森博嗣のレビュー一覧
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いつもと一味違うS &M
S &Mシリーズもだいぶ読み進めてきた中での今作品は以前にもあった犀川さんの語りではない、西園寺さんの語りではない作品。今回のSは犀川のSではなく笹木さんのS。皆思う、この語り手誰やと。
いつものS &Mと違うためやり取りも異なり、ぐいぐいくるS、どちらかというといなしていくM、人が変わればまた関係性や行動が変わるように今までの作品に対して深みを与えてくれる作品、故にこの作品だけでは楽しめないところも多い。
事件は密室×2といういつもの難解な密室トリックに加え犀川さんがいないので推理の仮定がどんどん出てきて、それをどんどん検証していく、い -
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一夏の再会が、私を一つ大人にした。
S &Mシリーズも随分と読み進め、犀川と西之園二人の掛け合いにもだいぶ心地よさを覚えてきたこのタイミングで起こった事件は、前巻のマジシャン事件と同時並行に起こっており、そのため犀川、西之園コンビがあまり出てこない。キーパーソンの杜萌の視点から殺人事件と失踪事件が描かれていた。
ミステリーを読む時には色々と推理をしながら読み進める人もいれば、そのときの雰囲気に浸るのを楽しむ人もいる中でこの作品はどちらかというと「後者」の読み手がより楽しめると思う。いつものような「仮定」とか「論理」とかの視点よりも、登場人物の「立場」や「過去」、「心情」といった視点 -
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殺人者の動機という、第三者のもつ「幻想」
S &Mシリーズを読み進めている中で思うことの中に探偵役の犀川氏は殺人者の動機というものを謎解きにあまり重要視していなく、純粋に方法に着目している中で、最後に語られる、または想像される殺人者の「動機」が読み手にとってはこの作品の満足度を高めるものになっているところだ。
今回の作品はマジシャンたちに起こる殺人事件ということで、「消失」、「どこに消えたのか」といった視点から読み解くと、様々な奇術に翻弄されていくのがわかる。確かにエンタメ重視したマジックショーは大掛かりなセット、テレビ受けする画角や設定など大衆の娯楽を重視している。一方で謎解きの -
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森博嗣という人は天才を描く天才なのではないかと思う。
隠遁生活に入った天才数学者とのやりとり。
ある意味頭は良いのだろうけど、なんか真理をついているというより、はぐらかされているだけではないだろうかなんて思ってしまい、
そうか自分が年取ってしまったからそう見えてしまうのか、と思っていたら、
そうか、そういうことだよね。
トリックについては、再読だからか、途中でこうだったのではないだろうか、と思い出してしまったが、
やはり途中の会話の切れ味が最高。
小説の楽しさとさ、最後のオチ一発勝負も良いのだけれど、
想像もしない角度から切れ味鋭い視座を得られることだと思っていて、まさにこれ。
S&M -
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その存在は何により「定義」され、何者によって「観測」されるのか
S &Mシリーズを2→5→3という順番で読んでいる私は作者にとっては想定された展開では読んでいない厄介者かも知れないが、今作品もまた他作品にはない、「どうやって」の面白さが存在した。
今回はどちらかというと「消失トリック」について、皆が「観測」している「事実」と反する出来事が起きてしまったことに対する謎解きがメインであった。
ミステリー小説をいくつか読むと「困難の分割」であったり「誤認識」であったりといった手段で
「事実」としてはあることを「認識」の歪ませや、時間、条件、複数人といった仕掛けにより可能とすることが多いた -
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前書きで、「つ」ではじまるエッセイシリーズと書いてあって、なんだそのシリーズ⁉︎となった笑
表紙の謎の物体がとても可愛い。
突然始まる日本語の文法解説、勉強になった!
虎穴に入らずんば、からの虎穴に入るルンバ、ウマい笑
「好きなことをしていれば、お金はかからない。好きなことがわからない人たちが、宣伝に釣られてお金を貢いでいるらしい」
「人生の負け組といった言葉が出てくること自体、人生が勝負だと思い込んでいるからだ。勝負だと思った瞬間に勝ち負けが生じる。ここから、負けてしまうのは勝ちたい人だ、との道理が導かれる」
「人は群れたがる、安心安全のために。しかしその結束力はいずれ排他的な方向性を持ち