佐藤友哉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
は〜〜感想書きたくないよ〜〜と思いながらアプリゲーをしていたが忘れるのはもっと嫌なので書きます。いやあ…佐藤友哉…好きだなあ……悔しいことに……
「そうだねえ、それは許せないことだねえ!世界の敵とはここにいたんだね。君はそれに気がついたんだ!だからどうする?この敵と戦う?そうなんだ。素敵なことだね!なあヒーロー。君の後ろにいる、その敵のことは許したのに?」
みたいな…前の敵に構えていたら横からぶん殴られるみたいな…読んでる間胃がムカムカしてました。居酒屋で土手煮を食べてたからかも。
「反省をくり返す人間たちが、罪を愛で許す人間たちが、今までなにをしてきたか。罪をわすれてきただけだ。」(P.195)
罪悪感がない人間が導く未来というのはどんなものなんだろう?それは責任を取らない人たちで動く世界なんじゃないだろうか。感想を考えていたらなんかめちゃめちゃ空虚な気持ちになってきたので星一つ下げた。
反省をしているのに、罪悪感を感じているのに、生きるためにそれをしないといけないから、忘れながら生きている。その矛盾を孕んだ生き方を、社会を、歪で、気持ち悪くて、間違ったものだとしたいのかな。でも、罪悪感をなくした生き方こそが、犯した過ちから目をそらす歪んだ生き方なんじゃないかなと思う。
六条さんも、綾ちゃんも、抱えきれない悲しみから目をそらすために、心の罪悪感を感じる部分を殺してしまったように見えた。なににも関心が無いとして生きれば、何にも傷つけられないで済むから。感情のコップを最初から壊してしまって、溢れさせないようにしている。地面にできた水たまりを眺めて、ああ自分は受け止められない人間なんだなと思い込もうとしてる。でもそういうところって人間誰しも本当はあるよね。
罪悪感のない人間が作る社会はどんなものなんだろう。それがずっとわからない。分からないまま、空虚を孕んだ女の子が、子守唄を口ずさみながら街を歩く姿を想像している。彼女の後ろで、なんとなく罪に気づきながら、忘れたふりをして生きていた人たちが、同じような人たちを殺したくて殺して欲しくて、殺し合っている。女の子も、殺し合ってる人たちも、誰一人正しい人はいない。こういう罰なのかもしれないな、人類自体への。 -
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「走る」をテーマに14人の作家が競作。
日々のランニングのモチベーションが上がるような疾走感あふれる作品が収録してあるのかと思いつつ手に取りましたが、そこは実力派の先生方。凡人の思い通りにはいきません。思わず膝を打ち、唸ってしまうような「走る」小説が並び、裏切られました(喜)
14本どれもが個性的で、未知の作家さんとの出会いも。もちろん、苦手な話もありましたが、それも出会いです。
お気に入りは「パン、買ってこい」(中田永一)、「桜の並木の満開の下」(遠藤徹)、「誰にだって言いぶんはある」(桜井鈴茂)
人生の半分は現実ではないと彼は思う。
なぜならば精神が摂取するものの半分以上が、現実ではないからだ。(「リスタート」恒川光太郎) -
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8篇の物語が収められている。
今回の物語に特徴的なのは、「小説とは何か」という疑問だ。
「青と赤の物語」では、物語が禁止された世界を描いている。
物語があるから悪いことをする人がいる、そんな考えを持ったエライヒトたちが物語を禁じてしまったのだ。
全く因果関係はないのに、AだからBと決めつけてしまったのだ。
物語は、文学は、何の役にも立たない。
本当にそうだろうか。
物語は時に残酷なものも、悲しいものも、苦しいものもあり、そんな世界を目にするのは時には恐ろしい。
けれども、そんな世界があるから救われる人もいる。
物語に書いてあることは、どんな物語にせよ、誰かから、読者に、あなたに、向けたメッセージだからだ。
困難な世界に立ち向かったり、悲しみと対峙したり、失敗し、絶望することもあるかもしれないが、それだけが物語の価値ではないのだ。
「ゴールデンアスク」は物語を作る側、つまり作家の姿が描かれている。
よく、登場人物たちが勝手に動きだす、なんて言うけれどきっとこんな感じに違いない。
作家が言う言葉にイラつきながらもいちいち納得させられる。
本を読め、というのは大人が安心したいだけ、なんて。
「あかがね色の本」も同じく作家の側からの物語。
言葉とは難しいもの。
人との関係も難しいもの。
だからこそ、言葉を発し、相手に伝えること、そしてその言葉を信じることは尊い。
あかがね色の本。
きっとこの本はこうしてたくさんの人たちに影響を与えた。
今までも、きっとこれからも。
世界を共有する、それは、人と人とがつながること。
その結晶の一つがが、あかがね色の本だったのだ。 -
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タイトルの通り、小説にまつわるアンソロジー。
ラノベっぽい軽さのものが多くて中高生向けかな。
それでも小説の存在意義を説くような話が読めてなんだか嬉しかったです。
本を読んで驚いたり、感動したり、幸せな気持ちになったり、そういう純粋に読書を楽しんでいた頃の初々しさを思い出しました。
「青と赤の物語」 加藤千恵
「あかがね色の本」 千早 茜
「新刊小説の滅亡」 藤谷 治
この3つが好きです。
私の人生、何度小説に救われてきたんだろう。
探さなくてもいつだって必要なときは必ず寄り添ってくれてた。
その経験はその本とともに、何年経っても何が変容しても移ろわなくて、私にとって本当にかけがえのないものです。 -
Posted by ブクログ
きょうだい達の物語
サリンジャーの同名小説をモチーフにした作品らしい。
サリンジャー版は読んだことがないので、詳しくはよくわからないが。
鏡家のきょうだい達が語り、あるいは語られる。
『憂い男』
物語の中で語られる『憂い男』の物語に引き込まれる。
醜い顔となって、孤独に生きる憂い男。
そのうちに仲間を得るが、どこかに憂いをもったままのその男。
中学3年生の秋雄さんが教えてくれた話に心を躍らせる。
不思議な憂い男。
自分がその子孫だと信じてやまない子どもたち。
子供らしい思い込み。
そうしていられる時はじきに過ぎ行く。
『小川のほとりで』
家出をした佐奈。
小川のほとり、寒い中でうずくまっている佐奈。
家での理由。
本当の理由は餅。テレビ。父親。
「普通」が悪気なく垂れ流されていることへの嫌悪。
諦観。憤怒。悲哀
渇望。
この二作品はそれなりに面白いが、他の物語は読みにくくてなかなか頁を繰る手が進まない。
同時に読み始めた本を何冊も終わらせ、やっと読み終えた。
叙情的というわけでもない、おそらく、誰に対しても感情移入ができず、振り回された感じが読みにくいと感じた理由であろう。
好きな人は好きなのかもしれないが、嫌いな食べ物をぶらぶらと箸の先でもてあそぶように読んでいた。
サリンジャー版は読まないかもしれない。