宮本輝のレビュー一覧
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薩摩、長州など、幕末維新に関わる様々な人たちが、どのように関わり合っていたのか、江戸や京都ではどのような事が起こっていたのか、恥ずかしながら今まで知らなかった事がたくさんありました。大政奉還、明治維新、、、日本が大きく変化した時代が細やかに描かれていて、歴史を深く学ぶことが出来ました。
さらに、この本の主役である富山売薬人たちの果たした役割と、これから新しい時代を切り拓いていく未来が見えてきたところで、いよいよ第4巻へ突入です。今からワクワクしています。
p68で、才児さんと弥一さんの会話の中に書かれていた弥一さんの言葉が心に残りました。
「苦楽が合わさって、ひとつの人生になる。日月の動きも、寒暑の移りかわりも、人間にはどうすることもできない。それと同じように、人の幸不幸にも消長がある。それゆえに何事も時が至るのを静かに焦らずに待て。曾祖父の代からの川上家の家訓なんだ」
川上弥一さんのこれからの活躍に期待しながら、本を閉じました。 -
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安政の大獄、桜田門外の変、寺田屋事件など、有名な出来事が次々に登場しました。その度に、幕末の不安定だった世の中に思いを馳せながら、心が痛みました。
そんな状況の中で、薩摩藩と富山売薬人たちの深い繋がりが要所要所に読み取れました。この本を読んで初めて知りました。
最終章の「禁門の変」では、薩摩藩を守るため富山売薬人たちが京都で壮絶な場面に遭遇し、命を奪われることなく無事に富山へ帰り着いた時には、ホッとして涙が出てしまいました。
弥一さんや、彼を取り巻く人々(長吉さんや才児さん他、たくさんの仲間たち)が、とても温かくて魅力的に感じます。そして、弥一さん&お登勢さん夫妻の愛情の深さも随所に散りばめられています。
今後の展開に、ますます目が離せなくなりました。第3巻、第4巻も、楽しみです。 -
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大阪千鳥橋・中古車センター編(伸仁16歳から17歳・高2から高3)
房江さんの哀しみと諦めと、伸ちゃんの涙…
第8部は、房江さんの気持ちに寄り添いながら読みました。
城崎で自らの命を絶とうとした房江さんだったけれど、様々な要因(幸運)が重なり、命を救われました。
人生には、「もしも、あの時〇〇だったら…」という偶然の巡り合わせがあると思います。房江さんが最期と決心して鰻重をお腹いっぱい食べたこと、麻衣子さんが家に引き返したことなど、色々なことが重なり房江は一命をとりとめました。
これらは決して偶然ではないのかもしれないと、「流転の海」シリーズを読み重ねる中で感じるようになりました。
(以下、あとがきを書き写します)
どこが始まりでどこが終わりなのかわからない長い川の畔を旅していて、疲れ果てて倒れ込んでしまうときがあっても、そこには毒虫もいれば菫も咲いている。そのどちらと出会うかは「運」ではない。「意志」である。
累々たる死と失敗と挫折は、それらを乗り越えるごとに、源が遠ければ遠いほど流れは長いことの証となる。流れのはるか彼方の、目に見えない未来て待つ生が燦然と輝くであろう証である。
私が「流転の海」で書こうとしたのはそれだったのだ。 -
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大阪鷺洲・中古車販売のハゴロモ編(伸仁14歳から16歳・中3から高2)
この巻で、私が一番心に残った熊吾の言葉は、ハゴロモの社員・神田三郎との会話の中にあります(p1 96)
自分の鶏すき鍋が運ばれてくると、熊吾は焼酎の水割りを飲みながらトクちゃんが守屋忠臣の弟子となるために京都へ引っ越して行ったときのことを神田に話して聞かせ、「行」というものがいかに大切かを教わったのは十二歳のころだと言った。
「ぎょう…?行なうの行ですか?」
と神田は箸を置いて訊いた。
「うん、その行じゃ。ひとつのことを実際にやり続ける。ひたすら、やり続ける。そういう意味では、わしは家庭の主婦というのはえらいと思うのお。毎日毎日、洗濯をする、掃除する、家族のご飯を炊き、おかずを作る。結婚して、歳をとって体が動けんようになるまで、営々とつづけちょる」
熊吾は、手を叩いて仲居を呼び、三杯目の焼酎を頼んでから話をつづけた。
