糸井重里のレビュー一覧

  • ポケット版 I SPY 7 ミッケ! たからじま

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    子供と楽しめた。編にもよるかもだけど、中年には絵が暗く感じて若干見づらかった老眼だからだよっていわれた、でもポケット版のほうがどっちかってゆうと首が疲れなくてよかった、じじいだなっていわれた。

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    2022年03月29日
  • インターネット的

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    2001年の本なので、現代の流れと違うところはあるかとおもったが、根本的な話で、なるほどという部分も多かった。
    消費という側面でも、クリエイティブを発揮させてみる。ポンペイの人は、貧しい人も貧しいなりに、壁にペインティングを頼んでいたりしたそうで、イタリア人は楽しむことに長けていそう。
    45の頃糸井さんが、当時の仕事をそのまま続けることへの、危機感を抱いたという話も、なんか同感

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    2022年02月28日
  • インターネット的(PHP文庫)

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    コピーライターとして超有名な糸井重里さんが『ほぼ日刊イトイ新聞』をインターネットで始めて、従来のメディアとインターネットの違いをわかりやすく書いた本。
    オリジナルの新書版は2001年の出版だが、2014年に文庫化された際に、『続・インターネット的』が追加されている。
    人々の暮らしに欠かせないインターネットの特性とその在り方を、稀代のクリエーターがいち早く言及し、警告した良書。

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    2022年02月03日
  • 知ろうとすること。

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    ネタバレ



    震災当時、小学生だったので原子力発電所が大変なことになっているということくらいしか知らないまま大人になってしまいましたが、今になってでもどういう研究が行われていたのか知ることができて良かったです。
    放射線の実験をする研究室で、高い反応が出たから機械に異常がないか探したら外から放射線が持ち込まれていたという話、興味深かったです。
    目に見えないので、あっても気づかないし、無くてもあるのではないかと不安になることがある。
    そういう伝えづらいものに対して、しっかり検査してデータとして真実を伝えてくれた人がいたということの有り難さをとても感じました。
    声を大きく上げる人は信用できないという話もたしかにと思いました。慌ててしまう時にこそ冷静に判断していきたい。

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    2022年01月27日
  • いつか来る死

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    在宅医療をしている先生と糸井重里の対談がメイン。まだまだ先の話だけど、いつか自分も死ぬんだなと考えて生きることは大切だなぁ。自分はどういう風に死んでいきたいなぁと色々考えるきっかけになる本でした。

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    2021年11月24日
  • インターネット的(PHP文庫)

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    インターネットのことも書かれているけれど、もっと広い、人間としての在り方のようなものが書かれていると感じた。

    まずはっとしたのはメディアの見方。
    子供を殺した母親について"鬼のような母親"とレッテルをつけてそれ以上は追及しようとしない。答えが出にくい問題をしつこく考えない。
    確か山田詠美の「ぼくは勉強ができない」にも似たような話があったはず。
    早々に答えを決めてしまうことで思考が停止してしまう。
    自分も比較的答えが出ないことをダラダラ考える&話すことが好きな方なので、これは寂しいことだと感じた。
    答えのない問題を話し合う中で気づくことも沢山あるから。
    (最近だと某アニメの某キャラがなぜ人気なのかを本気で議論していた…)

    「消費のクリエイティブ」という考えも面白かった。
    確かに、お金持っている人がみんなして同じものを買ってるのってつまらないなって思ってた。
    ブランドを盾にしているというか。

    また後半の、今後の社会は立候補しなければ生きていくのが難しいというのはよく自分を省みなければいけないと思った。
    インターネット的な話に戻るけど、いくらインターネットやSNSが発達しても、ずっと見る側でいては得られることが少ない。
    情報はたくさん出したところの人に集まってくると最初の方にも書かれていた。

    怖くても自分の考えを曝け出さなきゃ始まらない。だからこそこういう本の感想とか、小さいことでも続けていこう。

    インターネット時代の予言もそうだし、少し離れたところではA.Iの話にも繋がるところがあると感じた。

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    2021年10月03日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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    クリエイティブな仕事をしている人たちの組織開発のヒントが散りばめられており、面白い。
    喜んでもらうことが存在意義。上場の責任感がのしかかってきても、ブレることなく、その責任感を順風に変えている感じが良い。人を育てるとは、環境を整え、文化を育てることだと感じた。

