宮内悠介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
シリアスからユーモラスを通り越して(良い意味で)バカみたいな短編まで、宮内さんの引き出しの多さ、アイディアの多彩さに驚き、そして時に呆れる短編集です。
シリアス路線では「アニマとエーファ」がよかった。少数言語を操って小説を書くロボットを描いた短編。革命や紛争、消えゆく文化への郷愁、数奇な人間たちの運命、小説、そして物語の意味……、ロボットの繊細な語り口と、どこか虚無的な作品の空気感とテーマが何とも言えない余情を残す。『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』など、初期の宮内さんの空気感の強い作品でした。
宮内さんというと、どちらかというと上記したような文学的な雰囲気と、人間の拡張やロボット・アンドロイドを掛け合わせた抒情のあるSFのイメージが自分の中では強いです。
しかし本人のあとがきいわく、そうしたイメージが初期につけられたことにだいぶ苦しんでいたらしく『洒落や冗談の通じないやつだと思われてしまわないだろうか』と深刻に悩み、『くだらない話』を書く必要性に迫られていたそう。
そんなわけで、この『超動く家にて』はどちらかというと、そのくだらなさが印象に残る作品が多かったです。
分厚い雑誌を圧縮する架空競技に人生を懸ける男たちを描いた「トランジスタ技術の圧縮」
競技はよく分からないけど、少年漫画のスポ根物を読んでいるような熱さとお約束を詰め込みつつ、至極真面目に雑誌を圧縮する技術やその大会の歴史を描いているのがシュール。
「文学部のこと」はタイトル詐欺だわ、これ(笑)
自分たちの世界とはまったく違う、文学部のことが延々と語られる短編。文学に対する皮肉もあるのかな。どことなく森見登美彦さんっぽさも感じました。
宇宙ステーションでの野球盤対決を描いた「星間野球」も面白かった。宇宙という舞台を生かした、心理戦あり、イカサマあり、熱さありの野球盤勝負! 自分たちだけのルールを作り、ゲームに興じる様は男子っぽいあほらしさを感じます。「テレビ千鳥」で千鳥が二人だけの企画に興じてるシーンが思い浮かぶ。
そんなあほらしさの中に人生の酸いもかんじさせる。あとがきによると、この「星間野球」をはじめは『盤上の夜』のラストに収録するつもりだったそうですが、もしそうなってたら、宮内さんの作家人生全然違うものになっていた気がする(苦笑)
ミステリ系の短編もいくつか収録されていますが、これも一筋縄でいかないものが多い。
日めくりカレンダーをめくったのは誰か、という日常の謎が描かれる「今日泥棒」は、登場する一家のコメディチックなやり取りが面白い。
駆け落ちしたカップルと二人の二人のヒッチハイカーが何者かに追われる「ゲーマーズ・ゴースト」のドタバタなやり取りがツボにはまりますが、そんなのはまだまだ序の口。
罠、罠、そして罠だらけのまさにバカミスと言うべき表題作「超動く家にて」
ヴァン・ダインの20則が支配する世界での殺人計画を描いた「法則」など、ミステリ好きが悪ノリに悪ノリを重ねたような短編があったかと思いきや、
ついにはかぎ括弧が凶器にまでなってしまう(自分で書いていても訳が分からない……)「かぎ括弧のようなもの」。
架空の都市伝説をwikipedia風に紹介する「エラリークイーン数」など、どれだけ『くだらない話』という強迫観念に縛られていたのか、と宮内さんの心理をおもんばかってしまう……
宮内作品を何冊か読んで、その魅力にハマったならこの『超動く家にて』も読んでもらいたい。さらに宮内作品にはまるか、はたまた理解が遠のいてしまうか。面白さは保証できないけれど。 -
Posted by ブクログ
失踪した音楽家の父を探すため、アメリカの難関音楽大学を受験した主人公の脩。
型破りな試験が行われる中、会場でアメリカ最初の実験と謎のメッセージが残された殺人事件が発生。
やがて、第二、第三と連鎖し...
