糸井重里のレビュー一覧
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ほぼ日の黎明期が分かる本。「クリエイティブがイニシアティブを取れないか」という考えのもと、インターネットをビジネスに結びつける試みは氏は試みようとした時には既に後発であったと本書で書いている。
しかし、氏は成功した点で間違いなくパイオニアである。90年代で糸井重里の年齢なら、パソコンを覚えようなんて考えない人はゴマンといた。コピーライターとして知名度はあれ、氏にとってもインターネットはよく分からないオモチャであったようです。そこで終わらなかったのは、コピーライターとしての今後に行き詰まりを感じていたから。事例は30年前でも本書が古さを感じさせない。クリエイティブはイニシアティブを取れることを、氏は証明したと言えます。
自己啓発本は誰に向けたものか分からないものが多いが、本書は自分を諦めてる大人に向けたものに見える。糸井重里は特別な人間ではないし、本書も一部のイノベーターに向けたものではない。これぞ人に薦めたくなる本です。
「昔の本だから」
「糸井重里って誰?」
が敬遠する理由なら、もったいないなと思います -
Posted by ブクログ
☆「死ぬんじゃねーぞ!」中川翔子
☆一つの言葉には、決して一つではないたくさんの意味があるし、その意味を自分で作り出すこともできる、過去に何があったかではなく、今の状態とどう向き合うか、せっかく自由に使える一日があるんだからこの時間を何にいかそうか ヨシタケシンスケ
☆こんな自分になりたいという理想像 りゅうちぇる
☆あなたのために、はあなたのせい、になる、いろんな人に生きていて欲しい、いつか僕と出会うかもしれないから 春名風花
☆何もできないと思われているうちに失敗しておく、若いうちはなんでも首を突っ込んでおく あずまきよひこ
☆繰り返しはは人間の実存の基本、毎日平凡な日常を繰り返す事を受け入れる 谷川俊太郎
☆表現とは自分の中の穴を埋める作業、逃げるというよりは戦略的撤退、逃亡よりは転進 庵野秀明
☆親が根拠のない自信をつけてやる 宇多丸
☆第三の場所を作る 荻上チキ
☆何か面白いことあった? 北斗晶 -
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全国不登校新聞の記者たち(元不登校経験者)達が、著名人にインタビューする。
インタビューする側もされる側も真剣に受け答えしているのがわかる。
また説教的ではなく、いろいろな考え方を尊重している記事なのが良いところ。
気になったフレーズ
・ヨシタケシンスケ
一番きつかった時期に考えていたのは、「現実の世界と空想の世界を完全に分けてしまえば、自分は楽になるはずだ」ということ。その思いを達成するために自分の頭の中だけの世界を創造しようとしたんです。だから僕はヒマさえあれば、手の平をじーっと見つめていたんです。何をしていたかというと、手の上に「自分しか見えない小人」が見えるようになるための訓練なんです。(笑)
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「こいつだけは僕のことをなんでもわかってくれる。だからつらくてもがんばろう」と思っていました。手の平を見ながら「もっと小人がはっきり見えるようになったら、自分は社会人としてやっていける」って思ってましたからね。
・R-指定
自分にコンプレックスがあったり、劣等感があったりする人こそ、なにかを表現するのに適している、と。多くのアーティストと出会いますが、みんなコンプレックスを持っています。俺も満たされていないからこそ、それを埋めるために表現をするという方法で今も自分を保っているんです。
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俺がその1年間、自分と向き合って、最終的に見つけた答えは「カッコつけてもあかんな」ということです。それまでの自分はカッコつけて、クールにラップを見せようとしていました。本当はラップに情熱があるのに、ないふりしていたんです。
・谷川俊太郎
詩は、小説なんかとちがって、時間軸をばっさり切っちゃって、いまこの瞬間というものを提出するわけです。悩んでいるとき、人間は、その時間をばっさり切られてちがう断面から見ると、意外になぐさめられたり、視点をコロっと変えたりすることができる。普段人間は地面にくっついて生きているんだけど、詩というのは高いところから俯瞰できるようなところがるように思います。
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僕は、繰り返しっていうのは、人間の実存の基本だと思ってます。人間は、どんな偉い人でも、どんなスターでも、基本的には、毎日の日常生活の繰り返しを生きている。それが人間の生きていく基本的なありかたですよね。
それを壊そうとして、みんな冒険だとか恋愛だとかで、一生懸命ドラマチックにもりあげようとしてがんばるんだけど、それも限界があって、基本的には毎日、平凡な日常を繰り返すことをちゃんと受け入れないと
人間はダメなんじゃないかと思う。
・庵野秀明
