吉村昭のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
1891年来日したロシアの皇太子ニコライを、巡査の津田がサーベルで頭を切りつけた大津事件。事件より前のニコライの日本での過ごし方や、事件後の政府高官たちが、津田を死刑にしようと暗躍する様を描くドキュメント小説。
とっても面白かった。
ニコライが来る時に流れたデマが、実は西郷隆盛が生きていて西郷がやって来るのだというのが面白い。ロシアで西郷を見かけたという噂が流れたそうだ。西郷に帰ってきてもらっては困るので、ニコライ(=西郷?)をやっつけなくてはならないと考える輩がいるので、警戒が厳重になったとか。
ニコライは日本滞在を大いに楽しんだそうでその辺も面白い。
最大の読みどころは、松方首相や大臣の西郷従道たちが、津田を死刑にしようとするところ。ニコライは死ななかった(国に帰ると殺されちゃうけどね)ので、謀殺未遂にしかならない。その場合最高で終身刑。それだとロシアに怒られそう(世界最大の陸軍大国だし)なので、死刑にするために、刑法116条の天皇や皇太子に対する場合を適用しようとした。しかし、大審院長児島は日本の皇室にしか当てはまらないとして、政府と闘う。
結果は歴史の教科書に書いてあるけれど、それをただ読むだけと、前後のエピソードを色々読むのでは、だいぶ違うわだなと改めて思った。 -
Posted by ブクログ
明治維新直後の日本。不平士族の反乱や政府部内での対立などで刑務所に収監される囚人が急増。その需要に応えるため、政府は新たな収監所として、北海道に目を向ける。厳寒の地での収監は刑罰としては適しているし、北海道開拓の労働者としても期待できる。囚人の人権なんて考える必要のない時代、政府は容赦なく囚人を北海道へ送り込む。
囚人たちは番号のついた赤い服を着せられ、移送される。たどり着いた北海道で待ち受けるのは防寒対策が不十分な獄舎と粗末な食料、過酷な労働。使い捨ての開拓員としてこき使われた囚人のほとんどは凍傷に悩まされ、亡くなる者、脱獄する者が後を絶たない。
第2次大戦後のソ連によるシベリア抑留に似たようなことが、被害者側の日本ですでに行われていたことに歴史の皮肉を感じる。そして、こうした犠牲によって北海道が開拓されたことは知っておくべきだ。
名もなき囚人たちの壮絶な苦悩が歴史文学作家、吉村昭の丹念な取材力と淡々と事実を記す表現でより強調される。ただ、あまりに読者の気が滅入る事実ばかりを並べすぎた反動なのか、後半から脱獄犯列伝みたいになってしまうことに、すごい違和感がある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「凄まじい」の一言。江戸中期に紀州から江戸を目指した商船が暴風雨に巻き込まれ、アリューシャン列島まで漂流した後、ロシア人に助けられる。その後、帰国の願いを訴え続けるが、鎖国下の日本との交渉役に仕立てたいロシアとしてはなかなか許さない。時の女王エカテリナの許しを得てようやく帰国したのは、紀州を出発してから10年の歳月が経ち、17名の船員のうち、帰国できたのは3名だった。航海技術も海図も不十分、海外に出るなんて夢にも思わない、言語も慣習も何も情報がない、栄養状態も医療技術も現代とは全く異なる状況で、10年間も帰国の望みを持ち続け、ロシア人と日本人の双方から賞賛される態度をとり続けた主人公に大きな感銘を受ける作品。
-
Posted by ブクログ
殺人を犯し無期刑をいい渡された元高校教師が、服役成績が優秀であるとして仮釈放されるものの社会に溶け込めず、戸惑いと苦しみを抱えながら生きていく姿を描く。この小説はネタバレ厳禁だと思うので詳しく書きませんが、最後の数ページは驚くような苦い展開でした。小さなメダカの命を大事にする男が、どうしてこんなことになってしまうのだろうか。
