吉村昭のレビュー一覧
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吉村昭の作品は本当に外れない。
こぎみ良いテンポとそれでいて非常に重苦しい雰囲気が絶妙に交わり独特の作風を際立たせている。
戦争を反省するための学びの本にもなれば、思想的な部分では、ある種の戦犯への同情的な心理を呼び起こすことで国家主義的な情念も駆り立てられうるため、読者側の心情もかなり複雑になり、動揺させられる。
吉村昭の得意分野である逃亡や漂流における主人公の孤独な内面性、葛藤をこの作品もまた緻密に描き出している。
正義とは何か、それは絶対的なものではなく、あくまで時代状況や国家間の関係性に左右される相対的なものでしかないことを断定する教育的利用価値のある作品である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全編通して「死」が横たわっていて、それをいろんな角度から観察しているようなイメージの作品集
詩的な表現を限りなく抑えているように思えるのに、全体に蔓延する死のムードはどこかロマンチックで引力がある
特に表題作の「星への旅」がとても好き
退屈な日常から抜け出す手段として「死」に憧れる少年少女たちの熱に浮かされたような逃避行、実際はその逃避行すら日常の反復運動に回収されてしまっていて、結局全員がそこから抜け出せないまま、、
わたしは吉村さんの豊かな観察眼に裏打ちされた丁寧な表現がすごく好きだけど、状況を的確にあらわしたり、ある人物を詳細に描写したところで決して読者に「あるある」として消費させない -
Posted by ブクログ
この小説は、1941年12月1日の御前会議から12月8日の米英蘭に対する奇襲作戦を行うに至るまでの話である。秘密裏に準備が進められたこの一週間の間に起こった予期せぬ事態に軍部がどのように動いたかを細い取材の元に綴られた史実なのである。それは、墜落する上海号という双発機に暗号書と開戦指令書を持ち込んだ兵士の命をかけた逃走と人間を虫ケラのように扱う軍部の動きを対象にして描かれていく。吉村昭が描く戦史小説に一貫して通じるテーマがそこにある。小説の結びには、陸海軍人230万人、一般人80万人のおびただしい死者を飲み込んだ恐るべき太平洋戦争は、こんなふうにしてはじまった。しかも、それは、庶民の知らぬうち
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総員起しは、森史朗の「作家と戦争」で紹介された小説だったので読んでみた。終戦後になって沈没した潜水艦から、死亡した当時のままの姿で発見されたというショッキングな内容が書かれていた。一貫して、吉村昭の小説に描かれている死に際の内面に迫っていく手法なだけに身に迫る怖さがある。ここには、「手首の記憶」など短編5編が掲載されているが、あっと言う間に読み終わってしまったという印象である。中には、吉村自身が「私」はという主語で論じるスタイルもあり、面白い。ストーリーの構成としては、ショッキングな場面から始まり、そこに至る事実経過や取材の場面が書かれ、最後に、タイトルともなっている出だしのキモの部分に焦点が
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吉村氏ならではのノンフィクション小説。今回は戦後、世界発の胃カメラを実現した話。オリンパスの技術者と東大医研の先生との協同研究の顛末については、かつてプロジェクトXでも取り上げられていたが、別の視点からの事実ベースの小説で、非常に引き込まれた。短い記述ながら、技術的にはまってしまい苦悩する様子がありありと浮かぶ。当時のなんでもありの風潮もあったろうが、彼らの一途な指向に驚嘆する。残念ながら今、こんなかたちで開発のできる技術者は国内には存在しえないかもしれないが、思想、発想、そして哲学は継承されうる。とても臨場感があり、今後のためにも読んでおくと良いと思えた本であった。