斎藤幸平のレビュー一覧
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★理念は分かる、が実践が遠い★気候変動という大問題に対して、資本主義の際限のない成長は地球を食い尽くすと指摘。マルクスが晩期に志向していたと新たに読み解いた脱成長コミュニズムを主張する。希少性という価値を求める資本主義に対し、潤沢なコモンとしてあらゆるものの使用価値を重視すると訴える。その方が実質的な生活が豊かになるという。
気持ちとしては納得できる部分も多い。ただ、誰かが稼ぎを求めコモンズの資源をしゃぶり尽くすとき、それを止める手段がやはり見当たらない。コモンズの悲劇をどう止めるのだろうか。
もちろん著者もそんなことは分かっていて、いろいろと反駁しているし、後書きでは「3.5%」が動けば社会は変わると訴える。それでも理屈と実践との距離をどう埋めるのだろうか。
「トレーディング・ゲーム」(は読んでないが)の著者ギャリー・スティーヴンソンがあるインタビューで話していたが、富豪への富の集約が進みそれを助けるビジネスをさせられてきたという切なさ抱え、いまはそんな社会に反論しつつ、個人としてはこの社会の経済成長に投資するという逃げ道を取っているという。社会の解決の個人の生活とを分けて考えるのもひとつの方法なのかもしれない。
ところでマルクスについては完全に疎いうえ、人文系の研究のルールが分からないが、こういう主張をするのに「晩期マルクスの分析」という枠組みが必要なのだろうか。自分の主張の背景のひとつとしてマルクスを援用してはいけないのか。 -
Posted by ブクログ
インターネット、AIのテクノロジーの発展により、資本ではなくテクノロジーを有数るもの(プラットフォーマー)によるデジタル囲い込みによって、そこに仕えるクラウド農奴とに二分される新たな封建制が生まれている。
封建制度化のレントは、土地や資源など特権的な資産への独占的なアクセス権によって生じ、それが現在までも続いてきた。クラウドレントは、資本主義化の利潤追求活動とインターネットの融合により、プラットフォーマーが生まれ、そこが莫大な富と政治力を持つことによって誕生してきた。
産業革命後、労働者が団結したように、今回もプラットフォーマーが反対する中グローバルで団結ができるかどうか? -
Posted by ブクログ
話の出発点は2つある。ひとつはこの調子で経済活動が進めば地球環境が壊れるという状況。問題の先送りはもとより、グリーンエコノミーとかSDGsとか言い方を変えたところで経済活動を成長させ続けることを求める資本主義が前提ならば解決しないということをはっきり明示される。
もうひとつはいつまでも右肩上がりを目指す資本主義はゴールがないから、地球環境だけでなく人間の生活も壊す。経済成長のために子供増やせとか論外である。人口も永久に右肩上がりさせ続けないといけないのか。1970年代には1億人突破で日本は支えられない、人口を抑えろ!と社会が騒いでいたのに、今は1.2億人では足りないのだ。更に人手不足にAIやロボットによる完全オートメーションが進めばその製造と稼働が地球に与える負荷は大きすぎる。更に貧富の差は広がるばかりだ。
ということでマルクスの「資本論」から発展させた新しい経済システムを提案する。資本主義の限界が言われて久しいが、ポスト資本主義には今のところこの案が一番好きだ。
問題は人の意識をどのように変えていくかですね。金儲けのためだけの意味のない仕事を減らすのですが、金儲けに走りたがる奴はいるでしょう。でもそんなことがデメリットでしかないような社会が良いですね。自分も頭を切り替えないとね。幸せなことが一番ですからね。
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Posted by ブクログ
『では、私の仮説とは? それは、資本主義はすでに死んでいる、というものだ。つまり資本主義の力学がもはや経済を動かしてはいない、という意味だ。資本主義が担ってきた役割はまったく別のなにかに置き換えられている。その別のなにかを私は「テクノ封建制」と名づけた』―『はじめに』
「クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界」はその年に読んだ本の中で一番印象的な本だった記憶があり、本書の書評を見てその本の作者の本業での語りを聞いてみたいと思い読んでみる。資本、利潤、封建、という概念の根本的な理解の仕方に膝を打つ思いがする。それは岩井克人の語る貨幣論のように人の営みに照らした理解。経済学的合理に基づく解釈とは少し異なるようにも読める。根本にあるのは農耕生活へ移行した(それはすなわち集約的役割分担のはっきりとした社会への移行を意味するが)人間の作り出した「知恵」である、という考え方だが、その知恵は時に(いや、しばしば、というべきか)利己的な「悪知恵」である事が多い。共産主義的な思想、民主主義的な思想はその個人に帰する悪知恵の対価を、できるだけ公平に広く共有するということを目的としている筈だが、ともするとそれを押し広げようとする制度によって歪みが生まれ、結局また異なる富の偏在が生じる。その語り口は判り易い。
『当然ながら、石油会社は自分たちの略奪を正当化するために、レントを資本主義的利益に見せかけている。彼らのリターンは賢い低コストの採掘技術に投資したことの見返りで、この技術がなければ、ここで採掘された原油はライバル会社の原油より安価にならなかったかもしれないと誇張する』―『第五章 ひとことで言い表すと?』
但し、集約的に行わなければ実現可能ではないものもある、という視点がどうもこの人には欠けているようにも思えてならない。コモンの共有、という視点は確かに美しい理想だが、かたや衆愚という言葉もある。直接民主主義がこの経済学者の信の芯にあるように思えるが、それでは恐らく月には行けないし、石油を採掘することもできない。石油会社を無垢な人々から材を搾取する社会悪のように描くのは勝手だが、その石油会社が取り出したもののほとんど全ては社会に還元され、原始人的生活をしている人を除く全ての人々に恩恵を授けている。更に言うなら、石油会社は地下資源の成功確率の低い探鉱に多大なリスク投資をしているという事実も無視されている。この経済学者が度々回顧する暮らし、キャッシュで支払い、スマートフォンではなく携帯電話で会話をする、という社会でさえ、その基盤を支えている電力、素材、物流の元となるエネルギーは石油会社の資する地下の資源なしには実現しない。しかもそれはこの経済学者が言う程に易々と手に入るものではない。
『この左派の変質の根底にあったのはもちろん、西側諸国の産業空洞化だった。空洞化によって労働者階級はばらばらになり、その流れはテクノ封建制によって今日も続いている。まだ労働者階級が同質的だった頃には、それなりにしっかりした階級意識によって、社会民主主義政府にある程度の圧力をかけることができていた。今では階級闘争は、いわゆる「アイデンティティ政治」に取って代わられてしまった。人種的、性的、民族的、宗教的マイノリティを守り、正義の回復を求める動きは、社会的にリベラルであることを示したい権力者にぴったりだ』―『第七章 テクノ封建制からの脱却』
ただし、そんなことはある程度この人も判っている。そしてそれら全ての問題を解決する方法が見つからないということも。そこで、昔ながらの直接民主主義的、社会主義的共産主義の徹底した社会をパラレルワールドとして描いてみた思考実験したという訳だ。なるほど、そうやってあの小説が生まれたのか、ということを知れた部分が、実は一番興味深い点だった。既に小説のエピローグが描いて見せたように、人間の「知恵」という奴はどこまで行っても「理想的社会」との折り合いが悪いもののようだ。恐らく、人と人との関係性が一定程度の濃い社会での「倫理観」というものに期待する仕組みは普遍的なものとはなり得ないのだろう。だとすると、人間はもっと小さな村社会で充足するような暮らしでのみ機能する正義という概念しか持ち得ないのかも知れない。あるいは「マトリックス」の描き出すような世界が理想的なのか、、、。 -
Posted by ブクログ
「テクノ封建制」タイトルだけで、んー、そうかと納得してしまう。
私のような経済の知識のない人間にもとてもわかりやすく書かれている。ただ、あまりにもベースがなさすぎて、私には情報量が多すぎて、全体のどれくらい理解できたのか怪しい。
ただ大筋は掴めたと思う。クラウド農奴なんだ。領主様のためにせっせと毎日無償労働に明け暮れているのだ。搾取されていることにも気づかず。
それを阻止するための解決法もきちっと書いてくれている。まるで遠い遠い理想のようだ。完全に農奴になってしまっている私にはそう思えてしまう。農奴はこんなことだから農奴のままなんだと思う。