司馬遼太郎のレビュー一覧
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黒田官兵衛。戦国時代末期の鬼才。牢人の子に生まれながらも、二十二歳にして播州・小寺氏の一番家老になる。
だが、「この程度の小天地であくせくして自分は生涯をおわるのか」という倦怠があった。
欲のうすい官兵衛だが、「広い世界へ出て、才略ひとつで天下いじりがしてみたい」という気持ちが強かった。
(当書裏表紙あらすじより)
2014年大河ドラマに合わせた訳ではないんですが、偶然、本屋で見かけて買ってしまいました(^^ゞ
著者は安定の司馬遼太郎先生なので内容については不安はありませんでしたが、なかなか読むスピードが速くなりませんでした。
前半は黒田氏が興った経緯や播州にきた経緯が語られ、後半は織田信長 -
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それでも英雄に憧れる。だから全体の評価は3かな。織田、豊臣、徳川その三代にわたり生き延び、幕末までその家を残した山内家。家祖山内一豊とその妻。司馬作品では珍しい女性の主人公千代(実名はまつ)。
長宗我部作品も好きなので複雑。司馬作品では、戦国期の俯瞰図として良い。豊臣の功臣たちが徳川支持に変遷する、私には理解しずらかった部分の司馬さんの解釈は本作に最も詳しい。
藩翰譜、鳩巣小説、常山紀談にその引用があり、戦前の教科書には頻繁に紹介されていたとする名馬購入の話。面白い。知らない人が多いでしょう。(NHKの大河ドラマでやや復活)今やそれを貞淑良妻のモデルと捉えられない人が大半では無いでしょうか -
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前半はいろんな登場人物が、偉大だったり滑稽だったり、、ちょっと高校時代の漢文を思い出す感じだった。後半は話がどんどん進んでいくようで、でも実は全くそうじゃなかったりで…
とにかく、様々な人物が、自分の考えを語り心酔し、それについて仙八が影響されたり馬鹿にしたり、、見方が何度もひっくり返ったりするところとファンタジーなんだけどリアルに思えちゃうところが面白かった!!
ラストの終わり方も良いなー。
結局仙八も大盗禅師も倭人なんだって感じで。
個人的に、人間の本性なんて簡単にはわからないし、口車に乗せられてすぐに信用したりするものじゃないなってことがとてもとても勉強になりました。 -
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ネタバレ司馬遼太郎は、1996年2月に亡くなっているが、本巻はその年の巻であり、実際は5つの章のみで、あとは随筆集が掲載されている。最後のテーマは海軍である。海軍は商船を守る形で誕生したということが語られている。
結局司馬は、本シリーズを通して何を言いたかったのだろうと考える。
司馬は日本をこよなく愛していると感じた。室町時代に現代に至る文化の萌芽が芽生え、育っていったが、昭和初期の統帥権解釈の拡大によって、その日本は暴走を始め、滅んだ。司馬が愛している日本は、この昭和の初期までだと感じた。その愛で様々なポイントに光を照射して浮かび上がった像を鋭く描写しているのが、このエッセイの形だと思う。
自分の言 -
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ネタバレ前巻からの流れで、複数章にまたがって一つのテーマを掘り下げる形が多くなっている。神道、鉄、宋学、看羊録。
神道も宋学も仏にひとまとめにしてしまえ、という動きがあったことが面白かった。日本人も面倒くさがり、というか、几帳面というか、捨てられないというか、柔軟すぎというか、乱暴というか...
神道で面白かったのは伊勢神宮のことである。伊勢神宮は内宮と外宮に分かれていて、天照大神が伊勢の五十鈴川のほとりに御魂代がやわたの鏡として祭られたのが、内宮の起源らしい。外宮は五世紀後半になってやっと造営されたらしい。外宮を造営するために食物の神が探され、丹波の比治山の頂上の麻奈井という池のほとりにまつられて -
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ネタバレ今回特に力が入っているのは統帥権の流れ。昭和の太平洋戦争を経て国を滅ぼしたのは、この統帥権の拡大解釈のなせる業だ、というのが著者の思いである。この拡大解釈の流れが何と4章にまたがって記載してある。
幕末の藩軍を勝手に動かした西郷隆盛で統帥権のあいまいさががきざし、明治初年の薩摩系近衛兵の政治化で出発し、首相浜口雄幸が昭和五年+-月+四日にロンドン海軍軍縮条約調印に際し、「統帥権干犯」と糾弾されたのちに右翼に狙撃され、命を落とした。そこから昭和史は滅亡へと向かったというのが著者の言い分である。
統帥権があるのは天皇だが、統帥機能の長(例えば参謀総長)は天皇に対して輔弼の責任をもち、何をやろうと自 -
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船持船頭の高田屋嘉兵衛から、蝦夷地開拓者としての高田屋嘉兵衛と変わっていく部分の話しである。
そして、嘉兵衛の話しではなく、横道もかなり多い。横道の多さは司馬文学の特徴であろうが、この巻は特に多かった。北方領土及び千島列島(クリル諸島)におけるロシアとの領有の歴史、日本とロシアが先住民に対してどのような政策を行ったのかについて書かれている。日本の政策が今の政府がそうであるように、トップが変わるごとに二転三転していた様子も記されている。
北方四島といわれているが、国後島までは嘉兵衛以前でも、船も航法も技術も無く行き来が自由にできたようであるが、択捉島は遠い島であった、ということのようだ。その