田口俊樹のレビュー一覧
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「エメラルドシティには八百万の物語がある。そして八百万の死にざまがある」子どもを誤射して撃ち殺してしまった過去がある元警官でアル中の探偵マットスカダー。読むのは学生の頃に読んだ「聖なる酒場の挽歌」以来だ。足抜けをした翌日にナタで殺されたコールガールのキム。彼女の依頼でマットは前日にヒモのチャンスという男に彼女の足抜けについて話し、心良くOKをもらっていた。そしてキムにもチャンスにも好意を抱いていた。なのに、なぜ?誰が?田舎から出てきたキムの人生。チャンスの人生、他のコールガールたちの人生。マットが通う禁酒集会所の人たちの人生。登場人物一人ひとりの人生が、まさに八百万の生きざまとして語られていく。さらにもう一人おかまの売春婦が同じ手口で殺された。マットは自らを囮にして犯人を誘い出す。酒を断ちコーヒーを飲みながら、時に失敗を繰り返す。都会では多くの人たちの意図や願い、感情がすれ違い、交錯し、錯綜する。助け合い、求め合うも、描かれるのは埋めようのない孤独。人生は意味もなく苦い。
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原題「Giv: The Story of a Dog and America」が示すとおり、ある犬-Givが人から人へと旅するのを追うことでアメリカという国、そこで起こった悲劇の歴史、そこに住む人々の魂を描いたロードムービーのような物語です。
プロローグに「この物語は伝統的なやり方では語られない」とあるように、初めて読む構成でした。とは言っても難解ではなく心にすっと入ってくる。最後には全て回収されるので途中でやめずに読んでほしいと思います。
ディーンとギブが出会うシーンや登場人物の大半は作者の実体験や実在の人物がヒントになっているそうです。帰還兵が身近にいる国、アメリカを知ることができる作品です。 -
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読後の興奮冷めやらず、すぐにレビューが書けないほど、この本のカオスにやられた。そしていつもながら、ウィンズロウの文章にやられた。ともかくキックの強い作品なのだ。いつも。キャラクターたちの運命が神の視点で書かれてゆく悲喜こもごもの人間絵図。愚かで、強欲で、弱くて、それでも必死に生きてゆき、時に美しく、明るく、悲しく、それぞれの生を楽しんでいながら、運命の残酷に翻弄されざるを得ない男たち、女たち。
この初夏、この本の出る少し前の頃、大画面TVに新調した我が家で、ぼくはコーエン兄弟のTVドラマ『ファーゴ/FARGO』シリーズ4作に、遅まきながらはまっていた。ユーモアと残酷を取り混ぜながらの人間の愚かさ、可笑しさ、運命の皮肉などを抽き出してゆく脚本と演出は、昔から変わらぬコーエン兄弟の元気っぷりを見せてくれるが、中でも家族対家族というやくざ一家同士の対立を描くシーズン2と、人種の違いによる長年の二大やくざ組織の平和と対立を描くシーズン4は、それぞれが、ミネソタ州ファーゴ、ミズーリ州カンザスシティが舞台である。
アメリカの中心とは決して言えない田舎町での殺し合いや絶滅を描くプロットが、実はロードアイランド州プロビデンスという田舎町を舞台にした本書とイメージで重なる。多くの共通点や違いを比べながら本書を『ファーゴ』ともども楽しむことができたのは幸運だったように思う。
さて本書に集中しよう。手に汗握る展開、個性あふれる語り口、展開の妙、全体の構成、人間喜劇のような皮肉極まる展開、そして終わってみれば愚かな一握りのキャラクターによって引き起こされる大きな悲劇。累々と転がる屍のトレール。どちらも運命の皮肉を痛感させながら、かくも愚かなる闘争に巻き込まれてゆかざるを得ない業と欲にまみれた人間たちの悲劇。
本書は、ウィンズロウがこれまで数限りなく描いてきた、愚かでありながら精いっぱい人生の海を漕いでゆこうと足掻いてゆく若者たちの姿を、再度、舞台を変え、時代を変え、生き生きと描く三部作の第一篇である。この一作だけでも一端完結しているが、巻末には次作のエピローグというサービス・ページが寄せられている。ここでやめられなくなる次なる地獄への手引きのようだ。
これまでに巨大麻薬カルテルと執念の保安官の対決や、メキシコからの密入国者たちの運命などを大掛かりに取り混ぜて書いてきた感の強いウィンズロウだが、本書では一端既存の作品をリセットして、人生最後の作品と作者自ら豪語して書き始めた、いわゆる魂の三部作なのである。これまでの他シリーズを読んでいなくても、本書で改めてウィンズロウの作品の魅力、読みやすさ、不思議なその文章の引力、などを体験されることを望みたい。
