柴崎友香のレビュー一覧
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ショートパンツを穿いてサンダル履き、シャーツの前をはだけて、腹を丸出しにして、裾を風にはためかせている奴の姿を見ると、破滅の予感が沸いてくる。Tシャーツに印刷された絵や文字は、どうにも珍妙で道理に反している。自分の内在している思想や感情を表現しているように見えてしまうことが卑怯すぎる。見えてしまうことによって、人は破滅に向かう。Tシャーツ1枚で偉そうに思想を語った気になる。自分の弱いモチーフを服によって増幅させる。これは刺青をちらつかせて人を威圧するのと変わらない。相応の覚悟もないまま雰囲気だけまとって、さも中身があるかのように取り繕う人間には破滅の道があるだけ。破滅が恐ろしくてTシャーツが着られない。
直木賞、芥川賞など、超一流の作家たちが季節をモチーフにそれぞれが時節の表情を独特のタッチで描ききる。 -
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ネタバレ都心から少し離れた大阪の古い家が舞台。母屋と離れがある場所で、主人公の春子は離れの部屋で独り暮らしをしている。独身を貫く決意があり、歳をとったら友人と一緒に住むことを考えている。母屋に住む大家のゆかりは夫に先立たれ、独り暮らしをしている。性格が正反対であるが、いつしか友達となる。近くに住む沙希を交え、少し歳が離れた友人同士となる。
本作品では、古い家に住む人を中心とした女性の日常を描く。女性の日常に潜む生きづらさなどが、男性目線的には赤裸々に語られる。楽しそうに見える女性の笑顔の裏には解決できそうで、できなさそうな事柄があるのだと気づかされる。彼女らは何を待つのだろうか。何かを待つことで幸せを掴めるのだろうか。全体的には楽しく読めるが、裏には重いテーマが潜んでいる。 -
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大阪の(たぶん)ミナミあたりで日々を送っている20代後半の男女の普通の普通で普通な日常が描かれる。主人公の歌子は大阪の昔の写真を集めるのが趣味で、それを見て「この写真の人も私たちみたいに……」みたいな会話もあるから、それが「その街の今は」につながっているんだろうな。
歌子と友人の智佐、歌子の彼氏になりかけの良太郎という主要な3人とも、正社員としてバリバリ仕事をしているわけでなく、腰かけ仕事のような、人どうしのつながりで紹介されたような仕事で日銭を稼ぎながら生きている。でもそのある意味、不安定な浮遊したような立場でもそれなりに楽しく暮らしている印象。知らない街の話だからそう思うのかもしれないけど、大阪ってどこかそういう空気があるような気がするな。同じような小説を東京を舞台にしたらどうだろうって思った。みんなもっと真面目に仕事も遊びもしてるような毎日が描かれるんじゃないかと思う。
何が起こるわけでもない淡々とした小説なんだけど、ほっこりした気分になれる。それって大阪が舞台であることが大きいと思ったんだけど、川上弘美が解説でこの小説の「感心した」点をいくつか挙げていて、それがけっこう自分の印象とも重なったので、大阪の魅力だけじゃなく、柴崎友香の筆力でもあるんだろうな。
ちなみに、川上弘美が感心した点は以下のとおり。
・出てくる人たちがいやな人たちじゃない。
・出てくる人たちはいやな人じゃないけれど、いわゆる「いい人」でもない。
・年の違う人が出てきても、作中の人たちは年の差を言い立てたりしない。
・環境や性格の違う人たちが出てきてもそれぞれが違いを言い立てたりしない。
・作中の人たちが作中の人たちの話をちゃんと聞く。
・大阪に行きたくなる。
・大阪ではない場所が書いてあると、そこにも行きたくなる。
・都会が描かれていても「都会」っぽい都会にみえない。
・かといって「なつかしい匂いの町」というのではない。
・女の子たちがかわいい。
・男の子たちもかわいい。
・お互いの呼び方(名前を呼びつけにしたり、さんづけしたり、くんづけだったり、あだ名だったり)に、必然性がある。その人にはその呼び方以外はもう考えられない。
・甘いものがおいしそう(わたしは甘いものに興味がないので、小説の中に甘いものが出てきてもたいがいは無関心なのに)。
・作中の人のお金の使い方が自然。外食をする頻度とか、お店の選び方とか。 -
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ネタバレ
映画館で「寝ても覚めても」という作品の予告編を観ながら思いだした。
柴崎友香。
「きょうのできごと」(河出文庫)で登場して、行定勲が映画にした。小説は読んでいたが、映画をテレビで見て、映画もいいなと思った。
