あらすじ
最愛の夫を癌で亡くし、神戸の老舗レストランを女手一つで切り盛りする典子。仕事は厳しく人の良いシェフ、実直で有能な支配人、懸命に働くウェイターたち――。店を継いでからの四年間を振り返ると、彼女はとても充ち足りる。そんなある日、生前の夫に買ってもらい、今は店に掛けた油絵を貸してくれという青年が現れた。彼の名は高見雅道。その〈白い家〉という絵の作者だった。一方、店を狙う魔の手が伸びてきて――。典子に訪れた恋、そして、今、闘いが始まる。異国情緒溢れる神戸を舞台に描く真摯に生きる人々の幸福物語。
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476P
宮本輝
1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』等著書多数。
花の降る午後 (角川文庫)
by 宮本 輝
八月に入ってから、典子は、昼食兼用の食事をとる前、アヴィニョンから不動坂を降り、北野坂に曲がって山手幹線の手前まで行き、思いきり足を上げて速歩で二往復することを日課にした。そのために買ったピンクのスウェット・スーツの 襟 や背の部分は汗で黒ずみ、 烈しい 息遣いがおさまるまで、随分時間がかかった。道行く人の中には、そんな典子を奇異な目で見つめる者もいた。厚手の 木綿 のスウェット・スーツは、べつに急な坂の昇り降りなどしなくても、真夏の太陽の下では、着ているだけで汗を噴き出させる 代物 だったのである。しかし典子の目的は、体を動かしてたくさん汗をかくことにあった。そしてそれは健康のためだけでなく、自分の中にこもっている幾つかの 鬱屈 を絞り出そうとする欲求が大部分を占めていたのだった。
「ヨシナオの幻想だ。彼は、よく私に、どうして子供が出来ないのかなァって言ってた。典子に赤ちゃんを生んでもらいたかったんだ。そういう欲求が、死を前にして幻想を作らせたんだよ。典子はまさか本気にしてるんじゃないだろうね。こんな手紙はいつまでも持ってるもんじゃない。捨ててしまったほうがいいんだよ」 「幻想……」 「そう、幻想だ。歳を取ると、何が真実で何が幻想かが判るようになる。私には、ヨシナオがこの手紙に幻想を書いたということが判る」 「幻想なんかと違うわ。あの人はほんとのことを書き遺したんやわ」
高見は唇を 嚙 み、典子の顔を右から左から見つめ、ワインの 栓 を抜くと、グラスに注いだ。そしてまたくすっと笑った。彼は、シャツを脱ぎ、これから急いで出掛けなければならぬ用事が出来たみたいな動作で風呂場に入って行った。典子はワインを三口で飲み干した。五分もたたないうちに高見は出て来て、自分でグラスにワインを注ぎ、半分ほど飲むと、典子に襲いかかってきた。典子はそうされたかったのである。 そんな扱い方はいやだとか、もっと動いて欲しいとか、小声で註文を出しているうちに、典子は 烈しい熱風で浮きあがり、泣き声をたてた。いつまでも続いて欲しかったし、 怖いほどの 歓びにうろたえて、典子は自分の手が何をつかんでいるのか判らなかった。典子は恥ずかしくて、いつまでも高見にむしゃぶりついていた。
「私にまかせなはれ」 と義母に言い寄るだろう。そして、半年もたたないうちに、アヴィニョンをつぶしてしまうだろう。見栄っ張りで、かなりの借金をかかえているというのに、娘を女子大に通わせ、ちゃっかりと岡本の家に一銭も払わず下宿させてしまった口八丁の男……。
