吉村昭のレビュー一覧
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戦争にまつわる実話を基にした5つの短編小説。
もう、ずーっと読みたくて、古本で探しても見つからず1年。我慢できずに新刊をお取り寄せしました。読んで良かったです。戦争の悲惨さ、当時の人の思い、傷跡…。あくまで、「実話を元にした小説」なのでしょうけれど、Wikipediaなんかで調べただけではイメージ出来ないいろいろな情景が胸に迫ってきます。とても読みやすい小説で、引きこまれました。
『海の柩』
北海道で大量の水死体がある村に流れ着いた。その中に、手・腕のない死体が多く紛れていた。
『手首の記憶』
南樺太で起きた、看護師の集団自決。数名の看護師以外は一命を取り留めたが、彼女たちがその後背負ったものは…。
『烏の浜』
終戦を迎えたにも関わらず、女性や子供の多く乗った船が沈められ、彼らとその遺品の多くが増毛町に流れ着いた。
『剃刀』
沖縄戦において、牛島軍司令官は崖上で月を背景に自決したというが、それは本当なのか?
『総員起シ』
急速潜航訓練中に不幸な事故によって沈没し、102名を乗せたまま鉄製の柩と化した「伊号第三十三潜水艦」を9年ぶりに引き揚げると、そこには眠ったように当時の姿のままの船員たちが… -
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吉村昭氏の書き方の物悲しさはなんだろう。
高野長英、この本の主人公関鉄之助然りあまりにも切ない。
しかし、世に無名の人が歴史を動かした張本人であったことを、ひしひしと感じさせるその綿密な調査のあとにはただ脱帽である。
世の中を変化させているのは、歴史的功績からすれば極一部の人かも知れない。
しかし、世の中を維持させる役割は、歴史にも残らない一般人である。
我々は、ついつい目立つ人々に目を囚われがちだが、世の中には数多の民がいて、それらは互いに支え合って生きている。
良いことも、悪いことも、その時の情勢で刻一刻と変化する。
ただ、世話になった人にお返しをしようという気持ちは、そう簡単には変化しない。
歴史の転換点では、その人間同士の温もりが、様々な大事件を起こすきっかけとなる。
吉村昭さんの筆蹟を辿ることは、人間とは何かを訪ねる旅である。
私は、最近そんなことを思っている。 -
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高熱隧道を読んだ吉村昭全集に収録されていた作品。
北海道に在住だけれど、主要な道路が囚人の強制労働によって作られていたとは全く知らなかった。
しかも囚人の中には、明治政府に逆らっただけの者や、
自由民権運動で捉えられた人たちも多くいたというのが衝撃だった。
未開の地だった北海道の開拓は、厳しい自然との闘いだ。
マイナス20度になる冬に火気もなく過ごしたなんて全く信じられない。
しかも囚人は単衣(たぶん柔道着のようなもの)で、裸足に鎖をつけたまま雪の中で長時間作業をしたようだ。
凍傷が原因で人が死ぬということも初めて知った。
囚人が安価な労働力として、民間企業が所有する硫黄山や幌内炭鉱の劣悪な状況で働き、多数の死者が出たことも衝撃だった。
この炭山労使を視察した博士が「囚人の懲戒の限度をはるかに越えた死業」と言ったことがそれを物語っている。
小説は、強制労働の様子だけではなく、明治から大正にかけて何度も変更された政府方針に翻弄された刑務所のその後についても詳しく書かれている。
この時期の刑務所は、設備の弱さや強制労働の影響もあり破獄が何度もあったようだ。
そのたびに近隣の村では被害を受けることもしばしばだったらしい。
けれど、天皇崩御の際に恩赦を受けたものの身請け人がいなくて釈放されない囚人を、村人が自分の戸籍に入れたという事実には驚かされた。
そこまでして囚人を刑務所から解放してやりたいと思ったのは、過酷な強制労働の様子が漏れ伝わっていたからなのだろう。 -
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彼の作品はどのお話も読み終えた後にずっしりと深く心に残るものがあります。40年ほども前に記された文章ですが、相変わらず決して古臭さを感じさせません。そして、読み始めるとページをめくる手が止まらなくなります。
主人公は戦時中に大変恐ろしい行為をしてしまうことにより逃亡することになったのですが、これも時代の流れ、背景がそうさせたこと。決して彼の若さ、気の弱い部分があったことだけが原因ではありません。ただ若い彼がそれほどのことをしてしまうまでの心理状況に、自分が彼の立場だったらどんな行動に出るだろうか、同じことをしてしまったかもしれないと感じます。
