吉村昭のレビュー一覧
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出身地では、子供の頃から30年おきに津波は来ると言われていた。えー、本当?と友達と言い合っていた。東日本大震災が起きて、未曾有の大津波が起きたとき、いや本当だったんだ…とそれを教えてくれた塾の先生の顔が浮かんだ。
本書では明治、昭和8年とチリ沖地震の3つの記録が書かれている。懐かしい地名がたくさん出てくるし、淡々とした表現なのだが、津波の威力がこれでもかと伝わってくる。
チリ沖地震が、本書では一番最近の津波で被害も他の2回と比べて小さかっただけに、充分な対策で津波の被害は減っていくだろうというような締めくくり方だったが、後書にある講演会からわずか数年後にまた凄まじい津波が襲ったことを吉村昭先生が知っていたら、どう記しただろうと思う。
しかしこれだけ高頻度で津波が襲ってくる土地に、よく住んでいたものだとちょっと呆れた。明日も同じ日が続くと思うバイアスってすごい。 -
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ネタバレ・あらすじ
全二十一編の短編集。
登場人物たちの人生の一部を描いた短編、作者の取材旅行を題材にした短編、幼少期の思い出を綴った短編など。
・感想
さまざまな人間がいた。
好きだったのは香典袋、読経、サーベル、居間にて(ちょっと怖い)、鯉のぼり(辛い)、カフェー(クソ野郎)、観覧車(クソ野郎2)
読んでいてちょっとよく分からないなと思ったのは西瓜。
吉村先生、あの作品は一体どう解釈したらいいんでしょうか?
私にはわかりませんでした…!
吉村先生は入念に取材をした記録作品を書かれるけども、ただ記録なだけじゃなくそこで「生きていた人間」を真摯に描いてる。
吉村先生はどこまでも「人間」を書きたい作家だったんだろうな。
そこに自分の意見やイデオロギーなんて挟むことを良しとしない。
特にサーベルの「墓参であるからには花をたずさえてくるべきであるのに、私には小説の主人公の墓を目にしたいという気持ちのみがあって墓に詣でる意識には欠けていた」という一文があって、なんと真摯で真面目な人なんだと思った。
巻末に「旅人が目の前に現れてくるんです、闇の中から。通り過ぎてゆくんですよ」という吉村先生の言葉があったけどまさしくその通り。
見知らぬ旅人の通り過ぎざまひとときを集めた短編集だった。 -
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ネタバレ著者の初期である昭和29年から46年にかけて書かれた中短編集。
結核を患った著者の心情や独自の健康法も組み入れられている。
これまで読んできた「破獄」、「漂流」、「三陸海岸大津波」、「桜田門外ノ変」などから、硬質な文体で男の世界を描いたり、静謐なタッチで淡々と綴るのが著者の作風であるという概念を持っていた。
しかし、この作品集には、そういった要素はなく、ストーリー性が豊かで読みやすく、分かりやすいものばかりだ。
ラストに出てくるタイトル作の中編が特に面白く、あっという間に読んでしまった。
義母とうまくいっていない女子高生がシャンソン歌手を目指して上京、苦労しながら演歌歌手になるが、受刑を全うした同郷の友人が地道に生きる姿を見て、身の振り方を考え直すというストーリー。
歌手を目指す人々が、どんな経路をたどり、どんな苦労を味わうか、かなりのページを割いて描かれており、庶民目線で楽しませてもらえた。
「新月」は、結核で肋骨を削除され、骨にこだわりを持つ男が主人公。鼠や蛙の解剖を趣味とする少女知り合う。
「鯛が骨だけで泳いでいる」写真に魅せられ、鳥羽まで出向き、帰宅すると、妻が女児を出産していた。
知り合った少女が赤ん坊を見に来て「子守をさせて」と言い出す。主人公が、解剖を思い出し、不安を抱く場面で終わる。
なんとも、ブラックな余韻が残る作品だ。
「母の化粧」は、金に困った男が、悪党ぶる友人を誘い、二人で夜に母の寝室に潜入、姿を悟られないようにして母を脅し、金を奪う。
その時、母の背後に別の男がいた。
母は、離婚していたが、息子の留守を見計らって計画的に男を引き入れていた。