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    2021年09月18日
  • インターネット的(PHP文庫)

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    20年前に書かれた内容に10年前に追記され、今出会った。20年前、インターネットがキラキラと皆の前に映っていた時に地に足ついた予測期待をされていたんだな。

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    2021年06月12日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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    個人で活躍してきた才能あるコピーライター糸井重里さんが、初めてチームという単位でサービス作りに挑んだのがほぼ日。
    世の中に喜ばれる商品を生み出すに至るまでの考え方や組織の作り方を惜しみなく語っています

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    2021年03月28日
  • グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ

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    本の装丁からして独特で興味を惹かれた。

    ファンコミュニティをどのように作っていったのかを実際の事例をもとに書いている。現代のあらゆることに通じる彼らのあり方は改めてすごいなと思った。

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    2021年03月24日
  • インターネット的(PHP文庫)

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    インターネットが生まれ世の中は便利になったが「その便利さでどのような事がしたいのか」ということについて考えたことがなかった。ただインターネットのサービスを受動的に利用するという姿勢になっており、インターネットを工夫して楽しむという感覚を持てていなかった。ただ便利であることや、ただ合理的であることは、大量生産大量消費時代には適していたが、現代には合っていない。これからは消費のクリエイティブについて真剣に向き合っていきたいと感じた。

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    2021年02月23日
  • いつか来る死

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    淡々としている。読みやすい。

    死は普遍ではない。
    幡野夫妻のはなし、どこか型にはまった思考になってしまう。
    寄り添うとか簡単に言えない。
    損は綺麗事ではなく、本当に損であること。だから親切が本物になる。

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    2021年01月28日
  • いつか来る死

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    ネタバレ

    小堀鷗一郎氏、Nスペで何度も観た森鴎外の孫であの在宅医療の先生ね。
    写真の顔が違ってみえたので読むまで気づかなかったわ。
    ”食べたり飲んだりしないから死ぬのではなく、死ぬべき時がきて食べたり飲んだりする必要がなくなったと理解すべき。”(老衰の場合ね)
    みんなまさか、死ぬとは思ってないんだよね。
    かなり高齢になって体が動かなくなればわかるみたいだけど。
    いろいろ死ぬことについて考えさせられた。
    ”死”は忌み嫌うものではなく、生の延長線上にあるものだってことも。

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    2021年01月02日
  • いつか来る死

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    20201209 タイムリーに死と向き合う内容。興味深い内容。家族で考える事も提案されていてなるほどと思った。死を身近に感じられるかが今風。

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    2020年12月09日
  • インターネット的(PHP文庫)

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    これを何年も前に書いたとは思えないと思ったのが最初の感想です。糸井さんの文章はついつい読まさるというか、心地よく読めました。また読みたいと思いました。ネットで何を運ぶか自分なりに考えます。

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    2020年11月15日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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    ほぼ日の読者としては既視感のある内容もあったが、まとめて読むと気づく点も多かった。
    以下気になった箇所。
    ・集中したからいい結果が生まれるわけではない
     →もっといい考えがあるのでは?と問い続けることが大事
    ・遅刻しない人がだらしない人を非難しないように
     →きっちりすることが大事ではない
      現実にする力、お互いに認め合う関係
    ・課題→成果→貢献して喜ばれる→新しい機会が得られる
    ・行動指針
     やさしく、つよく、おもしろく
    ・クリエイティビティ3つの輪
     →読者の反応(集合)から洞察を引き出す
      自分たちの動機とすり合わせる(動機)
      新しいコンテンツを生み出す(実行)
    ・頼まれたら、できるということ
    ・利益や成長は結果であって、目的ではない
    ・予算が成長のために使われるのであれば、悪いことではない
     予算(=意味のない期待値)が目的ではない
    ・幸せを追求する環境を作る
     →メシを食えるように給料を払う
      +じぶんの幸せ(誰かに何かをしてあげる)
    ・じぶんのリーダーはじぶんだ
    ・夢に手足を、手足に夢を

