司馬遼太郎のレビュー一覧
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ネタバレ――智は大切なものだ。
項羽は、范増をからかうようにいったことがある。
――ただし智というのは事後処理に役立つだけで、勝敗そのものに役立つわけではない。と頭から信じているようであった。
項羽のこの気力に対する信仰は、彼を教えた項梁からひきついだものでないことは、項梁がむしろ智者の煩わしさを持っていたことでも察せられる。項羽はどうしようもなく項羽そのものであった。項羽の武人としてのすべては天性というほかない。しかもかれのおもしろさは自分の天性に対し、他とくらべてのひるみもうしろめたさも持たず、むしろ楚人一般が鬼神を信ずること甚だしいように、かれ自身、ごく自然に自分の天性の中に鬼神を見ているという -
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密教とは何ぞや、現世を否定する釈迦の仏教に対して「現世という実在もその諸現象も宇宙の真理のあらわれである」いうことを密教の創始者は考えた。そして宇宙の真理と交信するために魔術、呪文、マジナイのたぐいを利用した(P104~参照)現世のご利益にあずかる趣旨の神社(土俗)風なものとわたしは思える。この密教が当時の政権に大いに受け入れられる。
南北朝時代の真言立川流って何、詳しく知りたいかたはググってね(笑 そして何よりもあの有名な、空海が弥勒菩薩とともに下生するといわれた56億7千万年という数字が銀河の一回転(ニネヴェ定数)とかかわりがあるらしい、なにかと謎の多い空海であった。 -
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ネタバレ〝好きやねん〟という言葉が流行っていたころ、見聞きするたびにぞっとしました。ふつう、大のオトナが、女子中学生のような言葉をつかうでしょうか。〝きらいやねん〟というのも、おなじことで、好き・きらいという感覚語をできるだけ抑えて表現するのが、一人前の人間だと思うのです(むろん、人間には好き嫌いがあって、それを抑制するほうがいいということではありません。コトバの問題としてのみ考えてのことです)。
もしも科学者の全部が、この両極端のどちらかを固執していたとするならば、今日の科学はあり得なかったであろう。デモクリトスの昔はおろか、十九世紀になっても、原子の存在の直接的証明はなかった。それにもかかわらず -
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ネタバレ大河ドラマになっていたというのは全く知らなかった。
"表舞台"に登場しない村田蔵六。
上中下の三巻に渡る物語の内の中巻。
多少冗長に感じるところもある。
司馬氏は地の分に普通に自分の考えを入れたり、
わからないことはわからないと書いたり、憶測を入れたりする。
それがまた、筆者の文章の独特の魅力にもなっているのだろうと思う。
武士ではない人間たちが動かした瓦解(明治維新)。
この時期の長州人の議論は過激なほど支持され、
過激であるほど内容が空疎であるというのは非常に納得。
関ヶ原からの因縁を持ち続け、海外への視点が広く、
徳川を敬う気持ちがないところが長州の特徴だと思 -
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ネタバレ大村益次郎という人について不勉強なので、あまり知らない。
ただやはり、司馬先生は長州というか、薩長土肥贔屓だなと感じる。
東軍贔屓の自分は読んでいて色々と複雑になるところが多々ある。
筆者の視点が文中に入り込み、知らぬことは知らぬと言い切ったり
こう思う、とか現代ではこう、といったような注釈が入ったりするので、
これが史実・事実でフィクションではないと思ってしまう人が多いのではなかろうか。
時代もあって、この21世紀には当然でも、
当時は明らかになっていなかった『史実』があるのは致し方ないとしても
事実として断言されている書き方は相変わらず少々気になるところ。
下巻でも、長州弁ではない普 -
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ネタバレまだつまらない。けど、次回、西南戦争がはじまりそう…!?西南戦争前夜のきな臭い時期の日本の空気が伝わってくる。
藩閥政治に辟易し始める頃合い。結局いつの世も、政権は嫌われる。それは今の世も。
一番狙いのは、自分の生きる時代を、自分の理想のために、全力で生き抜く人間たちである。
それにしても、昔も今も、前原はカッコ悪いなぁ。
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p24 薩摩の農民
薩摩藩は他の土地と違って、富農がいない。他藩では農業生産が飛躍的に伸び、富農が生まれ読書階級になったが、薩摩では戦国時代から変わらず藩によって厳しい搾取が行われてきた。それゆえ薩摩の農民は教育を受ける時間が無く、軽侮さ -
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ネタバレ伊勢新九郎が伊豆を乗っ取る中巻。とても渋くて、あまりおすすめできないというオススメの本である。
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p29 頼朝が頭領になれたわけ
頼朝が関東八州の棟梁に推戴されたのは、彼の人望や実力というわけではない。
力を付けた関東の農民や武士団は、西の朝廷にいつまでへりくだっていなければいけないのか、不満が膨れている。そこで、自分たちで蜂起するのにふさわしい頭目を求めた。その頭は、格式高い貴種の出であることが望まれた。源頼朝は、いうても天皇家から臣籍降下した雅な人間である。ちょうど良い存在である。
鎌倉幕府の成立の頃から、頭領は担がれた神輿でしかないのである。それが、神輿を担ぎもし