斎藤幸平のレビュー一覧
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ネタバレ国家に頼り過ぎずに、市民参画のコミュニズムをつくりあげていくことが平等な社会、そして環境保護にもつながるそう。過剰な生産、労働をやめ、自然環境とともに生きていく方法を見つけなければならない。
消費社会の真っ只中に生きている私たちには、きっと耳の痛い内容だと思う。富裕層がみなこの本に書かれているような人たちばかりではないと思いますが、確かに今の資本主義社会は暴走しているなと感じます。道徳心や倫理観を無視した経済成長なんて、一部の人にしか恩恵はないのだと。
外国で起こっている様々な環境問題に、当事者として私たちには何ができるのか真剣に考えていかなくてはいけない。それは私たちの義務だと思いました。そして明日は我が身だと。 -
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『では、私の仮説とは? それは、資本主義はすでに死んでいる、というものだ。つまり資本主義の力学がもはや経済を動かしてはいない、という意味だ。資本主義が担ってきた役割はまったく別のなにかに置き換えられている。その別のなにかを私は「テクノ封建制」と名づけた』―『はじめに』
「クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界」はその年に読んだ本の中で一番印象的な本だった記憶があり、本書の書評を見てその本の作者の本業での語りを聞いてみたいと思い読んでみる。資本、利潤、封建、という概念の根本的な理解の仕方に膝を打つ思いがする。それは岩井克人の語る貨幣論のように人の営みに照らした理解。経済学的合理に基づく解釈とは少し異なるようにも読める。根本にあるのは農耕生活へ移行した(それはすなわち集約的役割分担のはっきりとした社会への移行を意味するが)人間の作り出した「知恵」である、という考え方だが、その知恵は時に(いや、しばしば、というべきか)利己的な「悪知恵」である事が多い。共産主義的な思想、民主主義的な思想はその個人に帰する悪知恵の対価を、できるだけ公平に広く共有するということを目的としている筈だが、ともするとそれを押し広げようとする制度によって歪みが生まれ、結局また異なる富の偏在が生じる。その語り口は判り易い。
『当然ながら、石油会社は自分たちの略奪を正当化するために、レントを資本主義的利益に見せかけている。彼らのリターンは賢い低コストの採掘技術に投資したことの見返りで、この技術がなければ、ここで採掘された原油はライバル会社の原油より安価にならなかったかもしれないと誇張する』―『第五章 ひとことで言い表すと?』
但し、集約的に行わなければ実現可能ではないものもある、という視点がどうもこの人には欠けているようにも思えてならない。コモンの共有、という視点は確かに美しい理想だが、かたや衆愚という言葉もある。直接民主主義がこの経済学者の信の芯にあるように思えるが、それでは恐らく月には行けないし、石油を採掘することもできない。石油会社を無垢な人々から材を搾取する社会悪のように描くのは勝手だが、その石油会社が取り出したもののほとんど全ては社会に還元され、原始人的生活をしている人を除く全ての人々に恩恵を授けている。更に言うなら、石油会社は地下資源の成功確率の低い探鉱に多大なリスク投資をしているという事実も無視されている。この経済学者が度々回顧する暮らし、キャッシュで支払い、スマートフォンではなく携帯電話で会話をする、という社会でさえ、その基盤を支えている電力、素材、物流の元となるエネルギーは石油会社の資する地下の資源なしには実現しない。しかもそれはこの経済学者が言う程に易々と手に入るものではない。
『この左派の変質の根底にあったのはもちろん、西側諸国の産業空洞化だった。空洞化によって労働者階級はばらばらになり、その流れはテクノ封建制によって今日も続いている。まだ労働者階級が同質的だった頃には、それなりにしっかりした階級意識によって、社会民主主義政府にある程度の圧力をかけることができていた。今では階級闘争は、いわゆる「アイデンティティ政治」に取って代わられてしまった。人種的、性的、民族的、宗教的マイノリティを守り、正義の回復を求める動きは、社会的にリベラルであることを示したい権力者にぴったりだ』―『第七章 テクノ封建制からの脱却』
ただし、そんなことはある程度この人も判っている。そしてそれら全ての問題を解決する方法が見つからないということも。そこで、昔ながらの直接民主主義的、社会主義的共産主義の徹底した社会をパラレルワールドとして描いてみた思考実験したという訳だ。なるほど、そうやってあの小説が生まれたのか、ということを知れた部分が、実は一番興味深い点だった。既に小説のエピローグが描いて見せたように、人間の「知恵」という奴はどこまで行っても「理想的社会」との折り合いが悪いもののようだ。恐らく、人と人との関係性が一定程度の濃い社会での「倫理観」というものに期待する仕組みは普遍的なものとはなり得ないのだろう。だとすると、人間はもっと小さな村社会で充足するような暮らしでのみ機能する正義という概念しか持ち得ないのかも知れない。あるいは「マトリックス」の描き出すような世界が理想的なのか、、、。 -
Posted by ブクログ
「テクノ封建制」タイトルだけで、んー、そうかと納得してしまう。
私のような経済の知識のない人間にもとてもわかりやすく書かれている。ただ、あまりにもベースがなさすぎて、私には情報量が多すぎて、全体のどれくらい理解できたのか怪しい。
ただ大筋は掴めたと思う。クラウド農奴なんだ。領主様のためにせっせと毎日無償労働に明け暮れているのだ。搾取されていることにも気づかず。
それを阻止するための解決法もきちっと書いてくれている。まるで遠い遠い理想のようだ。完全に農奴になってしまっている私にはそう思えてしまう。農奴はこんなことだから農奴のままなんだと思う。
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Posted by ブクログ
資本主義は、民主主義は、日本社会は、
どう“変調”していくのか ──?
