花村萬月のレビュー一覧
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花村萬月がどうやって職業小説家になったか、そしてその時に父親がどう接したかという感じの本です。思いっきり省略すれば花村萬月の作り方ってところでしょうか。
父親の放蕩ぶりもさることながら、花村萬月の思考回路もすごいものです。一般的な日本人とは大きく離れています。そこが、ああいった作品を生み出すのだとは思います。
自分にとっては大きな刺激となりました。少なくとも「花村萬月」にはなれないコトは理解できたし、小説を書くという土台がまったくできていないということもよくわかりました。明らかに読書量そのものが少ないでしょう、俺は。
小説家を目指す人は読むべきかと思います。技術の「糧」にはならないかもしれませんが、思考の「糧」にはなるはずです。 -
Posted by ブクログ
ブルーノート(Blue Note)とは、主にジャズやブルースなどの音楽で使われる、基本の音階から「第3音・第5音・第7音」を半音程度低くした音(またはその音階)のことです。ド・ミ♭・ファ・ソ・シ♭・この小説はブルーノート作家の音楽小説である。
タナガーグムイ(正式名称:安波のタナガーグムイの植物群落)は、沖縄県国頭村の普久川(ふくがわ)下流にある、国の天然記念物に指定された美しい滝つぼと周辺の自然林です。
火田光一(ピカイチ)、セーラー服の日向淑子(よしこ)、兄幸多(コウタ)、「マジック・サムのアルバム〈ウエスト・サイド・ソウル〉モダン・ブルースの名盤として知られる1967年に発表されたマジック・サムのデビュー・アルバム。沖縄タナガーグム「ピカイチのお母さん、東江好恵や」
光一にとって〈ピアノ協奏曲第一番変ロ短調〉の最上のものはリヒテルがピアノで、指揮がムラヴィンスキー、レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の演奏だ。
スヴャトスラフ・テオフィーロヴィチ・リヒテル。美空ひばり。 ビリー・ホリディ。ブルースを孕むすべてのものは、不実だ。ラフマニノフの〈ヴォカリーズ〉「律子です。旋律の、律」名前は〈西方之魂〉に決定。ウエスト・サイド・ソウルとルビ、
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父子家庭に育った十七歳のピカイチは登校拒否中。ある日、古本屋で同級生の日向淑子と出会ったことから、彼の人生は大きくうねりだしていく。ほとばしる音楽への熱情、日向淑子から始まり年上の女性とも交わす性体験、そして実母との邂逅――。屈折した少年が大人へ成長する姿を描ききった傑作青春小説! -
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吉川英治文学新人賞受賞作品。(講談社文庫)
「皆月(みなづき)」は、主に旧暦6月の別名(和風月名)である「水無月」の古語・漢字表記の一つです。
みんな 月でした。
「「諏訪徳雄、沙夜子……かんべんしておくれ」
そして、がまんの限界であるというメモを残して沙夜子は一千万といっしょに蒸発した。
戸賀沢組三代目実子、我孫子元春と名乗った男はアキラとおなじ歳恰好だった。
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諏訪徳雄は、コンピュータおたくの四十男。ある日突然、妻の沙夜子がコツコツ貯めた1千万円の貯金とともに蒸発してしまった。人生に躓き挫折した夫、妻も仕事も金も希望も、すべて失った中年男を救うのは、ヤクザ者の義弟とソープ嬢!? 胸を打ち、魂を震わせる「再生」の物語。 -
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ネタバレ何かで紹介されていたのかずっと「読みたい」に登録されていてついに読んだ形。ハードカバーで結構厚みがあるけど登場人物も多くはなく、文章のテンポ感が良いのでページをめくっていくのは難しくない。が、いつも使っている漢字と違ったり独自要素がありすぎて読むのが難しいレベルだと思う。ちょいちょいエロ要素もあり、最終的に前半で提起された「なぜ人類がいるのか(=恐竜時代の絶滅後に発展した哺乳類の進化系が人間なのにいるはずのない3億年前に存在しているのか)」という謎は結局解決せず、のほほんと終わるのでモヤモヤした感じ。
皇帝の描写が増えるにしたがって後半には脳内で佐藤二朗で変換される。 -
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内容としては実力はありながらブルース、本当にやりたい音楽のためビル清掃のバイトとして働く武史に、作家志望の操がバイトで出会うことにより物語は進展していく。
花村萬月の小説を読むのはこれが初めてであるが、恐らくはギターを弾くという作者の音楽に対しての教養興味と、小説それを取り巻く環境に対しての姿勢と愚痴を色濃く反映している小説かと思われた。
それと性についても、この作者の切っても切れない主題なのであろう。取り扱っている時代は何処か古さを感じるものの、今も読むに耐えるということは、音楽という小説として表現するのになかなか難しいことに対して、ドッシリとしつつも読むものに重さを感じさせない文体自体の出来栄えがあるからだろう。