葉室麟のレビュー一覧
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著者は、出版社によって作品を書き分けているそうで、舞台とする藩についても、角川版には架空の扇野藩を、この祥伝社では、やはり架空の羽根藩を用いている。
羽根藩シリーズと銘打たれるが、羽根藩が舞台というだけで、一部を除きそれぞれの作品に関連性はなく、登場人物にもつながりはない。
第一弾の直木賞受賞作『蜩ノ記』は、死を意識した所から始まる「生の美学」であるのに対し、第二弾の本書は、「落ちた花は再び咲かすことはできるのか」をテーマにした再生の物語となっている。
役目を失敗して、お役御免となった伊吹櫂蔵が主人公。
彼が弟の切腹をきっかけに、それまでの無頼な暮らしを改め、弟の無念を晴らすべく、真相究明に立ち上がる。
彼の再生を手助けするのが、大店の元手代で、今は俳諧師の咲庵と、さらに櫂蔵が死を意識したとき、彼を抱いて引き留めた居酒屋の女将お芳。
彼らの助力により、宿願を果たした櫂蔵は、「ひとはおのれの思いのみに生きるのではなく、人の思いを生きる」のであり、「落ちた花はおのれをいとしんでくれたひとの胸に咲くのだと存じます」と、述懐する。
題名の「潮鳴り」は、咲庵が吐露する言葉から。
「潮鳴りが聞こえるでしょう。わたしにはあの響きが、死んだ女房の泣き声に聞こえるのです」
しかし、宿願を果たした櫂蔵は、潮鳴りはいとしい者の囁きだったかもしれぬ、と考え、いまもお芳が静かに囁き、励ましてくれているのだから、一生潮鳴りを聞いてゆくだろうと、心に誓う。 -
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若松賤子の小説を読んだ後、ここにも描かれていると知って読み始めた、初めての葉室麟さん。
どうやら、これまでの作風とは異なっているらしいけれど、私はすっかり魅了された。
若松賤子は「我にたためる翼あり」に登場していた。当時の女流作家が何人か出てくるけれど、一番鮮やかに浮かび上がるのは、樋口一葉。ここまで樋口一葉を描いた小説を知らないが、これぞと思わせるリアリティがあった。作者の明治文学への深い洞察が描かせたものに違いない。この時代の明治のインテリたちの動向がよくわかる。
それぞれの短編には島崎藤村、北村透谷、有島武郎など、明治の文学者が現れるが、いわゆるスキャンダルを扱っていて、男たちには魅力を感じない。勝海舟の晩年くらいか。その勝にしても、若い頃はあちこちに女を作っている。明治の男は、裏ではみんなこんなものか。まともに描かれているのは樋口一葉を支えた斎藤緑雨くらい。
解説によれば、作者はこの時代をもっと描きたかったのだという。志なかばでとても残念に思う。
まるで違う筆致で描かれているのかどうか、テーマも違う、他の作品も読んでみたくなった。 -
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活花の名手と評される大覚寺の少年僧胤舜が、華道の修業を通じて成長していく時代小説。
10篇からなり、それぞれに様々な花が生けられる。
白椿、蝋梅、山桜、山梔、萩、朝顔、酔芙蓉等々。
しかし、請われて活花を行ったがその人の命を救えず、師の広甫に「生きることに、たんと苦しめ。苦しんだことが心の滋養となって、心の花が咲く。自らの心に花を咲かせずして、ひとの心を打つ花は活けられぬ」と、未熟さを諭され、さらに精進する。
静かに活花の話が続くと思いきや、彼が老中水野忠邦の隠し子であることから、一転不穏な動きが蠢き始める。
史実とフィクションが融合されたこの小説は、著者が京都に居を移したその時期に書かれたとのことで、随所に京の四季折々の風景が挿入され、風雅な小説となっている。 -
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解説によれば、葉室氏は出版社にとって小説の内容や傾向を書き分けているとのこと。
確かに「新潮」「角川」では、歴史上の人物を主に彼らの清涼な生き方を格調高く描いているし、「文藝春秋」「講談社」「徳間」では、歴史とフィクションを巧みに織り交ぜて、和歌や漢詩を取り入れ豊穣な作品となっている。
一方、この双葉社(文庫)は、『川あかり』しかり、『蛍草』しかり、架空の人物を主人公に娯楽性の高い愉快な作品となっている。
本書もその例にもれず、架空の藩の剣術道場の三兄弟の絆を謳い心温まる時代小説となっている。
両親を喪ったこの三兄弟、昼行灯のような性格で頼りない兄権平に対し、妹千草は剣術の腕前は兄に勝る美貌の持ち主、弟勘六は神童の誉が高い秀才と、典型的な愚兄賢弟との設定になっている。しかし、兄の権平は見かけによらず、いざというときには父親から伝授された「神妙活殺」という凄技で相手を次々と負かせてしまうというエンタメ色に溢れている。
この仲の良い三兄弟がお家騒動に巻き込まれながら、協力して親の仇を捜し求めるミステリー仕立てとなっていて、読者サービス満点の時代小説。 -
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2017年に逝去した著者の、最後のエッセイ集。
第1章は、新聞に連載した書評集。司馬遼太郎の『韃靼疾風録』から小林秀雄の『本居宣長』まで、29篇。
第2章は、「歴史随想ほか」で、新聞や雑誌に掲載されたエッセイでなっている。この中で、著者が最近に出版不況について、「近頃、本が売れないのは、人生に挑む気概が欠けているからではないかと思う」と論じる。そして「人生という戦場に出て行くからには、読書という武装が欠かせないと信じていたが、いまは違うのだろうか」と、懸念を示している。同感するブログ子も多いことだろう。