音楽に身を捧げる若者たちの青春冒険譚と思いきや、どういうジャンルに分けて良いのか分からない。アメリカそのものに対するアンチテーゼなのか。音楽とは何か。主たる軸はそこなのだろうが。
ピタゴラスによって音律が作り出されたのが、紀元前六世紀。そこから音を重ねあわせる和声や調性が発見されるまでには、およそ1500年の歳月が費やされた。元は呪術や田畑の豊穣を祈るものであったものが、やがて芸術へと昇華する。
アメリカとは常に実験国家である。最後の市場の形は何か。
17世紀、ピルグリムファーザー達は信仰の自由を求め、英国を流れてメイフラワー号で北アメリカへ移住した。ピューリタンであった彼らは厳格な性の抑圧を掲げ、地上に楽園を作ることを夢見ていた。
そして、侵略戦争が始まった。
そこには土着の音楽もあったはずだ。しかし、この船に詰め込まれてやってきた奴隷達が黒人霊歌を持ち込みやがてジャズが生まれ、ブルース、ロックが生まれ、ブレイクビーツ、ヒップホップ、R&Bへと。
一冊の中に、音楽を通じてではあるがアメリカという国が孕む二律背反の闇を描いてるように感じました。 -
Posted by ブクログ
ありそうでなさそうな、なさそうででもこういう事も起こりそうなお話。とはいえ10代、20代の女の子に大の男(しかも軍人)がホイホイ従ってくれるかなぁ?という辺りでは大分ファンタジーですが…
現職大統領が暗殺され、権力者が逃げ出した後でその場に残った女性陣が踏ん張る、というとても現実になったらいいなぁというお話です。まぁ女性じゃなくても本気でその国の未来を憂いている人なら男性でも良いんですけどね。
面白かったんですが、個人的に主人公の一人に日本人を入れなくても良かったんじゃ…と思ったり。5歳にして両親を亡くしても取り乱さないとか、ちょっと変だし。その割に学生になったら普通の子みたいになっていて違和感を覚えました。どういう設定なんだろうか?
とはいえ日本人が居ないとファンタジー世界みたいになっちゃうかのかなぁ。大分ファンタジーではあるのだけれども。面白おかしいエンタメ作品のような、キナ臭い今の世界に起こっても不思議ではないような、その辺りの調整が上手だなぁと思いながら読み終えました。
ママチャリ君は最後までモブで終わったのでちょっとほっとしました。彼が政権の中枢なんかに入ってきたらそっと本を閉じるところでした。
それにしてもバイクの彼が運命の人だったのは設定盛り過ぎてる気もしないでもないですが… -
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宮内悠介作品の中ではお気に入りの一冊なのです。
単行本も持ってますが、文庫もあらためて購入して再読しましたー。
中央アジアに位置する、架空の砂漠国家アラルスタン。
他国との紛争で居場所を失った少女ナツキが拾われたのは「後宮」。そこは、単なる大統領の側室コミュニティではなく、まさに大学級の教育機関として機能していた。
個人的にはね、アラブを舞台としながら「後宮」を特務機関にしちゃう、この発想が好きなんです……。
ナツキが、アイシャが、ジャミラが、流行ファッションや美味しいご飯を取り巻いてキャッキャと語らう一方で、国を守るための戦略を練り、AIM(アラルスタン・イスラム運動)という反政府組織とも対バン張っちゃうという。
アラルスタンの大統領暗殺という大きな事件の中で、国の力を弱めず存続の道をどうにか体現していこうというテーマ。
そこに絡んでくる「雨」のキーワードも印象的なのですよねー。
砂漠地帯にとっては恵みの象徴、でもチェルノブイリを経験した人々からすると災厄の象徴。
アラブ地域は今なお、力のある国家によって翻弄され続けている。こうしたキーワードから、考えの違いを浮き彫りにすることで相容れなさをうまく表しているようにも思うのでした。 -
Posted by ブクログ
