宮本輝のレビュー一覧
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後書きで北上次郎さんが主人公松坂熊吾について記述して言い得ているのでメモする。『やくざも恐れぬ獰猛さを持ちながら涙もろく、事業の才覚は鋭いくせに自ら進んで人に騙されるお人好し。さしたる学歴はもたないのに古今東西の書を引用し、妻を愛しながら次々に愛人を作り、さらに嫉妬深く、真摯で、知的で、ひとことで言えば、野放図ないかさま師』
田舎に引きこもったので物語としては静かなものになるかと思ったら、増田伊佐男というヤクザが彼の邪魔をするし、横領した井草を尋ねたり、ダンスホールをつくったり、選挙参謀をしたりいそがしい。動くたびに周囲の人が亡くなっていく。
松坂熊吾の造形がとにかくスゴイのだが、出てくる人物、事件、風景とも魅力的で細かく小説家見てきたような嘘をつきの嘘のクオリティがとにかく高い。なんというリアリティ。
『いなかというところは、保守性とか閉鎖性などという言葉でひとくくりにしてしまえない底意地の悪さがうごめいている。思いも寄らぬ陰湿な噂話はたちまちひろまるが、耳に痛い真実は頑固に拒否し、つねに数の多いほうに味方し、体制におもねり、権威に平伏し、人々の顔と腹はいつも異なる。熊吾は、四国の辺鄙な地にある己の郷里を決して愛していなかった。それどころか、ほとんど憎悪していたと言ってもよかった。』 -
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表題作を含む全7作品からなる短編小説集。物語の多くは若者を主人公とし、青春時代に関わった人たちとの微妙な心理・感情を描いています。
子どもでも大人でもない、もしくは子どもから大人になろうとしている主人公たちの目線を通して、生と死から感じられる残酷さ、若者から見た大人の性事情、奇妙な癖や趣味を持った人に接したときの不気味さなどをとても丁寧な筆致で感じられました。ものすごく重たいわけでもなく、かといって空虚なわけでもない、なんとも感慨深い内容です。
ここ10ヶ月ほどをかけて、この短編集をじっくり2回読みました。1回読み終わった時点ではなにかわかったような、それでいてなにもわかっていないような、不思議な感覚でした。巻末の解説を読んで「ああ、そういうことだったのか」と納得したところもありましたが、2回目を読み終わったときには再び頭の中でさ迷っていました。簡単に理解してはいけないようにも思えましたし、それでも軽く受け止めないとこちらの心が壊されそうにもなりました。それくらい私にとっては衝撃的な一冊です。
純文学とはなにかとか、この短編小説集を完全に理解したのかと聞かれるとうまく答えられませんが、少し時間を置いてからまた読み直したいと思えました。 -
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骸骨ビルと言う場所の意味、阿部轍正の存在、そして茂木泰造の思い。終わりに向けて動き出す…。
パパちゃんに対し周囲からは邪推され陰口を叩かれる中、自己保身しか考えていなかった役所が子供たちを引き取りたいと言ってきた時に、彼が言った言葉。
「人間としての誇りは捨てんが、小さな自尊心なんていつでも捨てるで」
これもパパちゃん。
「人間はその根本の部分に必ず何等かの癖を隠しているものだ。…つらい苦しいことからは逃げるという癖を持つ人間もいる。そのときどきの気分で表情や態度が変わるという癖を持つ人間もいる。…そのことをしっかりと自覚しろ。」
私に言われているようだ。
ヴィクトル・フランクル「意味への意志」からの引用。
「――われわれは他者の人生に意味を与えることはできません――われわれが彼に与えることのできるもの、人生の旅の餞として彼に与えることのできるもの、それはただひとつ、実例、つまりわれわれのまるごとの存在という実例だけであります。というのは、人間の苦悩、人間の人生の究極的意味への問いに対しては、もはや知的な答えはあり得ず、ただ実存的な答えしかあり得ないからです。われわれは言葉で答えるのではなく、われわれの現存在そのものが答えなのです。――」
フランクルの「夜と霧」も考えさせる言葉が多く、勉強になったなあ。この本も読んでみよ。
終わりは静かな感じだったが、充足感の得られる内容であった。
宮本輝さんの本は初めてだった。他の本も読んでみたい。 -
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四十七歳でサラリーマンをやめ、第二の人生に向けてある仕事に就いた八木沢省三郎。その仕事は土地開発会社で、大阪に戦前からあるビルに住んでいる人々を荒立てず、穏やかに転居をさせると言うものであった。
