吉村昭のレビュー一覧

  • 遠い日の戦争

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    吉村昭の作品は本当に外れない。
    こぎみ良いテンポとそれでいて非常に重苦しい雰囲気が絶妙に交わり独特の作風を際立たせている。
    戦争を反省するための学びの本にもなれば、思想的な部分では、ある種の戦犯への同情的な心理を呼び起こすことで国家主義的な情念も駆り立てられうるため、読者側の心情もかなり複雑になり、動揺させられる。
    吉村昭の得意分野である逃亡や漂流における主人公の孤独な内面性、葛藤をこの作品もまた緻密に描き出している。
    正義とは何か、それは絶対的なものではなく、あくまで時代状況や国家間の関係性に左右される相対的なものでしかないことを断定する教育的利用価値のある作品である。

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    2016年09月15日
  • 脱出

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    第二次世界大戦、終戦ごろを舞台にした、民間人の生と死を描いている。

    小説だけれど、この5つの短篇に描かれていることは、本当にあったかもしれない。
    あるいは、筆者が人から見聞きした、または筆者自ら実際に
    見聞きし、肌で感じたことが大いにあるだろう。


    特に「玉音放送」の前と後の人々の感情のありようは、戦争を知らない世代にとって、知らないことばかりだった。


    個人的には、沖縄が舞台の「他人の城」、サイパンが舞台の「珊瑚礁」が胸に刺さる。

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    2016年09月13日
  • 光る壁画

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    最近胃の内視鏡検査を受けたので興味を持って読んだ。さすが大御所だ。文章が淡々と簡潔で、決して感動を煽るような文体じゃないのに登場人物たちの情熱がちゃんと伝わってくる。公私の間で悩む主人公の設定はフィクションらしいが、これで開発物語として単調になるのを免れていると思う。終戦直後で物資も貧しく素材もまだ原始的なものしかなかっただろう。開発を支える職人たちの技は将来も絶対滅びてほしくないものだ。この人たちの努力が元になって様々な技術革新が私たちの健康や治療に貢献してくれていると思うと感謝の気持ちがわく。

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    2016年08月22日
  • 星への旅

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    ネタバレ

    全編通して「死」が横たわっていて、それをいろんな角度から観察しているようなイメージの作品集
    詩的な表現を限りなく抑えているように思えるのに、全体に蔓延する死のムードはどこかロマンチックで引力がある
    特に表題作の「星への旅」がとても好き
    退屈な日常から抜け出す手段として「死」に憧れる少年少女たちの熱に浮かされたような逃避行、実際はその逃避行すら日常の反復運動に回収されてしまっていて、結局全員がそこから抜け出せないまま、、

    わたしは吉村さんの豊かな観察眼に裏打ちされた丁寧な表現がすごく好きだけど、状況を的確にあらわしたり、ある人物を詳細に描写したところで決して読者に「あるある」として消費させない

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    2016年06月30日
  • 白い遠景

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    最初の方は戦争や死が顔をのぞかせて、ぞっとするようなものもあったけれど、後半は筆者の癖が垣間見れて面白かった。
    プロの作家さんでもこんなに悩むのだなと思いつつ、これだけの読書量と、日本語への神経質なまでの扱いは、やはりプロだと感じた。

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    2016年05月31日
  • 深海の使者

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    「消耗」そんな言葉がずっと頭の中で反芻する。
    日本人は1%の希望にかけるというが、本当に…。もし今後、これらの財産があったなら、もう敗けるのは当然だったのに…なんて「もしも」はないんだけれど。考えるのをやめられないくらい、息の詰まる本だった。

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    2016年05月14日
  • 熊撃ち

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    初めて吉村昭さんの作品に触れましたが、好きな文体でしたね。羆の生態、熊撃ちの葛藤を、一呼吸置いて離れたところから俯瞰して淡々と続く情景描写。心理描写。ひさびさにこの手の「物語」風の小説を読みました。作家・吉村昭さんに興味が湧きました。しかし、羆は地球上の最強の生物ってことがありありとわかる一冊・・。恐ろしや。

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    2016年04月17日
  • わたしの普段着

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    ネタバレ

    「あの学生は小説を読みふけり、それで頭がおかしくなって自殺した。小説などは読むものではない」言い放った父から商人の気質がないと落胆された吉村氏は、「生きる道は異なっていても、真摯に一筋の道を生きた商人の父の仕方は、わたしの道にも通じている。商いに徹していた父が、わたしの師表とするものに思えてもいる」と静かに文を結ぶ。奇をてらわずストイックで誠実さに満ちながらも、どこか可笑しさと悲しみの混じったテキストの数々にしみじみ感動する。

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    2016年02月19日
  • 蚤と爆弾

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    さすが吉村氏。
    北満州、ハルピン南方のその秘密の建物の内部では、おびただしい鼠や蚤が飼育され、ペスト菌やチフス菌、コレラ菌といった強烈な伝染病の細菌が培養されていた。俘虜を使い、人体実験もなされた大戦末期―関東軍による細菌兵器開発の陰に匿された戦慄すべき事実と、その開発者の人間像を描く異色長篇小説。

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    2016年01月24日
  • 大本営が震えた日