そのときからずっと読んでいるが、面白いことに出来が悪いと思った「春の庭」(文春文庫)という作品で芥川賞をとった。ぼくの先生の一人の哲学者が「ヒャクキン小説」とおっしゃるのを聞いて、二の句が継げなかった記憶がある。ともあれ、この作家に「芥川賞」は似合わないと思った。「そんなたいそうなことじゃないんです。」って、本人がいいそうな気がする。
「今このとき」が書かれている小説、それがやっぱりおもしろい。だから「これ、いいよ。」そんなふうに紹介したい。ところがこれがムズカシイ。ぼくが好きな小説はすこし変なのかもしれない。そんなふうに思うこともある。「ショートカット」(河出文庫)もそんな一冊。
《今日の仕事が終ったらすぐに、由史くんに電話しようと思っていた。由史くんは仕事中かもしれないけれど、それでもどうしても話したかった。おなじ場所にいるだけでなにも言わなくてもわかることが、電話の向こうとこっちで別々の景色を見ながらいくらしゃべってもきっと伝わらないって、決定的にわかり始めていた。だけど、そのことを、電話をかけて、確かめたかった。電話の向こうの由史くんに伝えたかった。》『やさしさ』
《「なんで、今日、こんなとこまで来たんやろ」和佳ちゃんは声を落とさないで言ったけれど、なかちゃんは聞こえないのか聞こえていないふりをしているのか、その言葉には反応しなかった。角度の高い太陽のせいで小さくなっている影を引き連れて、相変わらず周りの建物や空を見回しながら歩いていた。足元を見ると、自分の影もとても短かった。「なんかさ、後から考えたら筋が通ってないのに、その場ではわかったような気になって返事してしまうことって和佳ちゃんもある?そんな感じ?」「うーん。」》『パーティー』
《「なんか、意外。和佳ちゃんはそういうとこはさらっとした感じかと思ってた。」「なんで?どこが?だって、わたし、好きな人とめっちゃ遠くの知らへん場所で暮らすって決めてるねんもん。好きな人についていって見知らぬ遠くの街で暮らすっていうのこそ、女の子の醍醐味やん。」わたしより三つ年上の和佳ちゃんは、中学生の女の子みたいに、その夢になんの疑いも持っていない眼で語った。「そうかな?大変そうやん。知らへんとこなんかいったら。」「大変やけど、愛があれば苦労もできる。それが愛。」「遠くって、どのぐらい遠く?」
船が出る、一応港と呼べる場所なのに、どこを見渡しても行き止まりに見えた。近くの工場から、鉄を削る音やとても重くて固いものがぶつかり合うような音が重なって響いてくる。空は、だんだんと雲のほうが多くなっていた。
「とりあえず、日本やったらあかん。希望は太平洋を越えたくって、近くても東南アジア。」「じゃあ、外国の人と結婚すんの?」》『パーティー』
この本のなかには『ショートカット』『やさしさ』『パーティー』『ポラロイド』という四つの短編小説が入っている。それぞれ別の話なんだけれど、一つめの引用で「由史くん」に電話しようとしている女性と二つめと三つめの引用で「和佳ちゃん」と話している人は登場人物としての名前は違うようなのだけど、どうも同一人物ではないかという感じの小説群。就職して東京に行ってしまった彼を思う『ショートカット』、その彼と別れそうになっている『やさしさ』、彼と別れた『パーティー』、新しい彼と出会う『ポラロイド』という連作。
気いったところを探して引用しはじめてみたけれど、ドンドン書き写してしまいそうになってしまう。この案内をここまで読んできた人は「どこがおもしろいねン?」きっと、そう思っているだろうと思う。
こんな言い方をするともっと意味不明になってしまいそうだが、今、ここにたしかにあって、みんなには見えない本当のことにとらわれてしまうとか、仲の良い友達と一緒にいるのに、自分が一人ぼっちだと感じるような経験をしたことはないだろうか。一緒にいる人は、きっと変な気がする。
この小説はそんな気分をとてもうまく書いている。この人の小説を読んでいると、そんな気分の中に主人公と一緒にワープしてしまうような、スリリングなリアリティがとても心地よい。
例えば一つめの引用で「由史くん」に電話をかけたいと切実に思っている彼女はこの時、友達と電車の先頭車両に乗っている。
《一人しかいないのに進行方向を指差して確認している運転手にも、それ(前方の風景)は同じように見えているはずで、不安にならないのか不思議に思った。進む先が見えていないのに、どうしてちゃんと進めるんやろうって。目の前の線路が見えているだけで、ただ昨日も乗っていたからだいたいのことがわかるだけやのに。》
なんて事を不思議に思いながら、前方を見つめている。
《発車のベルが世界を分ける。ドアが閉まって、わたし達は空気と一緒に運ばれる。移動していることを感じないまま》
今、立っていた世界から引きちぎられるように遠ざかっている自分を見つけてしまう。
今ここにいるということがなにげないことなのに、哀しい。そこに立って見せているこの作家の作品は、なかなか「ヒャッキン」では買えないものなのではないだろうか。
