舞台は、岩手県盛岡市の南部鉄器工房「清嘉」。職人の自宅兼工房。職人の家族を中心に描かれている物語。中心人物は小原悟、38歳。悟の父であり親方でもある孝雄。この工房で長らく職人を続けている林健司。悟の妹である由美は、居酒屋の店主である里館太郎と結婚し、その店で働いていた。
第1章。物語は動く。それは、孝雄が補導委託を受けるということから。このことを孝雄の判断で決めていた。驚き、戸惑う悟。できれば補導委託を撤回させようと考える。孝雄の本心は分からないけれど、孝雄なりの理由があるのは伝わってくる。しかし、悟には伝わっていない。その曖昧なところがどうなっていくのだろうと思う。親子でありながら、師匠と弟子である関係。そして、悟が小さい頃から職人気質で、父親としての思い出がほぼない状況。簡単には縮まらない関係なのだろうな。親子であり師弟である関係。さらには、母親が亡くなっているという状況。そこに、補導委託で訳ありの少年が同居することになる。
少年は庄司春斗、16歳、本来なら高校2年生。春斗は、万引き、自転車の窃盗といった問題行動を繰り返し、高校を退学処分となっていた。一つ屋根の下での、悟と孝雄と春斗の生活と仕事が始まる。どんな展開になっていくのだろう。私が読んだことがない構成であるため、想像世界が広がっていく。楽しみ。
第2章。悟と春斗の関係は変わらないままであるが、孝雄や健司と春斗の関係は良好である。自分たちの子供より若い子を、生活と仕事の両面から、教え支えている感じが伝わってくる。それは、きっと春斗にも伝わっているだろう。職人たちとの仕事や生活が、春斗の心を変えていくような雰囲気も感じる。春斗にとって、家族と離れての生活であり、初めて仕事を任せられるという経験。それは、どのような変化を与えていくのだろう。
そのような中、春斗の行動を不審に思った孝雄が、春斗を問い詰める。曖昧な返答をする春斗。その状況に不満が噴き出る悟。事態は悪い方向へ。そこに偶然訪れる森岡家庭裁判所の調査官、田中。春斗の補導委託をすすめた人。田中は3人の間に入って、それぞれの言い分を聞き取る。互いの思いを分かり合い、よい方向へ話が進む。こうやって、この先もぶつかり合うのだろうな。それでも、本心を伝え合えれば、よい方向へと進むだろう。そういう展開になるといいな。それが、春斗の成長や、悟の進化にもなっていくだろうから。
第3章。新たな人物が登場する。八重樫。大学2年生から卒業後3年たつ今まで、工房でバイトをしている。バイトで貯めたお金を資金にして、バイクで全国を旅している。つまり、工房のバイトでお金を貯めては、バイクの旅に出かけているということ。その八重樫が久しぶりに工房を訪れた。破天荒で自由な生き方をしている様子が感じられる。今までと違うのは、春斗が工房にいるということ。春斗と八重樫の関係がうまくいかなそうで、問題が起こりそうな展開を予想する。
読み進めていくと、やはり春斗と八重樫が言い合うことになる。よく分からない者同士が、互いの表情や言い方で衝突しているという感じ。ありがちだなと思う。ちょっとした一言が癇に障るという状況。周りは、そんな二人に冷静に間に入り、両者に声をかけていく。春斗との生活により、周りの大人たちが成長しているようにも感じる。そこが不思議だし、面白くもある。
八重樫の言動によりイライラを募らせた春斗は、工房の物にあたってしまった。まずいなと思ったが、周りの大人たちはそれでも温かく春斗に声をかける。八重樫が、悟から春斗が工房にきたわけを聞く。しかし、八重樫は春斗を一人の大人として厳しく扱う。ただ、そこには八重樫の温かさや優しさがあった。八重樫の魅力があらわれていく。春斗にとっては最高の場所になっていく予感がする。
第4章。工房での仕事と生活は続く。悟は、孝雄に父としての優しさや温かさを感じられていない。だが、孝雄の春斗への心配りは、悟が感じたことのない優しさや温かさを感じ、そこに疑問が膨らんでいた。ずっと側にいる健司は、親方である孝雄は昔から優しく温かいという。悟は子供の頃から、そんなことを感じたことはなかった。このすれ違いの感じ方は、どのようになっていくのかな。ここまで、孝雄が悟をどう思っているのかは明らかになっていない。きっと、悟が感じ取れていない孝雄の思いがあるのだろうな。孝雄はそれを悟に伝えてこなかったのか。それとも、悟が孝雄の思いを感じ取れなかったのか。その両方があるよう感じではあるけれど。伝え合っていないからこそ、分かり合えない状況に陥っている感じもする。特に悟の孝雄の見方は凝り固まっているなと思う。
