吉村昭のレビュー一覧
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日露戦争の、その始まりと終わって講和を結び、その後の日本の行く先が見えるようなところまでが描かれていた。
もう途中、ロシア艦隊がつらすぎてつらすぎて、暑さに喘ぐロシアの兵と同じようにして、私も帰りたくなりました。イギリスや日本の外交、怖い。文章が淡白だから、想像が膨らんで余計に寒気がする。
でも一番鳥肌ものだったのは、小村寿太郎の講和を結ぶまでの場面。
この悲壮感。教科書にこの背景くらい書いた方がいいんじゃないのと思う。急に日比谷焼き討ち来るから単純すぎて。書かないのはあれかな、戦争は軍部が仕込んだものだと言いたいからなのかな。
吉村昭は大衆の熱量と戦争のつながりを特に注視しているのだけれ -
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主人公は川路聖謨。川路は幕末の幕府官僚であり、最高の地位である勘定奉行に上り詰めた人物。高邁・清貧、知的でそのくせユーモアのセンスも抜群な有能な人物だった。その彼の大仕事が、ロシアとの和親条約及び修好通商条約の締結。ロシア大使プチャーチンを相手に一歩も引かぬ姿勢は、当時の鎖国情勢の中でも情報収集に努めていたこと、そして開明的な発想と、上記の人格故。厳しい交渉をしつつもプチャーチンに尊敬された。川路聖謨というと、私には、手塚の漫画「陽だまりの樹」で漢方医と激しく対立しつつ種痘所を江戸に作ろうという主人公たちの側に大きな支援をした人物という認識だった。こんな有能な人がいたのかというのが驚き。しかし
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司馬遼太郎の作品は印象的な書き出しが多いと思いますが、一番好きなのは「坂の上の雲」です。
「まことに小さな国が開化期を迎えようとしている」
明治維新後のちっぽけな日本が近代的国家として歩み始めた時代を、この短い文章は簡潔に表現しています。
吉村昭さんが描く「ニコライ遭難」は、この時代、明治24年に起きた大津事件に戦慄する日本人の姿です。大津事件は車夫がロシアの皇太子ニコライに軽傷を負わせた事件。圧倒的な軍事力をもって極東進出を目論むロシアに対して日本は「七五三のお祝いに軍服を着た幼児」。事件をきっかけに天皇を始め日本中が震撼します。当時の刑法では犯人津田三蔵は懲役刑。しかし、武力報復を恐れる -
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第二次大戦で、連合艦隊の福留参謀長が遭難し、保持していた機密書類を紛失した事件を乙事件と言い、戦後それが米軍の手に渡っていたことが判明した。
作者は、戦後生き残っていた当時の事件現場にいた関係者を訪ね歩き、その遭難の状況を再現したのが本書である。したがって、小説というよりもほとんどノンフィクションである。戦争の実態は、このような現場の一挙手一投足というか、兵士や下士官一人ひとりの息遣いが分かるような描写にこそ顕れるのではないだろうか。将官や参謀の言動や武器の優劣や軍部の戦略を見ていても、戦争の本質すなわち悲惨で苦しく哀しいところは後ろに隠れてしまうのだ。
甲事件の作品も収められており、吉 -
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ネタバレ随分と長い間積読にしていた。
なんで今読み始めたのか…分からない。吉村昭を読みたいなと思い、それと書き途中の原稿のこともあったのかな。
読みながら何度も鳥肌が立った。
感情を排して書かれた文章はより胸に迫る。ある時は部品の置かれた格納庫に、ある時は皆が駆け寄ってくる滑走路、そしてその物量に押しつぶされていくしかない戦場に、自分も立っているような気持だった。
いつも思うのは、日本軍だから、なのではなく、日本人だからこうなったということ。
国力とは何か、きれいな言葉の裏にある、それを支える土台の危うさ、そういったものも思い返すことになって、読み終えた時ひどく疲れた。
また時折読み返したい本。 -
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司馬遼太郎のファンで、似た毛色の作家を探し求めている人には吉村昭をお勧めします。そして、いま困難なプロジェクトに四苦八苦している人にこそ、この本をお勧めします。
大河ドラマにするなら絶対この作品の方がよい!高山彦九郎・平賀源内というサブキャラも魅力的に関与していますし、なにしろ杉田玄白と前野良沢の人生と処世観の差が鮮やかに引き出されています。また、長崎・江戸・中津(大分)と取材箇所が各地に分散する点も魅力を感じます。
ちなみに、蘭学事始で著名な「鼻はフルヘッヘンドである」云々のエピソードはこの本の中に出てきていません。その理由もあとがきで吉村昭自身が言及しており、資料に丹念に向き合って小説 -
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大正〜昭和にかけたトンネル工事の記録文学。
丹那トンネル(東海道本線・熱海−函南間)の工事を題材とした作品。
トンネル掘削による崩落事故の経過は、手に汗握る。
また、関東大震災にまつわる記録も混じっており、重要な記録である。
また、トンネル工事により、その真上にある村落の水の枯渇、村民と鉄道省との軋轢なども真に迫っている。
大量の湧水、地震などに悩まされ、工事中止を主張する声も上がる中、16年もの歳月と多くの犠牲を払ってようやく開通したトンネル。
交通の利便を求める一方で、多くの人命を犠牲にし、また、一つの村の存亡、水資源の枯渇といった代償も払うことになった。
自然にあらがうこと -
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日露戦争の経緯と講和交渉時点の国情の無駄なく十分な描写の後に、アメリカはポーツマスにて日本の全権大使小村寿太郎がロシアの全権ウィッテと息詰まる講和交渉を展開するストーリー。決して報われることの無い仕事と分かっていながら日本にとってほぼ最善と思われる手を尽くし、精根尽き果て条約締結後数年で小村が病気に蝕まれ果てていく様は、日露戦争の危うい勝利を頂点として破局へと転落していく戦前日本の国家と民衆のその後の暗い行く末を暗示しているよう。そうした後の事情を抜きにしても、ポーツマスでの日本とロシアとの極限の交渉についての史実に基づく詳細な描写は、外交官はもちろん厳しい国際環境の下で働くビジネスマンにとっ
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淡々とした筆致で、日本史の暗部を描いたノンフィクションに近い小説。
細菌兵器。
命を大切にするという常識的な道徳・倫理感よりも、資源のない日本のために、細菌兵器という科学技術開発に、心血を注いだ天才的な医学者の戦争参加。
日本的な、あまりに日本的な組織の動き方に慄然とした。
細菌兵器の開発から人体実験、そして、敗戦近くになると、証拠隠滅。
関東軍防疫給水部の創設から解散、そして、戦後の関係者の様子までを見事に描いている。
関係する資料などは、関東軍などにより、「徹底的に」破壊・消滅したため、「証拠」はほとんどないが、吉村氏の入念な取材により、ここまで細部まで描くことができたのだろ