人間の弱い心が起こした大事件でしたが、生きるために逃亡の計画を練る頃から少しずつ強くなり力を付け成長していきますが、その強さに惹かれ、そしてその過程の描かれ方が素晴らしいと思いました。 -
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1934年、山本五十六氏を乗せた日本軍機が待ち伏せされて南海に散った翌年、氏の後任を含む一向が空襲を逃れパラオからミンダナオに飛ぶ途中に遭難。
その折、ゲリラに没収された海軍Z作戦計画書が米軍の手に渡っていたにも関わらず、同計画書没収の事実を大営本部がエリート意識の高さゆえ握りつぶしたため作 戦は実行され、当然大敗を喫してしまったという海軍乙事件(甲事件は五十六氏の待ち伏せに繋がった復号技術の漏えい)のルポ。
重要なのは事実(あるいは事実とされるもの)ではなく、科学的態度を如何にして失わないでいるかであるという意味では、今も昔も変わらないと感じました。 -
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江戸時代。『ターヘル・アナトミア』の翻訳版、あの名高い『解体新書』を世に送り出した杉田玄白ではなく、その翻訳の中心人物であった前野良沢を主人公とした物語。前野良沢という人物は名前だけは知っているが、どういう人物なのかは全く知らなかった。この本によれば、まさに学者という人物で名利を求めるような人物ではなかった。だから今でも杉田玄白と比べると知名度が低い。
『ターヘル・アナトミア』の翻訳というのは実に難作業だったのだと伝わってきた。辞書もろくに無い中で、単語の意味を別の本や実際の解剖の結果から推測し導き出すという作業は根気が必要で、とても常人には成し遂げられないものだ。そのような翻訳が完璧であるわけはなく、だから前野良沢は広く世に出版する事をいやがった。しかし杉田玄白は、完璧ではなくても世に送り出し広く知らしめる事に重きを置いた。僕はこの点に関しては杉田玄白が正しいと思う。
平賀源内や高山彦九郎といった時代を彩る人物が登場し、江戸時代の雰囲気を感じる事ができた。良書である。 -
購入済み
とにかく怖い
いや、なにがコワいって表紙のクマがこれでもかってくらいコワいんですけど、読んだら中身はもっと怖かった。
大正時代の北海道開拓民の山村を巨大な羆が襲い6人惨殺...という実話を基にした小説だが、前半はエイリアン並みの、姿の見えない巨大羆と、その陰惨な襲撃シーンに恐怖する。
一転して後半は、羆を恐れる村人たちの緻密な心理と、羆を追い詰める老マタギのハードボイルドな描写に一喜一憂しながら読み進めることになる。
Wikipediaで「三毛別羆事件」を参照すれば分かるが、ストーリーはほぼ実話。そこに、迫真の心理描写を加えたのがこの小説のすばらしいところだろう。まちがいなく傑作だ。 -
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戦局が悪化をたどっていた昭和18年6月8日正午頃、広島県柱島泊地に停泊中の戦艦「陸奥」は突如大爆発を起こしその場に瞬く間に沈んだ。
それから26年の歳月を経て、本書は陸奥爆沈の真相に興味を持った著者による執拗な探求の道筋を辿った渾身のドキュメンタリー小説であり、歴史の暗部に光をいれた記録文学の秀作である。
最初著者の関心は低調である。しかし、陸奥爆沈の資料を捜索し続けている内に、著者は何かにとりつかれたようにすみずみにまで目配りを行い、活動的かつ執念を燃やして真相に迫る凄みが次第に露わになってきて、たんたんと描いているはずなのだが、読んでいるこちらもその迫力に圧倒されぐいぐいと引き込まれていった。
「陸奥」完成までの経緯から始まり、爆沈後の周囲の動きや、査問委員会の行動、大規模な箝口策、三式弾のこと、そして、困難を極める潜水調査と、緊迫感ただよう状況を刻々と伝えながら、次第に著者の筆致にも熱がこもってくる。その中で査問委員会が持った大きな疑惑が放火説であることを知った著者は、今度は日本海軍の歴代の爆沈事件にまで視野を広げていく。そこにみる構成と視点は、まるで社会派推理小説を読んでいるようであり、著者の思考過程をトレースするかのように展開するその「報告」は、まるで一緒に事件を追っているかのように錯覚させるものであって、なかなか見事な手法であったと言える。
冒頭で著者はいう。別に兵器である軍艦には興味はない。だが、戦艦武蔵にしても(陸奥もそうだが)、フネを作り上げ動かすために結集した人々に戦争と人間の奇怪な関係を見出し、それほどの知識、労力、資材を投入したにもかかわらず、兵器としての機能を発揮しないまま、多くの犠牲者とともに沈んだ構造物に戦争のはかなさを感じると。
