鎌田實のレビュー一覧
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ネタバレミッドライフ・クライシス(中年危機)とは、中年期に陥る心理的危機・身体症状のことである。心理的には生きる意味を失ったり、歳をとっていくことに不安を感じたり、このままでいいのだろうかと葛藤を感じたりする憂鬱である。それが高じると、うつ症状やパニック状態が発生する。また、身体症状として、不眠、動機、発生性頻拍症状などが現れることもある。
40~60代の80%がミッドライフ・クライシスを迎えると言われており、人生が順風満帆と思われる人も、人生に失敗したひとも、同じようにこの時期に危機を迎える可能性が大きい。
発達心理学者エリク・エリクソンの提唱した「ライフサイクル・モデル」という考え方がある。彼は、乳児期から65歳以上の老年期までを8段階に分けた。そのうち、40歳から65歳の間を成人後期と区分した。人生が上り坂から下り坂に入っていくこの成人後期に人間は心の問題だけでなく、身体の問題も微妙に関係しながらさらなる下り坂に入っていく。エリクソンはまず、人生の下り坂の始まりを“停滞”として表現をした。停滞とは、あくまで自分自身の成長がゆっくりとしか伸びなくなる、停滞気味になるということである。この停滞の始まる時期にミッドライフ・クライシスが起こる。
その起こる原因として考えられるのは次の通り。
①自分の人生の山頂が見えてくる
②病気が発見され、病気との闘いが始まる
③酒・賭け事・不倫など自分でコントロールできないことにのめりこむ
④下り坂の向こう側に遠くではないが死が見え始めている
⑤自分探しが終わらない
⑥子供が自分の元から巣立ち、「空の巣症候群」に陥る
⑦過度なストレスを抱えたままオーバーワークを続けている
⑧人生をうまく乗り切った人が初めて「つまずき」と向き合う
ミッドライフ・クライシスを乗り越えるには、自分の立ち位置を考える、考え方を見直す、筋トレ、腸活、内分泌と自律神経を整える、世代を超えて新しい世界とつながるという方法がある。
ミッドライフ・クライシスという概念を知ることで、自分の陥っている状況を客観的にみることができた。自分だけの個別の異常な事例ではなく、誰でもなりうることと捉えて安心することができた。また、自分が変化するための機会ととらえることができ、誰かの言葉「ピンチはチャンスだありがとう」を思い出した。この状況をある意味でチャンスととらえ、じっくり自分をmodifyしていけたらと思う。また、食事の改善、筋トレ、生活リズムを整え、外界と新たにつながるといった、対応方針も明らかになったので、粛々とできるところから動いていきたいと思う。行動変容を積み重ねていきたいと思う。 -
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諏訪中央病院名誉院長である著者のエッセイ集である。著者は同病院医師、院長として、閉鎖寸前の赤字病院を地域に密着した先進的な医療拠点として甦らせた。それを支えたのは、患者は十分な情報を得た上で治療について自ら選択する権利をもつという固い信念だ。「十分な情報」という以上は、そこには当然患者本人に対する余命宣告も含まれる。それは場合によっては残酷で厳しい対応かも知れないが、患者が残された人生を自らデザインし自分らしい時間を過ごすためには不可欠なのだ。その結果、治療としては抑制的になる場面もあれば、逆に積極的に高度医療や手厚い訪問看護を必要とする場面もある。諏訪中央病院では、いずれの場面にも対応できる設備や体制が整っている。著者は言う。「ぼくら医療スタッフががんばりますから、あなたはありのままでいてください」と。「がんばらない」とは何もしないことではなく、これまで既にがんばって治療を受け生きてきた患者さんに、本来の「ありのまま」の姿で過ごしてほしいという著者の切実な願いなのである。
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インフォームド・コンセントや自己決定という考えが医療の常識となってどれくらい経つのだろうか(常識といってもそれが実践されているかとなるとそれはまた別の話だろうけれど)。実はこういった考え方を前にすると正直戸惑うことが多い。もちろんパターナリズムとも言われる医者の権威主義は反省されるべきだと思うけれども、たとえば「生も死も自分でデザインを」なんて言われると、二の足を踏んでしまう。生も思うままにデザインできない自分が、果たして死をデザインすることが可能なのかと。
「死」から遠く離れた生活の中で、「生」と切り離せない「死」とどう向き合っていくか。その大切なテーマが失われつつあるのが現代ではないのか。そんなことを考えさせられる本でした。 -
