吉村昭のレビュー一覧

  • 星への旅
    往来堂書店「D坂文庫 2017夏」からの一冊。
    吉村昭の作品はこれまでに何冊か読んでいたけれど、短編小説は初めて。しかも、これは昭和33年から42年にかけて書かれた作品を集めた、実質的なデビュー作ということらしい。
    その筆致は、後に書かれる社会派作品群と同様、緊張感にあふれて鋭い。しかし、本書はそう...続きを読む
  • 戦艦武蔵
    戦艦武蔵がフィリピン沖で見つかったというニュースを受けて、長らく積ん読棚に鎮座していた吉村昭『戦艦武蔵』を手に取った。
    この類のニュースが流れたり、あるいは戦艦大和のように映画化されたりすると、当時の乗組員やその遺族にスポットが当たるが、それだけではないということを本書は教えてくれる。本編270ペー...続きを読む
  • ポーツマスの旗
    ・小村は部屋の重苦しい空気も気にならぬらしく、平然としていた。ルーズベルトの質問にも適切な言葉で答え、表情になんの感情も現れていない。随員の竹下中佐は、その折の小村の態度について、「露国一行ハ大ニ畏敬ノ念ヲ生ジタル如ク見ヘタリ」と日記に記し、ロシア側の主席随員コロストヴェッツもその日誌に、「日本側の...続きを読む
  • 新装版 赤い人
    明治十四年から大正八年まで開拓のために囚人が次々と北海道へ送られた。
    北の最果て。
    無報酬。
    過酷な労働。
    猛威を振るう自然。
    人体実験紛いの行為。
    人権なんてない。
    時代のなせる業。
    三十八年で死亡者、延べ千四十六人。
    この囚人たちの上に北海道がある。
  • 関東大震災
    阿鼻叫喚のカタストロフや各種の事件騒動よりも、震災後の公的機関による処理及び復興への取り組みがとても興味深かった。この部分にもっと紙幅を割いてくれたら良かったのに。また大森房吉と今村明恒という二人の地震学者の言動も面白い。
  • 破船
    世の中と隔絶した名も無き漁村を舞台に描かれる、江戸時代の極貧生活。わずか17戸の小さな貧村では、夜の岬で塩焼きという風習が行われていた。しかしその本当の目的は、遭難した船をおびき寄せ座礁させるためものであった。
    口減らし、年季奉公という名の身売り、死を意味する山追いなど、一般庶民がまともに食えない時...続きを読む
  • 虹の翼
    明治時代から日清・日露戦争の中、飛行〝器″を発明した天才 二宮忠八の苦難に満ちた人生の記録。そして、航空史も学べる。絶対に傑作です。

    名作「漂流」の心理描写、代表作「戦艦武蔵」の歴史記録小説の間をとったバランスが絶妙。

    貧乏ながら、企業家・ビジネスマンとしても一流で、画期的な発明家である、このよ...続きを読む
  • 魚影の群れ
    「海の鼠」「蝸牛」「鵜」「魚影の群れ」の4篇の短篇集。

    実話に基づくらしい。
    筆者の綿密な取材により、ありありとその世界が伝わる。

    中でも、大量発生する鼠に苦慮する島の顛末を描いた「海の鼠」。自然現象にいかに人は無力か。島民の悲哀。そして、「鼠駆除」がもたらしたもの…。氏の筆致が秀逸。
  • 冬の鷹
    『解体新書』といえば、杉田玄白。
    しかし、前野良沢という名前を聞いたことがある人は、少ないのではないか。
    自分もその1人だった。
    陽の杉田玄白と陰の前野良沢。
    このふたりがいたからこそ、『解体新書』が生まれた。
    それならば、何故、前野良沢は『解体新書』に名を残さなかったのか。
    頑固で潔癖なる性格ゆえ...続きを読む
  • 星への旅
    「鉄橋」「少女架刑」「透明標本」「石の微笑」「星への旅」「白い道」の六篇。
    吉村昭氏の初期作品。「死」が色濃く表れている。
    表題作「星への旅」。名状しがたい読後感。