そうした著者の視点は事実をたんたんと積み重ねながら、軍艦そのものよりも、それを動かす人間とその背景、組織の中の泥臭い人間関係の狭間で弱さを露呈する人間そのものの行動を明らかにすることであり、そういう意味では本書は陸奥のみならず軍艦爆沈事件に関係した人々のヒューマン・ドキュメンタリーであったと言えるだろう。
実は本書の内容は、中学生の頃に読んだ『海軍よもやま物語』シリーズ(光人社)の中で、今ならコピーライトに抵触するのではないかと思えるほど詳細に紹介されていたのでかなりの部分は知っていて、いまさら感もあったのだが、内容はともかくとして、その鬼気迫る事件真相究明へのアプローチには圧倒されとても面白かった。最近は当時の日本軍機や軍艦などが映画やラノベ、ゲームなどで取り上げられてまたブームになっているようだが、軽薄な物語やキャラに熱中するのも良いが、一過性のブームに踊らせるだけではなく、その背後の生きた「人間」や無機的な兵器の行く末にまで思いをいたして欲しいものである。 -
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零式戦闘機の開発、その後迎えた絶頂期から特攻まで、零戦を中心とした日本の戦局が描かれています。記録的な書き方をされているので、読んでいても必要以上に感情的にならなくて済みます。大人になってから戦争関連の本を読むと、小学校で「ガラスのうさぎ」とかを読んでいた頃とは全く違った印象を持ちます。国民(特に子供)目線の話は、ただただ「悲劇」として、「こんな怖いことは二度と繰り返しちゃ駄目だよね」的なメッセージしか受け取れないけど、戦局や軍部の動きが分かる本を読むと、人間の愚かさや弱さや恐ろしさが非常によく分かります。こういうのこそ高校や大学で必修にしなきゃいけないんじゃないのか?恐らく個々の軍人には人間的にも素晴らしい人も多かったのでしょうが、戦局が悪化して以降の戦い方全般があまりにも非現実的。勿論そこには、日本人的な精神だったり、社会体制だったりも影響しているのでしょうが…。
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予期せぬ感動。
オランダ語の習得と翻訳業に専念し、富や名声を求めなかった前野良沢と、翻訳チームをまとめて、『解体新書』出版に尽力し、社会的成功をおさめた杉田玄白。どちらのタイプも、大事業を進めるには必要なのだろう。
だが著者は前野良沢の生き方に、つよく心を惹かれている。とにかく頑固で、清廉潔白に生きた人。それゆえ晩年は貧窮したが、おそらく良沢は、自分の人生にさほど後悔はしてないはず。
学問の厳しさ、「分かった」ときの純粋な喜び、新しい知識の広まりと反発など。史料に基づく抑制された文章の合間から、歴史上の人物の息遣いまでも伝わってくる。
『天地明察』にも通じるものを感じた。 -
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幕末時に幕府側の通訳として活躍した森山栄之助を主人公とした歴史小説。
森山は、日本に憧れ利尻島に上陸し長崎で抑留されていた米国人より英語を学び、当時は珍しかった英語を使える通詞としてペリーやハリスの来航時にも活躍する。
森山は条約の整備等、外交官的な働きもし、当時の欧米列国の外交官にも名が知れ渡った第一人者であったが、討幕後は引退し、燃え尽きるように死去する。
当時、米国が日本に開港を求めた大きな理由は捕鯨船の寄港を目的としていたのだが、そのビジネスの重要性、ペリー来航に至るまでの諸事情・背景、米国の国家戦略等も触れられており興味深い。
吉村昭の作品である「高野長英」もそうだが、当時の外国語を習得する熱意には驚かされるものがあるし、その重要性を知ることができる。
森山のような通詞がいたからこそ、欧米列強と渡り合えたのかもしれない。
歴史上、余り知られていないが魅力に溢れる人物、森山栄之助を小説の題材に選んだことも吉村昭らしいといえる。
以下引用~
・もしも、会話力の不足からまちがった通訳をすれば、異国船との間に紛争をひき起こすことも十分に予想され、国益に重大な支障をまねく。かれ(森山)は、一刻も早く会話に習熟しなければならぬ、と自らをはげましていた。
・日本にアメリカの眼がむけられたのは、捕鯨業と、中国との貿易を有利なものとしようとする太平洋横断航路計画によるものであった。
・・・蒸気船の動力である石炭を補給する地が必要であった。計画の研究者たちは、それに適した場所を、小笠原諸島、琉球と日本列島である、と断定した。
・(米国は)日本との貿易などは眼中になく、ただ、中国への航路の中継基地としての意味しかなかったのである。