森博嗣のレビュー一覧
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「つぶやきのクリーム」で、相変わらず良いタイトルで出してくるなあもう!とにまにまし、「つぼやきのテリーヌ」でげらげらと笑い、今回、「つぼねのカトリーヌ」で、そうきたかーと目を丸くしながらにまにました。
読書感想サイトの話が何度か出てきたけれど、たしかに、意見というよりも感情の垂れ流しになっているレビューもあるので、ユーザーだけれども納得してしまうところも。小学生の夏休み絵日記みたいな内容なら、寝かしておいた方がよほど有益かもしれませんね。と書きながら、自問自答。
そう、彼のこのシリーズで優れているところは、ユーモアのあふれた文章で、愛と理性を惜しみなくあげながら、ふと「あれ、じゃあ私は?」と思わせるところだと思う。狙ってやっているなら(狙ってやっている可能性が大だけど)、にこにこして乗せられたい。
解説の土屋教授が面白くて面白くて、電車の中で唇を噛みしめました。私も、「知り合うんじゃなかった」とか言えるくらい仲良くなってみたい。あらら。これはただの嫉妬か。
解説を読む前に、100番目のエッセイをしみじみと何度も読みました。死期なんて、誰にもわからないけれど、彼はそれを意識して生きているのだなと。それ自体はごくごく当然なのだけれど、果たして彼が遂にいなくなったとき、私の人生はどう変化するのだろう。誰かがいなくなっても人生は続いていくし、そもそも私は彼の知り合いでもなんでもない。それでも、世界のどこかで彼が生きていて、同じ時間を共有しているのだと想像することはとてつもなく幸福なことである私にとって、彼がいなくなるその日は、涙なんて出ないくらい哀しい寂しいものになるのでは。
何度も書いていることですが、読書をしていて一番幸福なのは、見ず知らずの誰かに、人生を左右されるくらいの影響を与えてもらうことだと思う。それがどういった影響であっても。その影響を受ける皿を持った自分であることも尊いし、そんな相手に巡り会えたことも尊い。こういった読書感想サイトでは、そんな一冊に巡り合ったひとのレビューを読むのも、また一興かもしれません。 -
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Chapter 3に出てくる理系のスエマツさんのレポートに、吹き出しました。森博嗣の本を読んでいて、くすっと笑ったり、ほほうと唸らされたり、ああと悶えたりすることは多々あっても、げらげら笑うことは少ないので、貴重な体験をさせていただきました。ああ、面白かった。なんなら、今でも思い出してにやけてしまいます。
楽しそうにこれまでの既存をばきばきと破壊、再構築していく森博嗣の本のあとに、筒井康隆の解説が入ってくるのがにくい。筒井康隆があまりふざけていないのも、これまたにくい。
粋な本です。
奇をてらった(などというと、また誤解を生みそうですが)森の中に、きらきらと輝く木が数本あって、それを意図的に見せてくれる。そんな印象を受けました。本当は、その輝く木を自分自身で見つけられれば良いのでしょうけど、森博嗣の優しさで、ガイドされているのかなとも思います。こっちだよと連れていかれて、しばしその美しさに息を呑み、その感動を伝えようと振り返ると、もういない。ひとりぼっちにされたのに、さみしくはない。
これから、彼はどこへ向かうのでしょうか。そして、向かった先の風景を、またこうして少しだけ見せてくれるのでしょうか。 -
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先日単行本版を読んだばっかりだけども、文庫版が出ていたので、再読。
解説が加えられているのと、文庫の大きさになっているという違い。
やはり、この静かで暗い感じはいいな。
最終的にどうなるのかを知っているので、また違う読み方ができた。
最終的にあそこに収束していく家族の形。
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【内容(「BOOK」データベースより)】