「大工は家を建てるのが行。医者は病人を治すのが行。運転手は車を安全に運転するのが行。百姓はうまい米を作るのが行。どんなものでも、行が伴って万般に通じる何かをそれぞれが会得していく。勉学もそうじゃ。わしは十二、三のころに、叔父からそう教えてもろうた。しばらくのあいだは覚えちょって、あれをしたい、これをしたいと思うと、『まず行じゃ。行動じゃ』と自分に言い聞かせて、具体的にそれに向かって実際にからだを動かすことをこころがけたが、いつのまにか忘れっしもうて、茫茫五十数年が過ぎた。つまり、わしは自分の才の及ぶ範囲内で努力したに過ぎん。単調でつらい行から逃げて、たかが知れちょる小才で生きてきて六十五になった。トクちゃんを守屋さんの家に送った帰り道に、叔父の教えを思い出したが、もう手遅れじゃのお」
→ こんな素敵な言葉を語る熊吾なのに、会社のお金を持ち逃げされたり、森井博美と続いていたり…糖尿病も悪くなっていく。なんで、そんなふうに展開していくの!?と叫びたくなります。
第8巻は、房江さんに気持ちを寄せて感想をまとめたいと思います。涙なしでは読めません。 -
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大阪福島・シンエー・モータープール編(伸仁12歳から13歳、中1から中2)
大阪、城崎で、様々な人たちの運命が絡み合うように物語が展開していきます。これから第7部、第8部と、城崎は注目すべき場所となっていきます。
「流転の海読本」(堀井憲一郎著)で第6部の人物関係図を見ながら、一つ一つの場面を思い起こしながら、あらためて「流転の海」の面白さを実感します。
中学生になった伸仁は、房江さんに対する言動も「思春期だなあ」と感じられる場面が見られます。一方で、モータープールに勤めている気難しい佐古田とも仲良く接するなど、伸ちゃんの人柄に温かなものを感じます。
色々書きたいことが頭の中に充満してしまい、上手く表現できません。とにかく面白いです。
第6部も、たくさんの人たちが登場します。また、ムクとジンベエ(犬)や、クレオ(鳩)も、心に残ります。 -
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富山編
伸仁9歳(小4)
大阪での不本意な出来事が重なり、親子で富山に移り住むことになったところから、第4部は展開していきます。
富山の稲穂に囲まれた道を、熊吾と伸仁がサイクリングをする場面があります。折にふれて熊吾は伸仁に色んな話をします。
熊吾が伸仁に語る言葉をノートに書き写しながら読みました。心にすっと入っていく言葉の数々は、私自身の生きる糧になっていると言っても過言ではないと思えます。
「自分の自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」(p64)
「自分ができることは、ケチな料簡を起こさずに、親身になってしてあげにゃあいけん。見返りを求めちゃあいけんぞ。自分がしてあげたことに対して、何等かの見返りを求めるっちゅうのが、父さんはいちばん嫌いじゃ。こっちがしてあげたことに対して、相手が裏切りみたいなやり方で応じても、知らん振りをしちょれ。それが、いつかお前という人間に福徳のようなものを運んでくる。…」(p138)
「そういう意味では、お前のお母さんは、古里を持たん人じゃ。赤ん坊のときに、父親も母親もおらんようになった。…」→伸仁への二人の愛情が深く深く伝わるセリフが続いています。(p147)
「少々変わった人間ちゅうのは、ぎょうさんおるもんじゃ。…」→世の中の常識について語っています。(p296)
まだまだ書ききれないです。
後に発行された「田園発港行き自転車」は、富山が舞台になっていて、この第4部に通じるものがあります。そちらもまた再読したいです。 -
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第2部の舞台は、熊吾の故郷・愛媛の南宇和です。(伸仁が4歳から5歳まで)。
病弱な妻子の健康を思って、事業の志半ばで郷里にひきこもり、伸びやかな自然の恵みのなかで、我が子の成長を見守ります。
その郷里でも、増田伊佐男など、強烈な人たちが登場します。様々な人たちが関連しあって、目が離せない展開ですが、第2部でも熊吾の言葉に注目しながら、まとめたいと思います。
(p46から)
「世の中というものは、この天と地が、いっしょくたになっちょるようなもんじゃ。お前はまだチビ助やが、そんなお前の中にも、この空よりもでっかい宇宙がある。お前の中に、お天道さまも、お月さまも、ぎっしりつまっちょる」
(p420から)
「心根は、きれいでなきゃあいけんぞ」
五歳の子に、〈心根〉という言葉が理解できないことは承知していたが、熊吾は、いま伸仁にわからなくてもいいのだと思った。
「だんだんおとなになっていくと、いろんな悪さをするもんじゃ。しかし、人間として根本のところで心根がきれいじゃと、神様が助けて下さる。お前にどんな困ったことが起こっても、お前の心根がきれいじゃったら、いろんな神さまが集まってきて、お前を護って下さるんじゃ」
