山内マリコのレビュー一覧
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女の子の友情ってすっごく濃厚でとっても呆気ない。
ちっちゃなことで共鳴して群れるくせに、ちっちゃなことで失望して嫌いになる。
環境が変わったり、好きな男ができたら、すっかり疎遠になる。
20代後半になった私もあの時あんな友達いたなぁってどこか懐かしくなる一冊だった。
数名の女の子たちの伝記のような短編集たち。
小学生の時花いちもんめで選ばれなくて悲しい気持ちになったり、中高生の時男子に選ばれず惨めな気持ちになって華やかな友達を妬んでしまったり、夢たくさんで大学に入ったのにルッキズムや男社会に失望しながら「こんなもんだ」って言い聞かせる日々も、サブカルにハマって自分が異質で特別だと思ってる痛々しさも、25歳超えて独身だと可哀想な目で見られる悲しさと怒り、30歳近くなって競争ばかりの社会から卒業して自分らしく生きることをみつける
きっと誰しも共感できる女の子の人生が描かれている。
今、35-45歳くらいの女性たちのお話を各時代ごとに描いているのだがでてくる固有名詞が話のリアリティさを助長させていて好きだった。
学生時代は、SPEEDのmy graduation、ビデオ屋、mixiオフ会、スタバ、ipod、クドカンのドラマ。
30代超えてからは、逃げ恥、Twitterのまとめトゥギャッター、アナ雪、コロナ。
特に、後半のアラサーの女性たちのお話は、ちょうどアラサーに差し掛かった私にはあまりにもリアルなお話ばかり。
見てくれを美しくすることばかり考え、常に何かの擬態で生きていたら30歳になって、自分を解放できるヨガに出会ってインストラクターなったり…
ラッキーで大手総合職で入れただけなのにバリバリ自分の力で稼げてる気になって、どんどん可愛げのない自分になって、独身なせいで地方転勤になって自分が思い上がってた事に気付かされたり…
男の人も自分と同じように愛情があると信じて、言葉の裏を深読みして恋愛至上主義になって搾取され、妊娠をしてから無料で奴隷のような生活をし自尊心を失ってく女性の末路…
セクシャル・ハラスメントとオバタリアンではじまった平成が、援助交際とドメスティック・バイオレンス、アラフォー、女子会、イクメンとマタハラ、そして#保育園落ちた日本死ねを経て、#MeTooと#KuTooで幕を閉じようとしている。
という最後の方の文章は印象的だったな。
女としての人生、楽しい事嬉しい事も沢山あるけど、傷つく事生きづらい事選択しなきゃいけない事も沢山あって迷走している私。
フェミニズム思想は苦手だけど、すごく今の私にフィットしてスルスル読めた。
なんやかんや女性として生まれて良かったな。 -
Posted by ブクログ
Twitterで見かけて気になり購入。
わたしも買い物が大好き(というか田舎&貧乏育ちの反動かも?)なので、タイトルの"お伊勢丹より愛をこめて"がどストライク。こんなに"読みたい!“と思う本には久しぶりに出会いました。
ライトなエッセイなので数時間で読み終わるボリュームですが、一品一品に対する著者の情熱がすごいし、毎回素敵なお品なので同じページを何度も読み返したりすることもあり、じっくり数日にわたって読みました。
著者の好みが被っているところもあれば、そうでないところもありますが、この本、人様のクローゼットを覗いているようでとても楽しい!女性なら、子供時代、友達と筆箱の中身を見せ合いっこした経験が少なからずあると思いますが、それを通ずるものもあるような。もちろん、こちらの持ち物を著者に見せることはできませんが、各トピックスごとに、そうそう!あ〜わかる!これいいな〜!などと心が動き、なんだか双方向に繋がっている気分になります。
大量生産大量消費の時代にあって、この本に出てくるお品はどれも少し贅沢品。
だけれど、どれもこれも著者のこだわりや愛が感じられて、ああわたしもこういう買い物がしたい、と強く思いました。