予測不可能な時代を生き抜くヒントを
「最先端の知性」がはじめて明かす
YouTubeチャンネル【ReHacQ】プロデューサーの高橋弘樹さんが、以前手掛けていたYouTubeチャンネル【日経テレ東大学】で過去ゲストとして招いた4名について、チャンネルで触れたインタビュー内容などを書籍化したものです。
成田悠輔氏や内田舞氏の出演回が好きだったので、本書籍を手に取ってみました。
読んでみたら、斎藤幸平氏の部分が結構気になりましたね。彼の著書『人新世の「資本論」』読んでみようかな。いや、マルクスの資本論を先に読んだ方がいいのかな?
経済学の分野に疎いから、逆に新鮮だったのかも。興味がくすぐられるきっかけになりました。
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本書では、世界が認めた4人の若き天才が、
「これからの世界と日本はどうなっていくのか」
という問いに“最先端の知見”を元に答えています。
本書に登場する天才たちはみな、卓越した思考の持ち主であると同時に優れた実践者でもあります。
彼らの「未来予測図」には、ビジネスや人生の見え方が一変するヒントに溢れています。 -
Posted by ブクログ
「なぜ世界は存在しないのか」哲学者マルクス・ガブリエルが、
「人新世の資本論」斎藤幸平監修のもと執筆した
日本書下ろしの新書。
溺れかかっている子供を助けるか、プールサイドの冷えたビールを飲むか、
倫理的には行動は当然決まってる、
という例を何度も出して倫理を説明してくれる。
これはとっつきやすかった。
が、次第にわからなくなってきた。
著者は何をいわんとしているのか?
倫理と資本主義、、、
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神、、ウエーバーは全然出てこない。
各企業、最高哲学責任者(CPO)を置いて、倫理部門が企業をリードして、
子供たちが投票権を持ち、AIを社会的技術として、、、
我々が目指すべきは道徳的価値と経済的価値の再統合、すなわち「倫理資本主義」だ
うーん。
わかるような気もするがピンとこない。
子供に選挙権を、ってのはわからないでもない。
未来に責任があるのは子供の方だ。
老人は無責任。
見えない未来より今、と、近視眼的な政策を行っているのは万国共通。
日本でも偉人と呼ばれる人は先を見ていた。ぱっと後藤新平が浮かんだけど。東京再構築。
長岡藩米百俵の小林虎三郎もそうだわな。
ん?倫理とちょっとずれるかな。
でも遠くないような気はする。
スミスもマルクスもフリードマンも出てくるが、、
理解不足でした
第1部 哲学者、経済を考える
(「倫理」「資本主義」「社会」を定義する;
入れ子構造の危機―現状の複雑性)
第2部 倫理資本主義
(経済学の危機;道徳的価値と経済的価値をリカップリングさせる―新しい啓蒙への道;
ヒトという動物―協力を最優先する;
道徳的進歩と持続可能性;
追伸:物象化としての「資本主義」)
第3部 応用篇
(CPOと倫理部門;
子どもたちに選挙権を!;
形而上学的パンデミック―欲望をコントロールする;
次世代のAI倫理) -
Posted by ブクログ
マルクスが略奪的農業に代表される人間社会と自然との物質循環のあり方に疑問を持っていたこと、資本が自然を食い尽くす速度は自然の弾力性(自己回復力)を凌駕するため、生態系の動的平衡を破壊する必然性に気づいていたことなどを、彼が読み込んだ自然科学書の読書メモを手掛かりに解き明かしている。従来の定説を覆した点においてマルクス研究者にとっては画期的な業績なのだろう。知らんけど。
なるほど、資本主義はその内在する自己増殖的な欲望に忠実なればこそ、労働力を含む自然資源を徹底的に食い尽くす動機を持つ。まさに「大洪水よ、わが亡き後に来たれ」、今風に言えば「今だけ、カネだけ、自分だけ」。これはよく理解できる。
とは言え、それに対する解決策をマルクスは示していないし、ましてや共産社会でその課題解決が期待できる要素は何一つない。土地をコモンとして共有管理すれば自然からの略奪はなくなるのか? とてもそうは思えない。「マルクスは何でもお見通し」と言わんばかりの教条主義、あるいは神格化は危険にすら思える。
結局回復力を超える速度で自然を利用しようとするから環境破壊が生じるのであれば、その弾力性の範囲内で生活すべきとの結論が導かれる。このことは資本主義と共産主義のイデオロギー対立とは無縁である。要は江戸時代の人口(3000万人)と生活レベルに戻ることができれば、我が国でも「サステナブル」な社会を実現できるということだ。果たしてこのような世界は実現しうるのだろうか。考えれば考えるほど解の無い問題に思えてくる。 -
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「・3000年 プレステ200が発売される。千二十二歳になった俺は最新のプレステで遊ぶ。」
イメージは現実化する。
千年後のイメージを実現できたので、俺は千歳まで生きれる。
お、おう・・・
先日、令和の時代に!?と驚きのNHKにようこそ!が刊行された。
続いての超人計画。
どういうことだってばよ。
筆者本人が一人称として語られる本作は、エッセーなのか?どこまで本気なのか?
