あらすじ
宮本輝が紡ぐ、青春へのメッセージ
野良犬に囲まれた夏の日の恐怖、転校してきた美少女をめぐる争い、アル中の母と住んだ古アパート、奇妙な香具師が売っていた粉薬、同級生の女の子の危険なささやき……。歳月のへだたりを突き抜けてよみがえる記憶を鮮烈に刻みつけ、苦悩と慰めの交錯する人生への深い思いを浮かびあがらせた、9つの短篇。解説・森絵都
【収録作品】
真夏の犬
暑い道
駅
ホット・コーラ
階段
力道山の弟
チョコレートを盗め
赤ん坊はいつ来るか
香炉
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
九つの短編からなる短編集です。最初に文庫化されたのが1993年なので、もう31年も前に書かれた作品です。
宮本輝さんの師匠?だった池上義一さんから「いい短編が書けない作家は信用するな」と言われ一念発起し短編に挑戦し、何度も何度もダメ出しされた末にようやくOKをもらって出来上がった作品なんだそうです。
解説は森絵都さんで、宮本作品を読む理由について次のように書かれていました。
(すごく端折ってしまって申し訳ありません)
『インスタグラムだとかSNSには明るく楽しげでポジティブな人々の営みがさらけだされているけど、私たちの日常はそんなに明るく楽しいのだろうか?宮本作品には、何も気取っていない剥きだしの人間たちがいて、生きることの苦しみが容赦なく焼きつけられ、きらきらしたハッピーエンドなど一つも存在しないのに、なぜだか読むほどに力が湧いてくる。作中人物たちの生々しい人生の重さに、自分の中で眠らせていた生命力をどつかれるような感覚。他者の営みの中に私たちが探し求めているのは、生きることの真実、ただそれだけではないだろうか』
誰もが納得する核心を突いた解説と感じました。
Posted by ブクログ
昭和30年代とおぼしき大阪の貧しい界隈を舞台にした9篇の短編集。
今の時代より明らかに貧しいはずなのに活気溢れる人物達がたくましく生活している。
「真夏の犬」熱中症なんて言葉がなかったあの頃、中2の僕が父親から廃車置き場の見張り役を命じられる。うだるような暑さ郊外の何もない場所での孤独感。昼食の弁当を狙ってくる野犬の集団。帰りのバス停までの道のりで見かける年上の女性。帰らない父親。
「赤ん坊はいつくるか」夏にててなし子を孕んだ女が始末に困ってこの川に捨てるのだ。花札賭博に負けたのち長さ25cm幅17cmの背中の般若を切り取られた般若のおっさん。不妊の末病んでしまった妻の為に生まれたての赤ん坊を買うつもりだった小沢さん。
どれも分厚い雨雲がかかった梅雨時の空のようになんとも言い難い、心に重くのしかかるような息苦しい読後感がたまらない。
Posted by ブクログ
戦後間もない頃(高度成長期くらいか)の阪神地区(主に海側)の下町を舞台とする短編集。生まれ育った環境との「地縁」と、人間の「性(さが)」を強烈に描いた作品。
その日暮らしが精一杯の少年時代・少女時代を過ごした登場人物たちが、大人になって昔を思い出したり、再会したりする話。当然、大人になるまでの間に、彼らは人生の辛苦を舐めているのだが、まだ10代前半くらいの段階で世の中のいろいろな場面を知ってしまうのである。
彼らは子供の頃に、日雇い労働、イカサマ詐欺師、水商売、ギャンブルなどなど、さまざまな職業の大人たちを見て育つ。仕事内容だけならまだしも、お金の使い方、ドロドロした人間関係、窃盗・嘘・恐喝など、大人たちの背徳も知ってしまう。そして、そのような大人にならじと「反発心」を抱いていたはずが、大人になってみれば同じような振る舞いを繰り返してしまうもの。(例:親の不倫を知って嫌悪感を抱きつつ、いざ自分が大人になったら不倫してしまう)
次の言葉が印象に残った。
「俺がお前たちの年齢の頃はな、世の中の裏の裏までとうに知っとったんやで」
暗いテーマの短編集なのだが、思わずページが進んでしまう、ぞっとする一冊であった。
Posted by ブクログ
九篇の小説が収められている短篇集。阪神尼崎駅が舞台の作品がいくつか収録されている。かつての「煤煙と汚物の街」尼崎は猥雑な街だったようで描写が強烈で、すっかり小綺麗になった今の街との違いに驚いた。
文庫版巻末の「解説」で作家の森絵都氏が語る宮本文学への愛着についての記述が、自分が普段宮本作品について思っていることがうまく言語化されていて腑に落ちた。
「清も濁もなみなみ湛えた底なし沼みたいな、比類なきその作品世界にときどき無性に浸かりたくなる」