島田荘司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ワシントンDCで女性の連続殺人事件が起きる。警察官のロンとウィリーが事件の謎を追うという、アメリカのハードボイルドもののミステリの空気が漂う。が、突然、"恐竜絶滅の謎”に関する論文が繰り広げられ、気付いたときには、脱獄不可能とされるアルカトラズ監獄からの脱走劇が繰り広げられることに。やがて、脱走した男は、“パンプキン王国”と呼ばれる、ファンタジーとしか思えない場所に迷い込んでしまう。
大好きな伊坂幸太郎さんがおすすめしたので手に取りました。あらすじを読んでみて、きっとみなさん、訳のわからない、とんでも系ミステリかと思われたかと思います。が、これがめちゃくちゃ面白いんです。
本作は、四つの章とエピローグで構成されるのですが、それぞれがまったく色が異なっているんです。ただ、一つの章ごとに一つの作品として出してもいいくらい、どれもが面白い。
物語自体が誰も読んだことのないものに仕上がっているし、すべてが結びついたとき衝撃。圧巻でした。この本を読むことでしか絶対に味わえない感覚。
上下巻で長編で手を出しづらい方もいるかとは思いますが、興味がある方はぜひ、手に取ってみてくださいね。 -
購入済み
占星術殺人事件
探偵小説を読んだのは何十年ぶりだろう。子供のころは、シャーロックホームズや明智小五郎を読んでいたけど、大人になると、トリックを使って殺人するなど荒唐無稽で非効率的に思え、敬遠していた。
昭和11年の科学力を念頭において読まないと「そんなのありえないだろ」となってしまうが、犯人は完全犯罪をしようとしてトリックを労したのではなく、母を思ってつかわざるをえなかった設定に哀愁を感じ、他の推理小説には感じなかった何かを感じる。
この事件、御手洗潔は犯人を許しても杉下右京は許さないだろう。このような事件を題材にした、2人の共演(対決?)を見てみたい。 -
Posted by ブクログ
上巻で、これからどうなっちゃうんだ〜と思った結果、下巻はミステリーから脱獄サスペンスになり、ファンタジーになり、エピローグで突如全てがまとまった!
歴史ある劇場で、正統派クラシックを聴こうとかしこまっていたら、はちゃめちゃで楽しいラプソディーが始まり、最後には天井も壁も飛んで行っちゃった!というような読後感。なのに、奇妙な切なさ、なつかしさのようなものが残る。
巻末の解説で伊坂幸太郎さんが「とにかく、色んな世界を旅する冒険譚だと考えるべき」「島田作品なわけですから、ミステリー的な理屈を付け加えている」「そこがもう、異様といいますか、誰にも書けないもの」と書いてますが、まさにその通りだと思った。面白かったです。
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Posted by ブクログ
ネタバレ奇想天外!
謎解きは、可能性が全く0でなければ、「あり得る!」と僕には面白く読めてしまう。
現実界でそれが本当に実現可能か?
そこまで僕には分からない。
読んで、「おおっ!」と思えるかどうか、それが総て。
【謎の概要】
①山高帽のイカロス
地上数十メートルの電線の間で飛ぶような格好で死んでいた画家と・・・。
②ある騎士の物語
秋元静香と4人のバイク便の男たち。大雪で交通手段が遮断されていた夜、彼らの恨みを買う1人の男が十数キロ離れた場所で射殺されていた。
③舞踏病
家族に頼まれ老人に二階を間貸ししたが、この老人が夜になると狂ったように踊り出す。
○近況報告(4話目)
これはミステリーではなく、御手洗潔シリーズを愛読する人へのファンサービス。
フォロワーさんのレビュー「斜め屋敷の犯罪」を読んで、週1程度は無意識に眺めているこの作品の背表紙を思い出し、19年ぶりに手に取った。
面白かった。
フォロワーさん、ありがとうございました。すみません。
本作はシリーズ6作目(あゝ・・・)なので、次、島田荘司さんを読むときは、「占星術殺人事件」(1作目)を読むことにします。 -
ネタバレ
一読惚れ…。
もうかれこれ30年近く経ったんですかね、この作品が出版されてから…。
確かその頃自分は高校生だったと記憶していますが、テスト勉強そっちのけで読破し、正に「一読惚れ」してしまった作品です。懐かしいなぁ…。
