糸井重里のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネットを使わない人ほど、ネットに振り回される理由がなんとなかるわかる一冊です。
インターネットがようやく普及してきた2001年当時、インターネットの可能性をクリエイター目線から論じた一冊。タイトルが(「インターネット」ではなく)「インターネット的」とあるように、情報技術としてのインターネットではなく、インターネットの特徴を取り入れた生活・仕事の仕方について、ネット初期からインターネットを使ってきた糸井重里さんが考えています。
インターネット的の特徴としてリンク・シェア・フラット(+グローバル)をあげている糸井さん。
なかでもフラットが個人や社会の価値観を大きく変えることにつながります。インターネット登場以前は、中央集権的な「みんなこれに好きにちがいない」といった一方通行の価値基準しかありませんでしたが、インターネット的な社会では個人個人で価値の順位づけが大きく変わります。
『豊かな社会においては、経済も文化も、いままでのような同じ価値観で「価値の三角形(ヒエラルキー)」をつくっていくことが困難になっていきます。いままでにも価値が多様化しているとよくいわれていましたが価値が多様化するというよりは、価値の”順位付けが多様化する””価値の順列組み替えは個人の自由になっていく”ということでしょうか。』(P36)
個人の価値観が尊重(?)されるようになった一方で、それだけ個人が価値の判断をしないと、生き辛くなったということです。
糸井さんは「クリエイティブな消費」と位置づけ、仕事以外のプライベートタイムである「休み」「遊び」について、真剣に取り組む必要があるといっています。
『消費について、どれだけクリエイティブになれるか、というのは、簡単そうで難しいことです。ある意味では、つくる側、送る側でやってきた必死さ以上の真剣さで”休み”のことと”遊び”のことを考える必要があると言えましょう。何しろ、そんな練習はほとんどの「健全な市民」はやってこなかったのですから、大変です。』(P213)
それにしても糸井さんの洞察力はすごい。インターネットがようやく普及してきた2001年当時からインスタやクックパッドの出現を予想していたりなど、Web2.0をとっくに通り過ぎた2019年の「人との繋がり」を見事にいいあてています。
(この個人が真剣に考えなくていはいけない世界に進んでいく過渡期での現代人の戸惑いは、本書の16年後の本である佐渡島庸平氏の「WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE」で現されています)
タイトルにインターネットを冠しているからといって、ITの本ではありません。
「ほぼ日」の読者さんもそうじゃない人も、インターネットにつながる全ての人に読んでほしい一冊です。 -
Posted by ブクログ
この本は帯にもそう書いてあるとおり、2000年すぐにかかれたものでありながら、ことごとく2018年現在において通用する内容となっており全く古さも感じさせない、それだけ著者も書いてあるとおり当時からインターネット的な世界をよっぱらっていない状態で冷静に判断しており、その先見の明に驚かされっぱなしである。そして書かれている中で唯一(といってよいのではないかと思う)まだ来ていない「消費のクリエィティビディ」はこれからいよいよその方向に向かって行くのではないかという、期待と願望も込めてそう思う。またこの先の「ほぼ日」の進む羅針盤になっているのではないか。
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Posted by ブクログ
お金は汚い?
確かに小さい頃から親からお金は汚いと言われてきました。
それが「誰が触ったかわからない」という程度で。
確かに口に入れるのは良くないですがあそこまで汚物扱いされるのも変やなと思ってました。
まあ金のために生きてないという矜持の裏返しやと言われたらそんな気もします。
お金は大切か大切やないかと言われたら大切なんです。
でも1番かと言われたらそうじゃないように思います。
なんとか生活に困らないくらいにはなりました。
要は足るを知るなんですよね。
でもお金が必要な時も来るんですよね。
「十分なお金を渡したい」
そう思える人に出会った時お金が必要になります。
それは仕事のパートナーなのかもしれませんし子供なのかもしれません。
僕は仕事柄お金はそれほど稼ぐことができないのでその分人脈を広げたいと思ってます。
林深則鳥棲
水廣則魚游
深い林には鳥が棲み
廣い水には魚が游ぐ
器を広く深く持てば人は集まると言うことです。
結局は誠実に生きていくことが正道であり近道なんですよね。
僕は僕の考える人に役立つことがあればやってあげたいと思います。
それは自分の損得ではなくて相手の得になるかと言う基準です。
でもそれが回り回って自分に返って来るんやと思います。
因果応報
僕は因果は巡って自分に返って来るもんやと思います。 -
Posted by ブクログ
「何かできるような気がする」と思って生きていることは嬉しい。
ほぼ日は、バナーもほぼ無く、ほとんど利益を出しておらず、成り立っていない。グッズの販売で半分、糸井さんの個人的な部分で残りをということでやっと黒字になっている。
ほぼ日が、色々な人の受け皿となったいたり、人と人とのつながりを作り出して感動したりする場として機能するようになって、新しい一面が出てきた。
何かをするときに、利益計画はもちろん大切ではあるが、それをすっ飛ばして始めてしまうことも大切なのかもしれない。
・パチンコでもらったどこのメーカーかもわからないウォークマンを、娘にあげたら、ずっとそれを大切に使い続けていたこと。高いものだから大事に使う、とうことではない感覚がかっこいい。
自然に色落ちして、本来の姿のADのジーパン。1万円をつないで作られたようなジーパンよりもかっこいい。
・クリエイティブの仕事は、必要ではないけど、ほしいがられるもの。
・消費する側が生産にかかわるということは新しいやり方として、出てきている。
・「ほぼ日刊」としていることで、逆に自分たちに毎日更新しなければという良い気持ちが出る。
・ダイニング部は、メンバーをまとめるのによい取り組みだった。皆で手作り料理を食べるというのがいい。
・理想のクリエイティブは、義務でやってないけど責任感を持っている状態。
・「多忙は怠惰の隠れ蓑」 -
Posted by ブクログ
震災後から2014年くらいまでの早野さんの活動と結果がよくまとまっています 「マイナスをゼロに、そして未来に」つなげていく仕事を着実に積み重ねていく早野さんの姿勢に心を打たれますし、これを「尊い行い」と言うのだな…と感じました。当時の混乱した状況のなか、早野さんは地道に着実にデータを集め、根拠をもって安全だと言えるようにしただけでなく、住民たちの心に寄り添い「安心」をも確保していきました。データを提供するところまでは科学者の責務と言えると思いますが、人々の安心というものはもっと先にあるものです。科学だけで解決できない問題に、科学者としてどう関わっていくべきかについて非常に多くのヒントをもらいました。
福島の現状についてあまり知ろうとせずに生きてきましたが、データの蓄積の結果いまわかっていることをまとめて知る機会になったのもよかったです。住民の内部被曝も外部被曝も、流通している食べ物の線量も全国の他の地域と比べて全然問題ないと言える根拠がすでにあって、査読論文も出ています。
差別や風評被害をゆるく生きながらえさせてしまうのは、少し離れたところにいて、知識が震災直後の煽り記事の印象のまま止まっている人たちなのではないかと考えました。無意識のうちに差別に加担したくないのなら、知ろうとしなければならない。これは他のあらゆる差別、偏見にも当てはまるように思います。
本書には、あるものごとについて詳しい人とそうでない人が建設的に歩み寄るにはどうしたらいいか、についてのヒントがちりばめられています。科学技術と社会のさかいめで何が問題となるかとかにもちゃんと触れられています。科学コミュニケーションに興味がある人にもおすすめ。対談形式でさくっと読めるし430円+税だし全人類におすすめです。