宮本輝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ主人公と同じ年代というのもあり、久々にのめり込んで読んでしまった。人にはそれぞれ考えや歴史があり、それを纏って生きている。それを誰にいうでもなく自慢するでもなく嘆くのでもなく。
なのに見た目や振る舞いだけで人を判断していた主人公はそれを後悔をしていた。それは自分にもある性質なので主人公とともに反省をした。
後半の、終戦後の北朝鮮からの脱出劇は、実際に経験された方から伺った内容をもとにしているとのこと。なので読むのがとても辛かったし、とても恐ろしかった。
この「水のかたち」は宮本輝氏の作品の中でも私にとって感銘を受けた作品の上位になった。
(おこがましくてすみません) -
ネタバレ
幸せな主人公
読む人によって誰が主人公になるかは、変わってくるのだろう。
タイトルを見る限りそれは直樹ではないような気がするが。
社会と親族の荒波を乗り越えてきた直樹の実力と人を見抜く力は凄いのだが、平岩によってこの登場人物の多くは、幸せと成功を掴む。なんという大きな人間であろうか。
そして、それによって奇しくも自分自身か最高の人生へと昇華されていく。
彼にとっては幼くして亡くなった息子の分身でもある佑樹と2人で歩く至高のひととき。
自身が生涯をかけて取り組んだ仕事を、はからずも1番認めてくれた佑樹との会話。そのシーンがしっかりと読者には見えたのではないだろうか。
それにしても、直樹はなんと幸せな人なのだろう。まさに右腕と言っても過言ではない信頼できる平岩を部下としてもったこと。芯の強い奥さんと結婚したこと。肝の座った聡明な海歩子と出会えたこと。夏帆という賢い娘を持てたこと。美しい異母兄弟ふみ弥の存在。そして最大の贈り物''佑樹'を授かったこと。
どういう形で生を受けたとしても、関わる全ての人を幸せにしてしまう彼は、まさにこの本の主人公!!
そして、読者である私の今後の人生にとっても心の主人公。
愛情をいっぱい受けて育った彼が、まるで恩返しのように周囲に愛情を降り注ぐ。自身でも気がつかないうちに……。
愛の凄さを、彼は証明しているかのようだ。
愛おしい彼の存在は、描かれる富山の美しい風景(描写)によって更に輝きを増す。読者は誰もがここを訪れたくなる。そこで佑樹を感じたくなるのだ。
親子が奇しくも好んだ西入善駅にも私は立ってみたい。
そして物語の核となる星月夜 '愛本橋' も見てみたい。
富山の新鮮な空気を吸い込んで、未完成のこの物語の続きを自分なりに創作してみたい。含蓄のあるあのキーワードを口ずさみながら。 -
Posted by ブクログ
九つの短編からなる短編集です。最初に文庫化されたのが1993年なので、もう31年も前に書かれた作品です。
宮本輝さんの師匠?だった池上義一さんから「いい短編が書けない作家は信用するな」と言われ一念発起し短編に挑戦し、何度も何度もダメ出しされた末にようやくOKをもらって出来上がった作品なんだそうです。
解説は森絵都さんで、宮本作品を読む理由について次のように書かれていました。
(すごく端折ってしまって申し訳ありません)
『インスタグラムだとかSNSには明るく楽しげでポジティブな人々の営みがさらけだされているけど、私たちの日常はそんなに明るく楽しいのだろうか?宮本作品には、何も気取っていない剥きだしの人間たちがいて、生きることの苦しみが容赦なく焼きつけられ、きらきらしたハッピーエンドなど一つも存在しないのに、なぜだか読むほどに力が湧いてくる。作中人物たちの生々しい人生の重さに、自分の中で眠らせていた生命力をどつかれるような感覚。他者の営みの中に私たちが探し求めているのは、生きることの真実、ただそれだけではないだろうか』
誰もが納得する核心を突いた解説と感じました。 -
Posted by ブクログ
