吉村昭のレビュー一覧
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リアルとは実に厳しいものである。
フィクションであればこうした展開には、けしてならないだろうという流れになった。
徹底的資料に基づいて史実に忠実に書いていこうとする吉村昭氏のスタイルがふんだんなく発揮されている作品である。
主人公の二宮忠八は、こうした小説には珍しいほどの非の打ち所のない性格である。
しかしそれは、あまりにダメな兄によって築かれたところも大きい。
ネタバレにならないように注意しながら書くが、どんなに優れた才能と情熱があったとしても、それが簡単に理解されるわけではなく、国として持つ時代背景が制限された場合、その実現は難しいというおよそ小説にはないパターンの展開となった。
もっと飛 -
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吉村昭の小説は軒並み好きで、『羆嵐』をはじめとして何冊か読んできた。
この小説の内容は知らず、黒部の発電所という最低限の前情報から、戦後の黒部ダムを描いたプロジェクトX的な小説なんだろうなと思っていた。ところがどっこい、読み進めるととんでもない小説であることが明らかとなり、度肝を抜かれた。あらゆる意味で現代の常識が通用しない、凄絶極まる物語だった。
まず、その過酷な環境。岩盤の温度が165度、体は腰の辺りまで45度の湯に浸かるというとんでもない状況で岩盤の掘削等の業務を行う……とのこと。平均月収の10倍と言われる給与を貰ってなお割に合わないような、意味不明な労働環境だ。
次に、それ -
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リアルが描かれている本である。
漂流ものの本や漫画は多いが大抵がフィクションであり、そう都合よく行かないだろうというような設定ばかりが見られるとテンションが下がる。
家族ロビンソン漂流記『ふしぎな島のフローネ』は、子供向けの有名なアニメだが、大人の目線で見ると「そんなわけないだろう~」ということばかりの連続である。
『ロビンソンクルーソー』にしても同じである。 都合の良い想像力でしかない。
しかしこの書は違う。
作者が徹底的な資料をもとに描くだけのことはあり、そのリアルさが極めて素晴らしい。
漂流とは本来このようなものだ。
小説や映画であれば「こうなったらこうであろう」というような前振りのよう -
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白子廻船の船頭頭職を世襲する大黒屋の婿養子となった光太夫は沖船職の役目を引き受け、その航海の途中に見舞われた暴風雨によって、遭難してしまう。絶望的なサバイバルの中、ほとんど奇跡のような形でロシアへと漂着することになった光太夫たちだったが、極寒のロシアを彷徨う中でひとり、またひとりと倒れていき……。
ということで本作の主人公は、ロシア使節のラクスマンによってロシアから日本に送還されてきた船頭大黒屋光太夫の数奇な人生を描いた一冊です。抑制された文章の隙間から立ち上がってくる漂着劇の壮絶さと絶望的な状況にあっても決して日本へ帰りたい、という思いを捨てなかった光太夫の強い意志が魅力的でした。 -
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ネタバレ黒部峡谷のダムや落水発電のためのトンネル(隧道)の完成までの事実に基づいたフィクション本。フィクションといえど、緊迫感や焦燥感などは事実同様なんじゃないかと思うような手に汗握る文章だった。
最高165度にも達する環境での採掘。その中で人間やダイナマイトを冷やすための水が瞬く間に蒸気に変わってゆく。全く知られていなかった泡雪崩(ほうなだれ)での宿舎消滅や、20mのブナの木が頭から何百本も突き刺さった宿舎。完成までの3年でのべ300名を超える死者。
掘削の話だけなのかと思っていたが、監督側(技術者)と労働側(人夫)との関係性にも深く触れていて、読み応えのある本だった。 -
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初めてオランダ書を目にして以来、オランダ語に強い関心を抱いた前野良沢は大通詞の西善三郎が江戸に来ていることを知り、会いに行くが、オランダ語の習得は難しく時間の無駄でしかない、と伝えられる。その後、青木昆陽に師事した良沢だったが、大通詞の吉雄幸左衛門からもオランダ語を理解することが厳しい旨を伝えられて消沈する。江戸でオランダ語を学ぶことに限界を感じた良沢は長崎でオランダ語を学ぶことになり……。
ということで本書は、オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』の翻訳という一大プロジェクトに共に挑みながらも、性格の違い、考え方の違いが対照的であったために、名声を得ていく杉田玄白と得られるはずだった -
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大規模工事について、ふと興味を持ち手に取る。
200ページ程の内容で、割とすぐに読み終わる。
戦前の黒部第三発電所工事にまつわる灼熱の掘削作業についての物語。
100度を上回る熱を発する岩壁の中、黙々と掘削が進められ、坑夫が犠牲になっていく。
物語は彼らを指導する技師の目線で描かれていた。
作業日誌のように、作業の進捗と起きた出来事を中心に語られていく。
人の手が加わることを拒むような黒部峡谷の自然が、数多の試練を課してくる。
起きている出来事が現代の基準とは大きく異なる。
社会にとっての人命の軽さ、家族にとっては現代と同じく重い家族の命、太平洋戦争直前の緊迫感、行政組織の歪さ。それが説得 -
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多くの人がレビューしている通り、13年間岩山の無人島で過ごし続けた長平という男性の物語である。自分が思ったこととしては、人間は規則正しい生活だったり、太陽を浴びて生活することや体を動かしておくことというのは生存において非常に重要だということです。体調崩す人たちの大半は生きることに希望を失ったりとか、生活に対してやる気を見出せなかったりとか、無理にでも体を動かそうという気持ちが沸き起こらない人たちからだったので、そこはすごく興味深く読ませてもらいました。あとは何度も何度も失敗して、最終的にそこに行き着くのかということと、生還するまでの過程が本当にすごいなと純粋に思いました。吉村昭さんの詳細な記録
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大正4年12月に北海道天塩山麓の開拓村で発生した羆襲撃事件の実録小説。昭和52年に出版された。
2日に亘り2家族が襲われ、7名の死者、3名の負傷者を出した惨劇。
作者らしく、実直な筆致で事実を淡々と記しているのが、事態の凄惨さ、人間たちの愚かさ、傲慢さを余計に浮き彫りにしている。
会話文は必要最小限で最近の小説に比べると極端に少ないが、現場の寒くて暗い冬の光景や、人々の重苦しい、半ば諦めに近い暗い雰囲気を描写するのに相応しい。
犠牲になった入植者たちからすれば、村落は家族の生活を成り立たせるために必死で開拓し、維持してきた財産だったが、羆にとっては自らの縄張りの中の餌狩り場に過ぎない。