あなたは、『東京23区』の名前をすべて言えるでしょうか?
日本の首都、東京。その中央を形作るのが『東京23区』です。2024年6月時点で985万6,992人という人口を抱える『東京23区』はさまざまな顔を持ってもいます。『みんなの青春が詰まってる』『渋谷区』、じつは『荒川は流れて』いない『荒川区』、そして『東洋一のマンモス団地と謳われた高島平』を抱える『板橋区』と、それぞれの『区』はそれぞれの個性の中に存在しています。
そんな『東京23区』の幾つの名前を言い当てることができるか?東京に暮らしていらっしゃる方かそうでないかによっても違いはあると思いますが、誰もが一つや二つを言い当てることができるというのは『東京23区』ならではのことだと思います。
さてここに、そんな『東京23区』自体が”一人語り”するという変わった趣向の作品があります。なるほど、そんな歴史があったんだと物知りになるこの作品。よく知るあのランドマークにそんな言われがあるんだとこちらも物知りになるこの作品。そしてそれは、”当時のわたしは東京に住んで八年目”という山内マリコさんが綴る『東京23区』の物語です。
『街中に、ピリピリした緊張感が漂っています』と語り出したのは『千代田区』。『お堅い奴だって、よく言われます』と自らを語る『千代田区』は、『まあ、それも仕方のないことなんです。東京駅からはじまって、国会議事堂でしょう、最高裁判所でしょう、それからもちろん皇居もね。みーんなわたしの中にあるんです』と続けます。『あんまりこういうことを言うと傲慢だって思われるかもしれないですけど、”東京”って、つまりわたしのことなんですよね。そりゃあヘラヘラ笑ってはいられませんよ。ピリッとしてなきゃいけない立場なものでね』と自らの立ち位置を説明します。『ここでは街中に警察官が配備されています。とくに国会議事堂の周辺は警備がカタくて、とてもじゃないけど口笛を吹きながらお散歩するような雰囲気じゃありません』と補足する『千代田区』は、『そんなふうに張り詰めた空気が流れる街ですが、夜になるとここで働いている人はみんな家に帰ってしまうので、しーんとしたもんです…皇居の方なんか怖いくらいの静けさですよ』と昼と夜で見せる街の姿の違いを説明します。そんな『千代田区』は、『そうそう、一度この皇居前広場を、ポール・マッカートニーが歩いていたことがあるんです。もう半世紀も前のこと。あれはたしか、七月一日でした』と過去を振り返ります。『午前中の皇居前広場をね、すらっと背の高い英国人の若者が、ストライプのジャケットを着て颯爽と歩いていたんです。ああ、思い出すなぁ』と過去を懐かしむ『千代田区』。『一九六六年、日本中に、若さがあふれていた時代です』と続ける『千代田区』は、『ビートルズが来日したときは、そりゃあもう大変な騒ぎでした。はっぴ姿で日航機から降り立つと、タラップに横付けされたピンクのキャデラックに乗り込んで、羽田からわたしの ー そう、わが千代田区の! 東京ヒルトンホテルまで、高速をビューッと飛ばし、わずか三十分くらいでやって来たんです』と当時の状況を説明します。『なんとビートルズのために、首都高を全面通行止めにしちゃったんですから。いやぁ、壮観でした』と感慨深く語る『千代田区』は、『そこに至るまでも一悶着ありまして…』と裏事情を語ります。『いまでこそ”ロックの殿堂”みたいに言われて、若い人にはコンサートの会場だと思われてますけど、当時はそんな軟派な施設じゃなかったんです』と『彼らが来日公演を行った日本武道館』のことを説明する『千代田区』。『日本武道の振興のためにつくられた、伝統的武道の殿堂』を『ビートルズに使われるのを』嫌がった『大人たちは』、『ビートルズ』のことを『うら若き乙女が黄色い声で声援を送る、チャラチャラしたアイドルグループ』と考えていました。『いまとなってはお恥ずかしいことですが、かくいうわたしもビートルズに武道館を使わせるのには反対でしたよ。なにしろわたし、千代田区ですからね。石頭というか、やっぱりスクエアな考え方しか出来ないんです』と続ける『千代田区』。東京の中でも独特な立ち位置を誇る『千代田区』のなるほどという語りを聞かせてもらった好編でした。
