養老孟司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ『唯脳論』は、知識を得るための本というより、「考えるという行為そのもの」を体験する本だと思いました。
読みながら何度も立ち止まり、「なぜ筆者はこの章を置いたのか」「何が言いたいのか」と自問する機会が何度もありました。
養老孟司さんは、私たちが“常識”や“通説”として疑うことなく受け入れていることに気づかせようとしているように感じます。
ヒトが話す前提はヒト自身が作り出したものであり、それは人間の都合であるのではないかと、繰り返し伝えているように思いました。
特に印象的だったのは、“生物学的に考える”という視点です。
人間の構造は一万年前からほとんど変わっていないことや、脳が意識を持つに至った必然性についての考察は、私にとって新鮮でした。
私はこれまで、意識がスタート地点という前提で考えていたため、意識がなぜ必然的に生まれたのかを考える視点がありませんでした。
また、人間は高尚な存在ではなく、動物の一種であり、脳に剰余があることがヒトの特徴であると語っているのが感じられました。
ヒトがいかに“偉い”かを皮肉を込めて描き出しているのかもしれません。
自然保護を語りながら自然破壊を許容する矛盾や、数字に固執する社会の危うさにも、危機感を抱いているように思います。
後半の視覚と言語、構造と機能、物質界などの抽象的な話題は、前半で伝えきったメッセージを繰り返し形を変えて深めていく構成のように感じました。
難しい本ではあります。
ほかの感想でも「難しい」「また読みたい」という声が多いのも納得です。
しかし、思考を重ねることで確かな何かを受け取れる本であり、ただ理解するだけでなく、“体験”として読む価値のある読書体験だったと思います。 -
Posted by ブクログ
養老先生が好きだ。といっても、そんなに著書を読んでいるわけでもなく、なぜかずっと何となく好きという感じなのだけれど。三浦友和さんも同じ感じで子どもの頃からずっと好き。
自分でもよくわからない「好き」だと思う。
養老先生の本を読んでいるといつも、あー、この方の側にいると寂しいだろうな、と感じる。関心を持ってもらえない寂しさというか、あまりの賢さに同じ世界を見られない寂しさというか…。でも、お会いすることすらできない私にとっては勝手に好きで尊敬していればいいから問題ない。
この本にも、ドキッとさせられることがいくつか書かれていた。
一つ目
今は子どもの時期について,大人になるための貯金をする時期のように考えている。全ては将来のための投資、という考え方。子供をおとなの予備軍としかみていない。
子どもには子どもの人生があり、その毎日がとても大切なものだと考える、これが子供を大切にする基本。
二つ目
仕事の本質は、目の前の穴を埋めること。穴が空いていたら困る人がいるだろう。だから埋める。自分のやりたい方ことが先にあるのではなく、求められることが先にある。35
三つ目
煩わしいことにかかるのは大切。人としての筋力をつける。
他人と接点を持つことは煩わしいことだが、そのおかげで自然と自分の重みを感じることができる。66
四つ目
もっと国の存亡に関わる問題に目を向けた方が良い。エネルギーや食料確保する方法を真面目に考えた方が良い。それこそが愛国的な姿勢と言えるのではないでしょうか。148
混沌とした世の中、先の見えない不安、周りは外国人だらけ、人々が壊れていくような感覚さえ感じる今日この頃。
養老先生の落ち着いて物事の根本を見る姿勢に、そうだ、ただただ不安がっていないで、腰を据えて冷静に物事を見なければ…という思いにさせられる。日本の思想を整えてくれる、宝のような方だと思う。
以下、備忘録
意識はそんなにえらくない。自分が(意識して)こうやったからこそ、こういう成果が得られたと、勘違い、思い上がりをしない。37
場当たり的な対応を繰り返し、なんとなくなんとかなっているように見えても、ベースのところで人心の荒廃が進んでいるように思います『日本の歪み』東浩紀115
自分たちが正しいと思う論理を優先させる。そういう人は自分よりも社会が先に存在している、ということが理解できていません116
料理家土井善治さんの言葉、
暮らしにおいて大切な事は、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。169
とらわれない、偏らない、こだわらない184
言葉が感情ではなくて、論理を述べる道具にどんどんなっていくと、結果として悩みを上手に吐き出せなくなる。184
少々の苦労は修行と思えばいいのに、それを自分で「生きづらさ」に変換してしまう人もいるようです。修行と捉えることで、楽になれる面もあるはずですが、なかなかそう割り切れない。199 -
Posted by ブクログ
都市化、現代化とは脳化の社会である。究極の脳化ともいえるSNSを代表として、言語が中心となり、身体がおざなりにされている。「ああすれば、こうなる」という合理性、必要十分条件が明確な社会において、曖昧さ、不確実性はもはや悪となっている。
しかし、人間は身体をもち、脳との調和によって生きている生物である。自然と共にある意識を欠いて、パソコンに代用されるような存在で良いのだろうか。
明確な答えはないが、自然を受け入れ、自分や環境を手入れして、生活していくしか無いのでは無いだろうか。
都市は人間の人間による人間のための空間である。そこに居続けることは、自分を交換可能な部品に貶める行為に思えてならない。
自然と共に、孤独を愛し、努力と根性と忍耐によって自分の世界を整え続けていきたいものだ。 -
Posted by ブクログ
確乎たる世界観、人生観をお持ちで、医者という観点から広く世の中の動きを客観し、俯瞰されているお二人の対談、実に愉快で、楽しく読むことが出来ました。
近藤誠氏の、人生の大先輩である養老孟司さんへのリスペクトは言葉の端々に感じられました。
中身を念のため列記しておきます。
第1章 さて、健康とはなにだったか?
