吉村昭のレビュー一覧
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シーボルトと長崎丸山の遊女お滝との間に生まれたイネの生涯を描いた幕末期の歴史小説。
上巻はシーボルトとお滝の馴初めから、イネが単身、学問を捨てきれず、シーボルトの弟子であった宇和島藩の医師二宮敬作を訪ねるところまで。
江戸時代の長崎、出島の様子、また、そこに過ごすオランダ人の生活、遊女との関係等が詳細に描かれ、史実を理解する上でも一読の価値あり。
シーボルトはヨーロッパに日本を広めた貢献者でもあるが、その原動力が飽くなき好奇心であることが読み解ける。
また、それはイネにも引き継がれ、親から女性は学問が却って邪魔になる旨を言われながらも、学問を続けることの意志の強さを持ち続ける。 -
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大本営。よく聞くようで、よく知らない言葉。調べると、天皇直属の最高機関のことで、陸軍や海軍もその下部組織になるとのこと。
昭和16年12月8日、日本はアメリカと開戦を決意する。その始まりの真珠湾奇襲のために、日本大本営は多くの極秘工作をすすめていた。
まだ戦争をしないことをアピールするために、開戦直前に豪華客船「竜田丸」をアメリカに向けて出発させたり、日本艦隊が未だ日本にあるようなニセ無線を流す。軍隊がタイ国を通過する許可を開戦日前日の23時に交渉する。真珠湾へ向かう艦隊が発見されないような航路の開拓。等々。それらの作戦は綿密で、12月8日に向けて必須な積み上げだ。でも、細部については運任せ、現場任せな部分が多い。しかも、個々の作戦はどれも成功するという前提。深刻な立案のようで、かなり楽観的。さらに、開戦という大目標が極秘なので、これら小作戦の目的や目標を全員にはっきりと示すことができない。現代のビジネス本なら意思統一のできていない最悪の組織だとバッサリ切り捨てるだろう。でも、これが世界戦争を直前に控えた日本大本営なのだ。
なんとなく、暗闇で般若心経を米粒に書いている職人をイメージする。吹けば飛ぶような米粒に必死の形相で情熱を込めていたニッポン。いかにも緻密な作業好きな日本人らしい。でも、悲しいかな世界戦争は芸術ではなく、物量が焦点なんだよな・・・。 -
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舞台は太平洋戦争中の日本。ある青年兵は些細な過ちをきっかけに、日本軍から脱走する。彼は長い逃亡生活を経て、庶民として現在にも生き続けた。そんな元青年兵のことを偶然に知った著者は、彼への取材を通してその過酷な生き様を小説スタイルで浮かび上がらせる。
青年兵の逃亡中、日本は敗戦を迎え、彼は家族と再会します。フィクションならば、まさに感動の名場面。が、著者はこのシーンに多くの枚数を費やさない。逃亡兵という非国民の家族。戦争中、そんな嘲りを受け続けた者たちにとって、いくら家族でも、その青年兵に許せない感情を持っても不思議じゃない。青年兵は再び、戦後のすさんだ世界へ一人で戻っていく。そこで、小説は完結。
そんな突然の幕引きに戦争の不条理さ、悲惨さを感じる。しかし、元青年兵は他人に初めて逃亡生活のことを語ったことで、気持ちに踏ん切りがついたのか、著者にこう語る。「よく眠れます。すべてをお話ししてから不思議なほど眠れるのです。」 -
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スリリングで緊張感のある展開、面白かった。日本の領土問題の原点。江戸後期、北方沿岸に頻繁に出没するロシア船の脅威が日に日に高まる中、ついに択捉島の集落が襲撃される。世界地図で唯一不明となっていた、樺太が中国東北地域の東契丹と陸続きかどうかを確かめる必要は国防上の最重要課題となった。百姓から立身した林蔵は、樺太の探検を命じられる。
間宮海峡を発見したとして、歴史の教科書で必ず名前が出る人物だが、当時の江戸日本が置かれていた外交上の背景は教えない。ただ、行って見てきただけのような教え方も手伝ってか、彼の業績は過小評価され過ぎの感を禁じ得ない。 -
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表題作の「海軍乙事件」をはじめ、「海軍甲事件」「八人の戦犯」「シンデモラッパヲ」の戦争記録小説4編を収録。