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    2020年11月06日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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     糸井重里すごい。言っていること一つ一つに、紐づく世界標準の経営理論がある。

    ―ではいまは、人はなにに動かされるのでしょう。
     人によろこばれているという実感ではないでしょうか。あるいは仲間がうれしそうにしている、ということ。

     うちには、伝家の宝刀のような言葉が二つあって、「誠実」と「貢献」です。
     「誠実」については、「誠実は、姿勢である。弱くても、貧しくても、不勉強でも、誠実であることはできる」ということ。
     「貢献」については、「貢献は、よろこびである。貢献することで、人をよろこばせることができる。そして、じぶんがよろこぶことができる。貢献することにおいて、人は新しい機会を得る」です。
     そして、「誠実」と「貢献」では、「誠実」のほうが重要です。

    ―「信頼」は意図的に手に入れられないということですね。
     効率を優先したり、じぶんの成果を期待しすぎたりすると、「信頼」は失われてしまいます。だから長期的に見れば、テクニックで「信頼」は得られないし、たとえ得られたとしても、そういう「信頼」は当てにならない。「信頼」を得るには、農業のような地道な努力が必要です。手に入れるまでにとても時間がかかる。
     頭を使うだけではダメで、汗水たらして働いてできた農作物をよろこんでもらうということを何年も繰り返して初めて、「信頼」は手に入るものなんです。日々の積み重ねだから、「信頼」を得ることが目的になったらいけません。

    ■ほぼ日の行動指針
      やさしく
     私たちの会社が社会に受け入れられるための前提となるものです。
     相互に助け合うということ、自分や他人を「生きる」「生かす」ということです。

      つよく
     企画やアイデアやコンテンツを、会社として、組織として「実現」「実行」できること、現実に成り立たせることです。

      おもしろく
     新しい価値を生み出し、
     コンテンツとして成り立たせるということです。
     「ほぼ日刊イトイ新聞」や「TOBICHI」のように
     「場」を生み出し、ひとが「場」に集まる理由です。
     これが、ほぼ日の強みです。

     ほぼ日は、この言葉の順番もたいせつにしています。
     まず「やさしく」が、おおもとの前提にあり、
     「やさしく」を実現する力が「つよく」です。
     その上に、新しい価値となる「おもしろく」をどれだけ生み出せるかが、
     ほぼ日の特徴です。


     ぼくはもともとなにかを言葉にするのはちょっと信用ならないと思ってきました。けれど、人間は毎日雑多な生活の中で生きている。だからビジョンや社是、ミッション、理念といった「目標」が会社にあることは、とても大事だとも思っていました。会社は目的のある組織ですから、やっぱり旗印がないとダメなんです。


     会社の仕事には、直接は利益につながりにくいけれど、やったほうがいいことも含まれる。そういうことをじぶんに理解させ、社内外の人たちにもわかってもらおうと思ったんです。
     思いついた一つのイメージは雪かきです。
     あるお店が、じぶんの店の隣まで雪かきをするのは、損得で判断すれば損かもしれません。けれど会社としてやっておかしいことでありません。
     店に来る人が歩きやすいようにするのは、その会社の仕事です。そしてじぶんの店の前だけ、きっかりと線を引いて雪かきするのはダメなわけで、お互いのエリアを外れてもやるべきものでしょう。
     もう一つのイメージは、お祭りの寄付。
     京都や地方の町を見ていると、お祭りで使う山車を保管したり、補修したりする仕事に、結構なお金と労力がかかっています。町で商売をしている人はみんなそれにかかわっていて、手間をかけられない会社は寄付という形で手伝っていたりします。
     もうひとつが峠の茶屋。
     これも維持するのは大変だけれど、本当に必要としてくれる人のために、やめないで続けていくことが大事です。「もうからないからやらない」ではなくて、「それが私たちの社会的使命だと思ってやっています」という考え方はあるんじゃないかと思いました。