折にふれて伸仁に語りかける熊吾の言葉は、心に深く沁みてきます。物語の展開もドキドキの連続ですが、熊吾の珠玉の言葉も注目しながら読むと、楽しみが倍増します。 -
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著者自らの父をモデルとした「松坂熊吾」の波乱の人生を、戦後日本を背景に描く自伝的大河小説・流転の海シリーズ(全9冊)。
今年(2025年)の2月から3月にかけて、3度目の再読をしました。
第1部は、終戦直後の大阪が舞台となっています。
50歳で初めて授かった伸仁に深い愛情を注ぐ熊吾の言葉が、第2部以降もたくさん出てきます。
心に沁みる言葉をノートに書き留めながら読み進めていきました。
「お前が二十歳になるまで、わしは絶対死なんけんのお」
「お前に、いろんなことを教えてやる。世の中の表も裏も教えてやる。それを教えてから、わしは死ぬんじゃ。世の中にはいろんな人間がおるぞ。こっちがええときは、大将やの社長やのと言いよるが、悪うなると掌を返しよるやつもおる。日ごろはそうでもなかったのに、困ったことがあるとそっと助けてくれるやつもおる。人の心がわかる人になれ。人の苦しみのわかる人間になれ。人を裏切るようなことはしちゃあいけんぞ。だまされても、だましちゃあいけんぞ。この世は不思議ぞ。なんやらわからんが、不思議ぞ。他人にしたことは、いつか必ず自分に返ってくるんじゃ。ええことも、悪いことも、みんな自分に返ってくるんじゃ。そりゃあ恐しいくらい見事になァ…」
こんな言葉を、伸仁に語りかけています。
この言葉を裏づけるような出来事が次々に展開され、夢中になって読んでしまいました。
第2部以降の感想も、熊吾の言葉を中心に、まとめていきたいです。
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今年の2月から3月にかけて、第1部から第9部まで読み返しました。これで3度目になりましたが、読めば読むほど味わい深く、新たな発見に心が波立ち、夢中になって読みました。
熊吾を巡り、本当にたくさんの人々が登場しますが、「流転の海読本」(堀井憲一郎著)を傍らに置いて各巻の人物相関図を確認しながら読むと、複雑な人間模様が頭に入って読み進めることができました。
「出会いとは決して偶然ではないのだ。でなければ、どうして、出会いが、ひとりの人間の転機と成り得よう」と宮本輝さんが「命の器」に書かれているように、流転の海でも、登場人物たちが何か不思議な繋がりを持っているように感じます。
今回の再読で一番心に残った人物は、辻堂忠でした。第1部から登場していて、熊吾を慕い、熊吾から計り知れない程の恩を受けていた人物でした。それなのに…
最初に第9部から感想をまとめました。これから、第1部から順に、まとめていきたいです。
どの巻にも、心に沁みる言葉が散りばめられています。
この本との出会いは、私にとって偶然ではなかったとさえ思えます。
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ネタバレ著者が初めて取り組んだ歴史小説。約10年をかけて執筆、全4巻からなる大力作だ。
幕末の動乱期を薩摩藩を担当する越中富山の薬売りの目を通して描いている。
第1巻は黒船来航、尊王攘夷ののろし、篤姫の将軍家定へのお輿入れなど安政の大獄前夜までの時代風景を描写する。
物語は主人公・川上弥一の語りの形式をとって進められる。
弥一は越中八尾の紙問屋に長男として生まれるが、薬種問屋「高麗屋」に奉公にあがり、特任で薩摩組の売薬商人となる。
富山の薬売りは薬種取引に隠れて、清国が望む蝦夷地の干し昆布を北前船で薩摩へ運び、代償として入手しがたい唐薬種を大量に得ていた。
薩摩組と呼ばれる薩摩担当の薬売りは廻船問屋とタッグを組み、薩摩藩の密貿易の片棒を担ぎながら一蓮托生の関係にあった。
北前船の船乗りたちは、日本の海を行き来することで物の動きを知り、世の中の流れを知る、売薬人も津々浦々を歩くことで日本全体の事情に常に接する状況にあった。押し寄せる異国の脅威を江戸の幕閣や旗本よりも早い段階で感じていた。
大きな時代の潮流を物語を通して知れるのだが、富山の薬売りについて学べたのも良かった。越中の売薬と八尾の紙との深い結びつき、「先用後利」、得意先に信頼されるための人材育成など。
また、薩摩藩の借金を力づくで無に等しくした調所広郷の存在価値や薩摩組を監視する強面目付・園田矢之助と弥一が互いに信頼関係を築く過程が興味深かった。
幕藩体制への批判の視点も取り入れられていた。士農工商に対する百姓たちの怨嗟の声、薩摩藩への嫌がらせ、武士階級の中での城下士と郷士の身分差など。