小説家というものは想像力が豊かで、なかには頭の中だけで組み立てたことを自由に書いていける人がいるのかもしれません。しかし、想像力だけで書かれた小説はどうしても薄っぺらなものになるような気がします。それに比べて吉村昭の作品は、どれもどっしりとしていて堅牢です。この小説も、淡々と書かれているようでいて実に密度が高く重いです。それは、この作品がフィクションであるとはいえ、取材を通じて得た事実によるしっかりとした裏づけがあるからでしょう。
吉村昭はまるで自らの経験を記すように、細部にこだわってとてもリアルな描写をしていきます。殺人を犯すときに目の前が朱色に染まるといった描写、独房にまぎれこんだ蠅と囚人との気持ちのやりとり、保護司はどのように犯罪者と接するのか、仮釈放の身にある者が周囲の人たちに対して抱く気持ちなど、どうして作者は犯罪者のことがこんなにもよく分かるのだろうかと驚かされます。まるで物語の中に取り込まれてしまうような、文字によるヴァーチャル・リアリティを体験させてもらいました。 -
Posted by ブクログ
一編がわずか8ページほど。10分で読める短いお話ばかり。どれもたいへん興味深く、強く胸に迫り、何とも言えない、しみじみとした気持ちが残る。
明治時代の大津事件の犯人の子孫を取材したときの、こぼれ話。とても興味深く読み、さいごは涙がこぼれた。
作家の葬式にあらわれる香典泥棒ばあさんの話。ちょっとホッとする。
著者の遠い親戚を襲った過去の悲劇。哀れでしみじみ。
下町の近所のひとびとの思い出。
犬と人間の絆。生命の重さ。
妻子を捨てて年上の女に走った、作家志望の男の末路。
などなど、多種多様な人びとの、生々しい人生模様にお腹いっぱい、胸もいっぱいになった。
フィクションの体裁だけれど、実際にあったことをもとにしているのは著者の長編と同じと思われます。短かくても切れ味バツグン、胸を殴られるよう。短いからこそ、書かれてないことを想像してしまい、余韻が深まるのかも。
吉村昭は、短編も、凄い。
-
Posted by ブクログ
明治以降の北海道開発は囚人が担った歴史の事実を記録する
明治14年月形に樺戸集治監を作り、北海道開拓の労役に囚人を利用 コストのかからない労働力確保と、北海道開拓の早期実現
当初の農業開墾から始まり、基幹道路の開削、石炭・硫黄の鉱物資源を掘出しなど、人間扱いされない労働力として消耗
囚人の絶望と多数の死、そして脱走・恩赦などのドラマが織りなされた
国家が危機に有るとき、国家権力がどれだけ暴力的になるのか、吉村昭氏は丁寧に描いている
一人一人の囚人のドラマで有るとともに、明治の時代における国家存亡の危機という歴史も見事に描いている
司馬遼太郎氏の坂の上の雲とは異なる影の部分にスポットを当てており、意義深い
一点、囚人を活用したビジネスで得られた利益は誰がどの程度享受したのだろうか
歴史の本質の一つはマネーである -
Posted by ブクログ
往来堂書店「D坂文庫 2017夏」からの一冊。
吉村昭の作品はこれまでに何冊か読んでいたけれど、短編小説は初めて。しかも、これは昭和33年から42年にかけて書かれた作品を集めた、実質的なデビュー作ということらしい。
その筆致は、後に書かれる社会派作品群と同様、緊張感にあふれて鋭い。しかし、本書はそう評するだけでは不十分だろう。何しろ、収められた6編はいずれも生と死をテーマに書かれていて、鋭さに重さが加わっているからだ。
表題作の「星への旅」は、そのメルヘンっぽいタイトルとは裏腹に、日常の倦怠感と無力感から集団自殺を企てる若者の話であるし、「鉄橋」ではボクサーが列車に轢かれて不可解な死を遂げる。「少女架刑」では遺体となった少女が語り手で、その連作とも思える「透明標本」では、死体標本作成に取り憑かれた男の情念が重い。
冒頭で、生と死がテーマと書いたけれど、本書を読み終えてみると、生と死というのは実は紙一重の違いしかなく、死はいつでも生の隣にいて口を開けて待っているのではないか、などという妄想じみた思いにかられる。後の作品では、様々な死を描くことになるわけだが、著者はデビューした頃から既に死に対するスタンスを明確に持っていたのかもしれない。読むのに体力が要るこの短編集を読んだ今、あらためて著者の作品を読み直してみると、違う読み方ができそうに思える。 -