「海軍乙事件」は山本五十六の後、GF長官となった古賀峯一大将とその司令部が、アメリカ軍攻撃からの避難のため二式大艇2機に分乗して飛行中に嵐に遭い古賀らが殉職、参謀長福留中将らはゲリラの捕虜となった事件を指す。出だしは陸軍の独立大隊がセブ島へ派遣されるという意外な場面からはじまるが、乙事件の顛末とともに見事に収斂されていく。結果論的にいえば、当時の戦略で策定された「Z作戦」の書類をアメリカ軍に奪われたにもかかわらず、それはないと強弁する福留中将や日本海軍の無責任・間抜けぶりと、アメリカ軍のしたたかさが際立っている。救出作戦の場面はたんたんと再現しているにもかかわらず、ドラマ性のある緊迫感あふれる場面で、記録小説の真骨頂を感じました。
「海軍甲事件」は、GF長官であった山本五十六大将の戦死事件を指す。基地訪問を行う旨の暗号電文をアメリカ軍に解かれ、待ち伏せ攻撃により戦死してしまうのであるが、護衛戦闘機のパイロットの目線で、緊迫感のある顛末を描き出している。これも結果論的にいえば間抜けな話であるが、さらに暗号電文は解かれていないと思いこむ日本海軍の無能さぶりもよく再現している。
「八人の戦犯」は、敗戦直後の日本国が自らの手で戦犯を裁くという政治的思惑の中で抽出された八人と、その事件や裁判の様子を掘り起こした作品。結局、日本側による戦犯裁判は認められず、この八人は2重裁判を受けることになるが、歴史の冷たい事実を記録小説としてよく描き出している。
「シンデモラッパヲ」は、戦前の修身教科書に載せられた有名な「戦争美談」が、実は2人の人物の間で真贋騒動になっていたという話。日清戦争当時、「美談」を作りだす側の不手際により、それを受け入れる地元の悲喜こもごもが淡々とつづられていて面白かった。 -
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吉村昭氏の「史実を歩む」を読んで、この作品を読みたくなった。
明治24年、まだ、明治維新から24年しか経っていない日本に、当時、世界一の大国・ロシアから皇太子ニコライが日本に訪れた。
国賓でも最大級のもてなしをし、長崎、鹿児島、神戸、京都と訪れ、滋賀の大津で暴漢に襲われる。
その大津事件までと後の展開がみごとに綿密につづられている。
いつもながら、淡々とした書き口のようで、登場人物であるニコライ皇太子、天皇陛下、西郷ほかの大臣、児島大審院長官などの「人物像」がよく伝わってくる。
この事件の後に起こる、日露戦争、ロシア革命と、主人公の運命にも感慨深いものがある。 -
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上巻は逃亡生活を克明に描くところが中心で高野長英の当代への影響については余り触れられていなかったが、下巻に入り島津斉彬や伊達宗城から評価を受け、彼の兵学書の翻訳が当時の開明的指導者に多大な影響を与えていたことが記されている。
高野長英が幕末の思想的な中心人物であったことを今更ながら理解することができた。
また、本著では彼やそれを匿う多くの人々の人間味あふれる関係にも心を動かされる。単に長英の博学ゆえだけでなく、江戸時代にはあった功徳の精神からなのであろうか。
幕末維新からもっとも学ばなければならないことは、当時の人々の志の高さと、その志の高さを以ってのみ偉業を成し遂げることができる、ということである。
高野長英も逃亡する中で安全な場所に留まれば生き延びることができたのだが、世の中を正しい方向へ動かしたい、という強い志ゆえに自らを危険に晒し、自分の志を実現することを行動基軸とした。 -
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いやはやこれは力作でした。人間長英の逃亡劇。史実に忠実に、硬質なタッチで描く。
わたしも一緒に逃亡している気分になった。
彼を獄に投じた目付鳥居耀蔵が、彼の脱獄後失脚したことを知ったときの身もだえするような後悔。
「長英は、自分が早まったことを強く悔いた。わずか2ヶ月余の差が、運命を大きく狂わせたことを知った。」(p.268)
「悔いても悔いきれぬことであった。2ヶ月余牢にとどまってさえいれば追われる身にならずにすんだと思うと、胸の中が焼けただれる思いであった。」(p.269)
「過ぎ去ったことを悔いても仕方がない、と自分に言いきかせた。運命というものは人智でははかり知れぬもので、自分が負わされたかぎりそれを素直にうけとめ、新しい活路を見出すべきなのだ、と思った。」(p.270)
