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「このミス」第1位! “暴力の詩人”ボストン・テランの輝かしきデビュー作。
元妻とその再婚相手をカルト教団〈左手の小径〉に惨殺され、娘を誘拐された刑事ボブ・ハイタワー。元薬物中毒者の女性ケイス・ハーディンの助けを借りて娘の足跡を追い、教祖サイラスと〈左手の小径〉に復讐を誓う。
愛と憎悪、セックスと暴力、そしてドラックと銃弾。鮮烈な文体で描き出す銃撃と復讐の宴。神なき荒野で正義を追い求めるふたつの魂の疾走。
発表と同時に大きな反響を呼び、アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞候補作となり、英国推理作家協会(CWA)最優秀新人賞を受賞。
日本でも「‘02年版 このミステリーがすごい!」第1位に選出。日本冒険小説協会大賞を受賞した。
解説・池上冬樹
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1999年に書かれた『神は銃弾』でノワールファンに衝撃を持って迎えられた本作。
まさか2023年になって映画化するとは思ってもいなかった(映画自体はキャスト陣が演じるキャラクター造形は素晴らしいのだが、残念なことに映画は悪い意味で原作通りにやってしまったせいで、キャラクターたちの魅力を活かしきれてなかった)
10数年ぶりに原作を読み直したくなって久々に表紙をめくったのだが、やはりめちゃくちゃスゴい。
今読んでもこの容赦のないプロットと、ドライで冴え渡ったキレッキレの文章には惚れ惚れするくらい食らってしまう。
そして600ページ近くある作品で、この文体で描かれるのは癖がありそうなのに、なぜかリーダビリティが高いのも不思議だ。
暴力をここまで陰惨に、かつ徹底的に描いていながらも、キャラクターの内面の機微も繊細に読み取り描いていくのも抜群に上手い。
改めてスゴい作家だ、と。
ボストン・テランは2019年に『How Beautiful They Were』という新作を出しているのだが、これは翻訳されないのかな……。
ってか新作もそろそろ出してくれないかな。
それとボストン・テランは何回も映画化が動くけど頓挫し、を繰り返しているのだが、『神は銃弾』が作られたことで次の映画化も動いているらしい。
次は『暴力の教義』が映画化するんだとか。こっちはちょっと座組的に心配ではあるのだけれど……。
Posted by ブクログ
異常な暴力性と猟奇性を持つカルト教団に拉致された娘を救い出すべく、デスクワーク組の警察官の父親と、元教団の麻薬中毒者の女がタッグを組み、彼等の足取りを追い、復讐を挑む。
プロットはシンプルながら、文体が簡潔かつ切れ味良く、独特の魅力がある。強烈な暴力・性描写の洪水で、その点パルプ小説的ではあるが、前述した文体や、主人公二人の間の精神的な交流を描くことによる叙情性が、下品になりすぎないバランス感がある。
作中の登場人物の女性の多くに、非情ともいえる過酷な仕打ちが何度となく降りかかるのだが、主人公のケイスを含む多くの人物の精神的な強さが救いとなって、悲壮感はあれどなんとか読み進めることができた。
ただただ女性が蹂躙(執拗なレイプ描写など)されるのは読んでいて本当に辛いので。
Posted by ブクログ
アメリカ国民に広く根付き、意識せずとも行動規範となっているキリスト教。このことは一神教を持たない日本人には理解し難いことも多々あると思うが、一方でキリスト教の教えとは程遠いモラルの中で病んでいるアメリカ。
この作品に登場する元ジャンキーのケイス、サイコキラーのサイラスが語る言葉は、哲学的で、現代を反映した過激だが新しい宗教的な響きがある。
それは世界中に広まったキリスト教やその他の一神教が、世の中をパラダイスにするどころか、血みどろの世界を創っている元凶なのではないかという疑念さえあるからではないか。
心底、神を畏れ、その教えに従うものはもうアメリカには少ない。しかし一方で銃弾の力を信じ、それに取り憑かれた社会がアメリカということなのか。
Posted by ブクログ
初期(「音もなく少女は」まで)のボストン・テランの小説でわたしが読みたいのは、繊細で美しく複雑で荒々しい、とにかくカッコいい文章とそこに幾重にも厚くかけられる比喩のベール。シンプルなストーリーの上で語られる窮地に陥り人生を解決しようとする人々それぞれにある、こだわり、理、世界をどう観ているかの視点。そして、女性が、虐げられたものが、自らに手で独立を、尊厳を取り戻す物語だ。
「そう、神は白人で、男なんだよ。だけど、あたしの意見を言えば、それこそ、そもそもの罪だ。それでもう先例ができちまったんだから。神性ー完璧ーは男だって言っちまったんだから。それこそ息子に引き継がれるべき白人の文化で、だから、それ以外の人間は誰でも、それ以外のものは何もかも、それよりひとつ劣るんだよ。女も、黒人も、インディアンも、動物も、ゲイも」
故にボストン・テランは女性の、虐げられたものの新しい神話を書くのだ。一年の最後の日に、1stを再読してそんなことを言い切りたくなったのでした。
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ボストン・テランの文章は集中していないと置いていかれてしまいそうになるけれど、それでもとてもカッコ良い。付箋も立つ。引用というか、書き残しておきたくもなってしまうのでした。
「見なよ。これこそ完全な命の形だ。至高の芸術形式だ。誰にも平等な偉大なるものさ。これは政治の境界も宗教の境界も全部越える。これはなんのしがらみもない。だから、誰もえこひいきしたりしない。向こうもこっちもどっちにも傷を負わせる。これは、ゴミみたいに偉ぶったたわごとを並べて、聖書が撒き散らすくそ寓話のどれにも負けないくらい単純で深いものだ。これはその背に歴史を背負って、眼のまえにあるものをすべて薙ぎ倒す。信仰はすべてこの処女真鍮の莢の中にあるんだよ。これこそ処女交降誕なんだよ、ベイビー。そうとも。これこそ新しい宗教を生み、古い宗教をやっつけるものだ。コヨーテ、神はいるよ。だから、不幸や苦痛なんか、にっこり笑って耐えるんだね」
「ホーナデイ社の弾丸を手に彼女が語った、真実の世界で完全な力を維持しているものに関する二分間の哲学。」
神は銃弾。
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