間違いだらけの健康情報にご用心
健康診断が人びとを不幸にする
長生きは医療のおかげ、じゃなかった!?
ここで、病気とは何か、を考えてみよう
第2章 はて、医療とは何だったか?
かつて、名医がいた
余命宣告に律儀に従う必要なし
「脳化社会」は、まず医療から始まった
戦後の保険制度が「医を算術」にした
第3章 私たちが医者を目指したころ
生きものは「情報」になっていく
身体の成り立ちはあまりにも複雑だ
第4章 日本人はどこへ行く
狭いところで窮屈に暮らす日本人
無理して嫌なことばかり思う国民性
天下りと利権のため法律はできる
本当は自立できる日本人
第5章 結論 医療に何を期待する?
事故や怪我、やけどの治療はすばらしい
健康診断をどう切り抜ける?
どうしても何かしたいなら、身体に害のないことをしよう
嫌なことはしない、健康診断は受けない
最後に一言
メメントモリ、カルペディエム でした(笑)。 -
Posted by ブクログ
最初に想い出したのは「ガリア戦記」というタイトルだった。大和の歴史では「壬申の乱」という史実の名が記憶にある。人間の歴史で「争い事」はその初めからあるようだ。軍事の歴史で武装集団をそれまでと違った形にした人物として織田信長があげらろよう。彼は女性につきまとってる兵を自ら処分した話が残っている。
それにしても人々が忌み嫌っている戦争がないという時代はほとんどないのは何故だろう?
物理のパイオニアであるアインシュタイン博士が人間を学としたフロイト博士に問題提起をし、その解決を試みたのが本書であろう。
そして新たな創造の為に破壊が必要とは言え戦争という攻撃性はやり過ぎだとこの本から私は思う。
様々な分野で国際化が進む中で文化活動も国際化している今日、世界的規模で広がる戦争を避ける方法もこの本は示している。古典になるほど読み継がれることで、世界史が少しはましになれば4人の著者は望外の喜びであろう。 -
Posted by ブクログ
最近山が楽しすぎるのとyamapに超お世話になってるのがあり春山さんはどんな考えを持った方なんだろうと気になっていた本です
あと世の中がもっと“生きやすく”なればいいなと思うことがあり、でも“生きやすい”ってなんだろう?とも思っていて、個人的にそれをテーマに読み進めました
生きやすくなるためにはこうするとよさそう
①自分もまた自然であり生き物であることを知る
自然経験を通じ、自分もまた自然であり生き物であるので、存在としてここにいていいこと、に気付く
②自分の命の尊さに気づく
山に行けば、転ばないように歩いたり、お腹が空いて何かを食べたいと思ったり、気付かないうちに生きることに集中していて、自分の命を大切にしている自分がいることに気づくことができる
③自分を社会の物差しで測らない
社会の物差しとは新自由主義が生み出した競争の順位など
地球上に存在するすべての生き物はフラットであり、何かができなくても他によいところがあることに気づく
“自分が”大切だと思うことをする
④自分の命のときめきに素直に生きる
衝動に素直に生きる
素直でいれたら生きている意味や人生の奇跡性を実感することができる
衝動に素直に生きた経験は自分なりの仕事にもなっていく
これらに人が気付く助けになるような活動をしていけたらいいな
なんだかこの本を読む前に思っていた自分のやりたいことや目標は社会に競争させられてできたものでもあるなと思いました
さらに盲目に走り続けてきてしまったなとも思いました
今後の人生も今ときめいていることを実現するためにはこれからも競争に参加しなければいけない場面は多々あると思いますが
忘れずにいたい観点です
阿蘇山の草千里ヶ浜でどこまでも続く草原を駆けて自由だ!と感じた時、あれが命が外に開く感覚だったのかもしれない
AIとの付き合い方にも触れられていました
AIには検索すれば分かるような情報、知識を任せる
これからの人類の可能性は人にしかできないことである、遊び、コミュニケーション、余白にある