森博嗣のレビュー一覧
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いつもと一味違うS &M
S &Mシリーズもだいぶ読み進めてきた中での今作品は以前にもあった犀川さんの語りではない、西園寺さんの語りではない作品。今回のSは犀川のSではなく笹木さんのS。皆思う、この語り手誰やと。
いつものS &Mと違うためやり取りも異なり、ぐいぐいくるS、どちらかというといなしていくM、人が変わればまた関係性や行動が変わるように今までの作品に対して深みを与えてくれる作品、故にこの作品だけでは楽しめないところも多い。
事件は密室×2といういつもの難解な密室トリックに加え犀川さんがいないので推理の仮定がどんどん出てきて、それをどんどん検証していく、いつもの質の高さよりも、数の多さで話が展開されていった。この語り手誰やということ、本当にこの語り手信頼していいのかと言ったミステリー特有の手法も相まって読み手の中に色々な推理が錯綜する作品かなと思う。
エピローグの種明かしは今までのS &Mシリーズの中で屈指のおしゃれさ。こういう展開とラストはシリーズものにはたまにはあってもいいと思うし、色々な終わり方を出せるのもシリーズが長寿になる所以かなとも思う。 -
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一夏の再会が、私を一つ大人にした。
S &Mシリーズも随分と読み進め、犀川と西之園二人の掛け合いにもだいぶ心地よさを覚えてきたこのタイミングで起こった事件は、前巻のマジシャン事件と同時並行に起こっており、そのため犀川、西之園コンビがあまり出てこない。キーパーソンの杜萌の視点から殺人事件と失踪事件が描かれていた。
ミステリーを読む時には色々と推理をしながら読み進める人もいれば、そのときの雰囲気に浸るのを楽しむ人もいる中でこの作品はどちらかというと「後者」の読み手がより楽しめると思う。いつものような「仮定」とか「論理」とかの視点よりも、登場人物の「立場」や「過去」、「心情」といった視点から味わうことができ、それはいつもと違うキーパーソン杜萌の視点から描いたという良さが出たところだと思う。
人はどのようなときに大人に近づくのであろうか。受け入れられないことが受け入れられるようになったとき、過去の出来事に区切りをつけられたとき、新しい自分を人や自分が見つけたとき、色々なときがある。「変化」をどのように捉えて、どのように受け入れるか、それにより「今」の見え方、「真相」の見え方も変わるのであろう。
物語のラストに向けて様々な「余韻」が残されている。一夏の出会いや別れ、出来事ってそんな感じの「虚い」や「儚さ」を纏った朧げなものがあって、自分が目の前にしている「現実」に向き合えるのではないだろうか。そんな一夏に魅せられて、人はまた一つ何かしらのカタチで大人になるのだろう。 -
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殺人者の動機という、第三者のもつ「幻想」
S &Mシリーズを読み進めている中で思うことの中に探偵役の犀川氏は殺人者の動機というものを謎解きにあまり重要視していなく、純粋に方法に着目している中で、最後に語られる、または想像される殺人者の「動機」が読み手にとってはこの作品の満足度を高めるものになっているところだ。
今回の作品はマジシャンたちに起こる殺人事件ということで、「消失」、「どこに消えたのか」といった視点から読み解くと、様々な奇術に翻弄されていくのがわかる。確かにエンタメ重視したマジックショーは大掛かりなセット、テレビ受けする画角や設定など大衆の娯楽を重視している。一方で謎解きのラストに描かれる真相のトリックにはマジックとしても推理小説としてもストレートすぎる手法であり、色々な推理小説を読んでいる読み手にとっては色々邪推する中でこのような結末になるのはある意味いい裏切りだと思う。
物語の根幹とも言える「手法」と「動機」について語ることはできないが、その真犯人の生涯に及ぶ幻術、動機に関わる真犯人の思惑には、我々が考えうるポイントを超えたところがあり、それはこのS &Mシリーズにはよくあるなとも思った。
この作品は二つの事件が同時並行で起こっている片方ということで、もう片方もすぐに読んでみたいと思う。 -
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森博嗣という人は天才を描く天才なのではないかと思う。
隠遁生活に入った天才数学者とのやりとり。
ある意味頭は良いのだろうけど、なんか真理をついているというより、はぐらかされているだけではないだろうかなんて思ってしまい、
そうか自分が年取ってしまったからそう見えてしまうのか、と思っていたら、
そうか、そういうことだよね。
トリックについては、再読だからか、途中でこうだったのではないだろうか、と思い出してしまったが、
やはり途中の会話の切れ味が最高。
小説の楽しさとさ、最後のオチ一発勝負も良いのだけれど、
想像もしない角度から切れ味鋭い視座を得られることだと思っていて、まさにこれ。
S&Mシリーズ再読3冊目。
25年前に感じれなかった、天才の視座を少しでも近づけてたらなんで思ってましたが、1ミリも寄れていませんでした。すごい。 -
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その存在は何により「定義」され、何者によって「観測」されるのか
S &Mシリーズを2→5→3という順番で読んでいる私は作者にとっては想定された展開では読んでいない厄介者かも知れないが、今作品もまた他作品にはない、「どうやって」の面白さが存在した。
今回はどちらかというと「消失トリック」について、皆が「観測」している「事実」と反する出来事が起きてしまったことに対する謎解きがメインであった。
ミステリー小説をいくつか読むと「困難の分割」であったり「誤認識」であったりといった手段で
「事実」としてはあることを「認識」の歪ませや、時間、条件、複数人といった仕掛けにより可能とすることが多いため、どうしてもその視点で読んでしまうと今回の一番のトリックは分かりやすい、、それは筋道立てた思考ではなく、様々なミステリー小説を読んできた経験知による当てはめといったところがあり、それもまた作者のあまり期待してない読み手の姿なのかも知れないと反省、、
順序をめちゃくちゃに読んでいるため、主役二人の距離感や人となり、関わりには色々とここからこうなるのか、このときにはこうだったのかといった膨らませがとてもいいところに感じる。