井上荒野のレビュー一覧
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キャッチーなタイトルに惹かれて読んでみた。アンソロジーは読んだことのない作家さんに出会えるよい機会なので、ときどき読むようにしている。
よかった順に、「夏も近づく」、「味のわからない男」、「好好軒の犬」、「どっしりふわふわ」、「エルゴと不倫鮨」。
「夏も近づく」に出てくる料理はどれもシンプルで美味そう。塩むすびとか、筍ご飯とか。可哀想な生い立ちの葉月くんが、叔父さんの料理で癒されていく姿が清冽でよい。
「どっしりふわふわ」は年の差20位のパン職人カップルのお話。ラスト2頁で種明かしされるミスリードについては、これがあるのとないのとでは、どれだけ読後感が違ってくるのか、オチを知ってしまった後では何ともよく分からないが、ない方が良かった気がする。
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私の異性の幼なじみにも一人、お互い大事過ぎて幼なじみという言葉がしっくりこず、やはり「この関係は何なんだ」と思わざるを得ない人がいる。
恋愛関係ではないので浮気には当たらないだろうが、この特別な感情は浮気よりも本気に近く、ケンカしてもいずれ元に戻れるという信頼は結婚相手より深い気さえする。
それは浮気よりも罪深いと思っているので人には言わない。
内容自体は、世の中そんなに恋愛感情ばかりの大人だらけか?と違和感はあるが、年齢を重ねても中身の成熟さはさほど変わらない辺り、妙にリアルで納得している。
千秋へ病的に執着する気持ちに共感はないが、「捨てられたくない」という感情は「好きな人から」という所に重きがある訳ではなさそう。好いている事より好かれてる事にこだわりを感じる。
対して駿とは捨てるも何もな距離感で、これは絶妙で貴重。
駿が亡くなった後がつらいね。
それにしても駿の奥様が一番薄ら怖い。 -
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ネタバレ同じ出来事を、関わった二人の視点から描く」連作短編集。表題作の「私たちが轢かなかった鹿」を中心に、現代社会に生きる男女の「ズレ」や「エゴ」を鋭く描き出しています。
表題作「私たちが轢かなかった鹿」は、杏子はある日、長年の親友である真弓が、自分の息子である晴と付き合っていることを知る。母親としての嫌悪感、女としての嫉妬、そして「親友の息子」に手を出す側の心理。タイトルの「轢かなかった鹿」は、決定的な破局や惨劇を間一髪で避けているようでいて、実は内側から関係が腐敗していくような、静かな不穏さを象徴している。井上荒野作品らしい、「綺麗事では済まない人間の業」がこれでもかと詰め込まれた一冊です。
読み終えた後、自分の隣にいる人や親友の顔をまじまじと見て、その内面を想像して怖くなってしまうような、劇薬のような短編集。
個人的には、小説みたいなことは起こらないが面白かった。 -
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ネタバレタイトルで買ってしまった。
北信の湯田中の古本屋併設のフレンチのお店「やまブイブイ」。読書好きの女将さんの、おそらく読んだ本だろう。
折しも、宮沢賢治の『注文の多い料理店』という短編集を読んだところだったので、目について、思わず手に取ってしまった。きれいな古本。200円はお買い得♪
さて、誰から、どの作品から読むか?
折しも、短編集を編むなら、作品の掲載順はどうあるべきかを読み友たちと語る機会があったので、果たして順番は大切か、それとも……、という思いを確かめる意味でも、この短編集は、今、読むべきだとも思ったのだった。
結果、最初に読んだのは柚木麻子から。「エルゴと不倫鮨」
なんといっても『BUTTER』の著者、今、油の、いや、脂はこっちの字か? の乗った作者だ。そのヒット作の影響を色濃く残したような、カジマナを彷彿させる豪快な女性が食の蘊蓄を語り、男どもを翻弄していく。痛快な短篇。
次は、井上荒野。「好好軒の犬」
あまり好きな作家ではないが、ネームバリューはこの中ではある。
作品は、冷めた夫婦間の、なんともいえない機微が描かれていて面白味があった。が、これって、タイトルの「注文の多い……」ではない。「食」の話は出てくるが。
伊吹有喜の「夏も近づく」は、好きなテイストだ。
田舎暮らしの食と生活が丁寧に描かれている。が、これも「注文の多い~」というわけではない。
柴田よしきの「どっしりふわふわ」も悪くはなかったが、パンづくりは、どことなくしあわせと直結しがちな雰囲気が、安易といえば安易だったかな。
いずれにせよ、この短篇集タイトル勝ち。
「料理小説集」や「食のアンソロジー」とか、他のタイトルを付けてあったのでは、手に取らなかったろう。 宮沢賢治におんぶにだっこ? 賢治にエルゴ抱っこ紐、って感じの短編集だった(笑) -
Posted by ブクログ
この小説を最低の嘘つき男と図々しくて嫌な女、超然と見えながら傷つき続ける妻が色恋に溺れ、結婚を冒涜する気持ちの悪い話だと定義することは容易い。
確かにどこを取っても自分が体験したいとは思えない。
でも激しい情熱と愛憎が時間をかけて風化していった結果、3人が共同体のようになっていく様は何故か少し羨ましささえ感じる。
みはるが出家したり篤郎が癌になったり、そういう大小様々な出来事が組み合わさって、針の穴を通すような確率で生まれた奇跡のような関係性がまぶしい。
1人の男を愛しすぎるあまり憎んで、憎み疲れて疲れた先にこんな景色が見えるなら悪くないと思う。
妻とみはるの間にある種の共犯めいた空気が流れていたのがよかった。2人は後半ずっとモノローグで互いのことを言及している。でもそれをみなまで伝えないのも、あくまで篤郎への慕情や執着で繋がっている関係なのだなと伺えてよい。美学が近い2人だと思う。
『愛が、人に正しいことだけをさせるものであればいいのに。それとも自分ではどうしようもなく間違った道を歩くしかなくなったとき、私たちは愛という言葉を持ち出すのか。』
↑笙子のこれ好き。 -
Posted by ブクログ
どの話も好きだけれど特に好きな2つを。
まずは川上弘美さんの「アクティビティーは太極拳」から。
何となく合わないと感じていた母と娘が、コロナ禍の最中、距離はありながらも同じ風景を共有し、長い旅の時間を過ごす贅沢さとほんの少しの切なさに胸がいっぱいになる。
違う場所で暮らし、たまに顔を合わせるとやっぱり合わないと感じながらもその関係の面白さに気付いていく様子がとても丁寧に描かれていてとても気に入った。
桜木紫乃さんの「ほら、みて」はどこかでも読んだことがあったと思うのだけれど2度目もやっぱり素敵だった。
自分の両親もこうであってほしいと、こうなってくれるのならば、ななつ星の 旅をプレゼントしてあげたい気持ちになった。