Posted by ブクログ
・小村は部屋の重苦しい空気も気にならぬらしく、平然としていた。ルーズベルトの質問にも適切な言葉で答え、表情になんの感情も現れていない。随員の竹下中佐は、その折の小村の態度について、「露国一行ハ大ニ畏敬ノ念ヲ生ジタル如ク見ヘタリ」と日記に記し、ロシア側の主席随員コロストヴェッツもその日誌に、「日本側の態度は謙虚で、分別と節度があり、立派であった」と述べている
・(講和条約妥結後)コロストヴェッツの日誌には「日本側は、何も特別なことが起こったわけではないように、泰然自若としていた」と、その折の小村らの印象が記され、本会議ははじまってからも、ウイッテが興奮を抑えきれぬように紙をしきりにちぎっている前で、「日本側は誰も彼も表情一つ変えず、何を考えているのか全く分からなかった」とつづられている -
Posted by ブクログ
世の中と隔絶した名も無き漁村を舞台に描かれる、江戸時代の極貧生活。わずか17戸の小さな貧村では、夜の岬で塩焼きという風習が行われていた。しかしその本当の目的は、遭難した船をおびき寄せ座礁させるためものであった。
口減らし、年季奉公という名の身売り、死を意味する山追いなど、一般庶民がまともに食えない時代である。遭難船は「お舟様」と呼ばれ、村にとって恵みをもたらす一大慶事であった。前年に、大量のコメを積んだ「お舟様」によって潤った村が、2年連続で新たな「お舟様」を迎えた。しかし、船には積荷はなく、20数名の乗船者は皆一様に、謎の赤い布を身に付けて死に絶えていた。村長はその着衣を村民に分配する。しかし「お舟様」は村に絶望的な厄いをもたらす事となる。 -
Posted by ブクログ
現実の事件・事象をめぐる事実をふまえ,文学的に
構成した作品を記録文学という。吉村昭はその代表的
書き手。記録文学を因数分解すると、ノンフィクション・ルポルタージュ・実録・裏話…になるかな。
僕の中では吉村作品は「プロジェクト小説」である。
「羆嵐」は巨大羆との壮絶な格闘記、
「漂流」は無人島に流れ着いた男の生還記、
「破獄」は11年間に4度も企図した脱獄記、
「零式戦闘機」は設計者・技師・操縦者の哀歓の記録。
善悪・良否という二元論では片付けられない目的を
果たすために狂おしいほどの熱情と知恵を注ぎ
プロジェクトを完遂させる様を丹念に描く。
さて本書。戦略的都合上、徹底した機密保持の下、
当時日本最大の造船設備を誇っていた三菱重工長崎
造船所が4年の歳月をかけて建造した「戦艦武蔵」。
まさしく世界一の攻撃力に加え、最強の防御力を誇る
不沈戦艦。その建造過程を全ページの内、200ページ
余りを費やし仔細に記述。
残りのページは、武蔵が参戦時には日本の戦況を
覆すのは厳しく、不沈戦艦武蔵の使い道は遮二無二に
突撃し、肉弾特攻戦に向かうという捨て鉢状態。
米軍機による波状攻撃を受け、持ち得た能力を発揮する
ことなくレイテ沖で爆発四散し深海に沈む。
乗組員2,400名の内1,000名以上が戦死。
動機と結果の不一致という無様な終焉を迎える。
戦局の趨勢を握るのは戦艦ではなく航空機に移っている
ことを軍部は知りつつ、なぜ建造に至ったのか?
著者は抒情性を一切排した筆致で遺漏なく製造過程を
丹念に描くことで、軍部の無計画さと戦略の無さを
浮き彫りにしていく。
世界一の戦艦を持つことの意義・意図が不明確であり、
非論理の上に建造が決定される。そこに屹立するのは
不沈艦を持ちさえすれば日本の国土は十二分に守護
できるのだという「神話」のみ。
山本七平の「空気の研究」にある「思考停止」状態が
壮大な愚行を生んだのか?
武蔵と大和。一卵性双生児の様な「巨艦不沈戦艦」。
いずれも重油の確保もままならず、護衛航空機をつける
ことができない状況下に出撃し、壮絶な最期を迎えた。
思考停止・非論理・神話の屹立…。
70有余年前、目を背けたくなる壮大な愚行を日本民族
がしでかしたことを教示してくれる貴重な記録。