島田先生は改版がお好きで(これはこれで愛読者にとっては迷惑w)、自分が読んだ頃とは大分変わってる気はしましたが、このロマンチックなストーリーを読むと、熱中していたあの頃の自分を思い出して、恥ずかしくもあり懐かしくもありで、忘れられない作品です。確か直木賞の候補作には入ったんですよね、これで。
賞とは何故か縁遠かった島田先生ですが、今やミステリ界の大御所と成った今を考えると、コレか「占星術…」で乱歩賞を獲れなかった事は、未だに残念な想いが脳裏を過ります。
中高生ぐらいの方(特に男子!)が読んだら、胸キュン必至の素敵な小説です。だから「『異邦の騎士』と似てるね」とか、言っちゃダメなんですよ、ファンの方はww!!! -
Posted by ブクログ
ネタバレ幽霊船とロシア皇女の話がどう繋がるのか気になって、早くページを捲りたいとワクワクしたのは初めてかもしれない。
好奇心に急かされながら読み進めていった。
随分変わった名前だったから、その名前には何かしらの意味合いはあるだろうと思っていたけれど、まさかそのような意図があったのだとは思わなかった。
読みながら自分なりに予想してみたのだが、掠りはするものの「ああそっちか⁈」となってもう楽しくて楽しくて。すっかり御手洗の世界に惹きこまれていた。
平八はずっとアナスタシアのことを思っていたんだな…と僅かなすれ違いに心がギュッとなってしまった。時代が時代でなければ二人は幸せになれたのだろうか、いや、多分出会わなかったんだろうな。その時代だから出会えたんだろう。
アナの不可解な言動について自分なりに考えていたけれど、どうしてそんな事をするのか理解できずにいた。
母国語も話せず記憶も曖昧で、嘘をついているようにしか見えない。それなのに自分は王族だと言い続ける。
私は多分この人は本当にお姫様なのだろうとは踏んではいたがまさか怪我によるものだったなんて。ましてや脳の損傷のせいだなんて考えすらしなかった。
言えない秘密があるのだろう、としか考えなかった。
調べてみたら実際にいるようだ、ちょくちょく調べながらもう一度読んでみると面白いかもしれない。
石岡と御手洗が安定に面白くて可愛くて。
そして御手洗の推理の素晴らしさは相変わらずだった。
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Posted by ブクログ
ネタバレ久しぶりに、いいミステリー小説だったなぁ…、って感じ。
でも、それが島田荘司なのが面白い。
島田荘司というと、ピタゴラスイッチみたいな殺人事件wを書く人というイメージだったけど、こんなシブいミステリーも書くんだなーと。
江戸っ子じゃないけど、おっそれ入谷の鬼子母神!とか言いたくなる。←意味不明(^^ゞ
以下、内容に触れています。
そういえば、『暗闇坂の人喰いの木』の感想で、“この人はドラマは書けても、メロドラマは書けないんだろうな”なんて書いてしまったが、それ、全面訂正!
なんだよー! こんないいメロドラマ書けるんじゃん。
なんで、『暗闇坂の人喰いの木』の後半でそれを書かずに、ピタゴラスイッチで遊んじゃうんだよー!
と言いたい(^^ゞ
とはいえ、そうか。これって、1986年に出た本なんだね。
定かじゃないけど、1986年っていったら、たぶんトラベルミステリーが全盛だったと思うのだ。
売れたんだかどうかは知らなけど、例の「占星術」でお札切り刻んだところで、当時はピタゴラスイッチが放送されてなかったこともあって(?)、「ミステリー小説といったら旅情どすぇ~」なあの頃では、著者も食い扶持としてこういうのを書かなきゃならなかったということなんだろうな。
でも、そのせいでこんな大傑作(と評価しない人が今は多いみたいだけどw)が生まれたかと思うと、人間なんてもんは逆風下でいかに試行錯誤するかなんだなーと、勇気をもらえる気がするかな(^^♪
そんな『火刑都市』だけど、今は本格にあらずばミステリーにあらずの傾向があるから、人気ないのはしょうがないんだろう。
というか、島田荘司といえば本格の大御所だから。そのイメージで読んじゃって。全然そうじゃない内容にガッカリしちゃうっていう面もあるんだろうな。
変な話、この小説の著者名が島田荘司ではなく松本清張だったら、「名作」になっていた可能性はあるんじゃないだろうか?