“学級委員タイプの千代田区が、ザ・ビートルズが来日した時の思い出を振り返ったり、女子高生風の渋谷区が、恋文横丁の甘酸っぱい成り立ちを語ったり…。東京23区それぞれが、自身の歴史や街の様子、そこで生まれた悲喜こもごものドラマを「自分語り」する、思わずくすりとさせられたり、ほろりとさせられたりする小説集”と内容紹介にうたわれるこの作品。書名の通り『東京23区』に順番に光をあてながらそれぞれの『区』がどんなところかを小説の中に描いていきます。
改めて説明するまでもなく日本の首都が置かれる東京都、その中心を形作るのが23の『区』の集合体である『東京23区』です。そんな『東京23区』のイメージは東京にお住まいの方かそうでないかによっても異なってくると思います。『渋谷区』や『新宿区』といったテレビにもよく登場する街であれば行かれたことがなくてもどことなくそのイメージが浮かぶと思います。一方で『東京23区』の中にもテレビ等にほとんど登場することのない『区』も当然あり、そういった『区』の詳細は東京に住んでいたとしてもなかなかわからないものだと思います。この作品はそんな『東京23区』すべてに順に光を当てていくことで、読後には朧げながら『東京23区』のそれぞれの『区』のイメージが読者の中に出来上がる、そんな興味深い作りになっています。私が今までに読んできた作品の中で似たような考え方を取るものとしては、柊サナカさん「一駅一話!山手線全30駅のショートミステリー」があります。こちらは、東京のど真ん中を一周するJR山手線の30の駅を順番に回っていくという作品です。すべてコンプリートする達成感を感じさせるこのような趣向の作品は読んでいてなかなか楽しいものがあります。
では、もう少しこの作品を見ていきたいと思います。この作品を読み始めて読者がまず気づくのがその視点の主です。上記で『千代田区』についてその作品冒頭をご紹介したのでお分かりかと思いますが、この作品では、それぞれの『区』がまさかの”自分語り”をするのです!数多の小説の中には猫や犬、その他”無生物”に視点を持たせる作品があります。もちろんそれぞれの作家さんが意図あって仕掛けられていることではありますが、その作品の色を決定づけるようなところがあります。この作品では、それが『区』になっている、『区』が『わたしは…』と語り出すというなんとも大胆な趣向を見せてくださいます。では、『区』の個性が強く感じられるものを3つ挙げてみたいと思います。
『吾輩は区である。名前は文京区。いつ生まれたかというと、これはもうはっきり記憶している。昭和二十二年三月十五日。小石川区と本郷区が合併してできたのが吾輩なのである』。
これは上手いですね。はい、夏目漱石さんが、代表作でもある「吾輩は猫である」を執筆した”猫の家”がある『文京区』の登場です。『小石川区と本郷区が合併してできた』という豆知識はにはなるほどというところですが、なんと言っても入り方が絶妙です。
『東京二十三区をそれぞれテーマにした短い話を書いてますだぁ?足立区といえばなんでしょうかって?知らねえよそんなこと。なんもねえよ。手前ぇで考えろや』。
次はいきなりべらんめえ口調が登場して少し戸惑いを隠せません(笑)が、『足立区』の登場です。『知らねえよそんなこと』と突き放されても困ります。う〜ん、これは『足立区』にお住まいの方には笑えないお話かもしれません。
『みんな元気ぃ~? あたしは元気だよ! いつも渋谷に遊びに来てくれてありがとぉ!今日はみんなに、渋谷っていい街だナ、と思ってもらえるような話をするね』。
はい、突き放された『足立区』のべらんめえ口調の次は『遊びに来てくれてありがとぉ!』とお礼を言われました。はい、こちらは『渋谷区』ですが、このテンションの落差には逆に引いてしまいそうです。
ということで、それぞれの短編がそれぞれの『区』を”自分語り”で紹介していくことがお分かりいただけたかと思います。