作家の村上龍さんは「表現とは自分の中の穴を埋める作業だ」と言っていますが、あれは確かにぴったりの言葉だと思います。自分の中に穴が空いていて、ものを作っていないと、その穴が埋まらないんですよ。
・荻上チキ
大人の社会より子供の社会のほうが、自由度が著しく低いんです。本来は子どもの方が大人よりも脆弱なので、より安全な空間として学校を設計する必要があるはずです。
たとえばその空間から離脱しやすくするとか、いろんなセーフティーネットを学校のなかに作っていく必要があります。しかし実際は、むしろより厳しいルールを子供たちに押し付けるようなことが前例になっている。 -
購入済み
お二人の年齢には達してないですが、「死」というか「老後」について考えることが多くなりました。漠然と不安に感じていましたが、このような在宅看取りをしているお医者様や病院があること、行政のサービスなども調べてみた方が良さそうだなと本書を読んで知りました。
この本は「転ばぬ先の杖」といったところでしょうか。 -
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『We are lonely but not alone』で紹介されていたので、読んでみた。
1度読んだだけでは理解できなかったので、もう一度読み返している途中。
「インターネット的」とは、「自動車とモータリゼーションのようなもの」と例えられている。
「インターネット的」のキーワードは、「リンク・フラット・シェア」。
確かに「リンク・フラット・シェア」の世の中になっているな、と思う。
現在は、高度経済成長期以来の工業化社会の枠組みが、だんだんと通用しなくなってきている過渡期だと感じている。むしろ、私が感じているよりも、もっともっとその枠組みは崩壊しているのかもしれない。
そして、そのときに活躍するのは、「リンク・フラット・シェア」の感性を身につけている人なのだと思う。 -
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ネタバレ「続」も、前編に劣らず非常によかった。前編と同じ編集方針となっており、全国不登校新聞社に在籍する、不登校・ひきこもりの当事者・経験者である子ども若者編集部員が、「私が話を聞きたい人に話を聞きにいく」という方針で取材を行うことにより作られている。「世のため」「人のため」ではなく、「私」が話を聞きたいというのが大原則となっている。
そのインタビュアーに答えた17名の著名人がこちら。
目次には、対談者のキーとなる一言が次のように紹介されている。確かにこれらのセンテンスがキーとなるものであるが、それ以外にも一人の読者として感動した言葉や生き方があった。
■中川翔子:ちょっとの「好き」を集めて、積み重ねていく
■ヨシタケシンスケ:遠回りしたからこそ、見えることがたくさんある
■りゅうちぇる:自分の「色」を塗り替えてもいい
■立川志の輔:他人とちがうのは、いいこと
■春名風花:いまあなたがいるそこがすべてじゃない
■あずまきよひこ:無理にでも頭を突っ込んでみると、たいがいはおもしろい
■R-指定:コンプレックスをさらけ出した方が、楽しかった
■谷川俊太郎:ミスフィットを活かす道はある
■庵野秀明:「ここ」じゃなければ、他のところに行こう
■宇多丸:自信は他人からもらおう
■田房永子:自分の「心」を大切にする
■大槻ケンヂ:「のほほん」と生きていきたい
■みうらじゅん:好きなことをいっぱいやろう
■糸井重里:できることをひとつずつ続けていく
■坂上忍:3割の共感があればいい
■椎名誠:方向が決まっている人生なんて、つまらない
■荻上チキ:人の役に立つことを生きる力にする
■対談:北斗晶×石井志昂(本書編集長) 人になんと言われようと、やりたいことをやってみる
この17人の対談者もまた、自分自身の生きづらさを乗り越えた今がある人たちであったり、生きづらさということを心で理解できる人たちであったりする。ある意味、自分なりの人生哲学をもっている凄い人たちである。
年齢は若くとも、何も考えずに自分の不安を子供に押し付けて生きている大人や、意味なくマイノリティであることを特別視するような人たちよりも、ずっとずっと物事を考える力があり、人生を闘っているのであり、生き方の哲学を確立しているように思える。
以下、自分なりに目に留まった対談者の一言など。
■中川翔子:「いちばんひどい日」を乗り越えると「そうでもない日」が来る。「そうでもない日」が続いた先に、思いがけない「死ななくてよかった」と思える日が来るはず。
■ヨシタケシンスケ:自分の意見を持たずに大学までいった。それに対し、「学校に行かない(不登校)」を自分で決めるということは凄いこと。
■りゅうちぇる:意見の違う人にあったら、その人の背景を考えるようにしている。
■立川志の輔:人生いろいろなことが起こる。学校に行かないということが、なぜそんなに大きなことなのか。大騒ぎしているのは大人。
■春名風花:いじめの加害者にフォーカスする。送信機をどうにかするしかない。ただし、「加害者が悪い」と単純化してしまうのは嫌。
■あずまきよひこ:何もできないと思われているうちに、失敗しておいたほうがいい。
