養老孟司のレビュー一覧
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【目次】
まえがき
人生
人は何のために生きるのか/生きているという話/死なないつもり/発見の眼 自分の発見/人生論/生きるとはどういうことか
環境
いのちの大切さ/水と虫/里地里山を想う/田舎暮らしの勧め/半農のすすめ/島の自然
思考
時空と納得/隣の芝生/科学とはなにか/自我と死/理想と現実/自然と人工/型と慣例/複雑ということ/四苦八苦/わかるとは、どういうことか/色即是空
脳・意識
情報と人間/儀式と情報/情報と誤解/意識の世界/論理と無意識/モノと情報/繰り返し/笑いの共通性
世間
東男と京女/江戸の政治/世界は一つでいいか/言葉とウソ/過去を問う/人を見る/典型的日本人/老人よ、重責を担うな
身体
身につく/体と思考/文章とリズム/居つく/虫の動き/身体の問題/聞くということ/匂いは苦手
教養
生きているついでに、本を読む/外国語の学習は別の人生を生きること/ダーウィンの書斎と変わらない/仏教と自己/時代と親鸞/混乱を生きる/人生の意義/信仰/生前生後/脳と心/お坊さんという壁/他人の心はわからないけれど -
Posted by ブクログ
博識なお二人の対談。読み応えがあった。
割にさらっと読める感覚もある。
と言いながらじっくり用語を調べながら読んだが。。
目標をたてるというよりながされるように生きる。
それも素敵だし自然に近いと確かに思う。
ただ、楽に生きたいと思うが故に数学に逃げ、機械に逃げ、システムエンジニアになった自分からしたら耳が少し痛い…
なにを楽と捉えるか次第でもあるが。
家族至上主義なイタリアと、社会性、同調性などの方が重視される日本。考えてみたらそれらはかなり差があって、遺伝子的に組み込まれてるのかなとも感じる。
他にもなるほど、と感じるエピソードが多かった。 -
Posted by ブクログ
養老孟司先生すごくまともな人だと尊敬します
言語化するのが難しい
なんかモヤモヤしているような事は
自然からどんどん離れて都市化しているこ事なんだろうなと読んでいて思うと、いろいろつじつまがあってくるので、ほんとにそうなんだと思いました
子どもは自然で、それを自然からどんどん遠のかせる事が大人になるということ
それはなんかいやだなぁ
自然に回帰したくなる気持ちは誰しも持っていると思うんだけど
社会が許さないというか営利目的(経済)で回っている世の中で抗うこともできずにいる自分にももどかしい
昭和30年代?1930年代?どっちだ?忘れたけど
その頃までは子どもの権利をしっかり守っていたとあったので、そんなに昔ではないから、せめてその頃の日本にくらいはしたいと感じた -
Posted by ブクログ
説明して分かってもらいたい藻谷浩介と、聞かれれば自分の考えを話すことはできるけど自分からはあまり能動的に発信しない養老孟司の対談本。2038年の南海トラフ巨大地震の話、循環再生で自足する話、教育の話。どれも単独で完結する話ではなくて、互いに関連している。その根っこには日本人の特性みたいなものがあって、理論と実践、中枢と現場の間にはいつまで経ってもチグハグさが残っている。日本は一度ご破産にしないと変われない国だから、南海トラフ地震に来てもらって、ご破産にするしかない、という養老孟司がたどり着いた説は少し逆説的だけど、きっとそうなのだろう。自分で対応するしかないと考えよ、ということなんだろうな。とても勉強になる。
この本の中に引用された本で、いくつか読みたくなるものがあったのも楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
【養老孟司先生の、推理小説&ファンタジー論、とその他】
本とは、特にフィクションとは何か、読書するとは何か、そういったことを深く考えさせられるエッセイ集。
養老先生が、2000年ごろから2004年ごろに定期的に書かれていたものを収録してある。
一見どこに行きつくか分からないような話が、ちゃんと着地するところがすごいと思う。これは、一つ一つのエッセイも出し、このエッセイ集としても、どんどん考えが深まって、バラバラのエッセイの投稿も、なんだか一貫性をもって来るような、そんな感じ。
読み手によって、印象深い話はそれぞれと思うけれど、個人的にはファンタジーに対する考え方が面白かった。 -
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養老孟司の著書で、一冊の本として書かれたものの中では、いちばん最初に書かれた本。形態学が主題となっており、ふつうこうした専門分野について科学者に語らせると、門外漢には珍紛漢紛といったことになりかねないのがオチだが、そうした弊に陥らずに読者を惹きつけられる文章力は、さすがというほかない。それを可能にしているのがおそらく、人並み外れた読書量であろう。行間からその広範なバックグラウンドを感じる。終章はのちの『唯脳論』に結実する思考の萌芽が見られ、著者の理論形成を読み解く上でも見逃せない一冊。
なお、この本が書かれたとき、養老さんはすでに四十九歳、そこから『唯脳論』までにはさらに三年を要している。それを思うと、人生はまだこれからと、勇気づけられる気がする。 -
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第一次世界大戦終結後、あまりの惨事から、国際連盟が発足。
その国際連盟が、「ひとはなぜ戦争をするのか?」、を議論して欲しいと、物理学者のアインシュタインに依頼し、アインシュタインが依頼された議論をする、その相手に選んだのが心理学者のフロイトでした。
1932年にした2人の手紙のやり取りが、この本に収録されていて、読んでみたいと興味を持ち書籍を買ってみました。
今や、毎日毎日、テレビやニュースでは、「現在進行形の戦争」が日常的に報道されてて、余りにも目に入るので、その常態化に、何も感じなくなって麻痺している自分がいるのも怖いですが。
そんなマヒした自分自身に喝??を入れるべく、
「ひとはなぜ戦争をするのか?」
というテーマを国際連盟が学者に依頼した書簡をきっかけに、自分でも考える時間を持とうと、読んでみました。
フロイトは、アインシュタインへの手紙に、
「政治家が本来考え解決するテーマではあるが、本質的には政治家ではない一般の人間も考えるべきだ」
というところから始めて、
「愛と憎しみ」
のような人間の感情や観念を交えて議論していき、
「戦争をしないためには?」
という結論へ向かう、その考え方の流れが書かれてありました。
読後としての答えや感想は、読む人それぞれで違ってきそうですので、控えます。
この本の解説としてあとがきに、養老孟司さんが文章を書いてくれてもいます。
平和から少し遠ざかっている雰囲気の今この瞬間だからこそ、私は読んで良かったと個人的に思いました。
嫌な現実から目を背けたくなるニュースばかりの日々ですが、日本とはまるで遠くの場所の関係ない出来事だと、ついつい麻痺をしてそうな自分がいるな〜と思った、そこのあなた。
そんな人にこそ、是非一度手に取って頂ければと思います!