     
     一般的な組織図は、資本市場向けの言葉に翻訳したものですが、実体は人体模型図のような形で動いています。
     内臓は、それぞれの臓器がお互いに信号を出し合い、信号を受け取り合うことで全体が動いているそうです。ぼくは内臓のように、それぞれのチームがそれぞれ自律的に動いて関係し合う仕組みが、うちに合っていると思ったんです。

     みんなが生き生きしてくれたらいいな、という思いがありました。誰かの命令で動くのではなく、じぶんの頭で考えた「これはやりたい」という思いが、誰かの「これはやりたい」と組み合わさっていくのが一番いいですから。

     …船の構造から着想しました。船の構造のように会社の組織を考えてみたらどうだろう、と。
     乗組員の中にはジャガイモをむいている人もいるわけですが、だからといって「お前はジャガイモむきだ」とバカにされてはいけません。そういうことを、みんながわかるにはどうしたらいいのかと言えば、人体にたとえるのがいいと思ったんです。
     内臓の話なら、どれが大事でどれが大事ではないということはなくなります。
     「腎臓はなくてもいいです」とは言えませんよね。「腎臓が傷んだときには別の臓器が代用するようになる」という説明もできます。「片方の肺を取ったけれど、それで別の臓器が鍛えられました」ということだってあるはずです。そういった補い合いも含めて、組織を人体にたとえると、みんながわかりやすくなると思ったんです。


     上場するにあたってぼくが話したのは、「こうすればもうかる」ということではなく、「こうすれば人がよろこぶ」ということでした。それが株式市場の常識からはずれていても、ほぼ日がいまやっていること、これからやろうとしていること、あるいは絶対にやりたくないことなどを話して、聞いてもらいました。
     なにごとも大事なのは、根っこです。ほぼ日の事業のベースにあるのは、いつの時代も「人によろこんでもらえるか」ということです。


    ―ほぼ日では、毎週水曜に「水曜ミーティング」を開いて、糸井さんが社員に向けて一時間ほど話しています。
     毎週開く正式なミーティングで、とにかくぼくは話し続けています。
     僕にとっては水曜ミーティングを軸にして一週間暮らしていると言えるくらい大事なことです。「次の水曜日には何を話すのか」「このことはぜひ言おう」とずっと考えているから、それは大変です。
     でもいろいろなことを根づかせるには、一つひとつの仕事の中で刻みつけることが大切なんです。仕事の中で「これはいいね」「これはダメだよね」ということを繰り返していって、いい悪いにものさしを持つこと。それを日々続けることで、ほぼ日の風土ができてていくのだと思っています。

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    2020年08月08日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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    2020.8.6

    理想論に終わらせない為の強さがこの会社にはあるのだろう。

    サービス業に従事するものとして、ここまでは不可能だが、誠実な商売をしたいものである。

    しかし、
    ほぼ日みたいな共同体ばかりでも疲れる気はするのはなぜだろう。なにか違和感がある。

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    2020年08月06日
  • すいません、ほぼ日の経営。

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    糸井さんの経営に対するスタンス。
    人材育成や作りたい会社の空気感とか、らしくて誠実に向き合う姿が素敵だなぁと思います。
    フリーから組織にチャレンジして20年、企業はSDGSとかESG投資とか期待役割が微妙に変わる潮流が大きくうねり出して、その二つのタイミングが相まってこの会社が在るのかなぁ。

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    2020年07月06日
  • 知ろうとすること。

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    ネタバレ

    事実の積み重ねと組み合わせによって、今なにをすべきかがわかるようになってくる。

    あとがきから
    事実はひとつしかありません。事実はひとつしかないけれど、その事実をどう見るのか、どう読むのかについては幾通りもの視点があります。
    よくわからないけれど、大変なことが起こった。そんなときに、「野次馬」が暴れまくると「事実」がどこにあるのかわからなくなってしまうのです。大変なことが起こったら、それが、どういうことなのかという事実をたしかめて、それに対して時には慎重に時には大胆に対処せねばならないわけです。

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    2020年03月29日