「さっきから何を言うとうのか判らへんわ。何を言いたいの? お邪魔とか押し通すとか」 「この家を出てから、典子さん、 凄い強い女になったのね。それに、ますますきれいになって……。典子さんが、咲き匂う花やとしたら、私なんか 崖 にへばりついてる雑草みたいなもんやわ」
「まあ、きれいなおぐしですこと」 シャンプーを始める前に、美容室の女主人は典子の髪に触れて言った。客は、典子と、中年のアメリカ人らしい婦人との二組だけだった。考えてみれば、いまはちょうど夕食時だし、街の美容院ならば、閉店するころなのだなと典子は思った。 「お客さんは、ほとんどが外国の方ですか?」
けれども典子の心には、結婚という言葉は浮かんでこないのであった。高見との結婚を望みもしなければ、夢想だにもしていない自分を、典子は不思議とも何とも思わないのである。それがなぜなのか、典子は分析することが面倒臭くて、湯がたまる音に心を散らした。 高見の呼ぶ声が聞こえ、典子はベッドから立ちあがって、そっとバスルームのドアを開いた。湯気は、そのときの典子にバスルームを異様に明るく感じさせた。典子はバスローブをタオル掛けに載せ、 「西洋式のお 風呂 って、洗い湯がでけへんのね」
終わったあと、典子はわざといつまでも荒い息をつづけ、そのころになって始まった高見の小さないたずらに、目を閉じたまま反応してみせた。そのようないたずらは、わずらわしいだけだったが、 歓びという演技で応じるひとときも、彼女の知らなかった技巧として発見したのだった。けれども、それがわずらわしさだけになってくると、典子はそこから逃げるために、高見に絡みつき、 「男は、そんなすぐに立ち直れないんだぜ」
「女って、みんな卑怯よ」 小石をひろい、せせらぎに投げて、そうつぶやいた。典子は立ちあがり、小道を昇った。さっきの少女の声が遠くから近づいてきた。典子は、好きな男性があらわれ、恋愛をし、結婚するのならば、誰も傷つかないのだと考えた。歳の差はあっても、高見と自分とが夫婦になるのは、決して不自然ではない。義母も納得するだろうし、アヴィニョンの従業員も、実家の両親も容認してくれるだろう。
夫・沼田洋一 四十二歳(沼田興産株式会社専務取締役、なお、氏の実父が当会社の社長である)。 長女・美加 十七歳(宝信女子大附属高校二年)。 長男・武史 十二歳(宝塚第二小学校六年生)。 次男・勇史 九歳(宝塚第二小学校四年生)。 住所は宝塚市なれど、東京に今年三月、マンションを購入。子供三人を東京の有名私大附属中学に転入、並びに入学の準備のためなり。
「私は、フランスにいたとき、暇をみつけては、美術館に行ったり、オペラを 観 たり、さびれた港町へ行ったりして、料理のことを考えつづけたんです。料理とは何かって。料理とは、恋ですよ。人間を愛することから始まった。音楽も文学も、絵画も、結局はそうでしょう」
「お義母さんは、私に再婚を勧めてるんですか?」 その典子の問いには、リツの愚痴が返ってきた。 「なんで、子供がでけへんかったのかしら……」 「そしたら、私、誰か恋人でも作って、子供を産みますわ。そやけど、その人とは結婚しません。子供を作るだけの相手。子供が出来たらすぐに別れて、アヴィニョンのマダムに戻ります」 冗談めかして言ったが、典子はリツの反応を、まばたきひとつせず見入った。 「そんな、牛や馬やあるまいし。種だけつけてさようなら、なんて男はいませんよ」 リツは口を押さえて笑った。 「もし、私に好きな人が出来て、子供が産まれたら、お 義母 さんは、私をアヴィニョンのマダムにしときますか? 甲斐家から出て行ってくれって言うでしょう?」 するとリツは 頰杖 をついて天井を見あげ、 「そうねェ……。そんな手もあったのねェ」 とつぶやいた。典子は、あきれて、リツの前に顔を突き出し、 「お義母さんが許してくれるんやったら、私、あしたでも子供を作りますわ」 と言ってみた。リツは目を丸くさせ、声を忍ばせて、 「そんな種つけ用の人、いるの? 人工授精ってやつ?」