うーん、これではやっぱり案内になっていないか?(S) -
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ネタバレ高校や大学で同級生だった3人の女性が、そのうちひとりの雑貨屋の開店祝いに訪れることから始まり、それから1年間が切り取られる。
柴崎さんの小説を読むときは毎回、長く続く前後の中で「そこだけ切り取られて渡された」という感覚があるが、本書は構成からしてすでにそうだ。
だらだら続く人生は、切り取られる前にもあったし、切り取られた後にも続く。
ライフ・ゴーズ・オン、の正しい作品化と言えるのかもしれない。
他の作品と違うのは、語り手の頻繁なスイッチング。
2行明けをきっかけに視点人物は3人に割り振られていく。
ただし3人だけとは限らず、彼女らに交わる人物の内面にもゆるーくスイッチングされ、この「ゆる逸脱」も面白い。
「ゆるポリフォニック」だ。
柴崎さんの小説に事件は取り上げられない、と思いがちだが、意外とそうでもない。
特に本作では、読者にとっては大したことはなくても、彼女たちにとっては「生活に地続き」な変化が起こる。
自分の店を持つ。職場の同僚の身の置き方の変化。幼馴染の引っ越し。異性との出会いと深まり。などなど。
そんな中で徐々に、母、祖母、との関係に重点が移っていく。
さらに周囲からは結婚や出産やといった「追い立て」がある。
「制限時間」がある中で自分がどういう選択をしていくのか……。
これはリアルに直面せざるをえない「事件」だろう。
女性にとっては30歳40歳に来るが、われら男性にとってはとりもなおさず「死」……女性はそれを数十年前に先取りしているのかな、とも考えを飛躍させたりもした。
とことで「ちゃんとした大人になること」を3人は考えたり、生きたりするが、これって実は、思春期よりもやっかいな問題なのかもしれない。
だって、どんな生活をしていても物足りないものがある、という感覚は思春期と共通したまま、
生活や環境や責任や将来や制限時間や死やを考えなければならない。
思春期のようにいざとなれば死んじゃえばいいんだ(オール・オア・ナッシング)という思い切りはもはや失われ、できることできないこと妥協と引き延ばしと誤魔化しと無視と挫折と敗北感と空しさと卑怯と諦めと身体的条件と……おお。 -
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ネタバレ■主題歌
三人称。視点も固定せず。という柴崎友香にしては珍しい文体。
かわいい女の子談義が好きな主人公が、この人をあの人に紹介したいと思う機会が増える。
いっそのこと友人を呼んでその場で交流できるような女の子限定カフェを一夜限り開くことにする。
旅行や移動はないが、メディア的な存在になるといういつものテーマが、こういうかたちで実現されている。
なかなか悪くない。
ただしわからない人感じられない人には、ただの女子会に過ぎないだろうとも想像できる。
この人の魅力の理由をまだ把握しきれずにいる。
■六十の半分
三人称だが、視点人物が1で香奈→2で敬一→3で亜矢→4で再度敬一、と変則的。
それなりの図式がありそうだが、そこまで深追いできず。
■ブルー、イエロー、オレンジ、オレンジ、レッド
夜通しの飲み会のあと雑魚寝したメンバーが、翌日どうするか。 -
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ネタバレ大学生とアルバイターのテキトーで楽天的な旅。
胸に一物隠して、とか、暗い過去が、とかではなく、ただこういう来歴の人物が4人、深夜の高速の車中にいればこういう会話があるよね、という程度の話。
中高は非モテ、大学で多少なりともゼミのリア充友人と交流をして、かすみ程度にその匂いを感じたこともある身として、
ああこの人は池○くんだな、とか、ああこれは兼○くんっぽいな、とか、コロ助の妙な理屈っぽさはまぎれもなく自分か平○くんか斎○くんかというところだなー、とか、連想も楽しかった。
この日々は、きらきら輝いているわけではないが、深夜に遠くのほうでぎらっと光る遠雷がある。
それは忘れがたいのだ。
まったく、記憶の底に澱のように、その後数十年残るのだろう。
そこまで仰々しく書き立てなくとも。
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後半に少し日付の揺れ、一人称の揺れがあるが、ちょっとやってみましたー、という程度。
ひたすら眠いというギミックひとつを引き延ばして。
悪い意味でのJブンガク的な気取りやお洒落志向があり、若い女性の感性だから許されるっしょーという甘えがあるのでは。
オフビートな筆のすさびのように見せかけた堅牢な作風、が持ち味の作者のはずなのに、本当にすさびしてしまった。