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    この小説は、1941年12月1日の御前会議から12月8日の米英蘭に対する奇襲作戦を行うに至るまでの話である。秘密裏に準備が進められたこの一週間の間に起こった予期せぬ事態に軍部がどのように動いたかを細い取材の元に綴られた史実なのである。それは、墜落する上海号という双発機に暗号書と開戦指令書を持ち込んだ兵士の命をかけた逃走と人間を虫ケラのように扱う軍部の動きを対象にして描かれていく。吉村昭が描く戦史小説に一貫して通じるテーマがそこにある。小説の結びには、陸海軍人230万人、一般人80万人のおびただしい死者を飲み込んだ恐るべき太平洋戦争は、こんなふうにしてはじまった。しかも、それは、庶民の知らぬうち

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    2016年01月19日
  • わが心の小説家たち

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    吉村昭がこれまで影響を受け、尊敬している8人の作家達について講演してきた記録を新書にしたもの。吉村昭の小説のスタイルがどのようにつくられてきたか、興味深い内容である。ここで紹介された小説も是非読んでみたいと思った。

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    2016年01月19日
  • 逃亡

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    「逃亡」は、「戦艦武蔵」の後に書いている。吉村昭の真骨頂とも言える史実に忠実な記録文学の手法は、「逃亡」のあと「破獄」や「長英逃亡」、「桜田門外の変」で、逃げ惑う人間の内面の描写に見事に引き継がれていく。
    人間は、思いがけないことをしてしまうもの、というなんでもない所作がストーリーの中で驚愕の展開で迫ってくる。
    語られない戦時下の出来事が、まさに人間の本質として表現され、また、触れられてこなかった戦時下の闇の怖さが伝わってくる。

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    2016年10月11日
  • 磔

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    この短編集には、磔の他、三色旗、コロリ、動く牙、洋船建造が掲載されている。吉村があとがきに寄せているように、この短編集の特徴は、磔が吉村にとって、初めての歴史小説であったこと。また、この短編集までが中短編集で、これ以降は、多くの吉村記録文学を連ねた長編に移るターニングポイントなのである。短編集と言えども、これまでに読んできた歴史記録小説と向き合う姿勢は変わりなく、資料に基づき事実を丁寧で描き、さらに内面を見事に浮き立たせていく。初めての歴史記録小説とは思えないタッチである。

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    2016年10月11日
  • 総員起シ

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    総員起しは、森史朗の「作家と戦争」で紹介された小説だったので読んでみた。終戦後になって沈没した潜水艦から、死亡した当時のままの姿で発見されたというショッキングな内容が書かれていた。一貫して、吉村昭の小説に描かれている死に際の内面に迫っていく手法なだけに身に迫る怖さがある。ここには、「手首の記憶」など短編5編が掲載されているが、あっと言う間に読み終わってしまったという印象である。中には、吉村自身が「私」はという主語で論じるスタイルもあり、面白い。ストーリーの構成としては、ショッキングな場面から始まり、そこに至る事実経過や取材の場面が書かれ、最後に、タイトルともなっている出だしのキモの部分に焦点が

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    2016年10月10日
  • 蚤と爆弾

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    これまで吉村昭の小説の中に731部隊に関するものがあることを知らずにいた。この小説が世に出たのは昭和45年頃で「細菌」というタイトルだった。
    私が読んだのは4版目で今年の4月に出されたものである。私が最初に731部隊を知ったのは、森村誠一の「悪魔の飽食」(昭和58年)からだったが、その14年前に出ていたことになる。まだ敗戦の記憶が浅い頃である。文中に出てくる個人名の登場人物が少ないことからも分かるが、当時、かなり際どい題材だったに違いない。あらためて、吉村昭の記録文学の凄みを感じる。

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    2016年10月08日
  • 新装版 落日の宴 勘定奉行川路聖謨(上)

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    勘定奉行 川路聖謨の生涯にわたる話である。幕末に生を受け、半生を主に日露和親条約の取り交わしの命を完うするためにプチャーチンらと命を厭わずに懸命に交渉を重ね、幕政に尽くした人物である。その人格は高く、今の外交官の模範となる静謐さと沈着冷静な判断力と物事の先を見抜く力を持った役人であった。これまでの吉村昭の小説の中で最も影響を受けた人物の一人である。墓所は、上野池之端の大正寺にある。

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    2016年01月19日
  • 零式戦闘機

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    零戦が企画される前から終戦までを追う。零戦が作られる上でどのような苦労があったか、裏話など大変おもしろい。

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    2015年12月01日
  • 味を追う旅

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    気軽に読める、食の随筆。食べることに対する吉村さんの感覚は、大切にしなければならないものの一つかもしれません。

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    2015年10月30日
  • 光る壁画

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     吉村氏ならではのノンフィクション小説。今回は戦後、世界発の胃カメラを実現した話。オリンパスの技術者と東大医研の先生との協同研究の顛末については、かつてプロジェクトXでも取り上げられていたが、別の視点からの事実ベースの小説で、非常に引き込まれた。短い記述ながら、技術的にはまってしまい苦悩する様子がありありと浮かぶ。当時のなんでもありの風潮もあったろうが、彼らの一途な指向に驚嘆する。残念ながら今、こんなかたちで開発のできる技術者は国内には存在しえないかもしれないが、思想、発想、そして哲学は継承されうる。とても臨場感があり、今後のためにも読んでおくと良いと思えた本であった。

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    2015年10月10日
  • プリズンの満月

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    これは多くの人に読んでもらいたいなぁと。
    特に戦後の連合国の処置に夢を持っている人には。
    私の母なんかはそうなんだけど、「アメリカが助けてくれた、軍国主義者をやっつけてくれた」ってよく言うんだけど、そういうもんじゃないんだって。

    戦後70年、そういうものに目を向けるものがほとんどなく、切ない節目だった。
    だから、繰り返すんだろう。

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    2015年09月25日