普通の家庭だったけれど、ちょっと変わった両親。最後に息子がしたことは破壊だったか、それとも供養だったのか?さよならだけが現実だ。血は争われない。森博嗣の家族小説。
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【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)】
森/博嗣
1957年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら執筆した小説『すべてがFになる』で1996年、第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビューする。以後、次々にベストセラーを発表、不動の地位を築く
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「つぼねのカトリーヌ」というタイトルだけども、同じく表記されている「The cream of the notes 3」がわかりやすいか・・・。
森 博嗣が、思いついた短いフレーズを集めて、それに解説をつけたエッセィ。「The cream of the notes」は訳すと「つぶよりなつぶやき」だとか・・・。
「つぶやきのクリーム」「つぼやきのテリーヌ」と続いた第3作が本作になる。
森 博嗣の素直な思考なのか、全くのウソなのか、どこまでもわからないエッセイだけども、読んでて楽しいのでついつい触れたくなってしまう。
「そうか、なるほど?」と思えることもあれば、「え?そうなの?」となることもある(当然といえば当然だけども)。
特に突き放される感はあるんだけども、なんだかこうやって森 博嗣に触れていられる幸せをかみしめている。
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【内容(「BOOK」データベースより)
実は、僕の研究室にいた秘書さんが、カトリーヌという渾名だった―。小耳に挟んだ日々の小事から死生観、自己紹介まで、全一〇〇個の笑えて、考えさせられて、納得する森イズム。役に立つか立たないかは読む人しだい、でも読めば確実になにかが変わる。ベストセラ連発、絶大な人気を誇る森博嗣の等身大。
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【著者略歴「BOOK著者紹介情報」より】
森/博嗣
1957年愛知県生まれ。工学博士
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初めて森博嗣の本を読んだのは10代のとき。
彼は、今まで考えたこともない世界の見方をしているひとで、夢中になった。崇拝に近い感情だったと思う。彼に会えたらどうしよう、何て答えれば、彼に「近い」と思ってもらえるんだろうと考えていた。同調したかった。というよりも、森博嗣という存在に完全に捕食されてしまいたかった。
20代になると、森博嗣に認められたいと思うようになった。「近い」ではなく、「このこ、やるな」と思われたくて、色々考えた。と同時に、「どこにでもいる平凡なつまらないこ」と思われたらどうしようと戦々恐々の思いだった。
30代になった今、もっとニュートラルに森博嗣と(あくまで私の中での、だが)接しられるようになった。
彼も穏やかになったと思うし、私も穏やかになったように思う。彼が再三再四言っている、「他人の評価は、自己評価に何ら影響を及ぼさない」という意味が、やっと少しだけ分かった気がする。それは決して、他人を排除するわけでも、他人の意見を聞き入れないことでもない。それはきっと、本当の意味で、他人と自分とは違うものだと受け入れることなのだと思う。自分を心底大事にできるのは自分だけで、だからこそ、自分が自分を大事にするように、他人を大事にする。
本を読みながら、何度も吹き出した。少年みたいな仙人みたいな、神様みたいな人間らしい彼。冷たいなんてよく言われているけれど、彼ほど愛に溢れたひともそうそういないのでは?
