宮本輝のレビュー一覧
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泥の河を読んで
私は同じ時代に大阪の狭い長屋に生まれましたが、そのような船があるとは知りませんでした。幼い頃はまだ皆んなが貧しく洗濯機もない時代。裏口で大きなたらいに水を出し洗濯板でゴシゴシ。お隣のおばさん達も皆んな朝から洗濯していて、そういえば、冬は母が熱湯を持ってきて少しずつたらいに入れました。
川では、枝を落としただけの幹の太い木を数本縛り、男の人がその上に立ち、長い竿を操りながら船のようにして大木を運んでいました。ポンポン船も大好きで、よく橋の上から眺めました。父が「昔は、よう土左衛門が流されてきたんやで」と言っていたのを思い出しました。それがそんな昔の話ではなかったのだと小説を読んで知り、戦後と高度成長期の間が短い年月であったこと、急成長の狭間で人々が苦しみもがいたのだと知りました。
私は中学生の頃、土や砂利道がアスファルトに変わり、木枠がアルミサッシの窓枠に変わることに息ができないような肩がキュンとなるような寂しさを感じました。
作者は、そんな私の大切な昔の風景と日常を、なんと美しい文章で書き綴ってくれたのでしょう。
今日一日を生きながらえていることが奇跡のように描かれており、そして、舟で暮らす姉弟を労わった夫婦の姿は、現代の無機質な世界に生きる私たちへ深いメッセージがあると思われます。
鮮やかな描写は、まるでその場にいるよう感覚に襲われ、再度読み返しました。名作です。 -
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高校生の頃に夢中になって読んだ本を再読。
当時は海外に行ったことがなく、西ドイツからルーマニアにかけての情景は全て想像の中でしかなかった。
大人になって実際にドイツ・ハンガリーなどの東欧諸国を訪れたことで、ドナウ川の流れやヨーロッパの果てしない平野、駅に降り立った時の寂寞感が私の中で現実のものとなった。
母・絹子とその愛人の長瀬、娘の麻沙子とドイツ人の恋人シギィ。
四人の複雑な関係のまま進んでいく旅路は、一編の叙情詩のように感じられる。
高校生の頃に憧れた麻沙子に近づけているかはわからないが、それでもこの作品が私の人生に影響を与えたことは間違いない。 -
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ネタバレ読み終わって数日、反芻するようにこのシリーズを考えては少し涙を流す、ということを繰り返した。
これほど読み応えのある小説とは。想像をしていた物語の遥か上を行った。
それぞれの登場人物が、最高に幸福ではなく、かといって絶望的に不幸でもなく、本当に現実的にある範囲で描かれる。
熊吾と房江にはあとほんの少しだけ、幸せな時間をあげてほしいと願ってしまった。また3人での生活ができるようになるとか、一本松に行けるとか、せめて3人で会話する時間がもう少しあるとか。
でも最後は3人で過ごせた。最悪のような場所かとも言えるが、「野の春」を感じることのできた場所でもある。
多くの人の人生に関わった熊吾が、最後見送られるのはその時に近い存在だった数人の愛すべき人々。寂しいようだが、それで良いのである。
「誠実」に生きること。何かあったときに、「たいしたことありゃせん」と受け流す強さを持つこと。この小説の数多の人々から学んだことを忘れずに、自分の人生も全うしたいと思った。 -
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「慈雨の雨」とは、高度経済成長下で、松坂熊吾一家の周りに、慈しみの雨が降っていたという意味らしい。
城崎温泉に住むヨネや、蘭月ビルの盲目の少女香根、海老原の死。また、北朝鮮に還る人びととの別れ(北朝鮮に帰らせまいとする、大韓民国系の人びととの間で争いが多発していたのは初めて知った)など、幾つもの別離が一家に押し寄せるが、松坂熊吾は、新しい事業に乗り出していく。
相変わらず、濃いエピソード満載で、飽きさせない。
熊吾も、時々癇癪を起こすが、年齢を重ねて温厚になっている。
そして、伸仁が、いよいよ思春期に差し掛かるところまでが描かれる。
とりあえず第七部に進みます。 -
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『流転の海』全九部中第五部。
『新潮』2004.6〜2007.4
昭和32年、松坂熊吾は大阪で再起をかけ、妻と共に電気もガスも通らず、ロウソクだけが灯りという空きビルに暮らす。
10歳の伸仁(宮本輝がモデル)は尼崎の「蘭月ビル」という、まるで貧民窟のようなアパートに住む叔母に預けられる。
そこの住民はみな貧しく、半分は朝鮮人であり、伸仁は凄絶な人間模様に巻き込まれて行くのだった。