そのビルは、妻のある男が建てその夫婦の死後、男の愛人の子・杉山轍正が相続したものであった。彼がフィリピン群島にて戦争を生き延び、ビルで住み始めた時、そこには戦争により孤児となった姉弟が入り込み、何とかその生を繋ぐように日々を生きていた。彼はパパちゃんと呼ばれながら、長短ありながらも四十人以上もの孤児を、病気で生家からでざるをえなかった茂木と共に育てていった。
だが、一人の孤児の裏切りにより、世間に批判される中で心筋梗塞で死亡する。パパちゃんにかけられた冤罪をとき、世間に知ってもらうべく、茂木やかつての孤児たちは動き、ビルに居住や仕事場を設けているのだった。彼らに対し、八木沢は…。
主人公が大学で師事した、中国古典文学の老教授の言葉。
「優れた師を持たない人生には無為な徒労が待っている。なぜなら、絶えず揺れ動く我儘で横着で臆病で倣慢な我が心を師とするしかないからだ。」
先生だけじゃなく、先輩とか友達、同僚にも当てはめられるなあと。様々な師によって、良い人生に導かれている。
骸骨ビルに住むナナちゃん(本名小田勇策、男、でも心は女の美人、43歳)が、おかまバーのママに言われた言葉。
「自分を磨け、磨くのは、見映えと脳味噌だ、…私たちお化けは頭を磨かなきゃどうにもならない。見映えってのは、目鼻のつき具合とは別の問題だ。」
私も感じ入る言葉でした。
パパちゃんが、孤児だった高校生の、人間は何のために生まれてきたのかと言う質問に対して即答・断言した言葉。
「自分と縁する人たちに歓びや幸福をもたらすために生まれてきたのだ」
ここに書いた文だけだと、ありふれたものだけど、そこまでの物語で描かれたパパちゃんや孤児を思うと、あらためて考えさせられる。
心に響く言葉や人物の生きざまが描かれていて、引き込まれる作品。
まだ、下巻が残っている。最後どうなるのか、楽しみ。 -
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ビルの住人の戦後の話は、まだまだ続く。そして、成人に達してからの住人の日頃の生活、性質などが少しずつ明らかになっていく。
父親代わり、母親代わりの二人が住人の戦災孤児の精神構造構築に与えた影響のすごさが描かれている。
そして、除却するための条件について、色んな思惑が語られる。
濡れ衣を着せられた父親代わりの人間性も、少しずつ明らかにされ、また、母親代わりのもう一方の主人公の心の奥底のことも次第にわかってくる。
最終段階に至るまでの関係者の行動・思いが作者のすばらしいタッチで描かれていた。
関わった人間の99%は、納得いく形でこの物語は終わる。
世の中で生じる様々な現象、100%すての人間が納得して終わるということない。
しかしながら、人間として大切な価値観は十分守られ、ストーリーは終結するという形でこの物語は終わった。
読み終わって、なんとも言えない爽やかさが残るというのは、宮本輝さんの小説感によるのだろう。 -
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大阪の十三というところに戦前から建っていた堅牢でイワクありげな建物「骸骨ビル」の除却という業務に、ひょんなことから関わった主人公が、様々な人間模様、それも戦前戦後のどさくさで、好むと好まざるに関わらず、悲壮的な宿命を負った戦災孤児の人間模様を絡めながら、話は、読者を引き込んでしまいます。
人間置かれた環境で、様々な職業につかざるを得ない、インフォーマルな世界を作者独特のタッチで書き進む。
主要な登場人物がこのビルの歴史的に背負った背景を語っていくというスタイルだ。
そして、除却を請け負った主人公の心の動くも同時進行で描かれていく。
そして、下巻へと続いていこのである。 -
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「小説は書き出し、随筆は最後の一行」と言われる。作家生活43年、著作も100冊を超える作家ともなると、この要諦を縦横に使い、随筆の形を借りた小説、あるいは小説の器の中に随筆を盛り込むといった芸当ができるんだなぁと陶然としながら読み了えた。あとがきにこんな文章を寄せている。「『これ以上書くと創作の領域に至る…』という、ぎりぎりの分水嶺あたりをうろつきながらエッセイというジャンルを超える企みを貫くことができた。」本書はまさしくこの一文に集約される。
異父兄の存在を知り、後年密かに兄を訪ねていく話、27歳の時に突如襲われたパニック症候群によりサラリーマンを辞め、小説家になろうと決意に至った話、シルクロードやドナウ河の長期に亘る取材の中での交流と邂逅…、これまでの人生の歩みで得た「経験値の引き出し」をひとつずつ開け、その中のエピソードにまた別のエピソード加えたり、掛けたりしながら小説に反映してきたことを語る。
秋の夜長、読書の愉しさを玩昧できる、もってこいの一冊。