40代になったら、どう感じるんだろう。
余談ですが、今回の栞が一番好き。 -
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森博嗣の『100の講義』シリーズ3作目『素直に生きる100の講義』
書きたくて書いているのか、書かされているのか分からないけども、森博嗣の思考に触れることができるのはファンとして嬉しい。
森博嗣って、真っ直ぐにひねくれている感じがする。
タイトルは「素直に生きる」なんだけども、甘ったるい素直さではない(ことはファンは重々覚悟していると思う)。
もはや、いたぶられたくて読んでいるような・・・、Mっ気というか・・・、そんなのを期待して読んでしまう。
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【内容(「BOOK」データベースより)】
人気作家が語る「ひねくれた世界」の正しい生き方。思い通りでなくても、進み続ける価値がある。
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【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)】
森/博嗣
1957年12月7日愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務するかたわら、1996年、『すべてがFになる』(講談社ノベルス)で第1回メフィスト賞を受賞し、ミステリィ作家としてデビュー。以後、小説に限らずエッセイや新書などで数多くの作品を発表し、絶大な人気を博している
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【目次】
1限目 素直な人生を歩む「開拓」論
2限目 独創するための「独想」論
3限目 大切なことを忘れない「美学」論
4限目 自分を見失わない「関係」論
補 講 ひねくれ者ばかりの世界を“素直"に捉え直す
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『嘘で固めることは、真実で固めるよりも、ずっと才能が要求される。一番簡単なのは、嘘と真実をよく掻き混ぜて硬化させる手法である。』
「よくわかんないけど、まあ、でも、将来性はないみたい」
「将来性なんて、たいていのものにはないよ」
「研究の?」
「いや、研究以外でも」
「踊るロボット目当てで並んでいるみたいだけれど、どうして? ー だって、どう見たって人間が踊った方が凄いでしょう? 人間よりも劣っているロボットじゃあ、話になんないわよね」
「超観覧車、乗りたぁい」
「超は副詞だから、観覧車超乗りたい、と言わないと駄目だよ。超観覧車っていう、もの凄い観覧車があるのかって誤解されるよ」
「そのつもりで言ったんだけど、私」
「超失礼しました」
「いやいや一般論。ようするに、仕事をしていたい人がいる、というか、仕事があれば立場が確保されるし、そこにお金も人も集まるってことだよね。長い歴史の中でそういう循環ができてしまったわけだ」
「珍しいよね、君がそういうこと言うの? もしかして、将来、参議院とかに出るつもり?」
「投票なら行っても良いけど」
『広い敷地内で二人だけでは少し寂しい。もう少しほ乳類密度を増やしたい、と彼らは考えた、はあと。』
「ドンか、それは威厳があるね。ドナルドの略になるのかな」
「ゴードンっていう機関車がいるじゃない、青の」
「機関車?」
「あの、ゴードンのドン」
『念のため書いておくが、世の中のすべての小説はフィクションであって、その約六十パーセントは冗談で書かれいるし、残りの四十パーセントは単なる嘘にすぎない。』
「ああ、可愛い ー イラクへさ、子犬を沢山送ったら、平和になるんじゃない?」
「可愛いよぉう ー 人間の子供なんか、目じゃないね」
「いや、人間の子も、自分が産んだら、これくらい可愛いんじゃないかな」
「こんなに可愛いわけないでしょ。鼻とか黒くないし、耳も気持ち悪いし」
「まあ、そりゃ犬じゃないからね」
「おしっこは、ケージの中でしてくれたら、どんなに嬉しいかしら。ケージの中でしてくれたら、天にも昇る気持ちになれると思うの」
「そんなシェークスピアみたいな台詞、通じないと思うよ」
「今ではもう、私の人生における悩みはあなただけ。おしっこはケージの中でするのが清々しいと思うわ。そうでしょう? そうすれば、薔薇色の世界が私たちの前に開けてくるのよ。ほら、想像してごらんなさい。素晴らしいわ。すべてのものが私たちを祝福してくれるでしょう。幸せがどんなに素敵なものか、考えたことがあって? ほんの少し、とっても小さなことなのよ。おしっこさえ、あそこの中でしてくれたら、あなたは神様に祝福されて、すべての力を手に入れることになるでしょう」
「そうかぁ、満たされていれば、悪いことはしないってわけね ー 子犬を飼えば、誰も悪いことはしないようになるんじゃないかなぁ」
『「この花はどう?」と片方がきけば、
「うん、いいんじゃない」と答える。
