吉村昭のレビュー一覧
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非常に面白く、細部まで圧倒される力が注がれた作品だった。
根を込めて読んだ事もあり、長英の目線でoneショットカメラ的に彼の人間的なものを共有して行った想い。
当所は「インテリ特有の不遜傲岸」さが有れども、長い逃避行の裡に、下賤問わず(たいていは裕福な医師や商人だったが)人に触れて、温もりへの謝意に溢れて行った日々。それでも晩年では「世話になり続けたことへの卑屈な感情の高まり」は押し殺せず、拗ねた思いになったことも有ったろう。
驚のは毎度の事、筆者の考え・・どこまで資料が有ったのか!
例えば、捕縛のきっかけとなった男・・良く「身内に気をつけろ」というものの、アリ得る設定。
一番納得がいくの -
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S46執筆「めっちゃ医者伝」の書き直しとか。筆者が心血を注いできた医療モノの流れ、かつ天然痘3部作に入れる意気込みが伝わってくる。
時は幕末、福井藩。かの春嶽を藩主とする雄藩であり左内がいる‥民の暮らしは貧しく、考え方は固陋。筆者が得意とする「綿密な資料研鑽」と巧みな関係者からの語りだしから紡ぎ出した崇高な作品に仕上がっている。
最初に手を差し伸べてくれた京都の蘭方医鼎哉。江戸方に仕える藩医半井等の助けもあり途を突き進む。
クライマックスは京都からの福井行。11月末でこの状況・・当時の地球気候が驚くほど冷え込んでいると仰天。
栃ノ木峠を越えるところは凄まじい苦行。大人子ども合わせて12人が -
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重めなのを読みたかったので吉村さんを選んだけど中でもとびきりなのを引いてしまった気がする。重めというかもう重すぎて、これほんとに現実にあったことなのファンタジーを読んでたんだっけと訳がわからなくなるレベルだった。
命が一番軽く扱われていたのは戦国時代あたりなのかなとふんわり思っていたけど明治の時代までこんな観念だったんだと物凄い衝撃を受けた。移植開拓時代の北海道の出来事もまったく、本当に全然知らずにいた。日本史の授業でも触れられた覚えがまったくないけれどもあえて伏せられていたのかな。
こんなふうに開拓された土地だとは全然知らなかったです。勉強になった。
次々名前が上がってたくさんの人が出て -
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今から280年程前の江戸中期に刊行された「解体新書」に関わる人々の生涯と当時の社会情勢が記録映画ように綴られたお話し。
原本であるオランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を翻訳した前野良沢とそれを刊行した杉田玄白のその後の両極的な人生の明暗が読み進めていく内にコントラストを強め、読み手の心を捕らえていく。
個人が抱く矜持は人それぞれだが、前野良沢はそれに美しさを求め、杉田玄白は正しさを求めた。結果は歴史が証明したが、悔いのない人生であったのならば、それで良い。
「解体新書」は、西洋科学(医学)書の日本最初の翻訳書と言われている。
それまでは中国から伝わる文物が主流だったが、西洋科学の -
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ままならない男女の仲、ふとした瞬間に生じる感情の揺れ、静かに広がる心中の波紋を、繊細に秘めやかに切り取ったような短編集です。
吉村昭さんって骨太の歴史小説・記録文学のイメージが強かったのだけど、人間の感情の機微を、日常から瞬時に精巧に切り取る繊細な短編に、最近徐々に魅せられていっています。
収録作品は全9編。表題作の「帽子」は珠玉の作品だと思います。
癌に冒された妻を看病する夫。しかし、妻の死期は刻一刻と迫り、夫は妻のために帽子を買うが……
死にゆく妻が夫と交わした二つの約束。そのいじらしさがたまらなく切なく、そしてクライマックスの運転のシーンの美しくも哀しい描写がまた素晴らしい。
感情描 -
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ネタバレ
吉村昭作品に、どハマりした常連さんから
とても良かったと熱弁されたので、早速
太平洋戦争開戦直前
12月8日開戦を指令した
極秘命令書を積んだ旅客機「上海号」が行方不明になった
空路から、敵地である
中国に不時着した可能性が考えられる
絶対に、敵軍に漏れてはならない命令書を巡って、大本営に激震が走る
と、いう記録小説
昭和16年に入ってから
ドイツ、イタリアと三国同盟を結ぶ日本に対して
米英両国から、在外資産凍結令をはじめとして、重要物資の対日輸出禁止まで発展する
野村駐米大使による、日米交渉が始められるも、外交交渉は難航し
遂に、ハル国務長官から
「ハルノート」を提示 -
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吉村昭作品を読むのは、戦艦武蔵についで2作品目になる。
開戦に至るまでの様々な出来事が緻密かつ丹念な取材で書かれている記録文学の良書。
作戦の全容は少数の首脳部しか承知していなかったにも関わらず、ここまでの大規模な国家プロジェクトが徹底した企図秘匿の基にすすめられたことは只々驚いた。
択捉島単冠湾からハワイまで航行し大艦隊で奇襲攻撃するという一か八かの作戦を立てたこと自体、日本が追い込まれていたんだと思う。歴史にタラレバは無意味かもしれないが、奇襲戦法が成功したことは奇跡と言えるが、もし成功してなければ原爆の犠牲者も出なかったかもしれないと思うと複雑。いずれにせよ、戦争ほど悲惨なものはない。 -
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1923年9月1日に発生した関東大震災の発生~復興への動き出しまでを人々の体験談んを元に記したルポの様な作品。
大地震の怖さは揺れによる家屋の倒壊に伴う圧死や津波だけでなく、火災・人心・その後の疫病など広く存在する事を認識した。都市インフラ等現在と異なる点も多いが、歴史から震災の脅威を知る事ができる良書。
・震災での死者数は圧死ではなく、間もなく発生した火災によるものが最多という。
当時は木造建築中心、路面の狭さに加え家財を持ち出して避難する人が多く、家財により消防が行き届かず、また家財に火が燃え移り被害を拡大させた。
・震災の被害により電報・新聞その他通信手段が失われた中、人々の間では -
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土木工事と自然について 東海道本線の丹那トンネルという難工事についての、職員の努力と地域の苦悩。吉村昭氏お得意の歴史的事業について。
トンネルの難工事ぶりについて「高熱隧道」同様によく伝わる。それと同じ大問題が、地域の方々の渇水問題についてだ。工事によって渇水が引き起こされた地域であるが、当初は因果関係がわからないため、相手にされない。しかし明らかにそして異常に、水不足が進んでいく。
現在、リニアの工事が進み、それにおいても静岡県とJRの対立が進んでいる。余所者としてはどうしてこんなにこじれているのかと思うが、その背景にはこの難工事があり、県は同じ被害を発生させたくないのだろう。
自然を相手に