宮本輝のレビュー一覧
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久しぶりに宮本輝さんの本を読みました。私のおススメの作家さんの一人です。私が勝手にイメージする宮本輝さんの本に登場する主人公は、①それなりの教養を備えている、②運を持っている、③自分を引き上げてくれる出会いや人とのつながりがある、の三つかな。なのですごく羨ましくて、自分もこんな人物になれたらいいなと思いながら読むことが多いです。
「草花たちの静かな誓い」は、もし読者が宮本輝さんについてなんの予備知識も無しに読むことになったとしたら、たぶん「ミステリーかな?」と感じてしまうかもしれません。でも本のタイトルはミステリーっぽくなくて「あれ?」と思うかも。そこが宮本輝さんらしいのですが。
この本のメインテーマではないですが、ゲンとニコがこれから創ろうとしている新しい会社のポリシーは「働いている人たちが幸せになること」です。多くの経営者にも読んでほしい一冊ですね。
私も今日から草花たちに話しかけてみようかな... -
Posted by ブクログ
ネタバレ凄惨な人間生活。
熊吾の激しさ(暴力と経済力)が、そして運が回復してきたように感じる。
それと対になる、蘭月ビルの人々の生活。破滅的な生き方をする者、他人の生き血を吸う者、そうした生活の中でも文化的に精神的に生きる者、ぐれずに育つ子供たちの純真さ。
人間と人間の打ち合いの中で鍛えられる伸仁。
コンプラや、多様性、パワハラはなどなどは、大切なことだが、他方でこうした人間との打ち合いによる鍛え方の機会をなくすのかも知れない。だが、果たして、人間のそんなものが無くせるはずもなく、綺麗事とお題目だけで、楽園を実現することもできない。自分の中にも、そうした闇はあるし。自覚できない中で。。
そうした人間への耐性をつけるというか、打ち合うこともどこかで大切なのかもしれない。それも、人間理解というやつか。。。私自身にとっても、そうした打ち合いは足らず、自身の闇にも漸く気が付き始めたところ。
人間の汚さ、怖さと共に、恩を返そうとする人間もいるという実相も描かれて、儚くも希望も感じさせる。
歴史の実相も折々に描かれていて、親や、祖父世代がどの様に感じて暮らしてきたのか、そんなことも追体験させてくれる。
解説を読んで、熊吾を主人公として人間を描くだけでなく、子どもの視点からのビルドゥングスロマン小説、芸術小説という二重性があるという捉え方を教わる。親子関係、もっというと人間関係とは、とは、こうした両義性を持つものなのかも知れない。同じ時代を過ごしていても、同じ現実に則していても、異なる実相にいるという、そうした捉え方を提示しているのかも知れない。
それにしても、厳しく育てながらも、最大限の本質的な愛の言葉である、お前の心根は綺麗だということを直接息子へ伝えるシーンがあり、熊吾と房江の伸仁への愛情深さを強く感じた。
会社の同僚と、家族ぐるみでの飲み会の時の、親としての顔を見て改めて、親子、家族というものの良い面を感じる。 -
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人間を具に、描いていくとこういう小説になるのか。
テーマが分からないと思っていた。夫婦、親子、商売、戦後の社会、人間関係、親子関係、恋愛、任侠、などなど色んな要素が描かれていく。どの表象も、人間がおこすこと。自らの意思であったり、抗えない環境や抑えられない衝動だったり、そんなもの全てがごった煮である人間(ジンカン)の中で、人間(にんげん)がどう生きていくのか、子どもを育てる親も人としてどういう存在なのかが、描かれていてる様に感じる。
そうして人間を見つめていくと、今流行りのダイバーシティ&インクルージョンに通ずるセリフが出てきたり、人情は哲学の範疇に何故入っとらんのかという言葉が出てきたり、戦後日本が失っているもの(それが何かは詳細わからないが)があるという言葉だったり、所謂本質的な欠片が出てくる。
そうした欠片を真実として、理解できるものとして、それだけを追い求めて来ている自分だが、そうした欠片をも生み出す人間そのものの存在を知らずに見ないでいては、その実、何もわかってないのではないかという気がして来た。