長年に渡って全作を読んできたこの天才作家の超愛読者のぼくとしては、最後の作品が、ロードアイランド州プロビデンスという、大都会でもメキシコ国境地帯でもない海の町を舞台にしているところが、一時書いていたブーン・ダニエルズ・シリーズや映画化もされている『野蛮な奴ら』みたいで新鮮であった。のっけからビーチで仲良く遊ぶアイルランド系とイタリア系の二大ファミリーの姿が登場。この辺りの描写がとても書きなれていて上手いのだ。しかしここで登場する二大ファミリーが運命の決裂によって如何に愚かな争いに巻き込まれてゆくかという、例によって時間軸でのスケールが大な物語である。
人物たちの個性と、運命の歯車が回ってゆく様子を、巨大な人間絵図として見て頂きたい。ウィンズロウのラスト三部作は、何とギリシア神話を基にした人間悲喜劇の現代版=ウィンズロウ版だそうである。壮大な構想。本書だけでも満腹になる内容だが、これは三部作のまだアペリティフに過ぎない。嘘だろう、とそんな風に思わず呟きたくなるけれど、大いなる序章として、まずは十分に満足である。 -
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異常な暴力性と猟奇性を持つカルト教団に拉致された娘を救い出すべく、デスクワーク組の警察官の父親と、元教団の麻薬中毒者の女がタッグを組み、彼等の足取りを追い、復讐を挑む。
プロットはシンプルながら、文体が簡潔かつ切れ味良く、独特の魅力がある。強烈な暴力・性描写の洪水で、その点パルプ小説的ではあるが、前述した文体や、主人公二人の間の精神的な交流を描くことによる叙情性が、下品になりすぎないバランス感がある。
作中の登場人物の女性の多くに、非情ともいえる過酷な仕打ちが何度となく降りかかるのだが、主人公のケイスを含む多くの人物の精神的な強さが救いとなって、悲壮感はあれどなんとか読み進めることができた。
ただただ女性が蹂躙(執拗なレイプ描写など)されるのは読んでいて本当に辛いので。 -
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ドン・ウィンズロウ『業火の市』ハーパーBOOKS。
新しい3部作の第1弾。
ドン・ウィンズロウらしいハードでストレートなギャング小説という感じだ。角川文庫の『犬の力』とか『フランキー・マシーンの冬』に雰囲気は近いだろうか。まだ第1弾なので壮大な物語の発端に過ぎないのだろうが、大いに期待出来そうだ。
1986年のアメリカ東海岸の通称ドッグタウンを仕切るアイルランド系マフィアのファミリーの中で、ダニーは昔からの仲間と共に平穏に暮らしていた。ダニーに不満があるとすれば、ファミリーのドンの娘と結婚しながら地位が上がらないことだった。
ある日、ダニーが所属するファミリーの一員がイタリア系マフィアといざこざを起こし、次第に抗争へと発展していく。ダニーも血塗られた復讐と暴力の波に飲み込まれていく。
巻末にはこの夏に刊行予定の第2弾の『虚飾の市』の冒頭を収録。
本体価格1,309円
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テリー・レノックスという酔っぱらい男と友人になった私立探偵フィリップ・マーロウは、頼まれて彼をメキシコに送り届けることになった。メキシコからロスに戻ったマーロウは警官に逮捕されてしまう。レノックスが妻殺しの容疑で警察に追われていたのだ。しかし、レノックスが罪を告白して自殺したと判明。マーロウのもとにはレノックスからの手紙が届いた。ギムレットを飲んですべて忘れてほしいという手紙だったが……。
久しぶりにチャンドラーの作品を手に取った。
清水訳は若い頃に読んだが、村上訳は未読。
一連の「沢崎」ものを思い出させるのは、当然ですね。翻訳は違えど、こちらがオリジナルですから。 -
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前作『ランナウェイ』の主人公サイモン・グリーン、またこちらも前作に登場した女性弁護士ヘスターのTV番組収録シーンが序盤に展開する。ヘクターおばあちゃんは、本作では何と、そのままダブル主人公の一翼を担ってしまう。サイモン・グリーンの事件『ランナウェイ』と、本書は時期的にかぶっているらしい。
連作ではないのだろうが、ファンサービスか、作者の遊び心なのだろう。ちなみにハーラン・コーベンのノン・シリーズ2001年作品『唇を閉ざせ』では50代のへスターが登場するらしい。へスター・ファンとしては、件の作品は早速取り寄せねばならないだろう。
前作に続き、本書も全編に渡って作者の遊び心に満ち溢れているように見える。むしろ、それこそが円熟期とも言えるハーラン・コーベンの真骨頂なのかもしれない。
『ランナウェイ』では十代男女の殺し屋コンビ、アッシュとディーディーの殺人街道が、本編とは何の関わりもないかのように、本編に挿入されていた。そうした独特な場面転換によるあの不思議な構成は本作でも生かされている。
多数の多次元的な物語が、一つの小説のうちに交互に展開されるというディープかつ卍な構造が、徐々に全体を縦糸と横糸で編み上げてゆく構成と相まって、総体的に何とも言えぬ緊張感をじわじわともたらしてゆく。視点の転換。仕掛けられたいくつもの伏線と意外性。