    個人的には、「少女架刑」「透明標本」が印象的。ある意味。対のようになっている。
    「少女架刑」は、吉村昭氏には珍しい、「私」という一人...続きを読む
  • 仮釈放
    己の犯した罪に悔いは無いと思っている男。
    その男が、仮釈放で世に出てきたらどうなるのか。
    暖かい目で迎えられながらも、心の底では冷めた己がいる。
    男は、何を悔い、どう改悛すればいいのか分からないまま時だけが過ぎていく。
    己の犯した罪の大きさと己の心情の狭間で揺れ動くさまを吉村昭の大胆で繊細な筆致で重...続きを読む
  • 新装版 赤い人
    北海道開拓史の暗部。
    囚人による苛酷な強制労働の上に成り立つ。北海道開拓の一端を囚人達が担っていた。しかし、囚人達は国益のために使い捨ての労力として扱われていた。
    樺戸集治監の盛衰物語とも言える。
    ほんの少し昔の日本の暗部であり、史実でもある。
    それを多くの資料から掘り起こし、淡々とした筆致で描きる...続きを読む
  • 海の史劇
    日本海海戦を描いた吉村昭の記録文学の傑作。

    日本海海戦と言えば司馬遼太郎の傑作小説「坂の上の雲」のクライマックスシーンとして有名である。
    私も手に汗握りながらあのシーンを読んだものである。
    それ以来日本海海戦には関心を抱いていたが、他にも同じテーマを扱った作品で良いものがあると聞いて本書にたどり着...続きを読む
  • 新装版 間宮林蔵
    間宮林蔵といえば、江戸時代、樺太を調査し、世界で初めて樺太が島であることを発見。その功績で「間宮海峡」という地名を後世に残した。というのが、教科書的説明。本小説でも、林蔵の樺太探検は詳細に描かれ、当時の乏しい装備で死を覚悟して赴く林蔵の覚悟が伝わってくる。

    しかし、間宮林蔵がアドベンチャーというの...続きを読む
  • 雪の花
    江戸時代末期から明治にかけて福井で天然痘と戦った町医の話。

    現代の人間である私には想像できな事だが、天然痘の惨禍は凄まじいものであったらしい。
    感染した人間の1/3は死に、生き残った者にも生涯消えない痘痕を残す恐ろしい病で、種痘が広まるまでは対処方法がなかったという。

    西洋では広まりつつあり効果...続きを読む
  • 逃亡
    人間の弱さ、そして、作中ずっと続く、主人公が体験する恐怖と緊張感を、自分も味わう。

    太平洋戦争末期、主人公が犯したある犯罪が引き金となり…。

    一気に読んだ。

    終戦前後の空気感も背景として描かれている。
  • 冷い夏、熱い夏
    作者と弟の熱い結びつきに心の底から熱いものが込み上げてきた。
    徐々に弟の体を蝕んでいく癌細胞。
    実際に体験した作者でないと描けない緊迫感。
    吉村昭は、弟の死をどう見つめたのか。
    魂を揺さぶられる傑作。
  • 敵討

    作品自体に不服はないが

    ふりがなが少ないので、なんて読むのかわからない人名がいっぱい出てきた。
  • 羆嵐

    開拓地での惨劇

    入植間もない集落が、文字通り羆の餌食になった事件を扱っている。
    厳しい気候のもと農作物を育て、農閑期には出稼ぎをする。貧しさに耐えながら必死に生きようとする人々。
    集落の人達はもちろん、隣接集落の人達も羆のことを詳しく知らない。
    これは意外なことだった。


  • 零式戦闘機
    吉村昭が書いた歴史文学の傑作の一つ。

    ゼロ戦(零式戦闘機)の誕生からその最後までを綴ることにより、太平洋戦争を描き出した傑作小説。
    恥ずかしい話だが、戦争末期のゼロ戦が無残に米軍の戦闘機や対空砲火に撃ち落とされていくイメージが強く、ゼロ戦もまた世界の水準に到達しえない兵器であり、そんな兵器で戦わさ...続きを読む