宮本輝のレビュー一覧
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短編集。発行されたのは1981年。でも20代前後の青年が抱える不安や期待っていうのは時代を経ても変わらないな、と思った。
情景描写がとても心地良い感じ。そのシチュエーションがありのまま浮かんでくるような。シチュエーション自体も、現実味がある感じで好き。
だけど、毎回最後が難しい。わからないから、何度も読みたくなる。大学入試の小説問題にありそう、っていうのが1番の印象。
でもとっても好きだった。読解力が足りないので、一回読んだだけじゃうまく最後の部分を理解できない。主人公の、その瞬間に湧いてきた感情を言葉に表すのは難しいな。また読みたい。 -
Posted by ブクログ
ずいぶん久しぶりに宮本輝の小説を読んだ。何でこんなにしばらく読むことなかったんだろうと思うくらいいい小説だった。いや、この小説がいいという以前に、宮本輝の小説ってやっぱりいいなと思った。貧しいけど品がある人々の物語という感じがするのだ。この小説なんかもそうで、物乞い生活をしていた幼い雅人とその母親の様子が悲惨さがなく仲よく明るく楽しそうに見えたというのなんか、物乞い生活の人をそういう描き方をするのも含めて象徴的だと思う。
しかし、自分なりに清貧だけど満足しているらしき暮らしをしているように見えた雅人だけど心のなかではずっと母親の面影だけを抱えて生きていたんだね。それはどこか実生活でありながら現実に価値をおかないような生活だったんじゃないだろうか。それが千春との間にせつができたことで、人生を清算しようという気持ちになりカシュガルで消息を絶ったんじゃないかなあ。あるいは生まれてくる子どもに亡き母の名をつけてくれるよう頼んだことでやることをやり尽くした気で消息を絶ったかもとも思う。
狼に育てられたため結局人間の生活に慣れることのなかった子のようだと書かれてもいたけど、心に巣食ったものに抗えないように雅人はその生い立ちや経験からそういうふうにしか生きられなかったのかなあ。ちょっと勝手な気もするし、一方でこれだけ周りに気にかけてくれる人がいるというのにかわいそうな人だという気もする。 -
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無理だと思える難題が、次々と仁志に任せられるようになる。しかし、仁志は段々と師匠・佐伯からの薫陶や一つ一つの言葉の意味を自分で考えて、成長していく。師匠に応えたい、師匠の夢を実現したい、その想いで不可能を可能にしていく姿は、師弟関係の美しさを見事に表していたように思えた。
現代では、さとり世代と言われてるように、ググれば答えに出会える。何なら人生の悩みのアドバイスも、無責任にネットに書いてある時代となった。その一方で、仁志や虎雄のように、師匠からの一見意味のわからない言葉について、真剣に考えて、ああでもない、こうでもないと愚直に努力する人はどれくらいいるのだろうか。自分はそのような人になりたいと思わされた大切な本となった。 -
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ネタバレ10年ほど前に読み始めたが、当時まだ第5巻までしか書き上げられておらずそこで中断したままだった。このたび遂に全巻完結し文庫化されたとのことで第1巻から再読したが、1か月で全9巻一気読み、圧倒的な面白さでした。
なにより松坂一家のみならず登場人物ひとりひとりが背負う人間性を丁寧に描き、自分自身の遠い記憶を呼び覚ますような昭和30~40年代の大阪の下町に浸り続けたひと月でした。
登場人物があまりにも多く、人間関係が複雑にまじりあってわからなくなるので今回は人物相関図を作りながら読み進めていったのが大正解。前半で登場した人物ややりとりを最後まで絡んでおり丁寧に回収されていることなどあらためて素晴らしいと感じた。
完結編を前にして商売も家族も最悪の状況になりそうで心配したが全員それなりに幸せの形を迎え穏やかな結末になった。
物語の登場人物が死んで冥福を祈る気持ちになったのはア初めてでした。素晴らしい作品に感謝します。 -
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■持って生まれた星廻りと血の呪縛■
第三部のストーリーの舞台はいわゆる「戦後」からの脱却期、日本人がようやく自分たちのために上を目指して歩みだす時代。様々な男女、親と子が登場し、それぞれが持って生まれた星廻り、あるいはその体内にどうしようもなく流れる血を意識させる。
両親の愛を知らずに育った熊後の妻房江は「子供は自分の親に育てられるのがいちばん幸せや」と言う。たとえ親が薄情でも極道でも敵国でも船上の住む飲んだくれでも、それぞれの宿命の下、自分の親に育てられるのがいちばん幸せなのだと思うと、何だか切なくなってくる。
房江はまた、「誰が悪いのでもなく、すべては自分の持って生まれた星廻りのようなものであろう」とうまく表現できない思いを口にする。
星廻り。それは宿命のようなものだろうか。
血は争えないと言うが、環境は違えど親子の性格や行動、結果としてたどる道筋まで親の影響を受けるとしたら…血脈とはなんと恐ろしく、抗いがたいものなのか。そもそも子がその親や環境を選べないのなら、その子の運命に対する責任をどれほど負わせるべきなのだろう。
熊吾を取り巻くそれらの人間の人生が熊吾父子の人生を軸に交錯し、頼りなく絡まりあい、先の見えない物語が織りなされていく。 -
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■動物としての人間が本来持つ生命力を感じる■
舞台は戦後。焼け野原から裸一貫、事業の再起をかけのし上がろうとする松坂熊吾の野太い生きざまと、その荒々しい流れに巻き込まれ、溺れ、また反発する男たち、女たちの盛衰や友情、裏切り、愛憎を描く。
熊吾は仁義に厚く豪胆、ガキ大将がそのまま大人になったような人物。しかも先見の明があり、機知に富む。情にもろい半面、身勝手で嫉妬深く暴力的だ。男尊女卑やDVという概念すらなかった時代、我が子のこととなると愛情のあまり我を忘れて怒鳴り散らす。そんな偏屈な人物像に親しみを覚え、自然と感情移入してしまう。
むき出しの欲望、ギラギラした闘争心、他人を蹴落としてでも這い上がろうとするバイタリティーが交錯する。そこに遠慮や後ろめたさは感じられない。いや、みんながどん底にあった当時は感じる必要すらなかったのかもしれない。それは善悪や是非の問題ではない。
運動会の徒競走での「手つなぎゴール」の良し悪しについて議論される現在とのギャップを感じる。「がんばれ」「負けるな」といった類の言葉を発することが時としてためらわれる成熟しすぎた社会。
そんな現代では希少となったみなぎる活気、闘争本能、湧き上がる生命力、そして潔さ。そういったものが焼け野原に立つバラックや闇市を含む、衣食住もままならない戦後社会には確かに存在した。
そのエネルギーは人の評価や体面ばかり気にして自分に正直にも貪欲にもなれず、現代社会に飲み込まれ溺れそうになる僕を鼓舞してくれる。
熊吾には今後も縦横無尽に暴れてほしい。