本書のタイトルともなる主人公、その名もワイルドは、6歳から8歳と思われ、文明と離れた森の中で育った野生の少年として発見されたにせよ、本作スタート時点は、その34年後、文明社会に馴染み切った中年の男性として登場する。元は野生の生い立ちであったにせよ、今では孤独という名のこれ以上ない警戒心を抱え込んで、先端技術である警備システム、スマホと種々のアプリ、機械類など、野性とは真逆と思われるあまりに現代的な道具を駆使するテクニカルな隠遁者のような生活を送っている。
生活各所における警戒心と緊張と危機管理意識の細やかさは並ではない。日々の生活は、ゆるめては緊張させ、またゆるめる。異性との楽しみ、文化・技術への渇望、そうしたことへの躊躇は見えない。発達した独立自我のリズムで奏でられる見事な生活を信条としているかに見える。
一方で描かれるのは彼の生きる世界が、多くの瑕疵で綻びを産んでいる事実。少年少女たちの間で生まれる差別、虐め、失踪、暴力。大統領選を見据える野望を持つ男。取り巻き連のそれぞれの立場。TVメディア。メディアを操る者たち。過去の殺人。人種差別を下地とする冤罪事件。あってはならぬ悪と、未だ遂げられずにいる正義。本書のなかの世界は、様々な矛盾と不安定ささで燻り過ぎている。
野生の少年であった今や中年男のワイルドは、その中でひたすら優しさと明るさを維持しているかに見える。かくも頼もしく信じられるキャラクターの存在が、ともすればダークになりがちな作品を救済していくように見える。それは作者の優しさなんだろうとも思える。だからこそ多くの布石を回収してゆくストレートでカタルシス豊富な揚力があるのだろう、本作には。
本書ではワイルドと同等、あるいはそれ以上に印象的な闘志を見せるヘスターが目立つ。前作『ランナウェイ』でも頼り甲斐のあるベテラン弁護士として活躍して見せた彼女は本書ではワイルドと主役を分け合う存在感と魅力に満ちている。ハーラン・コーベンの最大の創造力を形に表した存在として、象徴的な存在だと思う。
本日、札幌オンライン読書会で様々な情報を仕入れました。ハーラン・コーベン初心者としては相当参考にさせて頂きました。深謝。 -
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レニングラード、スターリングラード、「ソビエト連邦」を作った「革命家と独裁者」の名前を付けた二つの町と、革命、その後の戦争。
レニングラードはロシア帝国時代ピョートル大帝(一世)により建設された帝都で文学や音楽の豊かな文化都市。
大帝にちなんでサンクトペテルブルグと呼ばれていたが、革命時に首都のモスクワ移転とともに革命家レーニンの名がつけられた。
第2次世界大戦では2年半にわたるドイツ軍による徹底した包囲網と砲撃でロシア市民を含めた死者は100万人ともいわれるが、その大半が“餓死”という。
「市を消滅せよ」というヒトラーの命令と、市民を「人間の盾」として監視し弾圧を強める赤軍とのはざまで、なすすべもなくさまよう人々。
作中でも、市民の悲惨な状態がストレートに描かれている。
戦争をじかに体験した世代から薄れゆく世代への語り継ぎの物語として、こうした“聞くもおぞましい”現実を、若者二人の「ロードムービー」として描くことでバランスよく読者に語りかけてくる。
そこで「卵をめぐる祖父の戦争」というタイトル……優れた邦題である。
いっぽうのスターリングラード、ロシア帝国時代は南のタタールに備える要塞都市のひとつであったが革命戦争時に大きな戦いがあり、その後社会主義の象徴として工業化を進めた都市で、当時の独裁者の名がつけられている。
1942年8月から約6か月にわたる激しい攻防戦が繰り広げられ、同名の映画にもなっているが、この物語には関係ない。
ソビエト崩壊後の現在、スターリングラードは消滅(一部ヴォルゴグラードとして残る)し、レニングラードはふたたび「サンクトペテルブルグ」として生き残った。
……文明は滅びても文化は残る。 -
購入済み
アガサ・クリスティー作品といえば、読んだことはないけどトリックだけは知ってるといういわゆるネタバレ率が高いことで有名で、恐らくは世界中で一番ネタバレされている作者と言っても過言ではないでしょう。本作もポワロ最後の事件ということで、色々なところでネタバレされていますが、ただ単純な犯人当てでもないので、犯人の名前だけ分かっても読後の衝撃度はそれほど損なわれないという内容ですので、そういった理由で読むのを躊躇されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ読んでもらいたい作品です。この作品は発表こそクリスティーの晩年である1975年ですが、実際に執筆されたのは1943年ということで、出版をそこまで待ったのはネタがポワロ最後の事件だからという、なんとも遠大なネタフリというかクリスティーならではの完璧主義に驚かされます。そこまでこだわっているだけあって、内容は並みいる他の有名作品と比べても勝るとも劣らないほどの傑作で、それまでのアリバイ崩しや密室トリックといった推理小説のお約束を全部ひっくり返してしまうような、ある意味クリスティーの真骨頂とも言える作品なのではないでしょうか。