「学生時代の仲間に、日本画を専攻してたやつがいてね。そいつがゲイに 惚れられた。いろんなプレゼントが届くんだ。だけどそのゲイは、秘蔵のワインだけは飲ませようとしない。どうせ飲んだって味は判らないんだからってね。どうしたら判るようになるって訊いたら、そのゲイは何て返事したと思う?」 典子は、 虚ろに首を振った。 「私と寝なきゃ判らないわ。寝ることがワインの秘密よ、だってさ」 ひとり、いつまでも、くっくっと笑いつづけ、高見は典子のワインまで飲んでしまった。 「なんか含蓄があるようでないようで、おもしろいだろう?」
「義直さんは、よっぽど奥さんに 惚れてたんだ。たとえ病院で一か月か二か月生きながらえるより、大好きな奥さんと二人きりの時間を持ちたい。私はこのごろ、義直さんはそう思ったんだって考えるようになりました」 と加賀は 微笑みながら言った。典子は〈白い家〉を見つめた。随分ためらったのち、
Posted by ブクログ
誠実でまっすぐで聡明な主人公の典子。
亡き夫への想いを胸にしまいながら、神戸の老舗レストランを切り盛りしていく姿、周りの人を大切に愛していく姿は誰もが幸せを願いたくなります。
偶然にも私と同い年の主人公。この年の女性が感じる正直な思い、若くもなく年寄りでもない自分。恋でも仕事でも何かを新しく始めるには遅いような、でもこの歳になっても1人の女性であることは変わらない気持ちを持っているということに自分自身も戸惑ったり罪悪感を感じたり自制をかけている姿は歯がゆくもあり共感できることでもあります。
たくさんのストーリーが折り重なっており結末が分からない箇所もあります。それでもこの物語を読んでいると、主人公や周りの人の生き方が手に取るようにわかります。読者が感じるその後の結末もおそらく作者の思惑と一致しているのではないでしょうか。
久しぶりに一気に読みたくなる本に出会いました。
Posted by ブクログ
幸福物語だというから読み始めた。この頃の私には宮本さんや村上春樹さんの登場人物の動かし方はついていけないことがある。あまりにshockで寝込んでしまったりするのでソフトなのしか読みたくない。夫の残したフランス料理店を切り盛りする美しく若い?未亡人のまわりで起こるもっと若い画家との恋や、おぞましい人間達の店乗っ取りの魔の手。神戸という町らしい国際色豊かな人間関係の中で物語は進んでく。彼女は恵まれてるよ。信頼できる才能あるナイトのような人々に囲まれて。荒木美砂がアビィニョンをほしがるわけだ。幸運・福運のかたまりみたいな人だ。悪は天が許さない。そうだね、焦っちゃいけない。素人臭いのは大成しないというのが宮本さんの持論だろうか。厳しいのぉ。'92
小説らしい小説というか読んで面白い本というか落ち着ける雰囲気を求めて読み返してしまう本。一生懸命に生きる人が幸福にならなければ小説なんか読む意味がない。'93
Posted by ブクログ
とても好きな作品。作者もあとがきで書いているとおり、この物語の結末としてはハッピーエンドなのだけど、でもなんとなく物悲しさも感じる・・・主人公の今後が平坦な道では決してなさそうなところがそう感じさせるのか?でも必ずこの主人公には幸せになって欲しい・・・思い入れが強すぎるかな??