その後、母と息子は、平穏な日々を送るが、ある時、母が息子に情事の現場を見られたことを知り、自ら命を絶つ
この他、小豆島の遍路宿で手伝いをする娘が、好感を抱いた男の意外な素性に呆然とするが、最後は、優しい気持ちに至る「掌の記憶」、若い妻に不倫された年上の夫が、妻が実家で自殺したことで、逆に義理の親から冷視される「早春の旅」など、波乱含みの展開に加え、興味深い題材、暗さのある松本清張の推理小説風の要素も盛り込まれ、読後感は非常によかった。
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本書を読み終わってまず感じたのは、なだらかで高い山を登って降りた、という印象だった。
主人公は水戸藩士関鉄之介。本書の前半では、水戸の一藩士に過ぎない彼がなぜ最高権力者を暗殺する首謀者の一人になったのかが語られる。水戸藩への弾圧。安政の大獄。鉄之介の怒りが読みながら伝わってくる。そして大事件。教科書ではここだけが語られ、我々はここだけ知っている。だが本書はここから長い長い後半に入る。暗殺は成功したにもかかわらず、関はわずかな仲間と過酷な逃避行を続けることになる。吉村昭ファンの私としては、待ってました!である。高野長英でもあった「日本全国を逃げ回る」話。これを書かせたら吉村昭の右に出る人はいないのではなかろうか。いつ捕まるか分からないヒヤヒヤ感とともに、時代はさらに変化していく。
本書は、名前だけ有名な「桜田門外の変」を頂点とした、始まりと終わりを丁寧に描いた傑作である。 -
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尾崎放哉の俳句に関心を持つうちに、吉村昭が伝記的小説を書いていると知り、読んでみた。
あまり調べずに読んだので、てっきり人生が書かれているのだろうと思っていたら、死ぬまで過ごした小豆島での8か月間の記録であった。
「死に際文学」とでも呼ぼうか。そういえば、あまりそういうものを読んだことがなかった。「イワン・イリッチの死」とか、少し毛色が違うかもしれないが「ラーゲリから来た遺書」くらいだろうか。
アラフォーなので、そろそろ、こういうのを読んでいくのも必要なのかなと思った。
放哉は、アルコール依存症だったのかと思った。惜しい才能をなくした。亡くなったとき、わずか41歳であった。私より少し年上なだけだ…。
社会保障も十分ではない時代に、放哉のように当時は不治の病とされていた肺病を患っている人間は、どうやって生きていけばいいんだろうと思う。その結果が小豆島の庵主となるということか。
金の無心を続ける放哉に、途中まで「放哉最低だな」と思いながら読んでいた。しかし、金の無心をするにも、プライドがズタズタになっているようだし、やはり健康的な肉体をもつひとが羨ましかったのだと思うと、憐憫に似た感情と、もしかして明日は我が身?という思いも出てきた。ここは多分吉村昭の技量のおかげだと思う。
それにしても馨よ。ずっと離れて暮らしていたのに、そんなに泣けたのか。やはり情はあったのか。
放哉が亡くなってからの周囲の親族に対する反応には共感できた。実際、こんな人物が転がりこんできたら迷惑だろう。シゲさん、ホントにありがとう。と、まったく無関係の私が感謝の意を表したくなった。
尾崎放哉の句がどうやって生まれていったのか、吉村昭の想像で書かれているんだろうけど、追体験できて、とてもよかった。句集も読もうと思う。
パウル・クレーやゴッホなども同様だが、死に際が迫った人間の創作物が洗練されていく様はやはり興味深かった。 -
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吉村昭『雪の火祭り 吉村昭初期中篇・短篇集』河出文庫。
未発表小説『新月』を含む未収録作品全9篇を収録した作品集。
吉村昭の小説を読み始めたのは40年以上前だろう。原作映画の『漂流』を試写会で観たのを切っ掛けに原作を読み、『破獄』や『羆嵐』、『高熱隧道』などを読んでいた。吉村昭は、こうした有名な中篇の傑作も面白いのだが、短篇にも名作が多数ある。自分が最も好きな短篇は『梅の蕾』だ。何度読んでも涙が零れる。舞台が故郷の岩手県であるだけに思い入れも強いのかも知れない。