表題作はアメリカのソフトウェア会社で働く日系三世の女性・レイを主人公に据えた物語です。会社から強制休暇を命じられたレイは、かつて祖父母が収容されていた日系人収容所を訪れ、アメリカ人になりきろうとした母と、日本人であることを捨てなかった祖母との間をかつて取り持ってくれたミヤケ氏の名前を見つけます。ミヤケ氏の息子に会いに行ったレイは、祖母と没交渉状態だった母が、レイの学費のために祖母に頭を下げにいったことを知り・・・
レイの会社が製作した「トラック・クラウド」が象徴的ですが、様々な壁、例えば世代であったり人種であったり言葉であったり親子関係であったりを、いかにして乗り越えるかいうところが本作のテーマであると解釈しました。大変読みごたえのある良作ですが、過去のいじめのトラウマをずっと引きずっているっていう設定が安易に思えたのと、主人公にあまり切実さが感じられなかったところは弱いかなとも思えたので、星は4つとさせてください。
同時収録されている「半地下」もアメリカを舞台にした日本人姉弟の物語です。父親が失踪し、食べていくためにプロレスラーとなった姉は、移民孤児の凶悪なキャラクターという、いわば「自分を偽った」形で生き残ろうとしますが・・・
設定自体もそうですが、自らのアイデンティティのありか、言葉の壁といったテーマについても表題作と相通じるところがあり、こちらも面白く読めました。ラストがやや中途半端に感じられたのは純文学フォーマットだからなのかなあ。 -
Posted by ブクログ
「みやつじやくとうぐう」と読むんだそうです。
好みの作家さんが名を連ねていて、その豪華な面々に、思わず即買い。
ミステリーというよりはホラー寄り。勝手にリレー形式のミステリーだと思っていたので、連作短編集のようなものをイメージしていましたが、それぞれが独立したアンソロジーですね。
リレーだと思うと、前の作品を強引に入れ込んだでしょ感が出ちゃってる。でも、宮内さんの作品のラストは秀逸でした。リレー形式ならではの〆だと思います。
アンソロジーって、好きな作家さんの作品を、濃密に、いいとこどりしたような感覚で楽しめるのはもちろん、知らなかった作家さんや、興味はあったけれどまだ読めていなかった作家さんの作品も楽しめるのが好きです。さらに、その作家さんの作風だとか強みを出してくれるので、その作家さんの背景を知れたり。例えば東山彰良さんの作品は、「なんで中国!?」と思いもしたけれど、東山さんご自身が台湾出身だってことを知ったり。宮内悠介さんの、ド文系には何を言っているのか分からなかったプログラミング用語も、宮内さんご自身がプログラマーだったということを知ったり。今回のアンソロジーで、今のお二人の作品がすごーく刺さってきたかと言われるとお答えしにくいのですが、こんな風にお二人の背景や生い立ちを知っていると、次に本屋さんでお二人の作品を目にした時、わたしはきっと、立ち止まってあらすじと舞台を確認してしまうだろう。
他の三名の作家さんも、それぞれ作風と強みがすっっごく現れていて好きです。宮部さんは、わたしはどちらかというとミステリーが好きですが、最後たたみかけてくるところはミステリーとは別の意味でゾクゾクさせられたし、さらにそこでタイトルの「人・で・なし」の意味が激変する。この短いアンソロジーの最初に、ものすごいインパクトと個性を残して去っていく。他の作品が気にならないわけがない。辻村さんは、「母子」という根深いテーマを、このアンソロジーという短い作品の中にぎゅっと詰め込んで、スミちゃんの言葉でいちいち読者を刺してきながらも、「ちょっぴり怖い」を落としどころとしているところはお見事だし、薬丸さんはやはり少年事件を扱っていて、こんな風に、初めてその作家さんに触れる読者への自己PRのようなものも意識してるんだろうな。
で、結局やっぱり、宮部さん辻村さんがダントツ、続いて薬丸さん、という感じかなあ。