いやいや。島田荘司と松本清張、どっちが上とかそういう話ではなくて。読者というのは、どうしたって先入観で読んじゃって。先入観からくるイメージと合わなければつまらなく感じてしまう、そういうもんなんじゃないのかな?って話w
逆に言えば、自分がこの小説を良いと思うのは、“島田荘司=ピタゴラスイッチみたいな殺人事件を書く人”というネガティブな先入観が覆された、そういうことなんだと思う。
そう書いていて、思い出したけど、そういえばこの小説って、自分は読んでいる間、ずっと「いいじゃん、これ…」と思いながらも、「でも最後はピタゴラスイッチみたいなおバカトリックでシラケるんだろうな」と決めつけていた(^^ゞ
でも、ま、密室にする必要あるの?とか。確かにそれで火は点くだろうけど、でも、消えちゃうことも多いよね?みたいなのはあったとはいえw、「私はあの人以外、誰も愛したことがありません」にはガツーンときたし。
最後の、“中村は、いつか喫茶店で由紀子が泣いたのは、どういう理由だったかなと思い出そうとした。しかし疲れ切った彼の頭では、結局思い出せなかった”は、しんみりとした優しさがある。
そういえば、解説で川本三郎という人が、“私見では「秀れたミステリ」とは、読者にこの人は捕まってほしくないと思わせる主人公を登場させることにある”と書いているけど、それには思わず「それ、それ。まさにそれ!」とうなずいてしまった。
この由紀子って、『火車』のあの女の人とイメージがダブるんだよね。
『火車』は、その女の人の哀しさをどんどん遡っていく話だったが、この『火刑都市』もそういうところがある。
中盤で描かれる新潟の海沿いの集落の凍えるような風景と、ラストで語られる“母がこっちに出てきた時、店で売っていた品物をいっぱい、おみやげだと言って持ってきて……」という言葉。
でも、1986年なのだ。この小説が出版されたのは。
(物語の設定は1982年の暮れから83年の晩秋)
1986年といったら、まだバブルの前夜だが、それでもその兆候はそこかしこにあった。
それなのに、日本って、こんなにも貧乏だったんだなぁ…って。
なんだか、ため息が出てしまう。
最後の、“中村は、いつか喫茶店で由紀子が泣いたのは、どういう理由だったかなと思い出そうとした”というところ。
その喫茶店の場面に戻ってみると、“疲れているんだな、と中村は思った。この娘は疲れている。たった一人で連日を闘い、疲れ切っているのだ”とある。
その由紀子に限らず、日本人は戦後からこのかた、疲れ切るまでして、やっと今の豊かな暮らしを得たのになぁ……って。
ため息が出てしまうのは、たぶんそういうことなんだろう。
というか、ため息に浸っていてはダメなんだろうけどさ(^^ゞ
それはそれとして、著者にとってこの小説の主題は何だったんだろう?
そこにすごく興味がある。
この時期、著者は、本来であれば本格ミステリー、つまり御手洗モノのような小説が書きたかったんだと思うのだ。
でも、時代はトラベルミステリー全盛で、本格モノは売れなかった(か、どうかは知らないが、たぶん)。
つまり、中盤で出てくる新潟の寒村なんかは、小説を売るためにトラベルミステリーにある旅情趣味として出したように思うのだ。
でも、著者にとっての主題は、やっぱりその時代(バブル前夜)で変わっていく東京の風景と情緒への憧憬にあるんじゃないかって思うからだ。
だからこそ、東京ではなくて、「東亰」なんだろうし。また、それに沿っての放火なんだろう。
いや、それに沿うなら「東亰」より「江戸」なんじゃない?って気がするしw
なんで放火?という気がしないでもないんだけど、でも、まー、頭のおかしな犯罪者がやることを理解出来ないのは普通にあることだから、むしろリアルなのかもしれないけどね(^^ゞ
でも、著者は、時代(バブル前夜)で変わっていく東京の風景と情緒への憧憬というテーマをストレートにはミステリー小説にしなかったわけだ。
それは、たぶんそれを前面にミステリー小説に落とし込んでも読者にウケないと考えたからで。
読者にウケるようにするには何が必要か?という部分が、由紀子と、由紀子に代表される人たちが抱える背景なんだと思うのだ。
でも、この小説の主人公は、ほぼ由紀子だ。
そう考えると、由紀子や新潟の寒村って、著者はこの小説を書くにあたって、どの時点で出てきたんだろう?と、そこが不思議な気がするのだ。
たぶん、変わっていく東京の風景と情緒への憧憬をミステリーとして書こうと構想する中で、由紀子という登場人物が出てきたような気がするんだけど、そうではなくて。最初から東京の風景と情緒への憧憬と、由紀子のような人という2つのテーマがあって。
それを一つにしたような気もする。
ただ、どっちだとしても、それって、まるでスティーブ・ジョブズじゃん!って。←意味不明w
いやー、マジそれ、島田荘司に聞いてみたい(^^ゞ -
購入済み
実際起こった事件だけに。
最後に犯人が判明するまで、ドキドキさせられました。
複雑なトリックにも感心しましたし、偶然にも重なった殺人事件により物語に深みが増し、充足感が得られたように思います。
本小説の関連本も読んでみたいです。