752
476P
宮本輝
1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』等著書多数。
花の降る午後 (角川文庫)
by 宮本 輝
八月に入ってから、典子は、昼食兼用の食事をとる前、アヴィニョンから不動坂を降り、北野坂に曲がって山手幹線の手前まで行き、思いきり足を上げて速歩で二往復することを日課にした。そのために買ったピンクのスウェット・スーツの 襟 や背の部分は汗で黒ずみ、 烈しい 息遣いがおさまるまで、随分時間がかかった。道行く人の中には、そんな典子を奇異な目で見つめる者もいた。厚手の 木綿 のスウェット・スーツは、べつに急な坂の昇り降りなどしなくても、真夏の太陽の下では、着ているだけで汗を噴き出させる 代物 だったのである。しかし典子の目的は、体を動かしてたくさん汗をかくことにあった。そしてそれは健康のためだけでなく、自分の中にこもっている幾つかの 鬱屈 を絞り出そうとする欲求が大部分を占めていたのだった。
「ヨシナオの幻想だ。彼は、よく私に、どうして子供が出来ないのかなァって言ってた。典子に赤ちゃんを生んでもらいたかったんだ。そういう欲求が、死を前にして幻想を作らせたんだよ。典子はまさか本気にしてるんじゃないだろうね。こんな手紙はいつまでも持ってるもんじゃない。捨ててしまったほうがいいんだよ」 「幻想……」 「そう、幻想だ。歳を取ると、何が真実で何が幻想かが判るようになる。私には、ヨシナオがこの手紙に幻想を書いたということが判る」 「幻想なんかと違うわ。あの人はほんとのことを書き遺したんやわ」
高見は唇を 嚙 み、典子の顔を右から左から見つめ、ワインの 栓 を抜くと、グラスに注いだ。そしてまたくすっと笑った。彼は、シャツを脱ぎ、これから急いで出掛けなければならぬ用事が出来たみたいな動作で風呂場に入って行った。典子はワインを三口で飲み干した。五分もたたないうちに高見は出て来て、自分でグラスにワインを注ぎ、半分ほど飲むと、典子に襲いかかってきた。典子はそうされたかったのである。 そんな扱い方はいやだとか、もっと動いて欲しいとか、小声で註文を出しているうちに、典子は 烈しい熱風で浮きあがり、泣き声をたてた。いつまでも続いて欲しかったし、 怖いほどの 歓びにうろたえて、典子は自分の手が何をつかんでいるのか判らなかった。典子は恥ずかしくて、いつまでも高見にむしゃぶりついていた。
「私にまかせなはれ」 と義母に言い寄るだろう。そして、半年もたたないうちに、アヴィニョンをつぶしてしまうだろう。見栄っ張りで、かなりの借金をかかえているというのに、娘を女子大に通わせ、ちゃっかりと岡本の家に一銭も払わず下宿させてしまった口八丁の男……。
「さっきから何を言うとうのか判らへんわ。何を言いたいの? お邪魔とか押し通すとか」 「この家を出てから、典子さん、 凄い強い女になったのね。それに、ますますきれいになって……。典子さんが、咲き匂う花やとしたら、私なんか 崖 にへばりついてる雑草みたいなもんやわ」
「まあ、きれいなおぐしですこと」 シャンプーを始める前に、美容室の女主人は典子の髪に触れて言った。客は、典子と、中年のアメリカ人らしい婦人との二組だけだった。考えてみれば、いまはちょうど夕食時だし、街の美容院ならば、閉店するころなのだなと典子は思った。 「お客さんは、ほとんどが外国の方ですか?」
けれども典子の心には、結婚という言葉は浮かんでこないのであった。高見との結婚を望みもしなければ、夢想だにもしていない自分を、典子は不思議とも何とも思わないのである。それがなぜなのか、典子は分析することが面倒臭くて、湯がたまる音に心を散らした。 高見の呼ぶ声が聞こえ、典子はベッドから立ちあがって、そっとバスルームのドアを開いた。湯気は、そのときの典子にバスルームを異様に明るく感じさせた。典子はバスローブをタオル掛けに載せ、 「西洋式のお 風呂 って、洗い湯がでけへんのね」
