山内マリコのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
妻から勧められて山内マリコさんの作品を読むこと、五冊目となりました。
初めに読んだ「買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて」から始まり、なぜ女性が買い物が好きなのかがわかったような気持ちになり、「パリ行ったことないの」では女性の生きづらさと強さを学び。
今作「結婚とわたし」においては、山内マリコさんの生活を通して、結婚の中に潜む(男性側がただ見てみぬふりをしていただけ)のジェンダー差による家事分担の差や女性が失うものなどが見えてきます。
旦那様との生活が長くなり、家事分担もお仕事もされている山内さんの態度が大きくなっているようにも思い、どうなってしまうのかと途中でハラハラしましたが旦那様が家事の一部分である料理カテゴリーをすることを決めてから、家庭内パワーバランスが変わるところを見ると、家庭で発言権が大きくするには家事分担をあげるという方法が健全であるように感じました。
ところどころで挟まれていた、旦那様がお書きになる「男のいいぶん」においては男性側の主張が出るタイミングもあり溜飲が下がることありますが、フェミニズム教育の賜物か少しずつ主張が変わっていく様も面白かったです。
まだまだ二人の生活は続いているようなので、二人のジェンダーバトルを聞いてみたいですね。 -
Posted by ブクログ
【かわいい結婚】
けれどひかりは、もうまーくん以外の男の人と口をきいたりするのが面倒でならない。男の人の、こちらを査定するような冷たい視線や、下心と直結したわかりやすい態度に、いちいち小さく傷ついたりしたくないのだ。変な女と思われないように自主規制して振る舞う、窮屈で空虚な人間関係なんてまっぴら。
でも、まーくんの前でなら自由だ。だって結婚したし。
まーくんの前でだけ、ひかりはありのままの自分でいられるし、ありのままの自分でいることは気持ちのいいことだった。ありのままの自分とは、家事が苦手だったり、下品だったり、どうしようもなくくだらないことを言ってしまう自分のこと。そういう、誰にも見せられない部分を解禁できる男の人の生活はとても楽しい。だから青山くんが地元に戻って来ようが、ひかりが結婚したと聞いてガッカリした顔を見せようが、そんなのはどうでもいいことなのだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ◾️record memo
「女の子らしく」は女の子を縛る。それを広める勢力へのレジスタンスとして、深い反省と次の世代への希望を込めて、「自分らしく」の肩をどんどん持っていきたい。「女の子らしく」の呪いを解くことができるのは、「自分らしく」しかないのだから。
わたしはわたしのものだから。誰のものでもないんだから。
思春期以来ずっと悩みだった一重まぶたを隠さず、すっきりしたショートに髪を切った。気分はすごくよかった。やっと自分を取り戻せた。ううん、生まれてはじめて自分自身になれた感じ。
自分らしくあろうとするだけで、なにかと闘うことになる。男とも、女とも。
だけど親友とは、どこかのタイミングで行き別れて、それぞれの人生をはじめなくてはいけなくなる。
みんなには悪いけど、あたしはすごく、贅沢なのだ。自分のために時間を使い、お金をつかう。それこそが本当の贅沢。
気分よく自由でいるために服を着る。
"ボロを着てれば心もボロだろ"はたしか鈴木いづみの名言だが、女性の自信はその日着ているもので決まる。
完璧ではない自分を許し、受け入れること。
自分らしいスタイルとは結局、いつも着てしまう服なのだということ。好きな色、ブランド、全身のバランスなどにも、人によってそれぞれ「これが落ち着く」というラインがある。
着ていて落ち着くいつもの服こそが、自分らしいスタイルなのだと。
自分らしさをちょうどよく表現できていれば、それだけで勇気りんりん。
誰かのためにではなく、自分のために。
だけど彼女は、誰にも邪魔されず、こうやって自分とだけ向き合う、穏やかな孤独が好きだ。
真のファッション狂である彼女は、買い物が大好きだ。だけど、買っても買っても満たされないってことを知ってる。
なにかを主張することも、人目を気にすることもなく、年老いた自分をひたすら楽しむの。
「自分で買うからいいんじゃない」素敵なご褒美を用意してモチベーションをキープするのは、ママ流の知恵なのだ。
目標と一緒にご褒美を用意すればいいのよ。そしたらなんだって苦じゃないわ
ママに倣って毎月のお給料から、"ご褒美貯金"をはじめたのは、そんな頃だ。
ママの言ってた"ご褒美"の効力は、永遠につづくと、あたしは信じてる。
それでも、「歌を歌いながらパンを得よ」とわたしは言います。つまり、楽しく働いて生きていこうってことです。
こういう女性に対する搾取的な性差別構造の罠にハマらないようにするために、男に頼らなくても生きていけるよう経済的にも精神的にも自立すべきだし、なにより性暴力は完全にアウトな重要犯罪。そういうことね?
自分の親がこの世から退場し、時間が経てば経つほど、わたしは彼らと話をしたくてたまらなくなりました。
でも人が、誰かの世話にならずに生きられる時間は、実はすごく短い。
自分のダメなところも受け入れて、「まあ、こんなもんでしょう」と思える五十歳になった。自分が若かったとき、言ってほしかったことを言えた。わたしにしては上出来ではないですか。
あたしは大器晩成型だから、その分先は短いもんで、過去に浸ってる時間なんてないのさ。