万華鏡の様な人間模様。その中の欠片一片のみを見るのではなく、それらも含めた万華鏡の図柄を見る視点もあるということか。 -
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人間の複雑さ、極まれり。ゴタゴタとした中で、徐々に熊吾が、房江の人物が立ち上がってくる。
感動的な場面があったかと思うと、裏切る様に短絡的に動く熊吾。支離滅裂で、非常に賢いところと、非常に愚かなところと。様々な感情と側面が同じ人間の中に同居しており、そんな人間が集まって、すったもんだしている。
いっ時の言動は、大事だが、それらは表層的なものであり、それらを生み出す性分、変えられない業が人間にはあるということか。
作中で、宿命、環境、自分の中の姿を見せない核という、三つの敵について熊吾が考察するところが秀逸。人間の言動は、意識的なものだけでなく、これらによって影響制限を受けていることを、自覚することも、大切なのかもしれない。
二巻に入り、ようやく読み慣れてきて、小説世界に段々と没入し始めている。様々な、教訓めいたエピソードが随所にでてくる。 -
Posted by ブクログ
人が生きていくには、重要な決断がいる時がある。和具平八郎は、最初の会社のピンチで、資金が足りない時に、手元にある金を競馬に注ぎ込んで、勝つことで会社のピンチを切り抜けた。運を天に任せる野蛮な勇気がある。その競馬で負ければ、会社も倒産していた。そして、会社の規模は大きくなり、今度は大きな会社に吸収合併される事態を迎える。思い切ってリストラするのか?倒産するのか?吸収合併されるのか?悩み続ける。日本の中小企業の経営者は、そんな悩みを常に持っているものだ。なるべく職員を残して、自らが退任する道を選ぶ。
和具平八郎は、オラシオンの馬主である。そのオラシオンを手に入れたいがために、平八郎の会社を乗っ取ろうとする奴がいた。しかし、あくまでもオラシオンは個人所有だった。手持ちの馬を売っても、オラシオンは売らなかった。なぜなら、オラシオンは娘久美子に譲り、また久美子は腹違いの弟誠に譲ったのだ。誠は、腎臓移植しなければ生きていけないという状況にあった。その希望がオラシオンだった。それぞれの祈りを抱えて、オラシオンはダービーを目指して走り続ける。
オラシオンの騎手の奈良は、苦しい記憶を抱えて、オラシオンに乗る。奈良は、ミラクルバードという馬に乗っていた。ミラクルバードは馬に蹴られて顔が歪んだ馬だったが、滅法強い馬だった。奈良はミラクルバードから、レースの運び方を教えてもらった。クラシックレースの皐月賞に、奈良は寺尾にかえさせられた。そして寺尾に「前にいてる馬の後ろに、ピタッとつけさすんや。行くに行かれへんから落ち着きよる。そうさしといてから外に出すんや」とアドバイスした。それを実行した寺尾は、レースで接触事故を起こして、馬も寺尾も死んでしまう。ミラクルバードは、顔を蹴られた経験から後ろにつくことでパニックに陥るのだ。奈良は、寺尾を殺したのは俺だと思った。そこから、奈良は立ち直って、死を恐れぬ騎手に一回り大きくなったのだ。オラシオンの心が読める奈良のリードは、走ることで死にいたることもあるという覚悟が必要だった。オラシオンの妙なくせ、それを常に心配した。
騎手の持つ独特の雰囲気や仕草、そして騎手仲間のさまざまな噂がなんとも言えない世界でもある。結局は、名誉、お金が絡むことによって、足を引っ張る醜い社会でもあるのだ。
そして、オラシオンは連勝して、ダービーに臨むのだった。
オラシオンを生み出したトカイファームの博正は、もっと牧場を広げ名馬を作りたいと思っている。そして、淡い恋心を馬主の久美子に抱く。久美子は、博雅をジャガイモと呼んでいた。その素朴な性質と優しい目に久美子も惹かれていく。ジャガ男とジャジャ馬の久美子の行方は。そして、和具平八郎はどう再起するのか?誠はどうなるのか?
牧草には、ケンタッキーブルーグラスがいいのか。いい馬を作るにはいい草がいる。いい草を作るにはいい土地がいるという指摘が重要だ。チモシー、オーチャード、レッドクローバー、ホワイトクローバーなど、みんな必要だ。