相変わらず、濃いエピソード満開で、そこでもしたたかに生きていく伸仁。
しかし、作者が「どうしても書かなければならなかった一巻」と言っているように、のちの作家生活に大きな影響を与えているだろうことは間違いない。
これまで読んで来たこのシリーズの中でも、出色の面白さだった。
そして、松坂熊吾について、乱暴で苦手な人物と感じていたが、中国や朝鮮出身の人、貧乏人にも分け隔てない人物だと知り、好感度が少しあがった。
とりあえず第六部に進みます。 -
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大河小説とは、よく言ったものだ。人間一人ひとりが雨粒としてこの世に生まれて、他の人と出会い、大きな流れとなって大河となる。主人公の熊吾は、粗野で弱い部分もありながら、世の中や人間を正しく、深く見つめ、その縁を繋いでいく。途中、大きな岩や嵐やいろいろな困難を乗り越えたり、流されたりしながら、人々の織りなす大河はさらに大きな海へと流れていく。途方もない年月を重ねて紡がれたこの小説だからこそ、これだけの流れを描くことができたし、何年もかけて読み終えた今、登場人物一人一人の人生がいろいろな思いを抱えながら、流れていく様をいっしょに流れて来たような錯覚を覚える。私は彼らと共にどこに流れ着いたのだろう?いや、まだ私は私の人生を流れていかなければならない。でも、ただ流されるのではなく、世の中や人間の営みをよく見聞きし、そして考え、しっかりと流れていかなければ、そんな決意が、最後のページを閉じた私に迫って来た。
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「あーよかった!」という読後感を残して忘れてしまう小説があるが、この『泥の河』と『螢川』は情景が深く沈み忘れられない小説。
『泥の河』は昭和三十年の大阪。馬車引きは子どもの頃、目にしていた。乾いた馬糞を遊び道具にする逞しい子どもがいた。でも、水上生活者は想像するしかない。天神祭りの出来事、そして哀しい別れ。その情景は少年時代の不安や哀しみと共鳴する。
『螢川』の舞台は富山。思春期の少年の心は想像に難くない。でも、四人が金縛りにあうほどの螢川の情景は、はるかに想像を超えていた。華麗なおとぎ絵ではない。
「寂寞と舞う微生物の屍のように、はかりしれない沈黙と死臭を孕んで光の澱と化し、天空へ天空へと光彩をぼかしながら冷たい火の粉状となって舞い上がっていた。」
螢の乱舞の形容を読み、『錦繍』の。「生きていることと死んでいることとは、もしかしたら同じことなのかもしれません」という言葉か重なった。この小説にも川の煌めきが、一筋の「錦繍」に見えたという表現が出てきた。
情景描写の美しさ、思春期の男女の心理描写の細やかさに唸った小説だった。 -
「螢川」「泥の河」について
「螢川」
宮本輝の芥川賞受賞作「螢川」は宮本文学の永遠の傑作だ。この小説の舞台は富山。
主人公は中学三年生の竜夫。昭和三十七年三月から物語は始まる。
この物語において、竜夫の父の死や竜夫の友人・関根の死が主人公の人生に陰翳をもたらす。
同級生の英子に想いを寄せる竜夫の恋心にすら、友人の死の影が伸びてゆき、そこに思春期の複雑な心理の綾が描き出される。
宮本作品では登場人物がどんなに若年であろうと、厳然とした死が突きつけられる。
しかし、惑いながらも死を受け止め前を向いて生きてゆく登場人物たちに、私は読みながら知らぬ間に心が鼓舞されているのだ。
この「螢川」では四月に大雪に見舞われると、螢の大乱舞が見られるという老齢の銀蔵の言葉が、神秘的な光を放ちつつ、物語は螢狩りに収斂されてゆく。
ラストシーンの妖光を纏った、圧倒的な人間讃歌とも解釈できる光景は、一体何を伝えようとしているのだろうか?
銀蔵の「-----これで終りじゃあ」というセリフの裏にある、新たな「始まり」なのかも知れません。
「泥の河」
宮本輝の太宰治賞受賞作「泥の河」の舞台は昭和三十年の大阪の街。ポンポン船が行き交う川筋に暮らす八歳の信雄が主人公だ。
いまだ戦争の影を引きずった、川筋の住人の貧しい暮らしぶりが描かれ、信雄の澄んだ瞳に克明に映し出される死の場面は、胸の奥の深い部分を震わせられる。
戦争で命拾いした男の、その運を使い果たしたかのような死。沙蚕採りの老人の死、鳩の雛の死、生きながら油に浸され燃える蟹など、死の影を通して切々たる生が浮き彫りにされてゆく。
それらの生死に、信雄の友となる廓舟に住む喜一とその姉の銀子との交友が重なり、人生の深みが静かに描かれてゆく。
私が何回読んでも泪を湛えるのは、喜一が軍歌を歌う場面とラストのお化け鯉の場面だ。
この「泥の河」は少年の繊細で真っ直ぐな心を描いた小説として、時を超えて輝き続けると思います。