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Posted by ブクログ
自由律俳句の代表例として「咳をしても一人」があることしか知らないまま読んだ。太宰治もびっくり?の尾崎放哉の生き様もだが、何より作者には放哉と同じ病気の当事者として自分のこれまでの著作の中では「死への激しい恐れ、それによって生じる乱れた言動を私は十分に書くことはせず、筆を曲げ、綺麗ごとに済ませていたことを羞じた(作者あとがきより)」という強い意志があったことに想いを馳せながら一気に読みしてしまった。
尾崎放哉の残した書簡などの沢山の資料を研究された上での著作(伝記文学)であり、感銘を受けた。初発が講談社のPR雑誌「本」での連載ということにもびっくりした。
是非小豆島にも行ってみたい。
Posted by ブクログ
読んでいる時と読後と、様々な感情が湧き起こる作品だと思った。そもそも『海も暮れきる』は、尾崎放哉の句の一部だが数ある句の中からこの語をタイトルにした理由を読みながら探したがわからなかった。
何が放哉をここまで追い詰めたのか、なぜ酒に溺れるようになったのか。私は彼の激しい自尊心が自身を破滅に追いやったように読んだ。思うようにならない現実と芸術の狭間の苦しみが酒に溺れる結果ではないかと。そして放哉はとても気の小さい人間だとも思った。その感情の浮き沈みを吉村昭は見事に描いたと感動した。そして最後になってタイトルの意味がわかってきた。暮れきった海は真っ暗で底も見えない。底には死があってその恐怖にずっと怯えていたのではないか。そしてそれは吉村昭自身も同じ思いだったのではないか。寒くて冷たい海の底への恐怖を孤独に震える2人の男が見えた。
Posted by ブクログ
口語自由俳律で知られる尾崎放哉。その小豆島での最期の8カ月を描いた作品。享年41。
酒乱で酒を飲めば攻撃的になる。人の施しによってしか生きられない。どうしようもない人間だと思うのだが、「結核」を病み、家族から疎んじられ、長くは生きられないと悟ると、そうなるのかもしれない。もっと句を詠みたかっただろうし。
没後、放哉の師にあたる井泉水が「捨てて捨てきつて、かうした句境にはいつてきた」「大自然と同化していた」と表現したそうだ。俳人として名を残すには、この捨てきった8カ月が大切だったのかもしれない。
はるの山のうしろからけむりが出だした
春の訪れを誰よりも待っていた放哉だったのに。
吉村昭氏は、やはり島に渡って、徹底した取材をされたのだろう。8月の蝉の声、島では咲かない梅や桃の花のこと、島の季節が細部にまでわたって描かれている。
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尾崎放哉の俳句に関心を持つうちに、吉村昭が伝記的小説を書いていると知り、読んでみた。
あまり調べずに読んだので、てっきり人生が書かれているのだろうと思っていたら、死ぬまで過ごした小豆島での8か月間の記録であった。
「死に際文学」とでも呼ぼうか。そういえば、あまりそういうものを読んだことがなかった。「イワン・イリッチの死」とか、少し毛色が違うかもしれないが「ラーゲリから来た遺書」くらいだろうか。
アラフォーなので、そろそろ、こういうのを読んでいくのも必要なのかなと思った。
放哉は、アルコール依存症だったのかと思った。惜しい才能をなくした。亡くなったとき、わずか41歳であった。私より少し年上なだけだ…。
社会保障も十分ではない時代に、放哉のように当時は不治の病とされていた肺病を患っている人間は、どうやって生きていけばいいんだろうと思う。その結果が小豆島の庵主となるということか。
金の無心を続ける放哉に、途中まで「放哉最低だな」と思いながら読んでいた。しかし、金の無心をするにも、プライドがズタズタになっているようだし、やはり健康的な肉体をもつひとが羨ましかったのだと思うと、憐憫に似た感情と、もしかして明日は我が身?という思いも出てきた。ここは多分吉村昭の技量のおかげだと思う。
それにしても馨よ。ずっと離れて暮らしていたのに、そんなに泣けたのか。やはり情はあったのか。
放哉が亡くなってからの周囲の親族に対する反応には共感できた。実際、こんな人物が転がりこんできたら迷惑だろう。シゲさん、ホントにありがとう。と、まったく無関係の私が感謝の意を表したくなった。
尾崎放哉の句がどうやって生まれていったのか、吉村昭の想像で書かれているんだろうけど、追体験できて、とてもよかった。句集も読もうと思う。
パウル・クレーやゴッホなども同様だが、死に際が迫った人間の創作物が洗練されていく様はやはり興味深かった。
Posted by ブクログ
物語の半分(か、それ以上)は放哉のお酒の失敗エピソードなわけですが、“酒”というよりは“病”というものが、あるいは、“金が無い”ということがどれだけ人を卑屈にさせ、孤立させるものなのかと恐ろしくなった。
最初に放哉の心に巣食った病はなんだったのか。
物語が始まる頃には既に終わりが始まっていて、知る由もない。
妻にも見捨てられ、彼には小豆島の寂しい庵しか、行くアテがない。
徐々に衰えていく身体から削り出されたかのような言葉は、どれも骨のように白く軽い。
放哉の句を読むことは、彼の骨を拾うような行為だと思う。
圧巻は放哉絶命のシーン。
ワンカット長回しのような臨場感、緊張感。
これは吉村昭にしか書けない。
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