脳内彼女と川崎の汚いアパートで暮らす滝本竜彦は超人になることを計画する。
精神的に超人になる。
超人になるためにアパートの外に出ては、逃げ帰る日々。
ある日、バイト先で出会った女、青山が超人計画に興味を示す。
計画が向かう先はどこなのか。 -
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あとがきから
本書は、『資本論』を使った、ひとつの問題提起です。
だから、この本は入門書だけれども、資本主義批判としてではなく、コミュニズム論にもなっています。
マルクスについての本は膨大な数があるのに、コミュニズムという視点から書かれた入門書がないことが、現在のマルクス主義や左派の低迷をもたらしていると思うからです。
著者の動機はそういうことですが、近年、いままで世に出ていなかったマルクスの研究の中身、思考の変化などについて、1990年以降、各国からの研究者が参加し、マルクスが書いた草稿や、新聞記事、書簡、メモ書きなどから、新たなマルクス像を確立しようというプロジェクトが立ち上がっているのです。
そのような世界的な動きに著者も巻き込まれているのですが、そういう立場でこの本の中身は展開されています。
中身ですが
第1章 「商品」に振り回される私たち
「物質代謝」としての労働 人間の労働は何が特殊か 『資本論』は「富」から
始まる 「商品」の正体 人間と自然の関係が変わる 目先の金儲けがやめられ
ない モノに使われ、振り回される人間 「民営化」という名の囲い込み
社会の「富」が危ない! 等
第2章 なぜ過労死はなくならないのか
終わりのない価値増殖ゲーム 資本とは“運動”である 資本家が金儲けをやめら
れない理由 「労働力」と「労働」の違い 長時間労働が蔓延するカラクリ
労働力も「富」 繰り返される「過労死」という悲劇 「自由」が労働者を追い
詰める 賃上げより「労働日」の短縮 等
第3章 イノベーションが「クソどうでもいい仕事」を生む
ケインズの楽観と悲観的な現実 「より安く」と圧力をかける資本主義
誰のためのイノベーションか 「分業」が労働者を無力化する
人間らしさを奪うテイラー主義 無力な生産者は無力な消費者である
生産力向上で仕事にあぶれる ブルジェット・ジョブ 等
第4章 緑の資本主義というおとぎ話
資本の略奪欲は自然にも及ぶ 「資本新世」の理不尽な不平等 修復不可能な亀裂
『資本論』に編まれなかった晩年の思想
第5章 グッバイ・レーニン!
ソ連とコミュニズムは別物 民主主義の欠如 官僚が特権階級になる仕組み
社会主義の皮をかぶった「政治的資本主義」 国有は「共有」とは限らない
ベーシックインカムという「法学幻想」 ピケティとMMTの死角
ボトムアップ型の社会変革 福祉国家の限界 等
第6章 コミュニズムが不可能だなんて誰が言った?
なぜマルクスは将来社会像を具体的に描かなかったか
『資本論』に収められなかったもの 原古的な共同体における「平等」
「唯物史観」からの転向 「脱成長コミュニズム」へ
「各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」
パリ・コミューンの経験 古くて新しい「コミューン」
労働者協同組合のポテンシャル 「使用価値経済」への大転換のために
民営化ならぬ「市民営化」へ 各地で動き始めた「アソシエーション」
今こそマルクスみ学ぶ
マルクスはユートピアの思想家である
読み終わって思うのだが、第6章で紹介された『各地で動き始めた「アソシエーション」』である。
資本主義という運動によって、長い人類の歴史で大事に守ってきた「コモンズ」が破壊されてしまった現代において、人類共通の「富」を取り戻す運動については、小さな点でしかない「アソシエーション」を如何に繋いでいくか、気の遠くなるような話しであるが、その明るい未来を想像しながら、資本主義という「運動」からの脱却をめざし、懸命な労働者・懸命な消費者でありたいものである。