吉村昭のレビュー一覧
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面白かったー。読後、まずはどれだけが事実かが非常に気にになったが、どうもかなりが史実に基づいていると知り尚更に読んで良かったと思った。
あの時代に、言葉が一言も通じない外国に流れ着き、長い年月を過ごさなくてはいけないというのはどれだけの事だったか想像を絶する。仲間が一人ずつ亡くなっていったり、絶望していったりするのも胸が締め付けられた。
そして、過酷な状況においては賢くないと生き残れない、という事も改めて気づく。
光太夫に諦めてほしくない、と強く思いながら読み進め、一緒に悲しみ、苦しみ、焦れて、歓喜する。とても良い読書ができた。いつの時代も、異国の人であっても心を通じ合える人はいる、とい -
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吉村昭『花火 吉村昭後期短篇集』中公文庫。
吉村昭が昭和後期から平成18年に没するまでの後期に発表した作品群より遺作『死顔』を含む16篇を収録した短編集。いずれも身近にある『死』を感じさせる短編ばかり。自らの死期を悟り、描いたのだろうか。
『船長泣く』。三崎から出港した太平洋を漂流するマグロ漁船の中で、飢餓と渇きの狭間に繰り広げられる船長と船員の葛藤を描いた秀作。史実に基づいた記録文学なのだろう。
『雲母の柵』。監察医務院に勤める新米検査員を主人公にしたサスペンスフルな香りのする短編。日々変死体と向き合う中、同期の3人の中の女性検査員が突如辞職する。彼女に僅かばかりの好意を抱いていた主人 -
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著者初の随筆集『二つの精神的季節』を改題したもの。日清日露戦争を経験した人々にとって、戦争の終りとは勝利を意味していた。
だから先の大戦時、銃後の国内は連日長く続くお祭りのような日々だったという。
それが敗戦によって転換する。
何より変わったのは、人の意識だった。それまで戦争をきらびやかな光として考えられていたのが、敗戦の日から罪悪となった。
終戦の日を境にしてまったく異なった二つの精神的季節を生きた著者は、その隔絶感を二十年の長きに渡り保持し、やがて鬱屈した気分を感じ続けることを堪えがたいとして、自身が見たことを正直に述べようとする。
著者が何を背負って戦争を題材とした小説を書いたのかが見え -
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閉じた世界の恐ろしさ
狭い世界に閉ざされた人々にとって、長年培われた常識は絶対のもの。とはいえ、外の常識とここまでかけ離れてしまうものか。それでいて、外との繋がりは捨てきれない、人の性が恐ろしく、そして悲しい。
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ネタバレ「日本史上最後の仇討はいつだったと思いますか?」と訊かれたら、歴史好きならわくわくするだろう。明治13年12月17日、臼井六郎という青年が幕末に秋月藩の内部抗争で殺された両親の仇を討ち果たしたのが最後だといわれている。
六郎の父・臼井亘理は佐幕派であったが、国内の情勢を鑑みて勤皇派に転じて藩士たちの怒りを買い、干城隊という一派に寝込みを襲われて妻ともども惨殺された。当時六郎は11歳。成人するまで仇討への思いを胸に秘め、やがて上京して幕末の剣豪・山岡鉄舟に師事しながら両親殺害の実行犯である一瀬直久と萩谷伝之進の行方を捜し求め、ついに一瀬が東京で裁判所判事になっていることを突き止める。同郷の人 -
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吉村昭氏の作品にはまっている。たまたま手にとったものだが衝撃的だった。貴重な資料であった。こんなものがあったことをしらなかった自分が恥ずかしいほどだ。東日本大震災の津波の記憶がまだ生々しく残っているが、三陸地方は明治29年、昭和8年、35年と津波に遭っている。大漁、干潮、井戸水が干上がる、沖での閃光と爆弾のような音がその前兆だと。泥に埋まっている行方不明者を探す時に死体から脂がでるので水を撒くと脂が浮き出たところで見つける、とか。衝撃的な文が続く。東海沖での地震の不安が増す今、絶対読んでおくべき本だ。これだけの資料をまとめられた吉村氏に感謝しかない。
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祈り届かず
筆者は祈りにも似た気持ちで、連綿と続いてきた防災意識が人々を守ってくれると信じていたのだろう。しかし現実には、その象徴である田老町の防潮堤をあざ笑うかのように、津波は遙か上を越えていった。期せずして、筆者の詳細な記録が平成の大震災の恐ろしさを際立たせる結果となっていることが、唯々つらい。
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見えない圧倒的恐怖
普段は姿を見せない圧倒的な力ほど、恐ろしいものはない。筆者が描く津波や吹雪然り、この作品の羆も恐ろしいことこの上ない。ゴジラで描かれているような、人の行為に対する自然界からの戒めといったテーマも読み取れる。