病院での生前最後の母と悟のやりとりの回想シーンでは、思わず目頭が熱くなる。母が伝えた悟へのメッセージに、夫である孝雄をいかに大切に思っているかが分かる。母の愛情を感じていた悟は、父に対する不満から、複雑な心境だった。そんな悟と夫の関係を全て受け止めて、母は伝えたかったのだろうな。孝雄への愛情の深さが溢れている。母が死を受け入れているのが辛い場面だけれど、素直な思いを包み隠さずに伝えることって素敵だな。心に響く。
第5章。舞台はチャグチャグ馬コという祭り。調べてみると、岩手県にある伝統的な祭りであった。その祭りに春斗が行きたいと言い出す。この言葉をきっかけに、孝雄は工房を臨時休業にする。そんなことは、今までなかったことで、悟も健司も驚く。このあたりの孝雄の行動から、春斗を気遣う思いが感じられる。それは、悟や健司にも伝わっている。
孝雄の姿勢がすでに悟や健司の心をも動かしている。特に悟に当初の春斗への蟠りは感じられない。一緒に仕事や生活する中で、春斗を何とかしたいという思いに変化してきているのだろうな。それは、自分と孝雄との関係を投影しているのかもな。しかし、この章でも、春斗の本音や孝雄の悟への思いは分からない。どうなっていくのだろう。
第6章。物語は大きく動いていく。春斗の母が事前の連絡なしに春斗に会いに来たのだ。しかも、自宅に連れ戻すために。しかし、この母の突然の行動により、事態は大きく動いていく。ページを捲るスピードが上がる。ずっと集中して読み続け、物語の世界に没入していく。そして、春斗の本心が伝わってくる。同時に春斗の気持ちに私も寄り添っていく。また、それを心から励ます悟の言動に心が震える。悟が春斗のことを思い、熱く語るシーンでは、涙が溢れそうになる。
春斗と春斗の父との関係には、互いが大切に思う部分でのずれがあった。読みながら、親子でもこのことを分かりあうことは難しいだろうなと感じる。ただ、子供であろうが、夢を抱いた時にかける親の言葉は大きく影響するのだろう。春斗の悲しみや喜びを想像しながら、私の心に刻まれていく。夢をもった子供は大志を抱き、その分想像以上に繊細にもなるのだろう。その子への大人の関わりが、その子の大人という総称への憧れも偏見も生み出すのではないかな。次の章がますます楽しみになる。
第7章。仙台家庭裁判所での中間審判の場面で、孝雄は自分の同級生である西沼耕太について語る。その話は、戦後の大変な状況の中で、耕太も孝雄もその家族も必死に生きていたこと。それだけではなく、自分の思いとは違っても、家族のために生きなければならなかったこと。そのことによって、耕太や家族は悲惨な人生を送ってしまうことになったこと。読みながら、胸が苦しくなる。仕方がない、そういう時代だったから、みんなそうだったから、では済まないなと思う。自分がどう生きたいかを選択し、それに向かって進むことのできる自由があればなと思う。孝雄の心の中にあるものが少し見えてきた。それは、悟にも。でも、まだ分からないところがある。いよいよ最終章。春斗はどうなるのだろう。悟に孝雄の思いが分かるのだろうか。ドキドキしながら読み進めていく。
第8章。春斗の最終審判。春斗と両親の姿には、あの中間審判の日から、しっかりと話し合ってきたのが伝わってくる。そのきっかけを作ったのは孝雄の話だった。その話には、さらに別のストーリーが隠されていた。それが、明らかになっていき、またも胸が熱くなり、涙がこぼれそうになる。孝雄の本心がわかり、悟の新たな決意へとつながる。親子の思いが一つになっていく。いいなと心から思う。
悟、孝雄、春斗はもちろん、すべての登場人物が輝いて見えてくる。そんなラストのシーンを読み終えて、私も一つのことを一緒に成し遂げた気分を味わえた。不思議な感覚に、読書の楽しさを感じる。魅力的な作品に出会えてことに感謝。