終わったあと、典子はわざといつまでも荒い息をつづけ、そのころになって始まった高見の小さないたずらに、目を閉じたまま反応してみせた。そのようないたずらは、わずらわしいだけだったが、 歓びという演技で応じるひとときも、彼女の知らなかった技巧として発見したのだった。けれども、それがわずらわしさだけになってくると、典子はそこから逃げるために、高見に絡みつき、 「男は、そんなすぐに立ち直れないんだぜ」
「女って、みんな卑怯よ」 小石をひろい、せせらぎに投げて、そうつぶやいた。典子は立ちあがり、小道を昇った。さっきの少女の声が遠くから近づいてきた。典子は、好きな男性があらわれ、恋愛をし、結婚するのならば、誰も傷つかないのだと考えた。歳の差はあっても、高見と自分とが夫婦になるのは、決して不自然ではない。義母も納得するだろうし、アヴィニョンの従業員も、実家の両親も容認してくれるだろう。
夫・沼田洋一 四十二歳(沼田興産株式会社専務取締役、なお、氏の実父が当会社の社長である)。 長女・美加 十七歳(宝信女子大附属高校二年)。 長男・武史 十二歳(宝塚第二小学校六年生)。 次男・勇史 九歳(宝塚第二小学校四年生)。 住所は宝塚市なれど、東京に今年三月、マンションを購入。子供三人を東京の有名私大附属中学に転入、並びに入学の準備のためなり。
「私は、フランスにいたとき、暇をみつけては、美術館に行ったり、オペラを 観 たり、さびれた港町へ行ったりして、料理のことを考えつづけたんです。料理とは何かって。料理とは、恋ですよ。人間を愛することから始まった。音楽も文学も、絵画も、結局はそうでしょう」
「お義母さんは、私に再婚を勧めてるんですか?」 その典子の問いには、リツの愚痴が返ってきた。 「なんで、子供がでけへんかったのかしら……」 「そしたら、私、誰か恋人でも作って、子供を産みますわ。そやけど、その人とは結婚しません。子供を作るだけの相手。子供が出来たらすぐに別れて、アヴィニョンのマダムに戻ります」 冗談めかして言ったが、典子はリツの反応を、まばたきひとつせず見入った。 「そんな、牛や馬やあるまいし。種だけつけてさようなら、なんて男はいませんよ」 リツは口を押さえて笑った。 「もし、私に好きな人が出来て、子供が産まれたら、お 義母 さんは、私をアヴィニョンのマダムにしときますか? 甲斐家から出て行ってくれって言うでしょう?」 するとリツは 頰杖 をついて天井を見あげ、 「そうねェ……。そんな手もあったのねェ」 とつぶやいた。典子は、あきれて、リツの前に顔を突き出し、 「お義母さんが許してくれるんやったら、私、あしたでも子供を作りますわ」 と言ってみた。リツは目を丸くさせ、声を忍ばせて、 「そんな種つけ用の人、いるの? 人工授精ってやつ?」
「学生時代の仲間に、日本画を専攻してたやつがいてね。そいつがゲイに 惚れられた。いろんなプレゼントが届くんだ。だけどそのゲイは、秘蔵のワインだけは飲ませようとしない。どうせ飲んだって味は判らないんだからってね。どうしたら判るようになるって訊いたら、そのゲイは何て返事したと思う?」 典子は、 虚ろに首を振った。 「私と寝なきゃ判らないわ。寝ることがワインの秘密よ、だってさ」 ひとり、いつまでも、くっくっと笑いつづけ、高見は典子のワインまで飲んでしまった。 「なんか含蓄があるようでないようで、おもしろいだろう?」
「義直さんは、よっぽど奥さんに 惚れてたんだ。たとえ病院で一か月か二か月生きながらえるより、大好きな奥さんと二人きりの時間を持ちたい。私はこのごろ、義直さんはそう思ったんだって考えるようになりました」 と加賀は 微笑みながら言った。典子は〈白い家〉を見つめた。随分ためらったのち、