ニットのお手入れのページでは、自分の日頃の行いをひどく反省。
たくさんものを持つことが悪いわけではないですが、この著者のように大事にできる範囲で買い物を楽しむ、それが良い消費者の姿勢かなと思いましたし、そうなりたいです。
山内マリコさんの本は初めて読みましたが、文がさっぱりしていて読みやすいですね。他の本を読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
「古い価値観・固定化されたイメージからの脱却を促す力が小説という形を通して自然と湧き上がってくる」と思った小説
内容は、コロナ禍に見舞われた大学生活の中、孤独を感じていた杏奈がとあるきっかけによってマリリンモンローという人間について触れていく話。
"マリリンモンローが時々でアドバイスをして、現代に生きる悩める学生を導いていく"、そんな展開になるのだと読む前は勝手に想像していたのだが、主人公である杏奈が実際にマリリンと会話をしているかのようなシーンはほんのわずかだったのは意外だった。しかしそのちょっとした出来事がきっかけで、パブリックイメージとしてのマリリンではなく、一人の人間としてのマリリンのことを自分自身で調べてどんどん知るようになり、言葉は交わせないが、まさに時代を超越したシスターフッドものの連帯感を味わうことができる。
コロナ禍を描いた小説としても読みごたえがあり、大学の様子やマスクなどの細かい描写、1年目、2年目とコロナ禍の様相が激しく変化していく中で杏奈が感じていることなど、あの時代・あの世代が奥底に詰め込んでいた違和感を一つひとつ実感のこもった文章で書かれているのが良かった。
私自身もマリリンモンローについては勝手に抱いていたパブリックイメージの印象で止まっていて、彼女の人生について調べようともしなかったので、まさに杏奈が電話で話した出来事のようなマリリンを知るきっかけがこの小説になった。古い価値観からの脱却、かつて低評価に甘んじてきた人々に新たな視点を与えることの大切さに気付かされる小説としてもたくさんの人に読んでもらいたいと感じた。 -
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ネタバレ◾️record memo
人間は、男らしさも女らしさもひっくるめて持っているものです。自分にとって自然な、男らしさ・女らしさのバランスが、「自分らしさ」ってことなんでしょうね。
いずれにせよ大事なのは、他人が自分をどう思っているかじゃなくて、自分が自分をどう思っているか。自分で自分を「いいね!」と思える、それがなにより最高で、最強です。
わたしも20代の渦中にいたときは、けっこうギスギスした気持ちでした。若さは重荷でしかなかった。若さを目いっぱい謳歌しなきゃいけない、そんなプレッシャーと、そうはできていない現実とに、常に引き裂かれているような感じで。しょっちゅう、すねたような、やさぐれた気持ちになりました。若さを存分に発揮してそうなかわいい子を見ると、うらやましくて、小さく傷ついたりもして。
最近はそんなこともめっきり減りました。むしろ素敵な人に会うとストレートに褒めます。褒めると、相手もよろこぶし、自分もとても気持ちがいい。ヘイトは相手だけでなく自分自身も傷つけ、ラブは相手も自分も幸せにする。
自分は自分でやっていくしかないのだから、ほかの誰かと比べても意味がない。ただ、よりよい自分を目指すだけで充分なんです。
客観的に自分の顔を観察して、長所を活かすメイクを覚える。「これぞ自分」と思える顔になれたら、自信も100倍になりそうです。そのためにまずは、持って生まれた顔を肯定して、長所をのばそうとすること。そして大事なのは、人と比べないこと。20代の女の子は無意識に自分と人を比べてしまうけれど、あれはバラが「ひまわりに比べるとあたしなんて地味すぎてツラいわー」と落ち込んでいるようなもの。無茶な比較は無用です。誰かになろうとするんじゃなくて、自分自身にならなくちゃ!