『緑雨』。昔は結核で療養という話がよくあった。兄弟で経済的な負担をし合うのも、この頃の話。結核のため、家で療養している主人公と妻。看護婦に家事まで任せるのは心苦しいと女中を雇うが、17歳の若い女中も僅か10日働いただけで肋膜炎を患う。
『母の化粧』。含蓄のあるようなないような短篇。寡婦となった母親に登山に行くと告げ、家を出た息子は友人と結託し、母親が植木職人に支払う予定の10万円を強奪する。その時、母親は家に若い男を引き入れていた。
『早春の旅』。登場人物の名前から推測するに『緑雨』と連なる話だろうか。家出した妻を迎えに盛岡から山田線に乗って妻の実家に向かう主人公。それが今生の別れとなる。
『新月』。一種のホラーかイヤミスのようなテイストの短篇。主人公が出産間近の妻から聞いた捌いた鯛が骨だけで水槽を泳ぐ話が気になり、その技を持つ板前が働く旅館に足を運ぶ。主人公が家に帰って来ると妻が出産したばかりの女の赤ん坊と横になっていた。赤ん坊が産まれたという話を聞き付け、主人公と知り合いの動物の解剖が趣味という女の子がやって来ると意味ありげな表情を浮かべる。
『媒酌人』。不倫した男よりも相手の女性の方が遥かにしたたかに見える。不倫相手の女性秘書の結婚式の媒酌人を務めることになった男の心模様。
『或る夫婦の話』。したたかな友人の策略。年上の妻を持つ浮気性の男がバーのホステスと連れ込み宿に行き、女が眠っている隙に露わになった下半身の写真を撮り、隠し持っていた。その写真が妻に見付かると、友人に助けを求める。
『星の夜の会話』。なかなか人間の良さは測ることが出来ない。父親を亡くした主人公の女性が急に母親が再婚したいと言い出し、困惑しながら一人旅に出る。
『掌の記憶』。まさかのサスペンスに驚いた。小豆島で叔母が営むお遍路宿に珍しく若い青年が泊まりに来る。青年は盲人で一人で巡拝に来たようだ。叔母から言われ、主人公の女性は青年の手を握り、巡拝に同行する。
『雪の火祭り』。表題作の中篇。サスペンスの要素もあるが、余りストーリーには関係しない。父親の再婚相手の継母とうまく行かず、シャンソン歌手になる夢を目指し、家出して東京に出た女子高生。多くの人びとに助けられながら、シャンソン歌手を諦め、演歌歌手に成長する姿を描く。
定価1,210円
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ネタバレ4回脱獄した人の話。読者としての興味はその脱獄のすごさ。作者のテーマは矯正施設に勤務する人々の苦労や思いにスポットライトを当てることか。戦前、戦中の社会問題、特に食糧事情の描写がかなり細かい。食糧難でも囚人は食料が維持される矛盾。
脱獄のすごさは、針金で手錠を簡単に開けるとか、3メートルの壁を越えてしまうなどの小技と筋力が一つ、脅迫や懐柔、誘導で監視を甘くさせる謀略が一つ、少ない情報での(不完全なはずの)計画を実行しきる胆力、脱獄後に極寒の地で生き抜く生存力と意思(普通の脱走者は寒くて死ぬか戻る)。どれも規格外。施設や監視体制の強化ではどうしても防げないと考えた府中刑務所鈴江所長は、逆に普通に扱って逃亡意欲を消すという賭けに出て、成功した(逃げなくなった)。事実に基づくのだろうが、脱獄との攻防が緻密なだけに、鈴江の賭けが勘と経験と度胸のみに依るところがややがっかり。札幌の亀井所長の連携とかあってもよいような。。 -
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副題に初期短篇集とあるが、収録された作品は一九五〇年に書かれた作品もあれば一九八五年に書かれた作品もある。すべての短篇が同時代の家族を題材に書かれていて、そして、それらの家族は次々と崩壊していく。崩壊の誘因は、病と性。なんとも暗く、読んでいて陰鬱になる。特に、発掘短篇だという「日曜日」(pp77-89)の救いの無さはすごい。どんよりした気分になりながらも、とても読みやすい文章なので、するすると読めてしまう。それにしても荒んだ話を連続で読み続けるのはつらいなあ、と思っていたら、最後に収録された「雪」(pp245-267)の老夫婦の寄り添いあう姿にようやくほっとできた。