■R-指定:学校の外の世界の人たちと出会えて、「俺はすごく狭い世界にいたんやな」と思った。
■谷川俊太郎:自分が詩を書いて生活するなんて考えなかったし、詩人になりたいとも思っていなかった。「なぜ詩を選んだのか?」-私が詩を選んだのではない、詩が私を選んだのだ。
■庵野秀明:(学校の)勉強は、受験のためのもの。テクニック学んでいるだけ。そのテクニックを身に着けることが社会に出たときに役立つというのは方便だ。
■宇多丸:最初の一歩は、わかならいけどやっちゃってた。最初の一歩に「理不尽なジャンプ」がある。
■田房永子:親は子どもにとって権力者で支配者で独裁者でハラスメントの加害者。子どもに過干渉にならないようにするためには自分の人生を楽しむこと。
■大槻ケンヂ:世の中で善と呼ばれているものが悪であったり、悪と呼ばれているものが善であったり、価値観というものは時代、民族、国家によって変わるものであって、ゼッタイの基準はない、
■みうらじゅん:不安は今でもあるが、なんとかなっている。常識が分かった上でやる非常識が、エンターテインメント。
■糸井重里:自分たちが何ができるかって言ったら、残念ながら、今のところ、努力することだったり勉強することだったりする。
■坂上忍:何かを成し遂げようとするとき必ず孤独になる。
■椎名誠:不登校しているのは、自分に忠実な素直な人
■荻上チキ:「逃げてもいい」というが、不整備な状況では、不登校は自己責任化されてしまう。学校には、セーフティネットが必要なのに、厳しいルールを押し付けている、 -
Posted by ブクログ
子どものころ、糸井重里の「コピーライター」という得体の知れない職業に、なぜTVに出られているんだろうと素朴に疑問に思っていたが、20年も前にこんなことを書いていた糸井氏に震えた。凄すぎる。
役割と役割で、肩書と肩書で取引をしているときには、流れは変わりません。
僕の知っている寿司屋さんが、役割や肩書以外の自分の「情報」(熱心さや、目利きぶり)を表現したから、リンクがつながったのだと思うのです。
アイデアやヒントがまだ幼いうちに、他社に向けて何とか出してみる。そしてたくさんの相手が、「未完成だけどポテンシャルを感じる」と言ってくれたらしめたものです。自分ひとりじゃできないことでも、その受け手の力に手助けされて、素晴らしい現実を生み出せるかもしれないのですから。
しかし、いままでなかったタイプの新しい市場を創造しなければ、資本の大きなところが強いに決まっているわけです。そうなったら、ぼくらのようなビンボー人の勝つ場所などないと思ったので、ビジネスの説明はさておいて、まるで気休めに思われるでしょうけれど、いくつかの決めごとを考えました。
とにかく、ビンボーでスタートするというのをゲーム化しよう、と。
…
この仕組みは、『ほぼ日』を強くしたと思います。
つまり、失礼を顧みずに言えば、鳥越俊太郎さんは、ニュースを知ることに払う「時間コスト」を、三分間に短縮してくれる電気釜の役割を果たしてくれるのだと思います。しかも、網羅的で、散漫な情報ではなく、ひとりの個人の「視点」がそこにはあるから、認めるにしても反論するにしても、知るに値する情報となるのだと思います。この鳥越さんの役割は、誰でもできるものではないということは、言うまでもありません。
大きな変化に突き当たった人々が、いままでの道のりを振り返って「はたしてこれでよかったのだろうか」と、不安になったりします。ぼくにも「こっちの道に来ないほうがよかったかな」と思うようなことは何度かありましたが、それを本気で「選び間違い」だと考えたことはありませんでした。どうも、ぼくは、終わってしまったことについては、失敗も含めて、すべて、「それでよし」と考えてきました。
ポジティブシンキングとか、そういうことではありません。その失敗や不運の向こう側には、案外、もっと行ってみたい場所があったりするものなのですね。そのことを、何となく信じてきたのです。みんなが納得してくれるような右だか左だかを、じょうずに選び続けてきた人も、きっと実際にいるのでしょう。でも、たいていの人は、「やらなきゃよかった」と思うようなことや、「ああ、しまった」というようなことを、いっぱいしてきているはずなのです。
けれども、そういうハズレな場面も、たいていは、(回り道であったり、ハンディキャップになったりしても)そのおかげで見えてくる物事や、そのせいで拾ったいいものを、残してくれます。正しいと思われにくい道を選んでしまった人や、世間の幸福感から逸脱してしまった人や、何かに失敗している人が、そのおかげで強くなったり、別のもっといいチャンスを得たり、ということを、ずいぶん見てきました。
「どっちでもOKなんじゃないの?」
これは、実は、けっこう失敗してきている自分にも、ときどき言ってやっているマジックワードです。
役割は、点滅しているのです。
ぼくも、これを書いている間、何度も「ペットボトル入りのお茶」の消費者になったり、夫になったり、新聞の購読者になったり、野球ファンになったり、いろんな人格を点滅させています。それを、わかろうとしても、無理でしょう?
科学でスカッと整理できると思わずに、わかりあえない者どうしが、どうやって信頼を結んでいけるのかを考えたほうが、これからの社会にあっていると思うのですが。