そんなこの作品はそれぞれの『区』のランドマークや特徴をそれぞれの『区』が宣伝マンのように語っていくのが特徴です。この作品は東京新聞のサイト「東京新聞ほっとWeb」に2013年3月から2年間にわたって連載されていた「山内マリコの東京23話」が元になっているようです。都内の各区をテーマに短い小説を書くというそのコーナーの執筆を依頼された山内さんは東京の街をこんな風に理解していたとおっしゃられます。
・“歩いてみただけじゃ到底わからない、細かなイメージの集合体”
・”それぞれの区には「キャラ」みたいなものがあり、それはイメージで共有されている”
さらには
“江戸以来の歴史が時代ごとに、重層的に折り重なる街”
そんな風に東京という街を分析される山内さん。ではそんな山内さんがそれぞれの『区』にどんな物語を描かれているのか、もう少し詳しく、サブタイトルと共に3つほど見てみましょう。
・〈最高にイカしてる 港区〉: 『最近オレんとこに来る奴は、みんなビルの中に入っちゃうから、正直いうとよくわかんないんだよね』というのは『港区』。『オレ、変わったんだ』という『港区』は『昔はね、これでもめちゃくちゃまじめだったんだよ。あの千代田区よりもね』と言うと『なにしろここ六本木は、軍隊の街だったんだから』と過去を振り返ります。『乃木坂にある国立美術館』、『ここは昔、駐屯地だったんだ』と語り始めた『港区』は、そこに『旧歩兵第三連隊兵舎』があったことを説明します。『東京ミッドタウンがあるとこもそう。あそこにあったのはねえ、大日本帝国陸軍歩兵第一連隊』と続ける『港区』は、『そんな奴だったの』、『超怖いおやじだったんだ』と続けます。
・〈噂のあいつ 新宿区〉: 『日本初の超高層ホテルとして、一九七一年にここ新宿で開業いたしました』というのは『京王プラザホテル』。『新宿と一口に申しましても、地区によって様々な個性がございます』と語る『京王プラザホテル』は、『伊勢丹や高島屋といった百貨店、歌舞伎町などの歓楽街』のある『新宿駅を越えて東側にあるエリア』の説明からはじめます。そして、『西新宿はと申しますと、みなさんもご存じのとおり、超高層ビル街となっております』と『西側』の紹介に進みます。『まず建ったのがわたくし』『でして、以来この地の変遷を眺めてまいりました』、『ここいらの長老といいますか、生き字引みたいなものでございます…』と今度は『超高層ビル』の変遷を説明する『京王プラザホテル』。
・〈失われた町 大田区〉: 『二十三区の中でもっとも広大な面積を誇る』というのは『大田区』。『といっても一九九二年に沖合埋め立て工事が完了してからのこと』と続ける『大田区』はその『約三割が、羽田空港』であると説明します。『いまも拡張工事を繰り返している』という『羽田空港』を踏まえ、『まさに日本の玄関口』であると誇る『大田区』ですが、一方で『ここは外国への夢と期待に胸膨らませた人が、大空へと飛び立つ場所であるから、みなどこかうわの空で』、『たとえばこの巨大な滑走路ができる前は、ここになにがあったんだろうか』とは『深く考えない』と思います。そんな『大田区』は『羽田空港へ向かう京急空港線に、穴守稲荷という駅がある…』と戦前のこの場所を語り始めます。
3つの『区』の”自分語り”をご紹介しました。山内さんがおっしゃる通り、ここにはそれぞれの『区』の”キャラ”が時に時代を超えて描かれていきます。もちろん『区』にも”全国区”と言っても良い名の知れた『区』もあれば、東京に住んでいらっしゃる方であっても名前がなかなかでてこない『区』もあると思います。しかし、だからと言って、それがその『区』が重要ではないということではありません。冒頭に挙げた『千代田区』は長らくこの国の政治の中心地であり続けてきました。そんな『千代田区』には世界各国、日本全国から『大田区』の『羽田空港』を通じてたくさんの人たちが訪れます。そして、東京のビジネスと歓楽の中心となる『新宿区』や『港区』にはその中で発展を遂げて来ました。それぞれの街にはそれぞれの役割があり、歴史があるのです。
『溢れんばかりに人が集まり、彼らはひっきりなしに街をつくり変えていく』。
そんな東京の中心を形作る『東京23区』の”自分語り”が描かれていくこの作品。”この本が、東京に縁がある人にも、全然ない人にも、楽しんでいただけますように!”とおっしゃる山内さんの上手さを見る、そんな作品でした。