Posted by ブクログ
平成31年1月
読み終わってから、だいぶ経って、感想文を書こうとしております。
面白かった。と記憶しているのですが。。。
未亡人が旦那の経営していたフランスレストランの後を継ぎ経営し、そこに飾られている絵。
その絵を描いた画家と出会い、、、女としての生き方を考えさせられる一冊。
女としての幸せ、子供を産む、旦那かたの親との付き合い、仕事・・・
んで、そのレストランを巡って、争いが起こる。
マヒィア登場~~
で、結局、そーなるね。ふむふむ。
自分なら、愛する人と一緒にいることを望む。「
Posted by ブクログ
おそらく25年ぶりくらいに読み返している。
談話室の質問で店を持っている女性がレストランに絵の代わりにカレンダーを飾っているというところで、コレが頭に浮かんだ。
時代がかなり昔のもので、携帯どころか、公衆電話や電話の切り替えやらが出てきて、当然インターネットなんてないし、そんなところも新鮮に驚きつつ、これを買った時はどういう理由だったのかなぁなんてことも思ったりして。(消費税さえついていない)
33歳でマダムになっていたり、42歳のシェフの貫禄といい、現代のお子ちゃまぶりにまたまた衝撃を受けたりして。
主人公の周りの人がいい人でありがたい。いろんな修羅場もくぐり抜け、だけど、愛を見殺しにしないで幸せになってもらいたいと切に切に願う次第。
Posted by ブクログ
久しぶりに読んだ、しっとりとした小説。
主人公の典子の定まらない将来像に揺れる女心と、それとは関係なく進む周囲のゴタゴタ。
そんな面倒なものたちを受け入れながら、強く生きていく姿がまぶしい。
Posted by ブクログ
甲斐典子は、若い夫をガンでなくした。
フランス料理屋 アヴィニオン をひきつぎ、
4年間 一生懸命働き 軌道に乗せ,売上も伸ばした。
典子は 白い家を書いた 青年画家に 恋するようになり
もう一つは アヴィニオンを のっとりしようとする人たちが
巧妙に 進めようとした。
画家が成功するのは 努力や実力も必要であるが
あわせて、運や巡り会いも必要である。
そんななかに、いらだつ 青年 雅道。
典子は その青年とどうつきあえばいいのか?
そして 夫が残した アヴィニオン をどうするのか?
30歳半ばを超えて 今後の身の振り方に悩む。
40歳までの目標を つくってみるが どうもしっくりこない。
たくましく,したたかだ,自分の領域をよく理解している典子は
恋をするが故に さらに美しくなっている。
生活が充実しているのだ。
最後の場面が コメディのように傑作にまとめた。
宮本輝はいう
『作者の気まぐれのお陰で,何人かの登場人物の幸福物語として幕を下ろします。善良な,一所懸命に生きている人々が幸福にならなければ、この世の中で、小説など読む値打ちは、きっとないでしょうから』
と実に明るく締めくくっている 物語でもある。
Posted by ブクログ
「典子」という魅力的な女性の生き方を通して、人間にとって幸せとは何かをテーマにした作品。亡くなった夫の遺志を継ぎ、神戸北野町の老舗フランスレストランを切り盛りする「典子」。訪れた恋、乗っ取りとの戦い。
乗っ取りに対抗する部分が非現実的で多少惜しい気がするが、宮本輝の小説にはちょっとうならせる言葉がある。
「辛くて寂しくて哀しいことは必ず終わる時がくる。その終わった時に強くなるか弱くなるかの二種類だよ。」
ただ、「花の降る午後」の題の意味がなんとなくわかるようなわからないような。
1985年新聞連載。ドラマ岩下志摩・映画化古手川裕子。
Posted by ブクログ
典子の恋の結末は、読者にゆだねる形で終わっている。
そこが不完全燃焼なような、余韻を残すかのよな、不思議な感じ。
アヴィニョンを守る彼女の戦いをもっと見たかったかな?
恋がメインになってて、その部分は物足りなかった。
ただ、揺れる彼女の心の葛藤は十分理解できた。
Posted by ブクログ
初めての宮本輝作品。心地よい幸福な作品。
坂の上のフランス料理店アヴィニョンを経営するマダム
最愛の夫に先立たれた未亡人典子37歳の物語
隣人リード、陰の支援者黄氏、アヴィニョンの凄腕シェフ…
典子の人望に惹かれた周辺人物の働きと、
その中心で若手画家との悦びに身を委ねる典子の対比
人生の選択をテーマとしつつもその決断ができず
今の悦びを大切に生きる
周囲で起こる陰謀は周辺人物の働きで終息