つまり、それは君の自由だよ、という意味であって、私は強くは否定しない、ただ、私は私の好みのものを買いますから、ということなのである。お互いの趣味をすり寄せて調整するようなことはけっしてない。そうすることが、お互いの感性や自由を尊重することだと考えている。』
「本当に鼻が高いわ。水柿さんのところは、犬まで上品だって」
「え、そんなこと言われたの?」
「言われてないけどぉ、そういう目で見られているかもでしょう?」
「もの凄い希望的な観測じゃないかな、それ」
『あるゆるコマーシャルが、水柿君にとっては逆効果になる。「こんなに宣伝しているところをみると、よほど品物が売れなくて余っているのだろう」という発想だ。』
『何が言いたいのか、というと、あの「燃えないゴミ」という命名が間違っていたのだ。もっと正確な日本語を使っていただきたい。ここに改めて、水柿君の意見を書いておくが、あれは「燃やしてはいけないゴミ」が正しい。有害物質が出るからだ、となんとなく想像できる。もう少し情報を多くし、気持ちを込める場合には、「燃やそうと思えば燃えないこともないが、だからといって安易に燃やしてしまうと各方面でそこそこの不都合が起きるゴミ」と呼ぶのが正しいだろう。』
『人間はいつでも、自分にとって一番価値のあるものを選ぶ。価値が見えないときは、価値がありそうなもの、あるいは、いずれ価値が出そうなものを選ぶ。無駄なように見えても、けっして無駄は選択されない。その人が信じる最善の道を必ず選んでいるのだ。怠けた方が良いと思うから怠ける。罪を犯してでも欲しいものが手に入る、そちらの方が良い、と思うから罪を犯す。人を裏切ってでも、自分の思いどおりにしたい、と思うから人を裏切る。人を愛した方が、自分に価値がある、と考えれば人を愛するだろう。全部同じだ。誰もが自分の欲望のままに生きている。ただ、価値を見出す道理が、それぞれで違っているにすぎない。』
『なんと自由になったのだろう、とときどき感じる。子供のときは数々の束縛があった。自分の思うとおりにはいかないことばかりだったではないか。集団生活を強いられたし、ノルマを課せられた。そして、大人になっても仕事がある。他人との関係を保つために多くのエネルギィを費やした。勤勉に働いて、その対価をもらう。稼いだお金だけが、すなわち自分の自由である。それによってのみ、自分の時間を得ることができたのだ。』 -
Posted by ブクログ
単行本が出版された時に、手に取って迷った末に買わなかったこの本『実験的経験 Experimental experience』が、文庫版で出たので購入。
本のジャンルを設定することに意味を感じなくなる本で、読めば読むほどタイトルの意味が身にしみる。
人に勧めるかと言ったら・・・勧めないけども、読んで楽しめたのは間違いない。
逆説的に提示される文章の構造や小説の形態の定義みたいなものを確認できた。
こんだけ縛られた条件で小説を読んでいたんだと痛感。
あとね、回収されない駄洒落があるんだけども、もしかしたら回収可能かもと思うと面白い。
ちりばめられた駄洒落の解釈が今後もネットで話題になるかもしれない(一部ファンの間で)。
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【内容(「BOOK」データベースより)】
小説であり、小説でない。ミステリィでもエッセィでも詩でもない。創作の可能性を無限に広げる、奇才・森博嗣の新たな境地がここにある。究極の読書体験が味わえる話題作、待望の文庫化!
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【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)】
森/博嗣
1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学の工学部助教授の傍ら1996年、『すべてがFになる』(講談社文庫)で第1回メフィスト賞を受賞し、衝撃デビュー
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森博嗣さんのエッセイ。
見開きで100講、テーマに沿って章立てされているかたちのものでシリーズ2作目。
この手の執筆は大変とのことだが、ぜひ続きをとお願いしたい。
森さん本人も言っているとおり1作目の時ほどの
感動はないかなという感じはしましたが、
相変わらずどれもうんうんとうならされたり、
納得させられたりしてよかった。
とくにお気に入りは81、82講はまさに大切だと思っていたことだったので、それを文章で読めたこと、
それがわかりやすく発信されていることがうれしかった。
81講のタイトルがすごいインパクトなのだが、
つまるところ教育、子育てとはそういうことなのだと内容を読んで改めて認識できた。
読み終えてから表紙、カバー絵についてもかわいらしいイラストで好きだと眺めていたら、ちりばめられた数字は中身とリンクしているのに気付き、最後まで楽しめた。