日下三蔵のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
内容(「BOOK」データベースより)
宇宙へ出た人類に襲いかかったもの、それがM・E。ひとつ前の宇宙の残滓であり、人間に悪意をもつ、小天体の姿をした存在。精神を食いちぎり人を異質なものに変える。これを破壊せんと連合はハンターを育成し宇宙へ送るが、戦いは絶望的だ。しかもハンターがM・Eの顎に倒れると、精神的に強く結ばれた恋人や肉親までもが変貌するのだ。日本SFの里程標的傑作を完全版で贈る。
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SFマガジン連載時からワクワクしながら読んでいて、1984年にハヤカワ文庫から出たときは夢中で「これは未完の大傑作だ!」と吹聴して回っていた。このたび書籍未収録だった2編を加え、創元SF文庫から[完全版]として復刊された。完全版とはいえ、本書はマインド・イーターと人類との戦いのごく一部の事象を描いただけで、書かれなかった物語の奥行の広さを感じずにはいられない。惜しいことに作者は1989年以降執筆をしていないようなので、[完全版]と標榜しつつも、やはりどうしても未完の大作という感覚がぬぐえない。
マインド・イーター。それは、ビッグバン以前の宇宙の残滓であり、人類に対する憎悪が結晶したものである。彗星と呼ばれる形態で人類に襲いかかり、接触したものを異質な存在に変化させ、被害者と強いつながりがある者の精神を食いちぎる。
マインド・イーターは岩石であり、結晶であり、音楽であり、原初の言語である。
30年近く前に読んだ本を再読したわけだが、自分で驚くほど細部を覚えていた。描かれるシーンや会話が魅力的だったせいだろう。一方、未来社会の描写(通信手段やコンピュータ、新聞、車等)が古めかしく見えてしまうのは、致し方ないところか。
飛浩隆が「日本SFが成し遂げた最高の達成」という惹句を書いているが、「日本SFが到達した“極北”のひとつ」という意味では賛意を表する。これほど絶望的な精神戦も、そうそうあるものではない。 -
Posted by ブクログ
おもしろい
ミステリとしては解決部分で読者に提示されていない手がかりが現れるなど、謎解きを主眼としてみた場合はがっかりするかもしれない
しかし、それは読み手が読み方を間違っているだけで、不可解な事件が起き、それを雅楽が解決するという一連のストーリーを楽しむという読み方をしていけばものすごく面白くなっていく
読んでいて思ったのは半七捕物帳によく似ているなということ
実際作者もある程度意識していたようで、読者のあまりなじみのない世界でおきる様々な魅力的な謎を解決していくというあたりに同じ魅力がある
まだまだ作品はたくさんあるようなので読むのが楽しみ
読んでいないかたは是非 -
Posted by ブクログ
全集最終巻には、長編2編と探偵小説にまつわるエッセイを収める。
表題作は、1959年から1960年にかけて東京新聞に連載された。全集第1巻の最後に収められた「文士劇と蝿の話」に、浅尾当太郎の悲恋への言及があり、それを書いた話があるの? と思っていたら、「松風の記憶」がそれだった。先に解題で、最初に単行本化されたとき「鷺娘殺人事件」の副題がついたということを読んでしまったため、いわばゼロ時間へ向かって読むこととなった。"鷺娘"が殺されるのは、全体の85%を過ぎたところ。そこまで、登場人物の動向と心情を丁寧に記しているのだが、それだけでも面白いのだが、いつどうやって殺されるのか、"鷺娘"はやっぱ彼女なのか、とか思って読むので、緊張感溢れるものになる。登場人物への親近感も増していき、特に"鷺娘"はどんどん魅力的になっていって、殺人事件なんて起きなくていいよ! と思ってしまう。結果として悲劇の端緒を作ってしまった当太郎の父で雅楽の親友浅尾当次も、冒頭で死んでしまうのに、なんだか床しい人柄で、好きになってしまった。
もう1編の長編「第三の演出者」は1961年の書き下ろし。関係者6人の1人称話と雅楽の1人称推理で構成されるが、藪の中方式で、人によって言い分が違う、というわけではなく、違う角度からの叙述によって、徐々に何が起きたかが明らかになっていく、という趣向。雅楽の推理の前に犯人はわかってしまい、謎解きとしてはひねりがないが、十分面白い。当時の新劇の位置づけも興味深い。 -
