佐藤友哉のレビュー一覧
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『僕の枕は涙でぬれている。』
『妻の枕は血でぬれている。』
『死のうと思った。
理由はなかった。
死にたいという気持ちが、生きたいという気持ちに買っただけのことだ。』
『人を愛しながら、同時にその人の死をねがうのは、ややこしい感情ではないはずだ。一度でも真剣に人を愛した経験があれば、すんなり理解できるていどの普遍的な感情だろう。』
『そのうちにやがて殺意そこ殺意に快楽的な心地が宿り抵抗でき殺意なくなってきた。この殺意まま殺意殺意ではあと数分で殺意殺意殺意いや数秒でおれは殺意のかたまり殺意殺意殺意殺意になって殺意します。一個の殺意殺意殺意殺意殺意となってしま殺意う。そ殺意の前に。』
『おれたちはみんな、理由の奴隷。
「なぜ」「どうして」「なんのために」と聞きまくり、知りたがる。』
「みなさんには、あれやこれやを添加物や放射能のせいにして、なにもかもを国のせいにして、自分たちの生活レベルを変えない自由があります。不安なら金をかせげばいいのに、地位を向上させればいいのに、安心できる生活を獲得すればいいのにそれもせず、ただ世界を呪うだけの自由があります」
『上と見なしたものに怒り、下と見なしたものを嗤うことで、わずかばかりの安心を買い、満足できない不安な日々を、ぼんやりとやりすごす。』 -
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カユの生きてきた村では男も女も70になったらお山参りをし、極楽浄土へ行く。カユが待ち望んだお山参りの番がきた。雪山で極楽浄土へ召されるのを白装束一枚で寒さと飢えに耐えながらひたすら祈る。しかし、目が覚めると死んでおらず、デンデラにいた。
死にかけていたところをデンデラに拾われたのだ。
デンデラには過去にお山へ行ったはずの老婆ばかり50人。聞けば、30年間もこうやってお山参りで倒れた老婆を拾い続け、集落をなしていた。
カユは極楽浄土に行きたかった、つまりは死にたかった。しかし死ぬことを邪魔された。死にたい、極楽浄土へ行きたい、だがお山参りをし損なった以上極楽浄土への道は絶たれた。生きるしかない。村以上に貧しいデンデラで生きることは辛いことしかない、そうまでして生きるのに、生きたいのか、何をしたいのか、カユには本心が無い、大目標が無い。何もない。
それぞれの老婆の大目標、やがてカユも大目標を見つける。
とにかく面白かった。 -
Posted by ブクログ
姥捨て山に捨てられた老婆たちは、「デンデラ」という自分たちのコミュニティを山中につくり、そこで過酷な生活を送っている。ある者は自分たちを捨てた村への復讐に情熱を傾け、ある者はデンデラをより暮らしやすい場所にしようとしている。そんなデンデラに凶暴なヒグマが襲来する。完全なるディストピアと化したデンデラは崩壊の危機に直面する‥。
コミュニティというものの恐ろしさを実感した小説だった。口減らしのために村を追われた老婆たちが、疫病に侵された自分たちの仲間を殺してゆく。人間のやることは変わらない。
たとえ年をとったとしてもエゴは消えないし、執着もなくならない。でも、そのエゴや執着がとんでもないエネルギーになっている。ある意味、人間の可能性を感じる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ≪あらすじ≫
斎藤カユは見知らぬ場所で目醒めた
姥捨ての風習に従い、雪深い『お山』から極楽浄土へ旅立つつもりだったのだが
そこはデンデラという『村』に棄てられた五十人以上の女により
三十年の歳月をかけて秘かに作りあげられた共同体だった
そんなある日、凶暴な熊にデンデラの住民が食い殺される
老婆達は熊との戦いに挑み、小熊をやっつけた
そして宴でその熊を食べまくった
すると住民に疫病が襲い掛かる
その原因は小熊を食べたことだとされたが
斎藤カユは、過去にも同じ疫病が村で発生したことを知る
しかもそのときは、感染拡大を防ぐために患者が皆殺しにされたらしい
度重なる熊の襲撃・・・更に発生する疫病・・・
そして斎藤カユは疫病の真相を看破し、熊との最終決戦に挑む!
≪感想≫
純文学を装いながらのミステリー小説。著者は今後この路線で行くのかな~
巻末の法月綸太郎氏の解説がとても解りやすく、読書後の補完にもなって良かった