トラブルの当時者にはならずともトラブルは解決
店=これまでの人生or男=女としての幸せ
主軸となる重たい選択については先送りに…する辺りが妙にリアル。人生なんてこんなもんでしょ、時にはキッチリ決められない時もあるさね
Posted by ブクログ
一気に読んじゃいました。
やっぱ、宮本輝はいいなぁ〜。
定期的に、この宮本ワールドにどっぷり浸りたくなるのは何故だろう。
今回の話しは、宮本作品にしては珍しくハッピーエンド?って感じの終わり方だった。
作者のあとがきが珍しくあって、そこにもたまにはこうのもいいかな、って感じの事を書いてあったけど、読後感が爽やかな感じがして、いつものように、ドッシリとした重厚な、重くのしかかってくるようなものがなく、こちらもスッキリできて良かった。
お話は、若くして夫に先立たれた美しき未亡人が、残されたフランス料理店を継いで働いてるんだけど、そこに、10歳も年下の画家との恋愛や、店を中心にした色々な出来事や、店を乗っ取ろうと企む悪人との拮抗とかが絡み合って、女主人公の成長物語って感じだけれど、彼女を囲む身近な人々の人間性の良さ、暖かさが良かったな〜。
まさに、人は宝なり、って感じがした。
ストーリーテラーで、華麗な筆致ながらも重たい宮本輝の、重たい部分がかなり緩和されてる作品って感じでしょうか。良かったです。
Posted by ブクログ
フランス料理店のマダムに訪れる恋と災難。
いろいろと葛藤はあるのだろうけれど
それさえも優雅に見えてしまううらやましい境遇です。
悪い人たちの力関係がよくわかっていません。
結局松木とかどうなったんだろう。
Posted by ブクログ
手にとったのが、20代前半。
少し早すぎたようです。
未亡人の主人公の心の変化も、いまひとつ共感できなかったのを覚えています。
でも、深夜の電話のやりとり、遠距離恋愛、「錦秋」もそうですが、今なら考えられないような、丁寧な心の紡ぎ合い。
かみしめながら今一度よんでみたいです。主人公の年齢はもうこえてしまいました。
美しいタイトル…昔は深く考えなかったけど、恋人とのひとときを指しているのでしょうか。まさに花の降るひとときですよね。
Posted by ブクログ
神戸・北野坂の一流フレンチレストラン"アヴィヨン"を舞台に繰り広げられる恋とサスペンス(と言っても殺人はない)の物語。
アヴィヨンのオーナー・典子は元オーナーの夫に先立たれてあとを継ぎ、店を切り盛りしている。
しかしそれを妬む夫側の親戚や、レストランをのっとろうと企む人々に
狙われ、隣人や信頼できる人々と結託してレストランを守るために立ち上がった。
一方で、ふとしたことで知り合った年下の画家・雅道と恋に落ち、経営者の立場と、結婚したい自分の間で揺れる。
賢く謙虚で芯が強くて、そのくせ弱い部分もあって、おまけに美人の典子。
こんな女、男の理想なんだろう。
善良な人々が幸福になる話が書きたかった。
という、この小説を書いたときの宮本氏のコメントがあった。
確かに、悪者は最後には退治(?)されている。
最後は、まあ、幸せなのかもしれない。全員。
いったい何が言いたいんだとじれったいだろうけれど、典子は前夫の姑やその親戚や、レストラン関係やとしがらみがいろいろ多い。
無事に店の乗っ取りは阻止し、従業員も一致団結。
実質上別れる予定だった雅道も戻ってきたものの、すべての元凶であるしがらみのほうは何一つ解決していないのだ。
めちゃくちゃそれにこだわっていたのにも関わらず。
そこが一点腑に落ちないのと、全体的に ラグジュアリィ~すぎるのがいまいちだった。
私には年齢的にも経済的にも遠い「大人の贅沢」なのかもしれない。
何となく、百貨店のロイヤルサロンと、そこに集う客たちを連想してしまった。
貧乏画家を持ち出してきてバランスをとろうとしたのかもしれないが、
ラグジュアリーさが勝ってしまっている。
他の点では、ストーリーはちょっと推理小説めいていてスリルがあるし、恋愛のシーンも大人っぽいシックな情熱という雰囲気だ。
日本語が、谷崎まではいかないけれども、整っていてきちんとしているので読みやすい。
登場人物が関西弁でしゃべることも、関西人である私には会話のリズムがリアルに想像できて面白かった。
ボリュームがあり、内容も濃いため何度も何度も読み返したくなる作品ではない。
休暇のときなんかに思い出したように読みたくなるかもしれない、という感じの作品だ。