Posted by ブクログ
中村雅楽(がらく)ものを年代順に編集(長編は別立て)。第1巻は1958年から1960年にかけて発表された、第1作「車引殺人事件」や直木賞受賞作の表題作を含む、18作を収める。
雅楽ものは昔結構読んだが、単行本だったと思うので、立風書房版だったのか? 中村勘三郎が雅楽を演じた土ワイの2時間ドラマも好きだった。「奈落殺人事件」の、メイントリックではなくメイン錯覚はずっと覚えていたのだが、今回読んでいるうちに、ある人物が土ワイで淡島千景だったことを思い出し、それで犯人も確信(淡島千景が出ていて何でもない役というのはありえないでしょ)。いやあ懐かしい。再放送を見たいものだ。
TVが出たて、新幹線はまだない時代の風俗も興味深い。
ただ、「松王丸変死事件」なんかは、ええっそんな理由で死んじゃうの!? 確認もせずに? メンタル弱すぎだろー。この頃の人たちが今の世のいじめなんか体験したら、サヴァイヴできる人なんか一人もいないんじゃあ。ストレスも乗り切れなさそう。と思ってしまうが、お話だからか? -
Posted by ブクログ
江戸川乱歩というビッグネームに構えて読んだら、驚いたことにかなりタッチが軽くて読みやすい。
よくもまあこれだけ書いたと思うほど短編の中にさまざまな種類の殺人やら事件やらが書かれている。
この人の書くミステリはなぜか、読み終わると微笑んでしまうような後味がいいものが多い。
個人的に好きなテーマはプロバビリティの犯罪。完全犯罪があるとすればこれはかなり近いと思う。
でも好きな話は「二銭銅貨」「断崖」「二癈人」「石榴」かな。
後者二つはラストがほぼ同じじゃないかということに今気付いたのですが、ストーリーとしてきれいに閉じてると思ったので。
「二癈人」は、既に扱った夢遊病者というテーマを今度はどう料理するのかな、とワクワクしていたところ、トリック云々より物語としてまとまりがよかった。
D坂は明智小五郎が出てました。もじゃもじゃ頭の天才探偵というキャラクタは多いものだ。
目撃者の証言があてにならないと明智さんは言ってましたが、そうなるとクイーン作品の微に入り細を穿つ賢い証言者たちはどうなるのでしょう。
いやいや言うまい。無粋である。
トリック云々で言うなら断然「石榴」一押し。
被害者の顔が硫酸でわからないほどぐちゃぐちゃだったとか、比喩に使った石榴をちゃんと最後でまた活かしてくるとか、小説的読み物としての魅力にあふれた作品。
主人公=犯人、被害者=犯人の図はいつでもそそるものさ。
もしこの人が「石榴」みたいな薄気味の悪い小説を書くのであれば、長編も読みたいなあ。 -
Posted by ブクログ
知性の格差を基にして、そのズレから生じる価値観や死生観を描いているかのような物語が多かったという印象の「日本SF傑作選3 眉村卓」。
その生まれてしまったズレを埋めようとするものもあれば、マウント気味に上の位階に引き上げようとする傲慢さが見えるものもあったなぁ。しっぺ返しがあったり、あちら側がより上の位階に達していたりするのが、オチとなっていましたね。
「惑星総長」の無為無気力感が酷く陰鬱な気分にさせる。あそこはもう一種の牢獄になってしまっているような気がする。アルカロイド系飲料を飲んでいるのは、緩やかな死を待つ心の表れなんだろうな。
「正接曲線」「キガテア」も滅亡することが、決定されてしまった種族との出会いが生む未知への恐怖であったと思います。自分以上の何者かの意思に触れてしまった畏怖というものもあるかもしれないけども、単純に理解しきれない恐怖が先に来ました。種明かしはされるけども、だからと言って納得しきれないというのもある。
「サバントとボク」「我がパキーネ」の2作は、少々毛色が違いますが、希望に満ち溢れた未来が待っているのか、というとそうではないんだよなぁ、という予想をしてしまうので、なんともいえない。主人公の選択を、心底応援できないというのが出てきてしまう。愛情のまま突っ走るのはいいけども、それだけで報われる人生でもなんよなぁ、という感想になってしまう。
本書に収録されている作品だけでいうのであれば、総じて暗さを纏った物語が多かったように思います。フィクションゆえのハッピーエンドをさせてくれない、というか。結果として、読むのに体力がいるものとなりました。
面白いので読まされてしまうために、体力の消費も激しくなりましたね。