(100ページくらいの5ミリ程の薄い本で、サラッと読めます)
そんな、本日でした。 -
Posted by ブクログ
『今思うと、臨床には本気になれなかったんでしょうね。昆虫採集で野山を歩き回っていた子どもの頃から、自然はなるようになるもので、人間ができるのは手入れだと思ってきた。患者の身体も自然だからそれと同じ。医者は病気を治すと思っているけれど、患者は治るときにはひとりでに治る』―『Ⅲ 解剖学者の奮闘』
養老先生の著書は何冊も読んでいるし、それらの本の中で時々ご自身の来し方を語っているのを読んでもいるけれど、本書の聞き手である鵜飼哲夫が言うように自伝的なものは読んだことが、確かに、ない。そんなもの知らなくても言っていることは分かるでしょ、と養老先生なら言いそうなものだけれど、人が環境と連続して繋がっているというのと同じように、その人の考える癖というのも来し方と不可分であるだろう。であれば本書の自伝的な逸話を聞くこともまた養老孟司の考え方(養老先生ご本人を、ということではない)を理解する一助となるだろう、と言ってもいいのではないかと、恐る恐る言ってみる。
考え方を形作ったという意味で、その著書によく出て来る話としては、戦後の教科書の墨塗りの話がある。ああ確かにそういう出来事があったら人の言うことを鵜呑みにしない考え方の基本が形作られるだろうなと思っていたのだけれど、それは後先が逆なのであって、そもそもそういう性格の子供であったというだけなのだということが本書を読むとよく解る。別に判ったところでどうとなるものでもないけれど、人の癖というものは「ああすればこうなる」という風に理屈付けることは決してできないものなのだなということを、改めて認識させられたような気にはなる。
気になると言えば、判ったような気になる、というのが、すべからく養老先生の著書を読む時の感想になってしまうのだが、まあ、それは頭のいい人から何かを教わる時に常に起こってしまうことでもある。もちろん、自分自身の経験からも実感してはいるけれど、もう何十年か前に、リチャード・ファインマンの教え子たちが同じようなジレンマに陥るケースが多かったと、ファインマンの同僚だったカルテクの物理学者が話してくれたのを聞いたこともある。「気になる」から「理解する」への壁を乗り越える為には、自力でその論理展開を辿り直して見なければならないのだけれど、それが実は容易ではない。それは、話を聞いている時に使っているのは「論理的」な理解と「感覚的」な理解の両方だけれど、自力で辿り直す時には「論理的」な理解ばかりとなりがちだから(似たようなことを内田樹導師もしばしば語っているけれども)。なので、本を読んでいる時に「ふんふん、そうだよね」と思っていても、いざ他人にその話をしようと思うと存外自分が理解出来ていないことが露呈する。悔しいからまた考え直す(頭を鍛錬し直す、とでも言ったらよいか)。まあ、そういうことが大事なんだということくらいは養老先生の教えとして理解はしている。
実は、読後に本の感想を書くようになったのも、自分が何を考えていたのかを備忘録的に書き残すという目的の他に、自分が何を感じていたのかを言語化してみることが(何しろ、個人的な体験を共通の理解の場に移すことこそ言語の機能なのだから。これもまた養老先生の教えの一つではあるけれども)、もやもやとしたものを自分の中にその状態で内在しておく為にも必要なのかなと考えているからなのだけれど(だから自分の書くものにレビューとしての意味はほとんどないと思うのだけれども)、その為にもあまり判り易い結論を出さないようには気をつけている。とまあ、そんなことを本の感想として書いているのを読まされる方には、お気の毒さまとしか言いようがない訳だけれど、こんなことをくどくどと考えさせられるところが養老先生の本のいいところ。特に、養老ファンを自認されている方には、本書は案外目から鱗が落ちる、というようなことがあるんじゃないかなと思う(知っているような話ばかりのようで、実は知らなかった話が多いです)。