子どもを望んでいるのかどうかわからなかった。いくら考えてもわからなかった。私は体力がなくて、だいたい無気力で、まともな生活もできず、一般の人よりも劣っていると言う感覚があった。子供なんて産んでしまったら責任のある決定をたくさんしなければいけなくて大変だし面倒だし疲れるだろうと思った。」
「私は、自分をコントロールできるということに振り回されていた。当たり前でありながら得難い素晴らしい権利に気持ちをぐちゃぐちゃにされ、一瞬ごとに子供がいてもいいと思ったりいたら終わりだと思ったりしていた。自分が情けなかった。」 -
Posted by ブクログ
「推し」がいない私にとって、本作は当初「違う人種の話」に見えた。
「推し」がいたことがなく、今後もいないであろう自分にとって、推しに全てを注ぐ主人公は真逆だったから。
けれど、その距離感はすぐに消えた。
主人公の「なぜか普通に上手くできない苦しさ」や、それを周囲に理解されず怠惰なだけに見えてしまう歯痒さが、痛いほど分かったから。
マナー良く推しを解釈し続ける彼女にとって、推しは単なる趣味ではなく、バラバラな心身を支える「背骨」であり、生存戦略。
私にとっての読書やその他の趣味がそうであるように。
だからこそ、ラストで彼女が這いつくばりながら綿棒を拾う姿が刺さる。
綺麗に生きられなくても、背骨を失ったこのボロボロの身体のまま生きていくという、泥臭い自己受容と再生の兆しを感じた。
生き方も熱量の対象も全く違う。
けれど、根底にある「普通に生きられない苦しみ」と「自分を守る聖域を必要とする切実さ」において、深く共感する作品だった。 -
Posted by ブクログ
インザメガチャーチの後に読んだけど、
アイドルファンとして描く対象が共通して弱者とされる人なのが微妙だった。
『何もしないでいることが何かをするよりつらいということが、あるのだと思う。』
というのが全てだと思う。
何者にもなれず、何かをしている人にもなれない人にとって、アイドルを追いかけるというのは手っ取り早く何かをしている人になれる方法だ。
ただ、追いかけられる方が変化していっても、自分が全く成長していないことに、ふと気づいて焦る。
これは割と多くの人に当てはまるテーマだと思う(教育熱心ママとか、定年後に家庭に居場所がなくなった父とか)。
ただ、この本を読んだアイドルを全然知らない人からすると、後先考えられない境界知能がアイドルビジネスの餌になるんだなー、くらいに捉えられてしまいそうなのが勿体無いと感じた。
最後の洗濯物のシーンはアイドルファンというものをうまく捉えていると思う。
なぜ、自分と交わるはずのないアイドルのスキャンダルが許せないのか。
神であるアイドルとファン(信者)である自分の間の測れない距離が、第三者を通して間接的に測れてしまうことが嫌なんだと思う。
その瞬間に神は地に堕ちる。 -
Posted by ブクログ
1999年生まれで、2020年『かか』で三島由紀夫賞最年少受賞、2021年『推し燃ゆ』で芥川賞受賞。
「くるまの娘」は、2022年第44回野間文芸新人賞候補、第39回織田作之助賞候補。
年々歳をとり 読んでいる作家さんが軒並み歳下になっていく現実。そして、時折出現する最年少受賞者というフレーズ。迂闊にもその年齢に衝撃を受けたりする。
宇佐美さんもそんなひとり。『推し燃ゆ』では、まだ少し疑ってました。早すぎないかしら、潰れないかしらと。
けれど、その後の『くるまの娘』で思います。
依存は推しへの依存から、家族への依存へと軸をずらし、さらに“共依存”の相貌へと。特殊な家庭を書いていそうで、その「家族という箱」がどんな家庭でも陥りそうな普遍性。
少女は苦しみながらも“逃避”を選ばない。
その展開は、固くなった頭の自分には思いもつきませんでした。
文芸感お高めで すべてを完全に理解できたとは思えてないけれどけど、「確かな言葉選び」を読んだと思います。 -
Posted by ブクログ
リレーエッセイ方式で17人の書き手が
『私の身体を生きる』という性をテーマに綴った作品。
想像していた感じと、かなり違っていた。
同じテーマでも書き手によって随分とみえる世界が変わるものだ。編集者から依頼された形で綴っているためか、何となく及び腰に感じる作品も少なくない。
女性しばりでリレーエッセイ集にした意味する所も、問いたいが、赤裸々告白をするものから、トラウマ的な内容を飄々と語ったものまで、多種多様・・・
トップバッターの島本理生さんの作品だけは、眠っていたような共感が呼び起こされる様な感覚があった。
恋愛ものがお得意な作家さんだけに、性の役割にも飄々と鋭い着眼点をお持ちだ。
色々な考え方や捉え方があるんだなぁと感じる一方、敢えて?競い合って?マイノリティ側に寄って描いている様に感じるものもあり、私にはあまり馴染まなかった。
性の話が公にはタブーとされていた時代を生きてきたからか、この歳になってそういう話ができる方が見つかると一気に距離が縮まる。
人によっては幾つになってもタブーなので、手探りと嗅覚?笑で探し当てる感覚に近い。
このテーマで男性バージョンもあったら読んでみたい。