吉村昭のレビュー一覧
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ライト兄弟が世界最初の飛行機を飛ばす十数年前、独自の理論を構築し”飛行器”の完成を目指した二宮忠八の生涯を描いた歴史長編。
吉村さんの作品でやっぱりすごいなあ、と思わせるのは綿密な取材に基づいた描写です。今作でもそれがいかんなく発揮されていて、忠八の生涯はもちろん、彼の人生のターニングポイントとなった日中戦争での調剤士としての従軍体験、軍から離れ製薬業界へ飛び込む様子。そうした折々のポイントが当時の世相や社会情勢の描写と共にしっかりと書き込まれています。
卒論をちょくちょく書き始めている自分にとって、お手本にしたくなるくらいに詳しく、それでいて簡潔な文体で書かれています。ただ調べたこ -
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講釈師の瑞龍は幕府を批判する講釈を読んだ廉でしょっぴかれ、島送りの沙汰が下った。大坂は開放的な街だったが、ちょうど享保の改革に当たり、見せしめみたいなものだったようだ。船で種子島に送られた。
島の暮らしは比較的自由で、海辺で貝拾いをしたり魚釣りをしたりした。ある日一緒に預けられている罪人二人とよそ村身体訪ねてきた者と四人で釣りに行った。ちょうど丸木舟がもやってあったのでちょいと拝借し沖釣りをした。浜で釣るより各段によく釣れた。
ところが途中で一人がこのまま島抜けしようと言い出した。宛てなく漕ぎ出したが、途中時化にも遭い十五日後に着いたところは清国の島であった。
何とか日本行きの大 -
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戦争にまつわる実話を基にした5つの短編小説。
もう、ずーっと読みたくて、古本で探しても見つからず1年。我慢できずに新刊をお取り寄せしました。読んで良かったです。戦争の悲惨さ、当時の人の思い、傷跡…。あくまで、「実話を元にした小説」なのでしょうけれど、Wikipediaなんかで調べただけではイメージ出来ないいろいろな情景が胸に迫ってきます。とても読みやすい小説で、引きこまれました。
『海の柩』
北海道で大量の水死体がある村に流れ着いた。その中に、手・腕のない死体が多く紛れていた。
『手首の記憶』
南樺太で起きた、看護師の集団自決。数名の看護師以外は一命を取り留めたが、彼女たちがその後背 -
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吉村昭氏の書き方の物悲しさはなんだろう。
高野長英、この本の主人公関鉄之助然りあまりにも切ない。
しかし、世に無名の人が歴史を動かした張本人であったことを、ひしひしと感じさせるその綿密な調査のあとにはただ脱帽である。
世の中を変化させているのは、歴史的功績からすれば極一部の人かも知れない。
しかし、世の中を維持させる役割は、歴史にも残らない一般人である。
我々は、ついつい目立つ人々に目を囚われがちだが、世の中には数多の民がいて、それらは互いに支え合って生きている。
良いことも、悪いことも、その時の情勢で刻一刻と変化する。
ただ、世話になった人にお返しをしようという気持ちは、そう簡単には変化しな -
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高熱隧道を読んだ吉村昭全集に収録されていた作品。
北海道に在住だけれど、主要な道路が囚人の強制労働によって作られていたとは全く知らなかった。
しかも囚人の中には、明治政府に逆らっただけの者や、
自由民権運動で捉えられた人たちも多くいたというのが衝撃だった。
未開の地だった北海道の開拓は、厳しい自然との闘いだ。
マイナス20度になる冬に火気もなく過ごしたなんて全く信じられない。
しかも囚人は単衣(たぶん柔道着のようなもの)で、裸足に鎖をつけたまま雪の中で長時間作業をしたようだ。
凍傷が原因で人が死ぬということも初めて知った。
囚人が安価な労働力として、民間企業が所有する硫黄山や幌内炭鉱の劣悪な状 -
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彼の作品はどのお話も読み終えた後にずっしりと深く心に残るものがあります。40年ほども前に記された文章ですが、相変わらず決して古臭さを感じさせません。そして、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなります。
主人公は戦時中に大変恐ろしい行為をしてしまうことにより逃亡することになったのですが、これも時代の流れ、背景がそうさせたこと。決して彼の若さ、気の弱い部分があったことだけが原因ではありません。ただ若い彼がそれほどのことをしてしまうまでの心理状況に、自分が彼の立場だったらどんな行動に出るだろうか、同じことをしてしまったかもしれないと感じます。
人間の弱い心が起こした大事件でしたが、生きるた -
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1934年、山本五十六氏を乗せた日本軍機が待ち伏せされて南海に散った翌年、氏の後任を含む一向が空襲を逃れパラオからミンダナオに飛ぶ途中に遭難。
その折、ゲリラに没収された海軍Z作戦計画書が米軍の手に渡っていたにも関わらず、同計画書没収の事実を大営本部がエリート意識の高さゆえ握りつぶしたため作 戦は実行され、当然大敗を喫してしまったという海軍乙事件(甲事件は五十六氏の待ち伏せに繋がった復号技術の漏えい)のルポ。
重要なのは事実(あるいは事実とされるもの)ではなく、科学的態度を如何にして失わないでいるかであるという意味では、今も昔も変わらないと感じました。 -
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江戸時代。『ターヘル・アナトミア』の翻訳版、あの名高い『解体新書』を世に送り出した杉田玄白ではなく、その翻訳の中心人物であった前野良沢を主人公とした物語。前野良沢という人物は名前だけは知っているが、どういう人物なのかは全く知らなかった。この本によれば、まさに学者という人物で名利を求めるような人物ではなかった。だから今でも杉田玄白と比べると知名度が低い。
『ターヘル・アナトミア』の翻訳というのは実に難作業だったのだと伝わってきた。辞書もろくに無い中で、単語の意味を別の本や実際の解剖の結果から推測し導き出すという作業は根気が必要で、とても常人には成し遂げられないものだ。そのような翻訳が完璧であるわ