第3章は、小説講座の講師としての対談からなる講義録。ここで、葉室氏は「残り時間を考えるので、やれる仕事はやる、と決めていますから。生き急いでいると言われればそれまでですが」と、早逝を予感するようなことを述べていることに、哀しい思いが生じる。
第4章は、絶筆『我に一片のこころあり 西郷回天賦』が掲載されている。『大獄 西郷青嵐賦』の第2部とのこと。完成した作品を読みたかったとの思いが募る。
さらに、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の葉室版も構想していたそうで、早逝が惜しまれる気持ちがさらに増す。 -
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春の奈良旅以来続く、光明子ブームの一環。
長屋王の長男・膳夫(かしわで)との、ほのかな想いがポイントとなっている。
二人に加え、聖武天皇、あの道鏡まで同年だった・・・
それを知ったときの作者の小躍りする姿が見えるよう。
一番、読んでいて印象深かったのは、
彼らの少年時代の冒険の一コマ・
たぶん、作者は、ここから物語の発想が膨らませたのではないかと
勝手に思っているほど、心惹かれている。
大河ドラマ「女城主直虎」で主人公らが井戸を囲んだ幼い日々と重ねてしまった。
どちらもとても好きな場面。
後に道を違えることになったとしても、幼い日、共に過ごした記憶は
きっと心に残っているはずだから。
小説のこのあとは、正直ね、普通の光明子の物語。
膳夫は、里中満智子版の長屋王のよう。
とにかく魅力的な爽やかな男。
対して、本作の長屋王は・・・ちょっと残念なお父さん。
でも、私利私欲に走るわけではなく、皇族として臣下・藤原氏の台頭を
案じ、心砕いた末のこと。
長屋王事件のあとは、小説もあっけない。
なんだかな、物足りないな・・・
けれど、あの少年の日の冒険があるから、私には満足。
あまりに心惹かれ、
膳夫と姫の出会いとなった、平城京をちょこっと歩いてしまったほどw -
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建保七年(1219年)正月二十七日
源実朝の右大臣拝賀の儀
雪の降り積もる鶴岡八幡宮の石段と傍らの大銀杏
実朝暗殺の場面から物語は始まる
甥の公暁によって殺された実朝の首を巡る騒動
公暁から首を預かった弥源太。
(弥源太は公暁の乳母子で美少年♪)
弥源太は三浦館へ向かうはずだったが、そのまま持ち逃げする。
そこから三浦義村の家臣、武常晴と出会い、連れて行かれた先には和田合戦の生き残りたち和田党がいた。
この作品、成り行きで和田党の一員となった弥源太の成長物語…
という側面もあるのかな。
もちろん見どころは朝廷と鎌倉幕府、そして和田党の腹の探り合いですが。
自分的に面白くて印象的なのは、北条義時と三浦義村の小物っぷりです。
政子にバカにされ、底が浅いと思われ、臆病で。
そういう描写が出てくる度に、思わずクスッと笑ってしまう。
先日最終回を迎えた「13人の鎌倉殿」を毎週楽しみにしている中、
くるたんさん、TOMさんのレビューで本書を知り、読みたい!と思っていました。
実朝暗殺もう一つのストーリーとして空想が広がり、とても楽しい読書時間でした。 -
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ネタバレ目次
・読書の森で寝ころんで
・歴史随想ほか
・小説講座で語る
・芦刈
・我に一片の心あり 西郷回天賦
・葉室麟 最後の言葉
読もう読もうと思いながら、まだその作品を読んだことのない葉室麟のこの作品を買ったのは、もちろんタイトルに惹かれたから。
『読書の森で寝ころんで』
こんな至福はあるまい。
時代小説を書く人だ、という認識しかなかったので、その書評にコナン・ドイルやカートヴォネガット・ジュニアがあるのに驚いた。
もちろん時代小説・歴史小説について書かれたものが多いのだけれど、それは想定内。
まさか彼から、コナン・ドイルが晩年スピリチュアルな世界へ傾倒していった理由を知ることになるとは。
それから、奈良時代を舞台に描いた作品が多いということを知り、これはもうアンテナを高くしないとならんな、と思う。
奈良時代や飛鳥時代はなかなか小説にされにくく、作家が書こうとしても「売れませんよ」と編集に停められてしまうのだとか。
この本のなかにも藤原不比等についての考察があり、ちょっと前にNHKの番組で不比等についてみたばかりだったので、俄然興味が沸くというか沸騰する。
初めて読む葉室麟の作品は、だから『芦刈』ということになる。
能の「芦刈」をモチーフに書かれた作品は、多分愛し合っていたと思われる夫婦であれ、10年別の生活を送ったことによる溝の、小さくても越えられない断絶を、冷徹なまでにくっきりと示す。
10ページの作品だったけど、ずしんと来る面白さだった。
西郷隆盛についても、いくつかふれているのだけど、ずっと私が知りたいと思っている、無血開城の後なぜ執拗に幕府をあおって戊辰戦争に持って行ったのか、は、やっぱりわからなかった。
私の中ではこれだけが、西郷どんらしくない行為に思えてしまうので、絶筆の『我に一片の心あり 西郷回天賦』の完成を読みたかった。
50歳を過ぎてからの作家デビューで、残り時間にどれだけ書けるのかをいつも考えていらした著者の病床での最期の言葉に「西郷のあとは、坂の上の雲。がんばらないと。」とあって、その早すぎる死を残念に思う。
葉室麟の麟は、勝麟太郎から取ったとあって、思わずにやり。
絶対趣味合いそうだなあ。