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ネタバレ終末医療について大変勉強になった。こういう人が医療界、介護現場を変えていってくれているのだなと思った。
今の時代に足りないもの、忘れてしまっている大切なものをしっかりと見据え患者さんと正面から向き合う。
著者は医療する側の人間なのにネイティブ・アメリカンの死生観も持っている。人間として生き、人間らしく死なせてくれる。こういう感性を根底に持つ人が増えるといいなと思う。
引用メモ
・人はつながりの中で生きている。人と人のつながりの中で生活を営み、人と自然のつながりの中で命は生かされ、体と心のつながりのなかで、生命をはぐくんでいる。
・否認、怒り、取引(善行により治癒するなど)、抑鬱、受容
・ペインコントロールについて
その国の医療用麻薬の使用量と、その国の文化度は相関しているともいわれている。日本では耐えられないような痛みに対して「がんばれ、がんばれ」と歯をくいしばらせることが多い
・大人たちが誠実に一人ひとり希望を持ってきちんと生きていることを、子どもたちに見せてあげることが大切だ。これが命のリレーだ
・人間の疾病を部品の故障と考えたデカルト
・自ら地域に出て地域で学ぶところから始まった→信頼関係
・西洋文化が入ってこなかったかつての日本では、自然と人間は対立するものではなく、自然と人間は一体であった。人間と病気の関係も対立するものではなく、共存する関係であった時代がある。
・祭→治癒
・西洋流の、個の自立の大切さを信じてきたが、個の自立を獲得しようとする自分の中に、無用の競争や差別意識を生んできた
・死ぬことはそんなに怖いことではないということを次の世代へ伝える
・死んだ人にムチ打ってはいけないという日本的寛容さ
・人間は原子力を使うまでにその人間性を深めただろうか
・障害のある人たちは上手に書こうといった邪心がないから、いい作品をつくることができる
・ひとついいことがあると、人間はいいほうへいいほうへと解釈してくれる
・医療=技術、奉仕、祈り
・医療は機械化、近代化するなかで、ホスピタリティを忘れかけている
葬式宗教になってしまった仏教も、生きている人に対するあたたかなおもてなしの心を忘れかけている
・たまご
・今日は死ぬのにとてもよい日だ
・臓器移植
臓器に価値が生まれ、値がつき、貧しいものから富めるものへ一方的に譲渡されないことを切に願う。せめて生き死にのところはお金のあるなしや、権力や身分に左右されることなく、公平性が保たれていてほしい
ホモサピエンスの上品さが問われている
「巧みに生きる」のではなく、よく考え、よく生き、よく死ぬとき、不器用だが手ごたえのある生が見えてくる -
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ネタバレ現在、諏訪中央病院名誉院長である著者は、25才の時にこの病院へ内科医としてきた。その頃、病院の経営状態は累積赤字が4億円でつぶれかけていたそうだ。それに、全国で二番目に脳卒中が多く、特に茅野市は長野17市の中で一番多い。その病院を建て直すと共に、市民の健康状態も良くした人である。まず、地域に呼びかけ、薬で治すというだけではない医療もあることや、意識改革をしながら自分たちの生活をもう一回見直していくことで、健康を回復していく医療もあることを理解してもらった。その後、減少していた患者の数が多くなり、日本有数の長寿地域でありながら、医療費が低い病院といわれるようになったのだ。今あるデイサービスの先駆けとなったのも、この病院だという。他にも、在宅ホスピスケアや緩和ケア病棟など、患者のための病院作りに力を入れている。24時間体制で診てくれる病院であり、ターミナルステージ患者の心のケアも考えてくれる病院である。地域一体となって大きくした病院は、今後増えてくれるといいけれど・・・。この本には、あらゆるケースの患者さんの経過を語りながら、病院のあり方、医者、看護士のあり方を再確認している。
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なぜこの本を手にとったのか、忘れてしまったけれど。。
東北の震災、そしてそれに端を発した原発事故から1年と少し。いまこの時期に読む本として、本当にいいものだったと思う。
人生半ばで目が見えなくなった女性、アフガンの戦火に傷ついた子供たち、の他に、チェルノブイリ原発事故やヒロシマ原爆の被爆者、阪神大震災の被災者のリアルな話がつづられる。
希望を捨てないで、毎日毎日を大切に生きていく人達の姿はもちろんのこと、今なお放射能汚染の危険が自らの身に降りかかるリスクもあるのに、事故現場に足を運ぶ鎌田先生のような人達。
自分の生き方を反省させられる一冊でした。
(といっても、すぐに何かができるわけではない弱い自分。少なくとも、こうやって日々を投げ出さないで生きている人達がいることを忘れないよう、何度もこの本を読み返す機会を作ろうと思う。)