そう言われてみれば、思い当たるふしがたくさんあります。わたしも思春期のころは、抱えきれないほどの自意識でパンパンに膨らんでいたな。自分が自分をどう思うかより、他人にどう思われるか、教室でのポジションなんかも、すごく気にしていました。20代も前半のうちは、女性であることのプレッシャーも強くて、まだまだ自意識過剰だったけれど、それも年々減少していき、どんどん楽になっていきました。自分に対してほどよく寛容になれたのは、30代に入ってから。
だから女の子はもっと、自分に対して片目をつぶるべきなのです。自分に対して、えこひいきするくらいがちょうどいい。自分では気に入らないところも、個性や美点だったりするし。
主体とは、「(自分の意思にもとづいて)相手にはたらきかける、その本体」という意味で、「主体性」となると「自分の考えや立場をはっきり持ち、まわりからの影響を受けずに動く性質」になります。これって実は難しくて、なおかつ女の子にとって、すごく大事なことなんです。
選ばれる、見つけられる、愛される、モテる。これらはすべて、受け身の言葉です。主語は「誰か」。おおむねそれは男性であります。そしてこの場合、自分は主体の反対語である「客体」になります。
客体って、すごく弱いんです。弱者なんです。似合ってない髪型とメイクで自分の個性を殺し、おとなしく、縮こまっている存在。これはなかなかツラいことです。
自分の好きなもの、夢中になれるものを、全員が見つけられるわけじゃない。けど、なにかを好きなこと自体が、自分の芯になりうる。なにかを好きになることで、人は「主体」になれるんです。
これはとても大事なことです。なぜなら主体であることに慣れておかないと、自分って、すぐになくなっちゃうから。「わたしってなに?」と考えると、哲学の迷宮に入ってしまうけれど、「わたしの好きなものってなに?」と考えると、おのずと自分が見えてきます。
わたしも10代のころ、夢中になれる趣味が見つかり、好きなもので身の回りを固めるようになりました。自信が持てなくてあやふやな自分を補強するように、好きなもので鎧を作って、自分を守っていたんだと思います。やがて、鎧を脱いでも「個」として立てるようになりました。
でも、25歳はまだまだ鎧が必要。日々、社会や他者との小さなバトルの連続で、流されたり、当たり負けして、受け身にならざるをえなかったり。
だから、偏愛、どんどんしてください!大好きなものを買い集めて、ほくほくしてください!どんなくだらないものでも、意味のわからないこだわりでも、それらはみんな、お守りみたいに、あなたの心を強くしてくれるはずですから。
誰かにあこがれて、こんなふうになりたいなと夢見て、真似をしてみたところで、やっぱりその人にはなれない。悲しいくらい、自分は自分でしかない。これって女優やミュージシャンといったスターだけでなく、身近な人に対しても言えることです。素敵だなぁと思う人に無性に惹かれ、あんなふうになりたいと思う。羨望する。けど、絶対になれない。どこまでいっても、自分は自分なのです。わたしはそのことに気づくのに、ものすごく長い時間がかかりました。そしてやっと、誰かの真似をすることもなくなり、自分に似合うもの、自分が引き立つものを選べるようになりました。
自分の心を殺して、クルーザーの持ち主の顔色をうかがうのはつらいことです。浮気、モラハラ、DV、そんな最悪なことが起きても、自分の小舟を手放してしまっては、逃げられない。人の船に「乗せてもらう」って、そういうことです。若いころのわたしは、結婚のそういった危険性に、まったく気づいていませんでした。
「幸福な結婚とはいつでも離婚できる状態でありながら、離婚したくない状態である」という、小説家・大庭みな子の名言があります。女性が結婚のダークサイドから身を守るには、本当の意味で幸せな結婚をするには、まずは自分で自分の小舟をしっかり漕げるようになることと、それを経験することが大事。
ヨーロッパへ旅行すると、街を歩く素敵な女の人によく目を奪われます。多くがパンツスタイルで、足元は歩きやすいスニーカー。ブランド物ではないバッグを斜め掛けにし、長い髪を無造作に頭の上でくるっとまとめたお団子ヘアの子が多い。流行りのシルエットというものはなく、ベーシックなアイテムをうまく体に馴染ませて着ている印象。首元にボリュームのある巻き物をして、背筋がスッと伸び、颯爽としていました。
あなたにとってカッコいいとは何ですか?
