吉村昭のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
漁網に使う棕櫚の繊維が誰かに買い占められたことを書き出しに使うのがプロの技。いや、取材の賜物というべきか。
尋常ではない巨大戦艦を造るための苦悩や苦心を書く前半が本書の面白いところ。
だから、竣工した武蔵を海軍に引き渡した瞬間に部外者にとなって、呉工廠を後にする三菱造船所の面々というシーンまでがあれば本書は十分だと感じた。
まあ武蔵の生涯という意味では就役後、撃沈されるまで書かないと落ち着かないというのはわかるが。
そして、設計図を焼いてしまったN太郎の話はやっぱり考えさせられる。
選ばれて極秘任務に抜擢されたものの、最年少なので下働きしかさせてもらえず、その間に同期生は仕事を覚えていく。
それに焦って不祥事を作り出したが、意に反して大事件となり任務にあたった同僚たちは拷問を受けて再起できなくなった人もいるという。
このエピソードを書くからこそ吉村昭だと思う。 -
Posted by ブクログ
『ロシアの風土は、自分たちの体になじめず、生きる力を奪い取る。そのために出来るかぎりの努力をしてきた』
やはり、一つの山場は三度にわたる帰国願いだろうと思われた、それはこれまでロシアに漂流してきた日本人が誰一人として帰国できなかったという事実が、何よりも「大黒屋光太夫」らの心を重くさせながらも、温暖な伊勢育ちの彼らにしたら、ロシアの寒さは尋常でないことを悉く肌で痛感させられてと、まるで板挟みのような苦行を長いこと味わい続けた末の帰国不許可には、人間としての当然の権利を剥奪するものだと、激しい怒りに駆られるのも肯けるものがあった。
また、そんな状況が死に別れた仲間たちだけでなく、生き別れせざるを得ない仲間たちを生み出すきっかけでもあったことには言葉を失うものがあり、当時の彼らはそれくらいの切羽詰まった状況なのであったことを知るとともに、その選択を責めることなど、いったい誰ができようかと思われた、計り知れない悲しみは別れの場面によく表れており、その非情なまでに突き付けられた現実の容赦のなさには、とてもじゃないが見ていられなくて読むのが辛かった。
そうした様々な葛藤の末に訪れた奇跡的な展開には、改めて「キリロ・ラクスマン」の『諦めということを知らぬ不屈な強靱さ』が大きく貢献していることを実感させられて、その不屈さは光太夫以上に頼もしいものがあった、まさに命の恩人なのだと思う。
そして、上巻で書いたロシアが日本人を帰国させない理由が南進政策によるものなのではないかという懸念が、最後の展開に影響されていることには、その歴史的背景も含めてなるほどと納得できるものがあり、それは当時鎖国政策をしていた幕府が、本来であれば異国に行った者(海難事故によって流れ着いた場合も例外ではなかった)を国法を犯した罪人として扱うことを覆した証明ともなり、それが井上靖さんの『おろしや国酔夢譚』の終盤よりも良かったのではないかと思える展開に繋がっていながら、更に詳細な事柄が記載されていたのは、吉村昭さんが発掘した新たな歴史的事実が大きく影響していたのであった。
川西政明さんの解説によると、『おろしや国酔夢譚』は、蘭学者の「桂川甫周」が幕命によって聴取した公式記録『北槎聞略』に従って書かれたそうだが、それを知った吉村さんは、もう一人の方の陳述を引き出したものもあるに違いないと考え、それが実際に彼らの郷里に現存していることを突き止めたことで、本書のみに書かれた新たなエピソードが吉村さんの完全な創作ではないことを知ることによって、却って人間らしさが滲み出てくる、それは吉村さん自身の作風とも繋がっているような、人間なのだから様々な一面を持っていて当然なのだということや公的と私的の違いからも見えてくる、今当たり前に認識している歴史の出来事が変わる可能性など、いくらでも存在することに加えて、もし鎖国政策ではない時代に二人が生きていたらという感傷的な思いも芽生えたりしながら、それでも充分に時代の流れに抗い、内に仲間たちを連れて来ることができなかった責任感を抱えながら様々な困難にも屈せず、人生を全うした彼らには心からの賛辞を贈りたい。
というわけで、『おろしや国酔夢譚』の終盤の二人に複雑な思いを抱いた方には、是非とも読んでほしい、新たな歴史の発見によって書かれた本書は、大黒屋光太夫たちの漂流譚に於ける完全版といった印象であったが、いずれもそれぞれの作家性が垣間見えることから、両方読むことをお薦めしたいと思う。 -
Posted by ブクログ
樺戸集治監の歴史が非常に淡々と語られていく。客観的に淡々と進むのだが、登場人物に妙に熱気がある。このあたりの文章の上手さが吉村さんならではなのだろう。解説を読むまで、囚人がほぼ言葉を発していないことも頭から飛んでいた。
今の刑務所事情を知っていると、ここでおこなわれていることは人権侵害にほかならず、そりゃあ脱獄も反乱もおこるよな、という感じ。
戊辰戦争、日清日露戦争、天皇陛下崩御と恩赦などの外的要因が集治監に影響していく様は時代を感じさせられるとともに、監獄というのはそれ単体で動くものでは無いことを実感する。
北海道がこうして開拓されていったという、歴史の一部を学べた。