こんなふうに、とても人間らしい面が描かれる。
赤松氏の解説が的確で素晴らしい。「自身の語学力、医師としての技量、西洋事情に関する学識などに絶大な自負をもつ長英は、ややもすれば倣岸不遜な振る舞いがあったらしい。しかし脱獄後、追われる身の罪人をどこまでも救援してくれる人びとの親切に接して、謙虚に反省する姿や、……」」。
そう、これがまたとても人間らしいと思った。
長い長い逃亡劇の果てに、手に汗握るようなクライマックスが待っているという構成。
江戸に戻り、顔を焼いて町医者として生計を立てるも最後は捕らわれの身に。十手で半殺し状態にされ、護送される途中で息絶える……。
じつに、時代に早すぎた者の悲運…日本には、鎖国を批判してこんな目にあった人がいた。胸を打たれる。 -
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ネタバレいやあ。面白かった。
思えば初めて,江戸以前の歴史ものを読んだかも。
種子島に流された罪人たちが島抜けを試みる「島抜け」,大飢饉の中で妻を失うまでを書いた「欠けた椀」,日本の解剖学のおこりについて書かれた「梅の刺青」。表題作「島抜け」は中篇程度で,あとの二つは短編です。
いずれもとても興味深く,面白い物語でした。
「島抜け」では,日本の懲罰制度について知ることができました。島流しとはよく聞きましたが,主人公瑞龍が島流しに遭った種子島のある村では,比較的自由が許されてただ「穏やかに暮らす」ことが望まれていたというのが意外でした。でも,妻子とも会えず,ただ静かに老いを迎えるというのは,確かに生きているとは言えないのかもしれないな,とも。
死刑も過酷な懲罰ではありますが,島流しは本当にただ息をして働き食べ物をたべ排泄して寝るという日々を繰り返して死を迎える・・・過酷な懲罰だなと思います。
しかも瑞龍は,本来ならば罰金や厳重注意のような,軽い罪で済んだはずが,時世のために島流しになったと言う・・・。なんというか時代の流れに巻き込まれて気の毒だなと。
江戸時代のことはあまり詳しくないのですが,結構取り締まり制度なんかしっかりしていたのだなと感心しました。情報伝達手段が限られており,今のように指名手配のビラを配ることも,警察同士が一瞬で情報を伝えることもできない時代なのに,瑞龍たち破獄者を捕まえてしまうので・・・。
結構,最初は瑞龍に対して同情的で,気の毒だなあと思いながら読んでいたのですが,最後に掴まって斬首されるときは,十分島抜けして大変な生活を送ったので,もう諦めるしかないと思いました。
「欠けた椀」は飢饉の話で,飽食の時代に生まれた私としては,俄には信じ難い内容・・・。この当時生きていた人間誰しもが,飢饉の度にこういう苦しみを味わわなければいけないというのが信じられません。
そんな中で,誰かが無くなれば「口減らし」となり喜んだり,嫁が実家に負い戻されたり,人食が引き起こされたり・・・
この物語時代はフィクションだそうですが,実際にこういう事があったと思います。
今だったら,たとえ国内で米が不作だとしても,海外から米を輸入したり,米に変わる食べ物はいくらでもあり死に至るほどではありません。と言うか,ハウスで管理されていたり,品種改良で強いお米が作られていたりするので,まず米をまったく口に出来ないという状況が殆んどないでしょうね。
餓死・・・・。現代でたまに餓死事件が起こったりすると,現代に餓死が!と驚いてしまいます。しかし大体それは独居老人だったり,なんらかの事情で働けない人だったり,虐待を受けている子どもだったりと,特別な事情の人のことが多いですが。
この時代は誰しもが餓死する危険性を孕んでいたと思うと・・・うーん,現代は本当に豊かになったなあと。
最後の「梅の刺青」は,解剖の起源のようなことが書かれています。私がこの中で驚いたのが,遊女は死ぬと投込寺の穴に遺棄されるということ・・・・。
やっぱり日本人としては,死んだ後,自分の意識はないとはいえ遺体が放置されたり,動物に食い荒らされたりしたくないという気持ちを持ってますよねー。
こちらは淡々と解剖の歴史が書いてあり,小説というより記録文学といった感じです。誰かが中心となってストーリーを動かすわけではないんですが,吉村昭さんの独特の語り口調で,惹きこまれます。
吉村さんの初期作品の少女架刑とか透明標本とか思い出しました。
それにしても吉村さんの小説は綿密な調査をして書かれているので,安心して読めますねー。面白かった。
江戸以前の歴史ものは興味なかったのですが,これを読んで興味を持ちました。