この質問に対して、好きなミュージシャンは昔、「身のほどを知ること」とこたえていました。己を知り、実力を知り、わきまえること。決して自己卑下ではなく、かといって変な背伸びもせずに、ただ自分であること。
自分を知ること、自分の好きなものを知ること、そして自分に似合うものを知ること。でもそんなこと、なーんにも気にしていないかのように、さり気なくふるまうこと。あとは完璧を目指さず、自分のことを「ま、こんなもんでしょう」と大目に見てやれる、心の広さも大事かな。もちろん、わたしの思うカッコいいと、あなたの思うカッコいいが、全然違ってたっていいのです。 -
Posted by ブクログ
登場人物たちほどの田舎に住んでいる訳では無いけれど、神奈川の、閉塞感のある街でわたしは十九年間生きている。かつて浴びせられた暴言と行動を無かったことにできるほど強くはなれなくって、愛憎混じる感情を地元に向けて抱えている。そんなわたしに気付きもしない小・中学校の同級生たちは今日も楽しく地元の人間と遊んでいる。当たり前に、限界を知って、その絶望から来る地獄に落ちなければ、自分の住む町への憎悪というものは生まれない。きっとわたしにも悪いところはあった、でも、どうしてこんなにもつらい思いをしなきゃあいけないの?時折、本当の自分を許容してくれる世界に飛び込まないと、頭がどうにかなりそうなのは今も変わらない。登場人物たちと同じように、外に、東京に、夢を見ている、環境を変えるだけですべてが変わるなんて、そんなことあるわけないのに。今日も、そしてこの先数年間、わたしは地元を嫌だ嫌だと言いつつそこから逃げ出すことは無いだろう。完全に新しい場所に身を置く体力も精神力もわたしは持ち合わせていない。いいないいなの繰り返し。でもそれでいいのかとも思う。完全に自分の存在を肯定してくれる場所なんて夢の中だけの話で、本当には存在しない。ちょっとした東京への憧れを持っている現状こそ一番に幸せな状態なのだと、わたしはこの十九年間で何となく知った。こうしてひとつずつ諦めていって、わたしたちは大人になるのだ。憧れに諦めをつけて、映画を観たり本を読んだりして、わたしは自分の中だけの桃源郷を作る。「ここは退屈迎えに来て」と、声にならない声で叫び続けながら。
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Posted by ブクログ
買い物がしたくなる本。
試着の時は良くても改めて履くとなんか違うジーパンなど、読んでいてわかるわかる、という気持ちになる。
連載を文庫化しているため、一つの章が短く読みやすい。
よく旧Twitterなどで流れてくるwhat’s in my bagなどを見るのが好きな私にとっては、他人のお気に入りのものを背景も含めて知るのはとても楽しい。私自身が買って良かったものってなんだろうと思った。
年末ということもあり、断捨離しながら必要なものについて整理して書いていくのもよさそう。
気になって調べたが、ナオト・インティライミみたいな名前のランジェリーブランド「シュット!インティメイツ」は2024年にブランド終了とのこと、残念。
靴には「裏」を貼ること知らなかった。
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Posted by ブクログ
ネタバレ◾️record memo
いつか社会と折り合いをつけなきゃいけない日が来るかもしれないけど、できるだけ抗って生きてくれ。
30代からの買い物テーマ、値は張るけどいいものをちょっとずつ買い集めていくのは、とても楽しい。
この5000円はときめき代だ。
あれから3年、わたしは変わった。一日の大半をパソコンに向かって仕事する、働く女性になったのだ。
なぜ急にオーガニックに凝るようになったかというと、これはおそらく、原始的にできているわたしのヤワな体が、男性仕様のタフな社会に適応して働くうちに、自然を欲するようになったんじゃないかと分析している。たとえるなら、シベリアンハスキーや土佐犬向けのフィールドに放たれたチワワみたいな感じ?「?」もなにも、体力のなさにおいてわたしは断言できる。われはチワワなり!
リトルブラックドレスは、「女性が束縛から解放され始めた時代の自由なコスチューム」の象徴なのだ。
リトルブラックドレス着回し術を実践してわかったのは、すごく経済的だということ。着れば着るほど減価償却されていくのはもちろん、予定の前日に「着ていく服がない!」と騒ぐこともなくなって、心持ちが穏やかなのである。その心の余裕を、ちょっとした家賃並みのお金で、買ったんだと思っている。
年齢と懐具合と相談しながらちょっとずつ買い集めたものたちで、いまのわたしはできている。財布、傘、バッグ、手帳、靴、ジーパン、ヘアブラシ、机。自分が選んだもので、自分自身が形作られている。これは毎日の食事がその人を作っているのと同じこと。おろそかにしちゃいけない。今後は、手に入れたものを長く使うのがテーマ。
苦難のニート時代を経ているせいか、自分で働いて得たお金で、好きなものを買える喜びもひとしお。反消費でも消費礼賛でもなく、そこそこまじめな消費者でありたいと思っています。